【本編完結】ボクっ娘ロリババア吸血鬼とイチャイチャする話

田島はる

1-6 書庫の整理

 その日。エレナに連れられてやって来たのは、屋敷の一角にある図書室だった。


 壁一面に本が敷き詰められており、別の世界に迷い混んでしまったような錯覚を覚える。


「すごくたくさんありますね。これ全部読んだんですか?」


「もちろん。こんな山奥に一人で籠っているんだ。時間ならいくらでもあるからね」


 これだけの本を読んでいるのなら、なるほど。見た目の年齢に反して成熟したエレナの性格というのも合点がいく。


「今日用があるのは、こっちだよ」


 エレナに案内されたのは、図書室の奥にある書庫だった。


 中に入ると、思わず咳が出てしまう。室内はそうとう埃が溜まっているらしい。


 机の上には無造作に大量の本が積み上げられており、戻すのに苦労しそうだ。


「難しそうな本がたくさんありますね」


 埃を払い、手近な一冊を手に取る。表紙に何か書かれているが、何が書かれているのかわからない。テルミットは文字が読めないのだ。


「恥ずかしながら、この部屋はあまり使っていなくてね。最後に使ったっきり、このままになっているんだ」


 エレナが恥ずかしそうに頬を染めるのが見えた。


 思わず見とれそうになり、視線を反らせる。


「埃っぽいので、窓を開けますね」


「あっ」


 テルミットがカーテンを開けようとすると、外から太陽の光が差し込んだ。慌ててエレナが机の下に隠れる。


「す、すみません」


 テルミットがカーテンを閉めた。エレナは肌が弱いため、直射日光に弱いのだ。己の軽率さを反省。


「いや、いいんだ。こちらこそ、ボクの厄介な体質に付き合わせてしまって申し訳ない」


 恥ずかしそうに机から出てくるエレナ。話を変えようと真面目な顔になる。


「この部屋は魔導書を貯蔵しているんだ。ボクはもうすべての魔法を覚えたから必要ないんだけど、高価なものだからね。捨てるのが惜しくてここに仕舞ってあるんだ」


「魔導書!?」


 思わず声が上擦る。


 魔導書というのは、魔法についての知識が書かれた書物だ。適正にもよるが、本を読むことで魔法を身につけることができる。有名な冒険者の中には強力な魔法を使える者も少なくなく、それだけに値段が高価で入手が困難とされている。


 それが目の前に沢山、無造作に置かれている。
 ごくりと生唾を飲み込む。
 

「良かったら、自由に読んでくれていいからね」


「いいんですか!?」


「もちろん。ボクには無用なものだからね」


 興奮を抑えきれず、手にとった本を開く。ページの隅から隅まで目を通す。文字が書いてあるのはわかったが、何と書いてあるのかまったくわからない。


 頭から煙が上がるテルミットを見かねたのか、エレナが救いの手を差し伸べた。


「良かったら文字を教えようか?」


「……いいんですか?」


「構わないよ。ただし、ボクの教え方は少々厳しいからね。覚悟しておきたまえ」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 それからエレナと他愛のない話をしながら、掃除に取りかかる。


 エレナの身体のこともあるので、窓やカーテンが開けられず、書庫は埃っぽい空気で充満している。


 苦肉の策として、日差しの入らない北側の窓を開け、風魔法で埃を外へ飛ばす。


「これが魔法……!」


 目を輝かせながら風に飛ばされる埃を眺めるテルミット。


「実際に魔法を見るのは初めてかい?」


「はい。魔法ってすごいんですね!」


 感心するテルミットを眺めていたエレナの口元が持ち上がる。


「ふぅん。テルが初めて目にする魔法が、ボクの魔法ね……。悪い気はしないな」


 言葉のわりに上機嫌になるエレナ。得意気になって魔法の威力が上がる。


 風の力が増し、室内に突風が吹き荒れる。机に置かれた魔導書のページが風によってパラパラと音を立てて捲れる。


 目を開けるのが辛くなってきた頃、テルミットは見てしまった。風によってエレナのスカートが捲れ上がろうとしているのを。


 捲れたスカートの裏地が焦らすように顔を覗かせる。シミのない白い太腿が網膜に焼き付く。


 あと少し。あと少し。我慢が限界を迎え、テルミットの姿勢が低くなろうとする刹那、急速に風の勢いが弱まった。


「エレナさん?」


「換気はこのくらいでいいだろう。あんまり強くし過ぎて、また粗そうをされても困るからね」


 してやったり、とエレナがテルミットを見下ろす。


 前科があるだけに、テルミットは苦笑することしかできなかった。


 それから二人は部屋の掃除に取り掛かった。手を動かしながら、エレナが尋ねる。


「魔法を覚えるとして、まずはどんな魔法を使えるようになりたいんだい?」


 待ってましたとばかりに、テルミットが捲し立てる。


「いろいろ考えてみたんですよ。火魔法を覚えれば野営の時に役に立ちますし、雷魔法を覚えればモンスター相手に有効な攻撃を与えられるかもしれません。でも、まずは雨を降らせる魔法ですね」


「雨?」


 予想もしなかった答えに、エレナの頭に疑問符が浮かぶ。


「なぜだい?」


「エレナさん肌が弱いじゃないですか。雨が降っていれば、日傘を差さなくても外に出られるんじゃないかって」


「なるほどね。でも、そうなると日傘の代わりに今度は傘が必要になるね」


「あっ……」


 テルミットの顔が赤くなる。


「す、すみません」


「いいんだ。テルの気持ちが嬉しかったからね」


「エレナさん……」


 二人で話をしているうちに、書庫の整理はあっという間に終わってしまった。


「お疲れ様。おかげですっかり綺麗になったよ。ということで、今日も一番風呂の権利をあげよう」


「そんな……エレナさんの方が頑張ってましたよ。僕なんか言われたことしかやってませんし。エレナさんがいなかったら、もっと時間がかかっていたと思いますので」


 このままでは平行線を辿ってしまうと感じたエレナは、テルミットにある提案をした。


「それじゃあ、こうしよう。今日は二人とも頑張ったから、二人で入るということで」


 エレナの提案に、思わず鼓動が早くなる。以前はテルミットが粗そうをしてしまったがために風呂は途中で出る羽目になってしまった。それ以降、一緒に風呂に入るなんてことは起こらないと思っていた。それだけに、どうしようもなく緊張してしまう。


「……いいんですか」


「構わないよ。テルとしても、前回の不本意な結果を挽回したいだろうしね」


 テルミットの脳裏に前回の記憶が思い起こされる。


「こ、今度は大丈夫です。ちゃんと耐えてみせますから!」


 必死な様子で訴えるテルミットが可笑しくて、ついつい笑みが溢れてしまう。エレナが耳元に口を寄せた。テルミットの耳に生暖かな吐息がかかる。


「それ、また触って欲しいってことかい?」


「あ……」


 自分の失言に気付き、赤面するテルミット。
一通りテルミットを苛めて満足したのか、エレナが純粋な少女のように微笑みかけた。


「なんてね。冗談だよ」


 そう言って部屋を出るエレナの背中を、テルミットはただただ呆然と見送った。


「……ど、どこから冗談だったんですか」


 触る触らないの話が冗談だったのだろうか。はたまた、一緒に風呂に入るところから冗談だったのだろうか。今となってはわからない。わからないが、この先ずっとエレナにからかわれ続けることだけは理解できた。



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