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【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~

西雲ササメ

「今夜は絶対、キミを抱かない」4

◇◇◇◇◇◇◇◇

それから人通りのある商店街に遊びに行き、もう日の暮れた夕方。

雪乃の両親と直接、懐石居酒屋『七宝』で待ち合わせることになっている。

実家から徒歩で十分ほどの距離で、ちょうどこの商店街の先にあるその店に、待ち合わせの午後六時ちょうどに到着した。


「こちらです」


雪乃が手で指し示したのは、のれんの下りた品のよいお店。
石造りの塀に囲まれているが、中には綺麗な木造のお屋敷があり、光がもれている。


「いいところだね」

「家族のお祝い事ではよくここを使うんです。父と母は先に中に入って待っているとさっき連絡がきたので、行きましょう」


雪乃は上機嫌で行き慣れたお店ののれんをくぐり、晴久に手招きをする。

「いらっしゃいませ」という着物姿の女性店員が出迎えてくれ、靴箱に靴を預けてから雪乃が「細川です。先にふたり入っているはずなんですが」と話すと、「いらしてます」と奥へ案内された。

座敷の個室に区切られた店内。店員は入り口から五つ目の屏風を手のひらで示し、雪乃は少し開けて様子をうかがう。


「お待たせー」


声をかけると、父と母がすでに片側に並んで座っていた。


「ああ雪乃、晴久くん。来たのね。どうしましょ、お父さんもう飲んじゃってて」

「え?」


困った顔の母が隣でうつむいていた父の肩を叩くと、彼は顔を上げた。

雪乃が思わず「うわ」と声をもらすほど父の顔は真っ赤で、目にした晴久も苦笑いになった。

父の前のテーブルには、すでにビールジョッキが二本空いている。


「もうお父さん!  どうして先に飲んじゃったの?  せめて私たちが着いてから乾杯してよ」


雪乃はコートやらマフラーやらを晴久の分までお店のハンガーにかけ、腕をひいてプンスカ向かいの座布団に座った。
父は眉をひそめる。


「雪乃ぉ。職場の上司とホイホイ付き合うとは、東京は随分な場所なんだなぁ」

「え?  なに言ってるの?」

「俺と母さんは出会ってから二年もかかったんだぞ。それを、お前……」

「ちょっとお父さん、雪乃たちの前でそんな昔のこと。恥ずかしいですからっ」


母は旦那の肩をペシンと叩きながら、まんざらでもなさそうな顔で店員を呼びとめ「ビールふたつ追加で」と注文した。

雪乃はげんなりした顔で「ごめんなさい晴久さん、父はかなり酔ってるみたいで……」と小声で囁う。

晴久は「気にしてないよ」と冷静だが、真面目な顔で考えを巡らせていた。


(これはお父さんの本音なんだろうな)


酔っているのならさらに本音を聞き出しやすい。
父親の不安を取り除きたいと考えていた晴久にとっては都合がよく、今から腹を割って話ができると覚悟を決めた。


「雪乃さんはおふたりを悲しませるような生活はしていませんよ。出会ってすぐに僕が好きになってしまっただけなんです」


晴久の説明に、父はじろりと半開きの目を向ける。


「晴久くん……」

「はい」

「小さな町役場だが、俺も長いことサラリーマンをしているから分かるよ。キミは仕事ができるだろう。三十ちょいで課長なんてすごいじゃないか。職種は?」

「営業職です」

「だろう。佇まいで分かる。でもね!  俺は晴久くんの本音が聞きたいんだよ!  営業トークはけっこうなんだ、さあさあ飲みなさい」


ちょうど届いた晴久の分のビールを、受け取った母親から奪いとった父はそのままぐいぐいと晴久の口もとへ押しつける。

突然目の前で波打つビールにさすがに驚いた晴久は「飲みます飲みます」と制しながら、きちんとジョッキの取っ手を持った。


「お父さんっ」


雪乃は真っ青になって止めるが、晴久は彼女に「大丈夫」とつぶやいた後、ビールを一気に飲み干す。

グッ、グッ、グッ、と喉が動いた。
音を立ててテーブルに空のジョッキを戻した晴久は、フーッと息を吐いて酔いを逃がす。


「いくらでも飲みますよ。それで信じていただけるなら」

「晴久さん!」


父はさらにビールを追加した。

雪乃の制止も聞かず煽られるがままに飲みまくる晴久と父を、娘と母は唖然と見つめるしかなかった。



一時間後ーーー。


「晴久さん、大丈夫ですか?」


机に突っ伏しそうになった晴久の肩に触れ、雪乃は彼の顔を覗き込んだ。


「ん?  んん、大丈夫……」


雪乃にもかすかに酔いがまわっているものの、晴久はその比ではない。

顔を上げた彼はうつろな目を揺らし、空のジョッキをまだ酒が入っているかのように握りしめ、肩を上下させながら荒い息をしている。


「晴久くん……キミはけっこう、飲めるんだねぇ……驚いたよ」


対抗して飲み続けた父も、「もうやめてちょうだいアナタ」とたしなめられながらこの期に及んでちびちびとビールをあおっている。
女性陣は深いため息をつき、そのせいで皮肉にも場はいったん落ち着いた。


「お父さん。これ以上晴久さんを困らせないで。私のことすごく大事にしてくれるし、尊敬できる素敵な人だよ」

「ううん、分かってる、分かってるよ雪乃……。彼はいい人だ……いい人なんだけど……」


父はジョッキを置いた。
ガシガシと頭をかきながら、ばつが悪そうにブツブツとつぶやいている。

晴久は自分の正気の部分を呼び起こして酔いを覚まそうと試み、父に焦点を合わせる。


「雪乃にはもう恋人なんてできないと思っていたから驚いてるんだ……晴久くん、この子は色々あったから……軽い気持ちで付き合っていると苦労するぞ」

「お父さんっ」


想定内の忠告にうなずき、晴久は答える。


「過去のことは多少聞きました。軽い気持ちではありません。真剣にお付き合いしています」


うんうん、と母もうれしそうにうなずく。


「親バカかもしれないけど、雪乃はいい子なんだ。どうか見捨てないでやってくれ、晴久くん……もういい年だし、その……」

「お父さんたら一体なんの心配してるの!」


てっきり娘を嫁にやりたくない、という話かと思っていたのに、まさかの嫁にもらってくれという本音にほろ酔いで怒る雪乃。

隣に座る晴久の顔が見られず、そわそわと反対側に目を泳がせる。


(まだプロポーズだってされてないのに!  そうやって急かすような言い方したら、晴久さんが嫌になっちゃうかもしれないじゃない!)

「もちろんです。そこは安心していただいて大丈夫ですよ」

(え、うそ……!)


今度はくるんと彼を振り返り、期待の眼差しを向けた。

晴久は彼女の瞳にフッと微笑む。

喜びか胸を駆け巡るが、酔って大きく話しているだけかもしれない。これは家に帰ったら彼を問い詰めなきゃ、と決心した。

母の「お父さん、もう晴久くんを寝かせてあげましょう。帰りますよ」という有無をいわさぬ号令に従い、雪乃はタクシーを呼んだ。


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