【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~

西雲ササメ

「俺に下心がないと思う?」5


食事が終わりふたりで片付けを済ませると、交代でシャワーを浴びた。

「一緒に入る?」と喉もとまで出かかっても決して口にはしなかった晴久と、そんなことは知らずにすっかり安心しきった雪乃。

緊張感に差のあるふたりは、今夜も同じベッドに入る。

ランプの光に切り替え、昨夜と同じように、雪乃は晴久が手を握りやすいように体を寄せた。

肩が触れあい、晴久は深呼吸をしてから、手を握る。


「怖くない?」


強引ではないかと、すぐに尋ねた。

雪乃はコロンと頭を向けると、小動物のように横に振り、キュッと恋つなぎで手を握り返した。


「怖くないです。少し、緊張していますけど」

「よかった」


彼女がまた距離を縮めて寄り添ってくる。晴久はかすかに揺れた。


(まずいな。抱きしめたい)


晴久は悩んだが、思いきって手を回して体を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。雪乃はそれを受け入れ、子供のように目を細めた。


「晴久さん……」


あまりに素直でかわいい反応に、晴久は目線を逸らし、なにか話題を探した。


「少し、反省しているんだ。雪乃が何でも聞いてくれるからって、俺は強引にやりすぎだよな」

「え?」

「まだ知り合って数日なのに無理やり家に連れ込んでるんだから。キミのご両親に怒られそうだ」


抱きしめる力を緩める。
しかし雪乃はピッタリ密着したまま、腕の中で上目遣いで覗き込んでくる。


「そんなことないです。私も好きでこうしているんですから強引じゃありません。それに、うちの両親も晴久さんのこと素敵だって思うはずです」

「どうかな。雪乃を見てれば、ご両親に大事に育てられたんだと分かるよ。俺は少し年が離れているから、部下の雪乃を好き勝手に扱っていると見られたら、あまりよく思われないだろうな」


晴久はこの期に及んで雪乃を子供扱いすることで、ぎりぎりに自制心を保っていた。

両親に大切にされている彼女に安易に手を出してはいけない。わざわざ口に出し、そう自分に言い聞かせている。


(落ち着け俺……。ここまで言ったんだぞ、手を出したらダメだ)


そうとは知らない雪乃はモゾモゾと動いて晴久の腕から抜け出し、うつ伏せになって頭を持ち上げ……。


「そんな。好き勝手なんてされていないですし、誰もそう思わないですよ。それに晴久さんは大丈夫ですし……」


そうつぶやいた。
このまま寝ようとしていたまどろみの中、晴久は、彼女のそのひと言に一気に目が覚めた。

〝大丈夫〟という言葉がじわりじわり、自分の我慢とは見合わない評価をされている違和感が喉もとまで込み上げてくる。


「……待って。大丈夫ってどういう意味?」


大人しく聞いていることはできず、ついに彼女に聞き返した。

本当は全然大丈夫ではないのだ。

聞き返されるとは思っていなかった雪乃は「えっ」と戸惑いの声を漏らしたが、晴久は頭を上げている彼女と対角線になるようじっと視線を合わせ、逃がそうとしない。


「ですから、それは……」


言葉を間違ったかと目を泳がせる彼女は、腕の力が抜けて顎が落ち、そのまま丸くなる。


「晴久さんは、下心じゃないですから……」


晴久はすぐに動きだし、雪乃の手首をひとつ掴んで、引き寄せながら反転させた。
彼女は一瞬で腕の間に閉じ込められる。

シンと静まり返った。


(晴久さん……?)


覆い被さられ硬直した雪乃だが、それでも浮かべているのは恐怖ではなく、ただ驚きと戸惑いである。そしてそんな中でも彼の初めて見る表情にドキンと胸が鳴った。


「俺に下心がないと思う?」


今の状況を理解していない彼女を挑発的に見下ろして、晴久はその気になれば簡単に奪えるということを見せつける。

初日の夜から、こうしなかったのは、すべて自分の我慢の上で成り立っていたこと。それを下心がないと思われていたのなら、大きな勘違いである。

雪乃に幻滅されるかもしれないという不安もかすかにあったが、晴久は彼女に、こうされたくないのなら危機感を持ってほしいと警告したかったのだ。


「晴久さん……」

「俺も男だよ。好きな人の近くにいたら、こうしたいと思うに決まってるだろう。家に泊めて一緒のベッドに入るなんて、下心がない方がおかしいと思わないか?」

「えっ……」


雪乃は思わず、頬を手で覆う。優しい彼の本音は彼女にとってあまりにも刺激的だった。


「分かった?  もし俺に手を出されたくなかったら、あまり挑発しないでほしい」


晴久は上司のように厳しく言った後で、甘く微笑み、頭を撫でた。
「なんてね」と冗談で終わらせようとするが、時すでに遅し。

彼の言うことをすっかり真に受けてしまった雪乃は顔を真っ赤に染め、口をパクパクと動かしていた。 


「すみません、私っ……」

「ごめんごめん、俺が驚かせたね。謝らなくていいから」

「いえ、私が悪いんです!」


これはまずい、と晴久は冷静になる。


「悪くないよ。雪乃、落ち着いて」


とにかく混乱している彼女から離れてあげようと思い、上から退こうとした。
しかし慌てた雪乃に手首の裾を掴まれているため動けない。 


「私、十年も男の人と関わっていなくて、自分でも、至らない点が多いと思うのですが……」

「雪乃、大丈夫だから」

「もちろん、そういう経験もなくて……その……男の人と、こういう……」

「……雪乃」


色々と口走り始めた彼女に、晴久の雲行きは怪しくなっていった。


(……ヤバい)


予想していなかったわけではないのに、雪乃に経験がないと明かされると、彼女に対する気持ちがじわじわと胸に迫ってくる。


「何か失敗をしたり、痛がったりしてしまうかもしれないですが……それでも晴久さんが嫌じゃなければ、私は、全然……」

「えっ……」

(まずいまずいまずいっ)

「色々とやり方を教えてもらえれば、できるだけ挑戦してみますので……」

「いや、ちょっと待って……!」


ついに耐えきれず、晴久は上体を起こした。

興奮だけで息が上がっている。
今夜はまだ手は出すまいと決めていたのに、彼の中でプランは一気に揺らぎ出した。


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