【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~

西雲ササメ

「俺に下心がないと思う?」4

両思いだという事実を知っているのにこの状況を保っているのは、もう我慢の限界だった。


「……雪乃」


抑えきれずにそう呼んでみると、彼女は無垢な瞳で「はい」と振り向く。

晴久はソファで距離を詰め、彼女の瞳に映りこんだ。


「高杉、さん……?」

「それさ、気になるんだ。俺は雪乃って呼んでるのに、そっちは〝高杉さん〟じゃおかしいだろ。晴久って呼んで」

「えぇ!?  で、でも……一応、会社では上司、ですし……」


亀のように肩をすぼめながら、雪乃は真っ赤になっていく。

晴久は彼女の手を握り、身を乗り出した。

恥ずかしくて後退りをする雪乃を逃がさず、フッと笑みを落とす。


「今さら何言ってるんだ。こんなの、ただの上司なわけないだろ」


時計の針の音がしているのに、雪乃は時が止まったかのように固まった。

ふたりは見つめ合う。
雪乃は焦りの目、晴久は「そうだろう?」と念を押す目をしていた。

強気に迫る晴久に翻弄されながらも、雪乃の視線は次第に熱くなっていく。


〝こんなのただの上司と部下の関係じゃない〟


言葉にされたことで、感動と緊張が走った。


「……晴久、さん……?」


雪乃は掠れた声で、恐る恐るつぶやいた。彼の下の名前を初めて口にしてはみたが、もうそれどころではない。

晴久は彼女の頭を撫で、ささやいた。


「よくできたね」


雪乃はカタカタと震えながら、「え……え……」と混乱ぶりを露にする。


(真っ赤。かわいい)


彼女がゆでダコのようになっていく様子が愛しくて、晴久はクックックと笑った。


「あの……私、国語力が乏しくて申し訳ないんですが……それって、つまり……」

「つまり?」


彼女と額が触れそうなくらい接近し、続きを誘う。


「ですから、つまり……晴久さんは、私のこと……。あれ?  いえやっぱり、私の勘違いだったかも……」


そろそろ彼女は混乱して限界だと察した晴久は、眉を緩めた笑顔になり、雪乃と額をくっつけた。


「合ってるよ。……ごめん、少し意地悪し過ぎたな。あんまりかわいくてさ」

「晴久さん……」

「雪乃が好きだよ。付き合ってほしいと思ってるんだけど、大丈夫?」


感動で涙を溢す雪乃に対し、YESを確信している晴久は返事がくる前に彼女を抱きしめた。

戸惑っていた雪乃も、そわそわと腕を背中へと回し、やがて晴久の胸にすがり付く。


「私も、好きです……」


雪乃の心の底からの言葉が、胸の中でじんわりと響く。

予想はしていたものの、晴久はついに雪乃を手に入れ、幸せな気分で満たされていった。

彼女の素顔を知る男は自分だけ。彼女がほかの男にとられないうちに見つけられ、なんて幸運なんだろう、と腕に力をこめる。


「ありがとう。うれしいよ」


ソファで雪乃を抱きしめながら、晴久は考えていた。

恋人になって一緒に眠ったら、もう我慢する必要はないのではないかと思っていた。

しかし、両思いなのだからそれが許されるのだとしてもどうだろう。素顔を隠した自分を好きになってくれて、恋愛に前向きにさせてくれた雪乃を、もっと大事にしてあげたい。

とびきり紳士的に、彼女のペースに合わせて進めていくべきではないか。

できる限りの優しさで包んで、今までのつらい出来事をすべて忘れさせてあげたい。


(大事な雪乃に俺の欲をぶつけるような真似は、絶対にしない)


そう胸に誓った。


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