戦場の悪魔

9話 訓練 2

「――このコインが地面に落ちた瞬間・・。それが“開始の合図”だ」

 ポケットから取り出したのは汚れた銅貨。
 それを見せながらバルト中尉はそう言った。

 10歩分の距離を取り、向かい合う。
 死を恐れる必要はないが、最悪骨折くらいはしてしまうかもしれない。
 周りにいた兵士たちが自然と端により、俺たちのために空間が用意された。

 俺が聖国の旅団長の首を取った話が広がっているためか、観戦者たちから向けられる視線は熱い・・。

 激しい胸の鼓動が煩く、俺は大きな深呼吸をする。
 素振りの疲れは完全に回復してはいないが、そんなことは問題ない。


 ――俺が勝つ。


 勝負の時、どんな状況下においても自分を信じる。
 それは、剣を振るようになって気が付いたことだった。


 自分の物より軽く、少し頼りなく思えてしまう訓練用剣を握りしめ、腰を落とす。
 直後。
 待ってくれていたのか、バルト中尉が空に向かって高くコインを打ち上げた。

「すぅ――」

 鼻から強く息を吸う。
 思考が速くなり、世界の音が遠くなった。
 空中で回転するコインは、ゆっくりと地面を目指して落下する。

 様子見はしちゃダメだ。
 飛び込んで全力の一撃を決めよう。
 後ろに回した右足に体重を乗せ、その瞬間ときを待つ。


 そして――


 来た。


 コインが跳ねる前、接地の刹那に俺は地面を蹴り前進する。
 しかし……反応の早さでは中尉に勝てていない。

 同時に駆け出した俺たち。
 一瞬にして彼我の距離が零へと収束する。

 この勢いに乗せて横薙ぎを――ッ!



「ふんっ!」


 剣の速度は――俺が上だった。

 中尉は即座に判断し、手首を回して攻撃のため振り上げた剣を守りに使う。
 このまま押し切り、寸止めで俺の勝ちが決ま――







 ――――空が見えた。


 先ほどのコインのように時の流れに抗えず。
 しかし思考は加速したままで。
 俺はゆっくり・・・・と、そして一瞬で……地面に倒れた。


「剣に意識を奪われるな」


 背中を強打し、情けなく大の字になった俺の首に剣が当てられる。

 死を覚悟した。それからこれが手合わせだと思い出し、敗北を知った。
 そしてようやく最後になって、足を払われたのだと理解する。

「戦っているのは――君自身・・・だろ?」

 倒れても離さなかった剣を。
 握っていた拳から力が抜け、落とす。


 対戦相手を見上げるこの光景。
 鈍く響いた背中の痛み。
 図星を突かれた言葉。

 その全てが負だった。
 目を逸らしたくなる現実だった。

「――明日の勤務後、互いがこの世にいたら教えよう。君がそれを望むなら」

 中尉はそう言い残し、去って行く。
 残された俺は倒れたままつぶやいた。

 負を受け止め、決して目を逸らさない。
 もう後戻りはできないだろう。
 だって、生きるために強さが欲しいんじゃないんだ。


 ただ単純に――――



「――――――強くなりたい」

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