戦場の悪魔

2話 襲撃

「――うわぁっ!?」

 獣の雄叫びが聞こえたと思うと、人が吹っ飛んできた。
 ドスン! と強く岩壁に衝突し、その人は手に持っていた剣を落とす。

 大丈夫ですか、と駆け寄ろうとした時――


『ガるァアアアアアッ!!』


 大地を揺らし、飛ぶような勢いで現れたのは……巨大な猪。
 黒毛に包まれた体躯。成人男性の腕ほどはあるであろう大きな牙。
 目が、血走っている。
 開いた口から、ドロっとした唾液が落ちた。 

 怖い。

 俺はその、圧倒的強者・・・・・を前に慄然とした。

「なんでこんなところに平民が……。君、早く逃げるんだ! さぁ走――」

 倒れていた男が剣を拾い構え、俺にそう叫んだ。

 しかし、言葉の途中で突進してきた猪。
 剣でいなすが、その衝撃はすさまじい。
 男は痛苦の表情を浮かべる。

「隊長ッ!? 弓兵、矢を射て――ッ!」

 ザッザッと音を立てて走ってきたのは30名ほどの兵士。
 その中の1人が声を上げ、弓兵たちが瞬時に矢をつがえ放つ。

 ――しかし。

 猪の体毛は硬いらしい。
 当たった矢が刺さることはない。

「くたばってたまるかァッ!!」

 隊長と呼ばれた最初の男が剣を振り、あとから駆け付けた兵士たちも戦闘に参加する。

 猪は剣や槍を使って戦う男たちに激しい突撃を繰り返した。
 当たり所の悪かった兵士は気を失い、中には流血する者もいた。
 1人、また1人と戦闘不能に陥っていく。

 逃げなければ!
 そう思うが恐怖で足が動かない。

 地獄のような景色を前に動転していると、1人の兵士が猪に飛ばされた。

 その先にいるのは、俺。

「――うぐッ!」

 体と体がぶつかり、骨が軋む。
 俺が着ているのは布製の服。兵士が身に着けているのは金属製の鎧。
 後方に倒れ、呼吸が乱れる。

 苦しい。
 苦し、い。
 苦、し、ぃ。

 猪と……目が合った。


 死・を覚悟したが、兵士たちがボロボロになりながらも攻撃を続けたことにより、俺が標的になることは逸れたようだ。
 だがしかし、次々に兵士たちは倒れていく。



「……や、やるしかないっ」



 今から逃げたとしても兵士が全滅し、俺も殺されるだろう。
 生きたいのなら殺すしかない。


 ――――命を、奪え。


 俺はとっさに近くに倒れていた兵士の両手剣・・・を拾った。
 家にあった護身用の物を振ったことはあるが、実戦はこれが初めて。
 剣を力強く握り、走り出す。


 膝が震えていたかもしれない。
 まともに走れていなかったかもしれない。
 だが――死の一歩手前まで来たからだろうか、根拠のない自信にあふれていた。


 ちょうど。
 盾兵にぶつかって猪の前足が上がる。


『ブアッッ?!』


 俺はその下にできた空間に入り込み、

「お前――」

「いっけえええええええええ!!!」


 誰かが息を呑む音がした。

 俺の剣先は……まっすぐと落下してきた猪の腹に吸い込まれていく。

 皮の抵抗感。
 それを破った瞬間、一気に奥へと突き刺さる。

『グワぁあああああッ!!』

 猪が刹那の断末魔をあげ、落下してきた巨躯が俺を押し潰す。
 生き延びたことに対する安堵か、それともただ単に上からの重さに耐えきれなかったのか、俺の意識は朦朧とし始め……



『魔物を討伐しました』
『《職業》発展が開放されます』



 脳内に女性の声が響いた。
 これってもしかして……。

 それ・・の正体には心当たりがあり、詳細を思い出そうとする。


 しかし……そこで俺は気を失った。

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