オートマティズモ

小林滝栗

第1話『新宿のボーイズ・ライフ』(6)

ポポルの発声と時を同じくして、ワイヤレスイヤホンからのびる光線につなげられた、白と黒の獣が姿を現した。『ハンナ・アーレント』。ポポルの思想獣である。
獣といったか、しかしその姿は若くほっそりとした女性であり、肌も露わなところを、象形文字が何本もの帯状になって、全身を包むことで、辛うじて痴態を防ぎ、公衆衛生をたもっている。文字のネオンは白と黒に輝き、神聖さをゆき渡らせる。
帯状の文字は常に左右に動作しており、時には言霊でもはなつのであろうか。まだわからない。

あきらかに異質なけはいに、ツァイトガイストB/LはG嬢から、ハンナ、つまりポポルたちに視線をやる。すでにまぶたは再生しており、うねり、スピードが鋭角な鉄杖となり、オートマティズモを襲う。ゴルバチョフは気絶し、のこりのアイドルメンバーたちはおたおたと震え、枝の如きO脚をがつくんがつくんとさせている。あぁ、「キヤアキヤア」の音よ。

「ハンナ!思想ブレード、ワザーップ!」
ポポルが叫び、ハンナの軀をくるむ帯が2本、刃物となって、手元へ収まる。
ほのくらい地下空間に凛とたつ美少女は、肘をぐつと後ろに引き、重心を低くした。
二刀流の腰つきである。
B/Lはズンと仁王立ちをしながら、宙に浮かび、再生された2つのまぶたを旋回させる。
「うぉっ、こいつ飛ぶのか!」
「フ、ヘリコプターのメカニズムだな」
「ここは、ぼくに任せてください!」

ーー襲いかかる!

両手の思想ブレードでまぶたの凶器を受け止め、鍔迫り合いを演じる思想獣、ツァイトガイスト。
「陳腐ゥ、チン・プウゥゥゥ!!」
ワイヤレスイヤホンにインストールされたオーディオブック『エルサレムのアイヒマン』を再生して、神聖なる虚空に言語を放つポポル!

つまり、B/L、『ボーイズ・ライフ』は、陳腐なんだな。

悪の陳腐さ、パアフェクトな無思想性に加え、問題なのは『愚かさの欠如』。
中途半端な知性が、欲望を隠し、ツァイトガイストを生むんだ!
いちいち理由をつけて、O脚のアイドル女どもを可愛がろうとするから、精神と軀にズレが出る、吐き気がする。
「理由理屈はいつしか嘘を作り、過去を書き換える!」 
「過去が自分を縛り、オタクでありつづけようとする!」
「そんな命でも、救おうとするのならっ」

ポポルの説教が響き渡ると同時に、ハンナの思想ブレードが、X字にまぶたを切り裂いて、B/Lを吹き飛ばした。浮遊を維持できず、そのままステージ前に倒れこむ。

「やったか!!よし、今のうちにステージのガキどもを!」
ダフはアイドルに向かって、ツァイトガイストの壁になろうとした。

B/Lを見下ろして、ポポルはオーディオブックを加速させる。

ーーつまり、迫害されると思い込んでるんだ。
ツァイトガイストってやつは。
いつまでも「女は裁かれない」なんて幻滅を抱かされて。
謂れなき復讐心に駆られて。こんなんなっちゃってさぁ……
あぁ、あぁ、嫌だねぇ。

その独白が、隙を生んだ。
まぶたの再生を断念し、体表面にみなぎる脂汗を流動させるB/L。

「うぉっ、マジかよ」
「フ、まずいな、あんな灼熱の脂が撒かれたら、フロア一帯が溶けてしまうぞ!」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品