世界実験開始 

クロム

第一章 その16

 話しながら歩いていると、森の奥には意外に早く着いた。
 二人で花探しを始めると、咲奈が言った。
「ねぇ涼河。一つ聞いていい?」
「何ですか?」
「涼河はどうして、軍人さんになったの?」
「それは……」
 答えを告げる直前で、涼河の口が固まった。
 ──何で僕は、軍にいるんだろう。
 涼河の日常には、いつも軍が関わっていた。
 兵器である涼河にとって、軍は生活そのものだ。
 だから涼河は、自分が軍にいる理由を考えたことがなかったのだ。
「気になりますか?」
「もちろん。私みたいな一般人にとって、軍人さんは遠い存在だから」
 咲奈は手を止め、空を見上げながら話し始めた。
「私、お父さんを知らないんだ」
 思えばあの日、咲奈の家族は母親しか見かけていない。
「お父上はどこに?」
 涼河が聞くと、咲奈は話を続けた。
「知らないの。どこに行ったのかも、どんな人なのかも。お母さんに聞いても、詳しいことは全然教えてくれないし」
 その時、涼河の中で一つの謎が解けた。
 目を合わせる度に美しいと感じる、彼女の青い双眸。
 それはやはり、彼女の父から受け継いだものだったのだ。
「唯一教えてくれたのは、お父さんは私が生まれる直前になって、母国に行かなくちゃ行けなくなったってことだけ」
 咲奈の言葉に、涼河はある可能性を見つけた。
「すいません。小峰さんって、今いくつですか?」
「二十歳。もしかして気づいた?」
 日本が参戦することになったのは、今から二十一年前。咲奈が生まれる一年前だ。
 咲奈の話が本当なら、咲奈の父親は彼女が生まれる直前──日本の参戦と同時に母国に帰ったことになる。
「小さい頃はわからなかったけど……お父さんは、母国に兵士として呼ばれたんだと思う。戦争の時って普通の人も兵士になるんでしょう? あまり勉強したことないから、詳しくはわからないけど……」
「…………」
 それだけじゃない。
 日本が参戦したのは、世界大戦が始まってから九年後。
 それまで、咲奈の父親は日本にいた。
 だが日本の参戦によって、母国に帰らなければいけなくなった。
 ──日本にいられなくなった。
 もし咲奈の父親が帰国した理由が、日本の参戦だったとしたら。
 咲奈の父親の出身は、恐らく日本の──、
「──だから、ずっと気になってたんだ。軍人さんの気持ちを」
 涼河は視線を感じ、ゆっくりと顔を向ける。
「それを知れば、お父さんのことがわかる気がするの」
 その声音には、父を知ろうとする咲奈の強い思いが込められていた。
「だから教えて。涼河」

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