世界実験開始 

クロム

第一章 その13

 あれから数日後、伊豆半島全域の調査が終わった。
 結果としては、離島から本土へと避難してきた人達が行き場を失い、各所で住民と小競り合いが起きていることが問題として見つかった。
 早急な居住施設の設置が必要になるだろう。
 敵軍の残党は一人も発見されることはなく、半島内の安全は保障された。
 これにより、涼河達の任務は完全に終了。そして、軍に入隊してから初の休暇を言い渡された。そして、今日は休暇の初日。三人は思い思いの時間を──、
「涼河、休暇って何するのが普通なんだ?」
「……まあ、どうにか過ごそうよ」
「どうにか過ごさなきゃいけないのが休暇なのか?」
「いや……その……」
 ──兵舎で寝ながら過ごしていた。
「二人ともうるさい。静かにして」
 時雨が不機嫌そうに言う。
「時雨はいいよな。こんな時に時間を潰せる趣味があるんだからよ」
「潰してるんじゃなくて有意義に使ってるの。そんなに暇なら散歩でも行ってきたら、とにかく読書の邪魔をしないで」
 時雨は三人の中で唯一、読書というまともな趣味を持っている。
 小さい時から本が好きで、彼女の読書タイムを邪魔しようものなら、涼河であろうと圭佑であろうと本気で怒られてきた。
 彼女の冷静な性格は、きっと読書で培われたのだろう。
 だが涼河には、昔から気になることがあった。
「今は何の本を読んでるの?」
「……………………」
「時雨?」
「……………………」
 それは、時雨の読んでいる本のジャンルだ。
 時雨はいつも本にカバーをかけていて、外からは何の本を読んでいるのかわからない。
 一冊の読破にかける時間が長いので、恐らく小説だとは思うのだが。
 これを本人に聞いても、だんまりを決め込まれて一向に教えてくれないのだ。
 これは圭佑も知らないらしく、時雨の七不思議の一つに数えられている(他の六つは未定だ)。
 そして、もう一つ気になること。
「どうして、いつも教えてくれないの?」
「それ、俺も気になってた。何で?」
 ここぞとばかりに、二人は連携して時雨に強襲をかける。
「……………………」
 応答はない。
 やはり、一度閉じた時雨の口を聞かせるのは、至難の技のようだ。
 だがこの機会を逃してしまえば、今度はいつ聞けるかわからない。
 この機会を逃してなるものか。
「えっと……本のサイズ的に、小説だよね?」
 まずは本の種類を聞きながら的を絞っていき、外堀を埋めていく。
「……う……うん」
 時雨はそう言いながら、ゆっくりと顔を縦に振る。
「それは短編集か?」
 圭佑がすかさず問う。
「……………………」
 何もない。短編ではないな。
 なら長編だ。これでだいぶ絞れる。
「それは、推理小説?」
「……………………」
「ファンタジー小説?」
「……………………」
 二人は交互に質問を繰り返し、可能性を集約させていく。
 そしてついに、
「えっと……青春もの?」
「っ!」
 時雨の身体がびくっと震える。間違いない。
「青春もの読んでたのか! 意外だなぁ。なぁ涼河」
「そうだね。時雨なら、もっと難しいジャンル読んでると思ってたよ。それこそ、最初に挙げた推理小説みたいな」
「え? あ、ああ……そう? そんな風に見られてたんだ」
 長い秘密が解けたことで、三人の兵舎は大きく盛り上がる。
 ──きっとこういう風に過ごすのが、休暇なんだろうな──。
 涼河は、心の中で呟いた。
「で? 題名は何なんだ?」
「それも気になるな。僕達も知ってる本?」
「ダメ」
「「……え?」」
 だがその和やかな雰囲気は、突如として終わりを迎える。
「何で? 教えてよ」
「出てって。読書の邪魔」
「別にいいだろ? 題名も──」
「──出てって」
 ほんの数秒前まで顔を隠していた時雨が、今は鬼の形相で二人を睨めつけている。
「「……は、はい……」」
 その圧倒的な威圧に、二人はなす術もなく敗北した。


 ドアの向こう側の声が少しずつ遠ざかっていく。
 どうやら、今の会話の問題点を二人で探っているようだ。
「ふうぅ……よかった……」
 二人の声が完全に聞こえなくなったのを確認すると、詰まっていた息を大きく吐いた。
「これだけは、バレたらダメだよね」
 そう言って、時雨は『イケメンの幼馴染みが自分にだけ顔を赤らめる件について』を読み進めるのだった。

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