世界実験開始 

クロム

第一章 その12

「ぁ────」
 恐らく、目を奪われるとはこのことを言うのだろう。
 顔に微笑を浮かべ、風に自身の長髪をなびかせる彼女の姿は、一瞬にして涼河の言葉を全て奪っていった。
「私、初めて同年代の人と話したんです。集落には、あまり若い人がいませんでしたから」
「は、はぁ」
「だから今日軍人さんと話せて、とても楽しかったんです。だから……お時間があれば、また話せないかな、と」
「ようするに……友達、ということですか?」
「はい! お願いします!」
 彼女の双眸は、今までにないほど輝いている。
 涼河には、その期待に満ちた表情を裏切る勇気はなかった。
「じゃあ、また来ます。いつかはわからないですけど」
「あの、友達なら敬語はやめませんか?」
「ああ……わかりました。なら──よろしく。ええと……」
小峰咲奈こみねさな。あなたは?」
「上代涼河。よろしく」
「よろしくね。涼河」


その日は、新しいもの友達ができたこと以外は散々だった。
 あの後、時雨の機嫌は全く直らず、最後まで涼河のことを無視し続けた。
 その状況に、圭佑は助け舟を一つも出さないどころか、涼河と時雨を避けるように行動する始末。
 だが、まだよかったかもしれない。
 もし集落で、女性の秘密を口に出していたら──。
 その日の夜、涼河は心の底から圭佑に感謝するのだった。

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