Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

ささゆき

monologue,3 唯一の愛を乞うシューベルト《6》




 何度も何度も「すきだ」と言い聞かせて、泣き出してしまった彼女をお姫様抱っこして、寝室へ戻る。いやいやをするように首を振るネメに、「俺にはお前しかいないんだ」とやさしく髪を撫でながら、深く口づけをする。蕩けるような接吻を与えれば、彼女は頬を真っ赤にして、「ン」と可愛い声をあげる。愛人としてではない、花嫁としてお前を抱きたい。そう囁けば、ネメが観念したのか「本気?」と首を傾げる。
 何を当たり前のことを、と笑いながら夜着を脱がせて、ふだんよりも丹念に彼女にふれる。
 施される愛撫を前に、それ以上ネメは抵抗しなかった。


   * * *


 三日三晩かけて彼女に求婚し、ようやく寝台の上で彼女から「是」という応えをもらった翌朝。
 目を真っ赤に腫らしたネメにリストの「愛の夢 第三番」を弾いていた俺のところへ客人が現れた。スーツケースを持った立花だ。
 俺とネメは身なりを整えて、応接間へ向かう。そこには立花以外にも、ふたりのスーツ姿の男がいた。

「社長、お待たせいたしました。援軍を連れてまいりましたよ」
「援軍?」

 そっくりな顔立ちをしたふたりを前に、俺は凍りつく。

「アキフミお兄ちゃん、元気ぃ!」
「多賀宮の生意気なお嬢ちゃんはオレたちに任せとけ。あと、お袋にアキフミ兄ちゃんがご執心なのはピアノじゃなくて初恋のひと本人だって言っておいたから安心して」
「……安心できるかっ!」

 父親違いの年齢の離れた双子の弟、フミヤとタカヤが、どうやら俺の援軍らしい。援軍? と呼べるほどの戦闘力もなさそうだが……
 恨めしそうに立花を睨むが、彼女はくすくす笑っている。

「ひとりで暗く思い悩まれるより、仲のいい弟さんたちと話し合われた方が最善の道が開けると思った、それだけのことですよ」
「別に仲は良くないぞ……」
「そんなこと言わないでアキフミお兄ちゃん、軽井沢の恋人、紹介してよ! なんなら一緒に遺産探し手伝うから」
「遺産じゃない、遺言書だ……」

 どこまで調べてきたのだろう、双子たちは遺言書探しも一緒にする気になっている。
 たとえネメが遺産を無事に相続し、俺が彼女を妻に迎えたとしても、彼らには一銭も与えないぞ、と心に誓うのだった。


   * * *


 人たらしの双子の弟たちは添田をはじめとした屋敷の人間にも容易く取り入り、当たり前のようにネメも彼らの話術に飲み込まれていた。

「ずっとアキフミお兄ちゃん悩んでいたんだよ。社長の妻に貴女を迎えて大丈夫なのか、って。社長夫人になったら人前でピアノを弾く機会が増えて彼女の負担になるんじゃないか、って。だけどお見合いした生意気な女を妻にするのは耐えられない、って」
「そんなことを彼が?」
「あくまでオレたちの想像だけど」

 応接間に楽しそうな声が響く。大学を卒業した双子たちも紫葉不動産のグループ会社に就職し、切磋琢磨しながら仕事に取り組んでいるという。俺の花嫁探しの話題は双子たちの会社でもたいそうな話題になっているそうだ。

「お互いに想いあっているのに、どうして一歩を踏み出さないの?」
「ネメさんの相続が落ち着いたら、なんて言っていたら他の男に掻っ攫われちゃうよ、アキフミお兄ちゃん」

 雲野ホールディングスの御曹司のことも調査済みらしい。立花が「どっちが良縁かってきかれたら常識的には雲野さんです」とあっさり伝えてきたが、それを聞いたネメが「わたしは紡さんとは結婚しません」ときっぱり言い放ったのを見て「が、社長もいい男ですよ」と俺をフォローする。

 昨晩の彼女を思い出し、だらしない表情になってしまった俺を、呆れたように弟たちが見つめている。

「なんだか心配して損したかも。お兄ちゃんとネメさん、ラブラブじゃない。いいなあ初恋のひととの結婚」
「彼女なら義父さんも認めてくれると思うけどなあ」

 ラブラブ? とネメの方を見れば、彼女も困った顔をして、けれども嬉しそうに頬を赤らめている。俺のことを、愛人以上に想ってくれるのだろうか。

「だけど……アキフミ」
「ネメ。言っているだろ。俺はお前がバツイチだろうが、気にしないし、両親にも社員たちにもお前を認めさせてやるって」
「そうじゃないの……」

 何が?
 俺が首を傾げると同時に、来客を告げるチャイムが鳴った。

「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く