Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

ささゆき

chapter,3 シューベルトと夏の宝探し《3》




 遺言書の存在が明らかになって以来、週末になると東京からわざわざ紡が軽井沢まで訪れるようになっていた。アキフミは彼を煙たがったが、夫の遺言書を探し出す必要性は理解しているらしく、彼が屋敷に訪れると渋々一緒に行動するようになった。

「はじめに言っておくけどな。俺はネメと二人きりにさせたくないからお前との遺言書探しに付き合っているんだ」
「レイヴンくん、その上から目線ムカつくんですけど。俺の方が年上なのに扱い雑じゃない?」
「昔からそうだっただろ」
「うゎ。ウッドベースの兄ちゃんかっけーって目をキラキラさせてたあの男の子はどこ行ったんだい」
「知るか」

 添田がふたりのやりとりを目を丸くして見つめている。旧知の仲であることをわたしが教えれば納得したのか、「仲がよろしいのですね」とわたしと殆ど変わらない反応を見せてくれた。
 そんなわたしと添田のやり取りを小耳に挟んだアキフミがキッとこちらを睨みつける。ふたりに見つめられて添田は応接間から逃げるように出ていってしまった。こっそり微笑みながら。

「どこがだ! 俺はこんななよなよした男願い下げだ」
「そうだよー、まさかネメちゃん俺とレイヴンくんの仲に妬いてくれたの? 結婚したらそんなこともなくなるよ?」
「お前もちゃっかり結婚前提で話を進めるな!」
「えー。こういうのは本人同士できちんと相談する必要があるだろ? レイヴンくんも俺もネメちゃんと結婚したくて一生懸命なのはわかるよ。遺言書の有無にかかわらず、彼女は莫大な遺産を手に入れられる金の生る木だからね」
「そういう風に考える輩がいるから須磨寺は遺言書を残したんだろ。とはいえ彼女と一緒に見つけ出した奴がネメの次の結婚相手だ、とか書かれていたらたまったもんじゃないな」

 はは、と乾いた笑みを浮かべるアキフミを見て、それはそれで面白そうだねと紡が笑っていたが、ふと真面目な表情になって、わたしに説明する。

「一般的に、相続に関する手続きって故人の四十九日法要が終わったタイミングではじまることが多いんだけど、故人が亡くなったその日から動き出すことは可能なんだ。今回は喜一さんがキリスト教徒だから一ヶ月目の昇天記念日を目安に添田も遺言書の存在を明るみにしたんだと思う」

 添田はわたしにそれよりも早く遺言書のことを匂わせていたけど、詳しいことはわからないままだった。アキフミも似たような状況だったのだろう、紡の説明に不服そうに頷いている。
 紡は両親から生前に夫が遺言書を書いて隠したことを告げられて、今回の記念集会にひとりでやって来た。喜一と懇意にしていた紡の両親は、遺言書がない場合は唯一の相続人となるであろう喜一の若い後妻と紡が結婚すればいいのではないかととんでもないことを提案して、紡をその気にさせてしまったらしい……この辺りは本気で冗談であって欲しいけど。
 とはいえ、わたしに逢いたい気持ちも少なからずあったのだろう。アキフミが番犬のように待ち受けているとは思いもよらずに。

「喜一さんのお兄さんも若くして亡くなっているし、隠し子の存在がない限りはいまのところ相続人に該当しているのはネメちゃんただひとり。だから遺言書がない場合、相続放棄をしない限りは土地もピアノもすべて貴女のものになるっていうのは、生前に彼が話したんじゃないかな……まぁ、紫葉リゾートが前金で土地とピアノを押さえているのは事実だけど、名義はまだ喜一さんのものだろ? 正式に相続をしない限りは土地の売買もできないし、名義変更の手続きも進められない。相続税もとんでもない額になるだろうし、借金が残されていた場合はそれらも負の遺産として引き継ぐことになるけど……その辺は遺言書の内容次第って考えればいいと思うよ」
「遺言書を探し出して、来年の二月末までに相続税申告を行う必要があるってことですね」
「そ。相続税の申請と納税が終わったらようやく相続財産の名義変更が可能になるんだ。その辺は税理士を雇った方が手っ取り早いから添田と相談するといいよ」
「紡さんも詳しいですね」
「入社一年目から経理部で鍛えられたからね。アキフミよりは頼りになるよ? だから俺と結婚」
「…‥だーかーら。どうしてそうなる」

 夫がわたしに遺したものが欲しくて、紡はわたしと結婚したいなどと言っているだけだ。
 逆に、アキフミはわたしを手に入れるために土地とピアノを添田から買い取ったと言っていたけれど……紫葉リゾートの新社長である彼の立場から考えると、わたしが相続を終えてから土地だけ購入していればなんの問題もなかったはず。相続期間は被相続人の死亡した当日から十ヶ月間もあるのだから。
 信じられないことだが、アキフミはわたしを本気で囲うために、夫が死んだ翌日に土地とピアノを押さえて、わたしが逃げ出さないようにした、というのが真実らしい。逃げる場所などどこにもないのに……
 わたしが思考に耽っているあいだも、ふたりはなんやかんや言い合っている。

「――調律師の資格を取りながら会社の手伝いしてたんだから仕方ないだろ。俺だって経営の勉強はしてる……実務経験が乏しいだけで」
「そこをカバーできる秘書はどうしたんだい? 東京本社にいるんだろ?」
「まぁ、な。トラブルがあれば向こうから連絡が来るから問題ないはずだ。なんせここは紫葉リゾートが重視している現地だからな」
「ネメちゃんの相続が終わるまで他のプロジェクトを凍結させそうな勢いだものな……」

 その執念深さは尊敬に値するよと紡が苦笑を浮かべ、ぽかんとしているわたしに声をかける。

「ネメちゃん。相続税申告書を提出するには被相続人の戸籍謄本、死亡診断書、住民票など必要書類をたくさん用意する必要があるのはわかってるよね?」
「その辺は添田さんにお願いしているけど……遺言書だけが夫に隠されているから、いまは先に進めないってことですよね」
「だろうね。ヒントは何か言っていなかった?」

 わたしと紡が互いに真剣な表情で向き合っている横で、アキフミがつまらなそうに呟く。

「屋敷のなかではない」
「ってことは“星月夜のまほろば”の五棟の建物のどこかに隠されているの?」
「別荘地のどこか、だろうな。広大すぎて俺も見当がつかないが」
「あとでもう一度添田さんにもきいてみます。詳しいことは知らないって言っていたけれど、たぶん、わたしよりはわかっているはず」

 添田はこの件に関しては自分から積極的にかかわってこない。相続人となるわたしが遺言書を見つけ出し、その内容を吟味して判断するまでは手助けしないということだろう。そのなかに、わたしの再婚相手について書かれているのかもしれない。そもそも夫を亡くした身で次の男性と結婚するつもりなんてないのに……アキフミの愛人で構わないと、そう思っていたのに。

「ネメ。俺と紡なら、俺と結婚するよな?」
「あ、ずるい。そうやって俺を諦めさせようとするー。遺言書の中身を見るまでは俺も諦めないからな」

「なんかもう……どちらとも結婚しないで済む方法を考えたい気分です」

 ぎゃあぎゃあじゃれ合うように絶えず言い合いをつづけるふたりを眺めながら、わたしはぽつりと呟くのだった。

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