Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

ささゆき

chapter,3 シューベルトと夏の宝探し《2》




 教会の裏にあるちいさな墓地に、夫の骨は納められた。
 天気は快晴。爽やかな風が喪服のスカートを揺らしていた。
 ――そんな空模様とは裏腹に、わたしの心は荒ぶっていたけれど。


   * * *


「遺産分割協議を行う必要はないんじゃなかったのか」
「法定相続分に限りましては現時点ではそのとおりです」
「現時点、か。……添田。お前はまだ、何か隠し事をしているか」
「いいえ。ですが、雲野さまのご子息が直接乗り込んでこられるとは想定外でした」

 教会からの帰りもタクシーを利用したが、朝のようにアキフミと会話をする余裕もなく、お互い黙り込んだまま屋敷まで到着してしまった。留守番をしていた添田の顔を見た瞬間、アキフミが険しい顔になって、はなしはじめる。
 玄関ホールではじまった遺産相続にまつわる会話に、わたしは何も言えなくなる。

「雲野ホールディングスも“星月夜のまほろば”を狙っていたんだな。だから、ネメにあんなことを……」

 さらっと「俺と結婚してください」と挨拶するように求婚してきた紡のことを思い出し、わたしは複雑な気持ちになる。彼が欲しいのはわたしが受け取るであろう夫の遺産であって、わたしではない。
 ただ、遺言書に他の人間の名が記されていたら、遺産を相続する権利はわたし以外にも存在することになる。添田はそこにアキフミの名があるはずだと言っていたが、逆に紡の名があったら?

 ……法的なことはよくわからないが、添田とアキフミの話し合いはひとまず終了したらしい。わたしが心配しながらふたりの顔を見比べれば、アキフミが安心させるようにぽつりと呟く。

「あの男には絶対渡さない。この土地もピアノも……もちろんネメ、お前のこともな」


   * * *


 生前、夫が懇意にしていた雲野ホールディングスの社長一家……紡とその弟と両親のことだ……は、彼が死んだら自分たちが“星のまほろば”の経営を引き継ぎたいと名乗り出ていたのだという。けれど夫はわたしが路頭に迷うことを危惧して、彼らの提案に渋い顔をしていたという。

「生前贈与で手っ取り早く土地を渡していただければ良かったんでしょうけど、喜一さんは想い出の詰まった土地だから、そう簡単に手放せないと最後まで拒んだんです。ただ、ねね子さんに向けて遺言書を書いて隠しておくから、それを一緒に探してくれって言われましてね」

 紡はそう言って、応接間のソファに座ってちまちまとコーヒーを飲んでいる。
 まるでこの屋敷の住人気取りだなと毒づくアキフミに、それは君の方じゃないの? と平然と言い返して、わたしの方へ顔を向ける。

「遺言書が見つからなかったら、どうなるんですか?」
「添田とレイヴンくんが相続人を無視したかたちで金銭のやり取りをしていることが公になったら、紫葉リゾートは大ダメージを受けるだろうね。これが喜一さんの遺言書の指示に書かれているか否かで、ネメちゃんの運命もまた変わるんじゃないかな」
「遺言書が見つかることで、紡さんに利益があるのでしょうか」
「それはわからないなぁ。けれど、遺言書の内容次第では、俺にもチャンスがあるわけです……なので俺と結婚」
「誰がさせるか!」

 さくっと紡の言葉を遮って、アキフミがうんざりした表情になる。

「ネメは俺の妻になるんだ。そうすれば遺言書があろうがなかろうが問題ないだろう?」
「うわっ、レイヴンくん目が怖いよ。一歩間違えたら犯罪者まっしぐらだよ。土地とピアノだけでなく彼女も自分のものにするつもりだったなんて……やっぱり喜一の遺言書はあった方がいい。お前の物騒な野望を打ち砕くためにも」
「どこが物騒だ……ったく」

 アキフミのことをレイヴンくんと呼ぶ紡は、レイヴンクロウとして彼がバンド活動を行っていたことを知っているのだろう。思ったとおり、彼もかつてバンド活動を行っていて、何度かライブハウスで共演していたことが判明した。

「趣味でウッドベースをかじってましてね。レイヴンクロウとはピアノのジャズセッションで競いあったものです」
「紡が雲野ホールディングスの御曹司だなんて知らなかったけどな」
「俺だってレイヴンくんの正体が紫葉リゾートの新社長だって知って驚いたよ。ピアノしか弾いてないジャンキーだったくせに」
「いろいろあったんだよ……もういいだろ、こんな話」

 わたしが思った以上に、世間は狭い。

「ネメちゃんも災難だね、こんな男につけ回されて」
「オイこらそれどういうことだ? つーかネメちゃんって呼ぶのやめろ鳥肌が立つ」
「別にレイヴンくんが鳥肌立てる分にはなんの問題もないさ。ねぇ、ネメちゃん」
「……えっと、はあ、そうですね」

 しどろもどろなわたしの応えに、アキフミが呆れた顔をする。

「……ネメ。彼が遺言書を用意していたという話は俺も添田から聞いていた。ただ、今回の場合、それが効力を発揮できるものなのか、疑わしい部分もあったから」
「だから土地とピアノを押さえたんだ? 親族でもないくせに」
「そういうお前だって須磨寺の事情を知らないくせに」
「俺はこれから相続人のネメちゃんと結婚するからいいの」
「だからさせねーっつってんだろ!」

 ふと、高校時代のアキフミのことを思い出してくすりと笑ってしまう。
 彼は学校で、毎日のように同級生の男子とこんな風にじゃれあっていた。ピアニストの娘と遠巻きに見られていたわたしにも隔たりなく接してくれて、嬉しかったものだ。
 あのときとは事情が異なるし、まだまだ相続にまつわる問題ははじまったばかりだけど。

「ネメ?」
「アキフミと紡さんって、仲がよろしいんですね」

 その一言で、紡がぱぁっと明るい顔をし、アキフミが対照的に心底イヤそうな顔をした。
 前言撤回。このふたり、仲が良いのか悪いのか、さっぱりわからない。
 けれど、この三人で夫の遺言書を探すのはなんだか宝探しみたいで楽しそうだな、と思いはじめた自分がいるのも事実だった。

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