ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

第11話:花火大会

 俺は、母が町内会で貰った団扇を見た。
 そこに書かれている日付は今日。
 そう、今日は花火大会があるんだ。


「今年は行くんだよね、お兄ちゃん」


「あぁ…って、いい加減暑苦しい!」


 明日香は俺の服の中に入り、襟から首を出した。
 何がしたいんだよ、こいつ。


「またまたぁ、嬉しいくせにー。二つ下の妹にこんなことされるなんて、滅多にないよ?」


「出来れば冬にしてくれ」


 互いの体を温めることは出来そうだ。
 なおのこと、夏にはやめて欲しい。
 余計暑くなる!


「もう、如月先輩は誘ったの?」


「当たり前だろ」


「そっかー、私は結弦くんあたりと回ろうかなー」


 明日香は「如月先輩の邪魔するのも悪いし」と付け足し、服から出てきた。


「それはそうと、夏の大会は大丈夫なのか?」


「ん、準備万端。絶対優勝するよ」


 明日香は静かにガッツポーズを取った。
 まぁ、こいつなら何とかなるだろう。


「どこ行くんだ?」


「夕方まで練習」


 明日香はドアをガチャりと閉めた。
 俺は布団に寝転がり、うたた寝をした。


「ふふ、また会えた」


「ここは?」


「都会だよ、初めて来た?」


 俺の目の前には、十一歳位の少女が立っていた。


 前よりは少し空が近い気がする。
 そうか、また夢か。
 それよりも、ここが都会か。


「鉄の森林みたいだな」


「そこに住んでる私達は、さながら木の妖精って感じかな?」


「何それ」


 木の妖精って…、ファンタジー世界じゃあるまいし。実際木の中に住んでいるのは虫だろ。


「私も初めて来た時は、かなり驚いたけど、もう慣れちゃった」


「慣れは怖いな」


 この子はきっと、俺の知らない世界を、いくつも見てきたのだろう。


 世界の最先端を、技術の進歩を。
 いつの間にやら、俺達は時代に取り残されていた。


 でも、別にいい。
 あいつといつまでも笑えれば…。


「ねぇ、死ぬのって怖い?」


「なんでいきなり?」


「私は怖い」


「…俺も怖い」


 当たり前だ。
 死ぬのが怖くない人間なんていない。


「さて、そろそろ起きる時間だよ!」


「もうか?」


「夢なんて、長い時もあれば短い時もあるさ」


 俺は、誰かも分からない少女を前にして、何故か親近感が湧いた。


 顔は…フードを被っていてよく見えない。


「最後に一つ!」


「なんだ?」


 地面が吸い込まれ、渦状になる。
 それ流されるように、俺も回転しながら落ちていく。


「人の死は、尊いものだよ。無駄にしちゃいけない。その人なりの思考を汲み取って、後世に託すの。正しいと思うのならね」






 俺ははっと目を覚ました。
 前にも似たような夢を見た気がする。
 でも…思い出せない。


 携帯を取ると、そこには三件の通知が来ていた。
 ひとつは…。


『祭り、行かないの?』


 という通知。
 ふたつ目は…。


『行かないの?』


 という通知。


 そして最後は…。


『祭り会場で待ってるよ』


 という通知だった。
 時間は…。


 俺は虚ろな目を擦り、時計を眺める。
 なんだよ、まだ三時じゃないか。


 ん…?
 あの時計、止まってる!?
 俺は急いで携帯の待ち受けに戻る!


 そこに表記されてる時間は…。
 五時三十五分!?


「遅刻じゃねぇか!」


 俺は急いで家を飛び出した!


 祭り会場は、海岸の近くにある神社だ。
 ちなみに、そこが結弦の実家であったりする。


 結弦は普段は親と一緒に別の家に住んでいるのだが。
 神主は結弦の爺さんだ。


「遅いよ、しーくん?」


「すまん、遅れた!」


 そこには、浴衣を着た如月がいた。
 案の定、俺が向かうと如月はふくれっ面をした。


 あたりまえか。
 俺が遅れたんだからな。


「ごめん、ほんとにごめん!」


「もー、別にいいけどさ。ほら、早く店廻ろ!皆もう行ってるよ!」


「あぁ、分かった…」


 俺は正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 自分から誘っておいて、遅れてしまったのだ。


 本人は別にいいと言うのだが…本当だろうか?


「ほんとに気にしてないのか?きぃ…」


「気にしてないよ!それより、勝負しようよ!まずはあれ!」


「かき氷?おいまさか…!」


「そのまさかだよ、ふふふ…」


 俺はゾッとした。
 おい、こいつまさか!


「かき氷早食い対決!」


「うわァァァ!」


 地獄だ!


 でも、こいつへの罪滅ぼしとして、ここは受けて立つ!


「おじさん!かき氷二つ!」


「あいよ!」


 山盛りに積まれた氷山に、鮮血の赤を連想させるイチゴシロップ。
 クソ、やけくそだ!


「よーい…ドン!」


 俺は思いっきりかき氷を口にかき込んだ!


 さて、結果を言おう。
 俺が勝った…のだが。
 二人の頭痛がとんでもなく酷い。


「うー、ガンガンする…」


「お前が言い出したんだろ…?」


「次はあれ、綿菓子…」


「まだマシそうだな…」


 俺達は綿菓子を買い、頬張った。
 ちなみに、結構大きかったので二人でひとつ食べることにした。


「モフモフ…おいひー」


「そーだなー」


 綿菓子を食べているうちに、頭痛は収まった。
 すると、後ろからとんとんと肩を叩かれた。


 振り返ると頬をつかれた。


「引っかかりましたね、長門先輩!」


「なんだ睦月。来てたのか」


「来てましたよ。それより見てください真也先輩。二人が人前であんなこと…」


「うわぁ、恋人アピールか?独り身が嫉妬するぞ?」


 あー、こいつまで来てたのか。
 後ろには卯月もいる。
 てか恋人アピール?何言ってんだこいつ…。


「って!これは違くてだな!」


「ヒューヒュー」


「しーくん、私と恋人って思われるの、嫌?」


「そんなわけないだろ。きぃは俺の誇れる恋人だよ」


「しーくん…」


 如月が顔を赤らめる。
 そして、こちらをまじまじと見つめた。


「あーあ、お熱いことで!行こうか、睦月ちゃん。卯月ちゃん」


「お前だって両手に花じゃないか」


「これは違う!」


 その言い方だと卯月に可哀想な気もするが、彼女想いとしてとらえておこう。


 ほら、なんか悲しそうな顔してるじゃないか。
 真也は二人を連れて行ってしまった。


「さー、次は射的だよー」


「射的か、絶対勝つぞ!」


「私も負けないよー!」


 結果は如月の勝ち。
 なんでも、シューティングゲームで練習していたらしい。


 ゲームセンターとかいう所で。


「ふふーん、くまちゃんぬいぐるみゲットー」


「良かったな」


「次は運の勝負ー!」


 次の勝負はくじ引き。
 一回三百円の普通のやつだ。


「うわぁ!ゲームカセットだー!」


「ゲーム機本体がないと意味ないだろ?」


「そうだねー」


 これは本体がないとただのオブジェだ。
 最新作らしいのだが…。


 プレイ出来ないことがもどかしい。
 不意に、肩をポンポンと叩かれた。
 デジャブかな?


「結弦か」


「やぁやぁお二人さん。お熱いっスねー!」


「お兄ちゃん、上手くやってるね」


 そこには、明日香と結弦がいた。
 そういや、こいつらとはまだ会ってなかったな。
 他のみんなはこれで全員か。


「じゃ、失礼するっス!」


「何しに来てたんだよ…」


「いやー、そろそろ時間っスから」


「時間?」


 その時、空から音がした。
 夏を飾る、大きな音が。


 花火だ。


 その時、思い出した。
 ずっと忘れかけてた、遠い記憶。


「なぁ、きぃ。海行かないか?」


「今度はそっちからお誘いってわけ?」


「…答えろよ」


「いいよ?」


 記憶の中、色づくもの。
 暗い海、色とりどりの海に浮かぶ星。
 俺と如月が、浜から見上げる花火。


「わぁ、綺麗だねー!」


「あぁ、そうだな」


 俺達は空を見上げながら、海へ続く坂を下った。
 そう離れてないから、終わるまでには着くだろう。


 予想通り、花火が終わる前に海へ着いた。


「懐かしいな」


「覚えてたんだ」


「まぁな」


 いまさっき思い出した…、とは言えないな。
 俺達は浜に腰を落とし、花火を見あげた。


「花火、綺麗だね…」


「お前の方が!綺麗だよ!」


 俺は立ち上がり、如月に叫んだ。
 如月は「えへへ、照れるな…」と言っている。
 俺も実際照れてる。


「ねぇ、花火セット、する?」


 照れ隠しなのか、突拍子もないことを言い出した。


「いきなりだな。別にいいけど」


 こいつはくじ引きで花火セットを獲得していたのだ。
 俺はそこに落ちていたバケツを持ってきた。
 誰も使ってないんだろうから、別にいいだろう。


「火はどうするんだ?」


「んー、あー!そこにある!」


 海の家の中に、ライターがあった。
 都合がいいなー。


「さー、火をつけちゃおー!」


「この蝋燭に付けるか」


 俺はライターを使い、花火セットに入っていた蝋燭に火をつけた。


 それからは、笑い合いながら二人で時間を浪費した。
 だが、それを無駄とは思わない。


 締めの線香花火を取り出したところで、如月がポツリと呟いた。


「しーくん、さっき私が花火よりも綺麗だって言ったよね」


「あぁ…」


「それさ…、私はそうは思わないんだよ…」


 俺は頭に?を浮かべた。
 俺は実際、こいつのことを花火よりも綺麗だって思ってる。
 だが本人がそれを否定した。
 それに俺は疑問を抱いた。


「どういうことだ?」


「私はあんな打ち上げ花火よりも…」


 シュッと音を立てて、線香花火に火が灯る。
 それを見つめて、如月はぽつりと呟いた。


「私は線香花火。切なく儚く散っていくんだよ」


「…それも風流だと思うけどな」


 でも、なんでこいつは自分を線香花火に例えたりしたんだ?
 俺は気にせず、線香花火に火をつけた。


「よし、競走だ!」


「負けないよー!」


 俺達は線香花火をどれだけ長持ちさせるか競争した。
 十回ほど繰り返し、もうなくなってしまった。


「来年はみんなと来たいな」


「そう…だね」


 その時、如月の顔は少し暗いような、苦しんでいるような顔をしていたかもしれなかった。
 暗くてよく見えなかったけれど。


 後々、俺はこの時のことを後悔することになる。


 俺は如月を家まで送ったあと、離れた場所で手を振る。家の前まで行っていた如月も、俺の方を向いて手を振った。
 俺の部屋に入ると、明日香がパタパタと団扇で首襟をおっぴろげて服の中に風を送っていた。


「お前、女子としてどうなんだよ。あと、ここは俺の部屋だ」


「あ、おかえりお兄ちゃん。ご飯にする?お風呂にする?それとも…」


「風呂だ」


 明日香は「むー…」と言いながら風呂に向かっていく俺を見送った。
 あいつのキャラ崩壊具合、どうにかならないのかよ…。


 俺が風呂から上がってくると、一件のメールがあった。
 差出人は如月。


『今日もひとつ嘘をつきます。


 しょうじきたっているのも辛いです。壁
 に寄りかかってないと
 たってもいられません。
 くるしいです。
 なきたいです。
 いま、全てが終わってしまいそう。


 それが、とても怖いです』


 俺は、ふと思い出した。あいつ、一日ひとつ嘘の混じったメールを送るとか言ってたこと。
 この場合…、最初の一文以外が全て嘘なんだろう。
 俺は、『最初の一文以外が全て嘘だろ』というメールを送った。


 メールの返信は帰ってこなかった。

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