ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

第10話:勇気

 基地に戻り、物干し竿に濡れた服を吊るす。
 女性陣はタオルを身にまとっていた。
 さすがに俺達もタオルは巻いてたけどな。


 俺は、妙に疲れて眠ってしまった。


「ねぇ、君、一人なの?」


「何さ」


 懐かしい感覚。
 初めて出会った場所。
 初めて聞いた声。


「なんで泣いてるの?」


「妹と喧嘩した…」


 グスン、と鼻をすする。
 すると、少女は俺に笑いかけてきた。


「そっか、ならちゃんと仲直りしないとね!」


「なんで?」


「なんでって…」


 再び、笑顔を振りまく。
 その笑顔は、キラキラしていてとても眩しいものだった。


「それが家族だからだよ!」


 俺は、思わず笑ってしまった。
 それを見て、少女が不思議がる。


「何かおかしいの?」


「いやいや、その通りだと思ってさ」


 少女は「だって、家族って仲良しであってこそでしょ?」と言った。
 この子は、きっと家族に恵まれてるんだろうな。そう俺は思った。


「ねぇ、君の名前は?」


「私?私の名前は如月双葉だよ!」


「じゃあきーちゃんだね、僕の名前は七宮長門だよ」


「じゃあ君はしーくんだね!」


 俺達は語り合った。
 家族のこと、友達のこと。
 俺には友達は居なかったので、一方的に聞くだけだったが。


 でも、何故だろう。
 この子とは、上手くやれるような気がした。


「ねぇ、きーちゃん、僕と友達になってくれない?」


「何言ってるの?」


 俺は戸惑った。
 断られると思った。


 口からは「あ、えっと、その…」と、しどろもどろな言葉しか出てこなかった。


「もう友達でしょ?」


「え…?」


「私たち、もう友達だよ!」


 如月は二度も言った。
 俺は、すっかり涙も止まり、じっと顔を見つめた。


「ほんと?」


「ホントだよ!」


 すると、如月は俺に抱きついてきた。
 むぎゅむぎゅと頬を押し付けてくる。


「えへへー、友達の証ー」


「ちょ、離れて!」


「嫌だった?嫌いになった?」


「嫌いにはなってない…」


 如月は「良かったー」と、胸を撫で下ろしていた。


 変わった人だ。俺に嫌われたくないと言うんだから。


「そうだ!ねぇ君、『霞ヶ原バスターズ』に入らない?」


「何それ?」


「えっとねー、この町に迫る危険をやっつける!って感じかなぁ」


 俺は、正直「ぱっとしないなぁ…」と思った。


 だが、同時に「面白そうだ」とも思った。


「入るよ、霞ヶ原バスターズ」


「そう、なら着いてきて!」


「ちょ?きーちゃん?」


 俺は如月に腕を引かれ、駆け出した。
 まだ見ない、危険に向かって。


 だが、この少女となら、どこまでも、どんな困難でも乗り越えられる気がした。






 七宮くんが、可愛い寝息を立てている。
 彼氏の寝顔をつつくのは彼女の特権かな?


 つんつんとすると、「んん…」と声を上げる。
 可愛いなー。


「んぁ…」


「しーくん、おはよー」


「あぁ、おはよう」


「風邪引くよ?」


 私がそう言うと、七宮くんは自分の格好に気がついたのか、勢いよく乾いた服を着た。


 タオル一丁で寝るって、普通はありえないと思うけどなぁ。


「夢、見た?」


「なんでそんなこと聞くんだよ」


「何だか幸せそうな顔してたから」


 七宮くんは、寝てる最中に何度か「ふふ…」と笑っていた。


 それを見て、私も幸せになった気がした。
 ハピネスシェア!…、て、何言ってんだろ。


「初めて会った時のこと、思い出した」


「ほんと?」


「あぁ、あの時、危険を探して退治しようとしてたことも」


「楽しかったよね、霞ヶ原バスターズ!」


 私が知っているのは、七宮くんと明日香ちゃんだけだったけど大分増えたみたい。


 これだけいれば、なんでも出来る気がする。
 いや、正直に言うと、私は七宮くんが居ればなんでも出来る気がしていた。
 猪だって、落とし穴にはめたことがある。


「またやろうぜ、霞ヶ原バスターズ」


「そうだね、でも今日は帰ろっか。日が傾いてるし」


 みんなもう帰ってしまった。私と七宮くんの二人きりだ。
 七宮くんは、立ち上がって伸びをした。


「帰るか」


「そうだねー」


 ふと、携帯にメールが送られていたことに気がつく。
 差出人は明日香ちゃん。内容は…。


『今夜七時、霞ヶ海岸で待っています』


 との事。


 今は六時だから、メールを送るのは後になるかもなー。


「ごめん、ちょっと急ぎの用事が出来たから、じゃあね!」


「焦って転ぶなよ」


「転ばないよ!」


 私は一度も転けるこのなく、家に着いた。
 さて、祖父母から許可をとり、霞ヶ原海岸までやってきた。


 そこには、案の定明日香ちゃんがいた。


「あぁ、来てくれたんですか。ほんと、人柄がいい人ですね」


 私は聞き逃さなかった。明日香ちゃんが、小声で「反吐が出るくらいに…」と呟いていたことを。


「なんで今日こんなに機嫌悪いの?」


「なんで機嫌が悪いか…ですって?」


 明日香ちゃんは「ははは…」と笑った。
 でも、目は笑ってない。


「笑って誤魔化しても無駄だよ。話して?」


「あぁ、あなたは本当に…クソッタレだ!」


 明日香ちゃんが、大声で叫ぶ。
 まるで親の仇でも見るかのような形相で、こちらを睨みつけてくる。


「ど、どうかしたの?」


「あんたのせいで、あんたのせいであんたのせいであんたのせいで!お兄ちゃんはおかしくなったんだ!」


「どういうこと?」


「あんたが帰ってきた日から、お兄ちゃんは変わった!なんか変な事言ってくるし!口を開けば『きぃが、きぃが…』って、もう限界!これを言うためにここに呼び出したんだよ!」


 明日香ちゃんは、正直に言うと普段とは別人であるかのようだった。


 普段の落ち着いた表情が剥がれ落ち、声を荒らげている。


「お兄ちゃんはあんたが都会に行ってからはそれを埋め合わせるように私を構ってくれた!何人か知り合いは出来たようだったけど、別に我慢できた!誰も…あんたみたいな邪魔者にはならなかった!」


「邪魔者…?」


「そうだ、あんたは邪魔者だ!お兄ちゃんは私の事だけを見てればいいのに!そうやってふわふわしてるだけでお兄ちゃんと付き合うことになるなんて…ムカつくんだよ!」


 さすがに私も少し頭に来た。


 が、ダメだ、感情的になっては。
 伝えたいことすら伝わらなくなってしまう。


「あーちゃん、何個か言わせて貰うけどさ」


「何だ、邪魔者!」


「あなたはさ、ほんとにしーくんのことが好きなの?」


「当たり前だろ!私はお兄ちゃんが大好きだ!」


「だったらさ…」


 私は深く息を吸う。
 血が上っていた頭が、だんだんと冷めてくる。


「素直に好きって言いなよ」


「は?」


「なんで?なんで言わないの?」


 明日香ちゃんは「う…」と呻いた。
 続け様に、私はこう突きつける。


「言えない、恥ずかしくて言えない。嫌われたくなくて言えない。そうじゃないの?」


「う…うるさい!うるさいうるさいうるさい!」


 図星か…。
 確かに、この子の性格上打ち明けにくいのかもしれない。


 それより、ビー玉で多分透かされてるのだけど。


「何の勇気もないあんたが言うな!」


「…そうだね、私は勇気なんてなかった。でもね、最近勇気を貰えたんだ」


 七宮くんが、教えてくれた。
 勇気を。
 憧れてるだけじゃ、ダメなんだ。


 私は、思いっきり明日香ちゃんを打った。
 歪んでるかもしれないけど、それが私の勇気。


「…え?」


「いつまでもヘラヘラしてると思わないで。私だって、自分の好きな人の妹さんを打ちたくはないよ。でもね、これだけは言わせて」


 私は、優しく明日香ちゃんを抱きしめた。
 呆気に取られて、明日香ちゃんは微動だにしない。


「自分の想いを伝えるのってさ、大切だと思うよ?後悔する前にさ。そうやって溜め込む前に、思う存分甘えちゃえ!」


「…本当に…いいの?私が…お兄ちゃんに…甘えていいの…?」


「私だって、しーくんが告白してくれなかったら絶対後悔してたと思う。そう思うと、すごく辛い。だからさ、想いを伝えて、いっその事盛大に振られた方が割り切れるんじゃない?」


「振られたくはないですよ…」


 明日香ちゃんは、少し緩んだ表情をした。
 いつもの表情とは違うけど、とっても可愛い笑顔。


 目は薄らと涙を浮かべている。これが嬉し涙だったら、なお良かった。


 こんな顔を見せられたら、誰でも好きになっちゃうと思うけどな。


「ご、ごめんね!痛かったでしょ?」


「いえ、大して痛くありませんでした」


「そう?」


「それより、私の方こそすいません…、自己中心的なことで、叫び散らして…お恥ずかしい限りです」


 明日香ちゃんは、恥ずかしそうに目を逸らした。
 私は、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「な、なんですか!?」


「手始めに私に甘えていいよ!」


「え?じゃ、じゃあ…」


 すっと、明日香ちゃんが私が両手を広げている胸の中に擦り寄る。


 可愛いなぁ、もう!まるで小学生中学年くらいの少女を見ているようだ。


「こんな感じで、しーくんにも甘えてみれば?」


「あ、アドバイス、ありがとうございます…」


「ふふーん、またいつでも相談に乗ってくれ給えよ!」


「先輩、キャラ変わってます」


「キャラ?それは私があなたに見せている表面上の私でしかなくて、ホントの私はもっと違う私かもだよ?」


 明日香ちゃんは、ガタガタと震える。
 あー、こりゃ間に受けてるなー。なんか、もっと暴力的なのが本性だとか思われてそう。


「まー、冗談だけどねー。そうだー、明日香ちゃんを甘やかすように、私から言っといてあげるよ!」


「ホントですか!?」


「まかせなさーい!」


 明日香ちゃんは勢いよくこの場から離れ、階段の上から「よろしくお願いしますね!」と言った。


 私は、夜道を歩き、家まで帰ってきた。
 ご飯を食べ終え、メールを送る。


『明日香ちゃんを甘やかさないで』


 と送った。
 七宮くんなら、きっと察してくれるだろう。
 そう思ってた時期が私にもありました。
 一分後…。


『一緒に風呂にも入ってくれない、添い寝に誘っても断られた!そもそもなんか当たりがキツイがします!』


 あー、恐らくあれだ。
 七宮くん、メールの本質に気がついてないのか。


 いや、それ以前に、少し欲求が過激すぎる気が…、でも、溜め込みすぎると良くないし…。


 うーん、実に難しい。
 あの子にとっては、一歩前進って感じかな?






 全く、なんだったんだ、明日香のやつ。
 ちょっと怪我して帰ってきたと思ったら、今度は俺に『お兄ちゃん、大好き!混浴しよ、添い寝しよ!』とかハイテンションで言ってきた。


 如月からのメールで、『明日香ちゃんを甘やかさないで』と送られたので、甘やかさないことにした。


 分かってたけどさ。
 背中を流すくらいならしてやっても良かったんだが、如月から『明日香ちゃんを甘やかさないで』って言われたからな。


 その日、目が覚めると、俺は羊の群れの中にいた。
 めぇめぇうるさい中、ぎゅうぎゅうとどんどんと圧縮されていく。


「暑い…」


「めぇめぇ!」


「うるさい…」


 カンカン照りの中、羊におしくらまんじゅう状態の俺は、今にも倒れそうだった。


「暑い…」


「めぇー!」


「うるさい…」


 はっと目を覚ます。


 横には明日香が俺を抱き、「…んにゃ、お兄ちゃん、そこはめぇ…」とか言ってた。
 叩き起こそうかと思ったが、振り上げた手を布団に落とす。


 こいつ、だいぶん溜め込んだんだってな。後で如月から送ってもらった。


 つーか、そろそろ離れて欲しい。
 こいつは俺の事を抱き枕とでも思っているのか、ぎゅうっと抱きしめて離れないのだ。


「明日香、起きろー」


「…ふぇ!あれ、おかしいな…お兄ちゃんの布団に入ってからの記憶が…」


「確信犯だろ…」


 明日香は「んー」と伸びをして、俺の方を見詰めた。
 そして、笑顔でこう言った。


「おはよう、お兄ちゃん!」


 俺は、不覚にも少し可愛いと思ってしまった。

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