ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした
第8話:夜凪
あれからスイカ割りやらなんやらやっていたが、ほとんどが頭に入らなかった。
ずっとぼー、としていたため、睦月や明日香から心配された。
夕方に解散。その後もずっとこの調子だ。
そして、夕飯を食べたあと、俺は海へ向かおうとした。
「あれ、お兄ちゃん、どこか行くの?」
「ちょっと夜風に当たりにな…」
「お兄ちゃん、今日もずっとぼーっとしてたし、休んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫だって、じゃあ行ってくる…」
あいつは荷物には気は回らなかったようだ。
俺は、昼間とはまた別の水着とタオルをカバンに入れて出発した。
学校で二着買ってあったのだ。
一歩ずつ、坂を下る。
何となく、自転車ではなく徒歩で下ってみたくなった。
夏の生ぬるい風が、肌を撫でる。
ゆっくりと流れていく風景に、俺はどこかセンチメンタルになってしまった。
似合わないな、こんな俺には。
俺が海に着くと、昼間とはまた違った雰囲気だった。
黒く塗りつぶされたような海。
それに、まるで鏡のように星が反射している。
「来てくれたんだ」
ざっと音を立てて、砂浜を歩く。
どうやら、如月は先に着いていたらしい。
「当たり前だろ」
「嬉しいよ、来てくれて。じゃ、泳ごっか」
「夜なのに?」
「夜だから、だよ?」
何を言っているんだろう。
とりあえず、俺は水着に着替えた。
俺が着替えている間に、如月も着替えたらしい。
「じゃ、目を閉じて。私が手を引いてあげる」
「そこは逆だろ」
「いいから、閉じてー」
俺は言われるがままに目を閉じた。
ザザァと、波の音が昼間よりも大きく感じる。
結構深瀬までやってきた。現に足がつかない。
「おい、どこまで行くんだよ、きぃ!」
「んー、ここら辺でいいかな。しーくん、目を開けていいよー」
俺は目を開ける。
が、そこにはただ星があるだけだった。
満天の星が、海に反射しているだけだ。
「何も無いじゃないか」
「ほら、潜ってみて?」
俺は、如月が言う通りに潜ってみる。
なんだよ、やっぱり何もな…。
俺はそう思った瞬間、こいつの言ったことを理解した。
何故夜じゃないとダメなのか。何故こんなにも深瀬にやってきたのか。
そこにあったのは、海の中の星空だった。
「ぷはぁ、こ、これって!?」
「コウイカだよ、時期は外れてるけど、まだいっぱい釣れるって、おじいちゃんが言ってたんだー」
「凄い…」
コウイカ。イカの一種で、体が青白く光る。
名前は知っていたが、まさかこんなにも幻想的な光り方なんて思わなかった。
青く光る星達は、数え切れないほど俺の足の下を行き過ぎていく。
俺は、再度海へ潜った。本当に、まるで上から星空を見るようだ。
如月は、向こうへ行こうと指をさした。
俺はコクリと頷いて、如月について行った。
そして、そんな俺たちを追い越してコウイカが流れ星のように泳いでいく。
そして、如月は泳ぐのをやめた。
「どうした、何かあったか?」
「うん、これを見て!」
俺達は再度潜った。そこには…。
海を埋めつくさんとばかりの、大量のコウイカがいた。
この辺りには天敵となる魚も居ないので、よく繁殖しているのだろう。
深く潜り、あたりを見渡す。
青白い光が、いかにも幻想的だった。
「そろそろ帰ろっか?」
「いや…」
俺は何を血迷ったのか、如月を抱き抱えた。
如月は月明かりだけでもわかるほどに顔を赤らめた。
「俺は、お前と一緒にいたい」
「し、しーくん…?」
俺ははっと我に返り、如月と距離をとった。
如月の顔を見るのも恥ずかしくなり、背を向けた。
「ごめん!今のは忘れてくれ!」
「ううん、別に気にしてないから!気にして…ない…から…」
嘘つけ、絶対に気にしてるだろ、その言い方!
「じゃ、じゃあさ、もう少しだけ、ここにいる?」
「あぁ、そうだな!」
俺達はしばらくの間、顔も見ずにあさっての方向を見つめた。
そして、ついに我慢ならないとばかりに、二人同時に顔を見合わせた。
「き、きぃ!」
「何?」
「そろそろ帰るか!」
「ふーん、何もしないんだ…」
いや、なんだよ何もしないんだって。
そもそも帰ろうと言い出したのは如月の方だ。
いや、「お前と一緒にいたい」と言いながら何もしなかった俺も俺だが…。
俺は何をすればよかったんだ?
「うん、そうだね、帰ろう帰ろう!」
「続きはまた明日だな」
「続き?」
「なんでもねぇよ!」
俺達は浅瀬に向かって泳いだ。
俺の頭の中は「何をすればよかったんだ?」という疑問でいっぱいだった。
俺達は服を着替え、帰る支度をしていた。
すると、突拍子もないことを如月は聞いてきた。
「ねぇ、しーくん。しーくんってさ、そ、その…接吻って、したことある?」
「はぁ!?ししし、したことないぞ!?」
俺達はまたもや押し黙った。
おい、なんだよ、いきなり接吻って!
「ど、どういう意味だ?」
「いやこれには、それと言って、深い理由もなくて…その…」
モジモジと口をごもらせる。
俺は睦月曰く鈍感らしい。それも恋愛ものの主人公並みに。
だったら、考えても無駄…、いや、諦めんな!
俺なりにでいい!何か答えを…。
あいつはなんであんなことを聞いた!?
そもそもどうして俺を海に誘った!?
みんなで見に行けばいいのに、なんで俺だけを誘った!?
俺だけを…。
俺…だけ?
「じゃあね、また明日…」
如月が背を向け、階段の一段目に足をかけた。
クソ、ここまで答えは出てるのに!
そうだ、そもそも接吻なんて言葉、なんの脈略もなく口にするのはおかしい!
…したかったのかな?それが、ああいう形で言葉になって…。
ってそんなことありえない!
でも付き合ってるし、そんなことくらいはして当然…。なのか?
そんな恥ずかしいことして溜まるか!
でも、本人が望んでいるかもしれない。
…殴られたって知るか!とにかく行ったれ!当たって砕けろだ!
「きぃ!」
俺は大きく一歩を踏み出した。
砂に足をとられるが、気にせずにまた一歩、踏み込む。
「何?」
俺は如月を振り向かせ、そのまま強引にキスをした。
今思えば、「キスしないか?」の一言で確かめることは出来たかもしれない。
でも、体が動いた。
心ではなく、体が先に。
俺はまたもやはっと我に返り、距離を置いた。
が、何故か如月が体制を崩し、そのまま俺の方に倒れ込んでくる!
俺が如月を抱き抱え、何とか転ばないように踏ん張る。
「ちょ、きぃ!?」
「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」
「やっぱりダメだったか!?」
「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」
ずっとこれを繰り返している。
やっぱり、俺とはダメだったか?
しばらくして、ようやっと、如月は正気を取り戻した。
「やっぱり、いやだったか…?」
「いやじゃない。むしろ、嬉しかった…!」
「そうか…」
そう言われると、無性に恥ずかしくなる。
てか、多分これがファーストキスだろう。
本当に俺なんかでよかったのか?
「ねぇ、しーくん。私さ、しーくんが『キスしないか?』なんて聞いてきたら、断るつもりだったよ。『そこまで度胸がないなんて失望したー』なんて言って。『キスしよう』位の勢いがないと、認めないつもりだった。でも、それ以上に勢いがあったね、さっきのは」
「そ、そうか?」
危なかった。聞く可能性もあったからな。
そうなっていたら?振られる可能性もあっただろう。
「でも、安心した。しーくんって、度胸あるよね。尊敬するなー!」
「そんな、俺なんか全然…」
「再開して二週間の同級生に告白するのは、かなり勇気いると思うけど?」
「それは…きぃだからだ」
「答えになってない」
如月は、俺に向かって笑いかけた。
その笑顔は楽しげで、それでいてどこか儚げだった。
「じゃ、帰るか!」
「そうだね!」
俺達は夜の町を、二人で歩いた。
名前の知らない虫の声が、鼓膜を刺激した。
その後、俺の鼓膜を刺激したのは母の怒鳴り声だった。
「さっきはこっぴどく怒られてたね、お兄ちゃん」
「まぁな」
「そりゃそうだよ。『夜風に当たりにな』で、一時間半も帰ってこなかったんだもん」
ふと時計を見ると、もう十時を回っていた。
結構長い間泳いでたんだな。
そして、俺はあることに気がついた。
ビー玉がないのだ。どうしてだろう。
「なぁ、明日香。ビー玉知らないか、俺が持ってたやつ」
「さぁ、見てないけど?」
「そうか…」
その後、今日海に行った全員にメールを送ったが、みんな「知らない」と言った。
どこへ行ってしまったんだろう?
「とにかく、お風呂入っちゃってよ」
「あぁ、分かった」
俺は風呂に向かった。
別に、最近あまり使ってなかったし、別にいいけどな。
俺はキュッと蛇口を捻り、シャワーを浴びた。
風呂から上がり、妙に疲れた俺は眠ってしまった。
目が覚めると、どこか空が遠い気がした。
というか、なんで外にいるんだ!?
そうか、ここは夢か…。
「しーくん、お待たせー」
「きぃ…」
そこに居たのは、幼い頃の如月だった。
今のように髪は長くなく、短いショートへア。
「ねぇ、どうかした?」
「いや、なんでもない…」
「キツネにでも化かされた?」
「そんなんじゃない」
俺は幼い如月と、何を話せばいいか分からなかった。
すると、如月は「こっちに来て」と言った。
「なぁ、どこに行くんだ?」
「ねぇ、しーくん。あなたしーくんじゃないでしょ?」
「え?」
俺は呆気に取られていた。
何故、俺が幼い頃の俺でないとわかった?
いや、落ち着け俺。これは夢だ、自分が思うように作り替えられるんだ。
「だってさ、話し方が違うもん」
「そうか、ははは、気付かれたらしょうがない!そう、俺は悪い狐だ!」
「そんなんじゃないよ、今のしーくんも優しいもん。それに、あなたちゃんと私の事きぃって呼んだ。普段は『きーちゃん』だけど」
「そうかよ…」
今も昔も、こいつは何も変わらないんだよな。
なんだか少し安心した。
「ねぇ、しーくん。知ってる?『過ち』って、『過ぎる』って書くんだよ」
「物知りだな」
「ふふーん、つまり過ちって、過ぎてからしか気付けないんだよ」
如月は空を見上げた。
年の割には、割と深い内容のことを話すんだな。
夢の中の如月は。
「だからさ!後悔したくない!過ちを犯したくないんだよ!」
「そんなの無理だろ」
「そう、無理。でもさ、自分でどうにか防げる過ちもあるんじゃないかな?」
そりゃあるかもしれないけどさ…。
俺は、そう言おうとした。
「過ちを犯したら、どうしたらいい?」
「そこから学ぶ、それが人間でしょ?」
本当にその通りだ、と俺は思った。
でも、今更だがなぜ夢にこいつが、しかも子供の頃の格好で出てきたんだろう。
そう考えていると、俺達は川に着いた。
如月は、ぴょんと川に飛び込み、こっちこっちと手招きする。
「飛び込めってか…分かったよ!」
俺は、思いっきり助走を付けて、川に飛び込んだ。
すると、水しぶきが立ち、何故かそのままくらい闇のそこに落ちていった。
止まる気配もなく、落ちていく。
「しーくん、後悔、残さないでね!仮に残したなら、それを糧にして前に進むんだよ!」
「分かってる…」
俺は、はっと目を覚ました。
まだ日が昇ってない。
夢を見ていたはずだが、霞がかかったように思い出せない。
ぼんやりと覚えているのは、どこか懐かしかったこと。
「あれ、なんで泣いてるんだろ、俺」 
頬を涙が伝う。
一滴、また一滴と零れていく。
「寝るか…」
俺は二度寝した。
涙は、いつの間にか止まっていた。
まさか、七宮くんがあんなことしてくるなんて…。
憧れるよな。ああなりたいよな。
私も、自分の気持ちをさらけ出せたら…。
「そんなこと無理…かー」
ベットにぐったりと倒れ込む。
そしてベットに座り、水と錠剤を飲む。
あと残り十四錠か。また貰いに行かないとな。
手を見ると、プルプルと震えていた。
「なんで止まらないのかな、震え」
そうか、これは…。
もうそう長くないことを、予告しているのかもな。
ずっとぼー、としていたため、睦月や明日香から心配された。
夕方に解散。その後もずっとこの調子だ。
そして、夕飯を食べたあと、俺は海へ向かおうとした。
「あれ、お兄ちゃん、どこか行くの?」
「ちょっと夜風に当たりにな…」
「お兄ちゃん、今日もずっとぼーっとしてたし、休んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫だって、じゃあ行ってくる…」
あいつは荷物には気は回らなかったようだ。
俺は、昼間とはまた別の水着とタオルをカバンに入れて出発した。
学校で二着買ってあったのだ。
一歩ずつ、坂を下る。
何となく、自転車ではなく徒歩で下ってみたくなった。
夏の生ぬるい風が、肌を撫でる。
ゆっくりと流れていく風景に、俺はどこかセンチメンタルになってしまった。
似合わないな、こんな俺には。
俺が海に着くと、昼間とはまた違った雰囲気だった。
黒く塗りつぶされたような海。
それに、まるで鏡のように星が反射している。
「来てくれたんだ」
ざっと音を立てて、砂浜を歩く。
どうやら、如月は先に着いていたらしい。
「当たり前だろ」
「嬉しいよ、来てくれて。じゃ、泳ごっか」
「夜なのに?」
「夜だから、だよ?」
何を言っているんだろう。
とりあえず、俺は水着に着替えた。
俺が着替えている間に、如月も着替えたらしい。
「じゃ、目を閉じて。私が手を引いてあげる」
「そこは逆だろ」
「いいから、閉じてー」
俺は言われるがままに目を閉じた。
ザザァと、波の音が昼間よりも大きく感じる。
結構深瀬までやってきた。現に足がつかない。
「おい、どこまで行くんだよ、きぃ!」
「んー、ここら辺でいいかな。しーくん、目を開けていいよー」
俺は目を開ける。
が、そこにはただ星があるだけだった。
満天の星が、海に反射しているだけだ。
「何も無いじゃないか」
「ほら、潜ってみて?」
俺は、如月が言う通りに潜ってみる。
なんだよ、やっぱり何もな…。
俺はそう思った瞬間、こいつの言ったことを理解した。
何故夜じゃないとダメなのか。何故こんなにも深瀬にやってきたのか。
そこにあったのは、海の中の星空だった。
「ぷはぁ、こ、これって!?」
「コウイカだよ、時期は外れてるけど、まだいっぱい釣れるって、おじいちゃんが言ってたんだー」
「凄い…」
コウイカ。イカの一種で、体が青白く光る。
名前は知っていたが、まさかこんなにも幻想的な光り方なんて思わなかった。
青く光る星達は、数え切れないほど俺の足の下を行き過ぎていく。
俺は、再度海へ潜った。本当に、まるで上から星空を見るようだ。
如月は、向こうへ行こうと指をさした。
俺はコクリと頷いて、如月について行った。
そして、そんな俺たちを追い越してコウイカが流れ星のように泳いでいく。
そして、如月は泳ぐのをやめた。
「どうした、何かあったか?」
「うん、これを見て!」
俺達は再度潜った。そこには…。
海を埋めつくさんとばかりの、大量のコウイカがいた。
この辺りには天敵となる魚も居ないので、よく繁殖しているのだろう。
深く潜り、あたりを見渡す。
青白い光が、いかにも幻想的だった。
「そろそろ帰ろっか?」
「いや…」
俺は何を血迷ったのか、如月を抱き抱えた。
如月は月明かりだけでもわかるほどに顔を赤らめた。
「俺は、お前と一緒にいたい」
「し、しーくん…?」
俺ははっと我に返り、如月と距離をとった。
如月の顔を見るのも恥ずかしくなり、背を向けた。
「ごめん!今のは忘れてくれ!」
「ううん、別に気にしてないから!気にして…ない…から…」
嘘つけ、絶対に気にしてるだろ、その言い方!
「じゃ、じゃあさ、もう少しだけ、ここにいる?」
「あぁ、そうだな!」
俺達はしばらくの間、顔も見ずにあさっての方向を見つめた。
そして、ついに我慢ならないとばかりに、二人同時に顔を見合わせた。
「き、きぃ!」
「何?」
「そろそろ帰るか!」
「ふーん、何もしないんだ…」
いや、なんだよ何もしないんだって。
そもそも帰ろうと言い出したのは如月の方だ。
いや、「お前と一緒にいたい」と言いながら何もしなかった俺も俺だが…。
俺は何をすればよかったんだ?
「うん、そうだね、帰ろう帰ろう!」
「続きはまた明日だな」
「続き?」
「なんでもねぇよ!」
俺達は浅瀬に向かって泳いだ。
俺の頭の中は「何をすればよかったんだ?」という疑問でいっぱいだった。
俺達は服を着替え、帰る支度をしていた。
すると、突拍子もないことを如月は聞いてきた。
「ねぇ、しーくん。しーくんってさ、そ、その…接吻って、したことある?」
「はぁ!?ししし、したことないぞ!?」
俺達はまたもや押し黙った。
おい、なんだよ、いきなり接吻って!
「ど、どういう意味だ?」
「いやこれには、それと言って、深い理由もなくて…その…」
モジモジと口をごもらせる。
俺は睦月曰く鈍感らしい。それも恋愛ものの主人公並みに。
だったら、考えても無駄…、いや、諦めんな!
俺なりにでいい!何か答えを…。
あいつはなんであんなことを聞いた!?
そもそもどうして俺を海に誘った!?
みんなで見に行けばいいのに、なんで俺だけを誘った!?
俺だけを…。
俺…だけ?
「じゃあね、また明日…」
如月が背を向け、階段の一段目に足をかけた。
クソ、ここまで答えは出てるのに!
そうだ、そもそも接吻なんて言葉、なんの脈略もなく口にするのはおかしい!
…したかったのかな?それが、ああいう形で言葉になって…。
ってそんなことありえない!
でも付き合ってるし、そんなことくらいはして当然…。なのか?
そんな恥ずかしいことして溜まるか!
でも、本人が望んでいるかもしれない。
…殴られたって知るか!とにかく行ったれ!当たって砕けろだ!
「きぃ!」
俺は大きく一歩を踏み出した。
砂に足をとられるが、気にせずにまた一歩、踏み込む。
「何?」
俺は如月を振り向かせ、そのまま強引にキスをした。
今思えば、「キスしないか?」の一言で確かめることは出来たかもしれない。
でも、体が動いた。
心ではなく、体が先に。
俺はまたもやはっと我に返り、距離を置いた。
が、何故か如月が体制を崩し、そのまま俺の方に倒れ込んでくる!
俺が如月を抱き抱え、何とか転ばないように踏ん張る。
「ちょ、きぃ!?」
「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」
「やっぱりダメだったか!?」
「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」
ずっとこれを繰り返している。
やっぱり、俺とはダメだったか?
しばらくして、ようやっと、如月は正気を取り戻した。
「やっぱり、いやだったか…?」
「いやじゃない。むしろ、嬉しかった…!」
「そうか…」
そう言われると、無性に恥ずかしくなる。
てか、多分これがファーストキスだろう。
本当に俺なんかでよかったのか?
「ねぇ、しーくん。私さ、しーくんが『キスしないか?』なんて聞いてきたら、断るつもりだったよ。『そこまで度胸がないなんて失望したー』なんて言って。『キスしよう』位の勢いがないと、認めないつもりだった。でも、それ以上に勢いがあったね、さっきのは」
「そ、そうか?」
危なかった。聞く可能性もあったからな。
そうなっていたら?振られる可能性もあっただろう。
「でも、安心した。しーくんって、度胸あるよね。尊敬するなー!」
「そんな、俺なんか全然…」
「再開して二週間の同級生に告白するのは、かなり勇気いると思うけど?」
「それは…きぃだからだ」
「答えになってない」
如月は、俺に向かって笑いかけた。
その笑顔は楽しげで、それでいてどこか儚げだった。
「じゃ、帰るか!」
「そうだね!」
俺達は夜の町を、二人で歩いた。
名前の知らない虫の声が、鼓膜を刺激した。
その後、俺の鼓膜を刺激したのは母の怒鳴り声だった。
「さっきはこっぴどく怒られてたね、お兄ちゃん」
「まぁな」
「そりゃそうだよ。『夜風に当たりにな』で、一時間半も帰ってこなかったんだもん」
ふと時計を見ると、もう十時を回っていた。
結構長い間泳いでたんだな。
そして、俺はあることに気がついた。
ビー玉がないのだ。どうしてだろう。
「なぁ、明日香。ビー玉知らないか、俺が持ってたやつ」
「さぁ、見てないけど?」
「そうか…」
その後、今日海に行った全員にメールを送ったが、みんな「知らない」と言った。
どこへ行ってしまったんだろう?
「とにかく、お風呂入っちゃってよ」
「あぁ、分かった」
俺は風呂に向かった。
別に、最近あまり使ってなかったし、別にいいけどな。
俺はキュッと蛇口を捻り、シャワーを浴びた。
風呂から上がり、妙に疲れた俺は眠ってしまった。
目が覚めると、どこか空が遠い気がした。
というか、なんで外にいるんだ!?
そうか、ここは夢か…。
「しーくん、お待たせー」
「きぃ…」
そこに居たのは、幼い頃の如月だった。
今のように髪は長くなく、短いショートへア。
「ねぇ、どうかした?」
「いや、なんでもない…」
「キツネにでも化かされた?」
「そんなんじゃない」
俺は幼い如月と、何を話せばいいか分からなかった。
すると、如月は「こっちに来て」と言った。
「なぁ、どこに行くんだ?」
「ねぇ、しーくん。あなたしーくんじゃないでしょ?」
「え?」
俺は呆気に取られていた。
何故、俺が幼い頃の俺でないとわかった?
いや、落ち着け俺。これは夢だ、自分が思うように作り替えられるんだ。
「だってさ、話し方が違うもん」
「そうか、ははは、気付かれたらしょうがない!そう、俺は悪い狐だ!」
「そんなんじゃないよ、今のしーくんも優しいもん。それに、あなたちゃんと私の事きぃって呼んだ。普段は『きーちゃん』だけど」
「そうかよ…」
今も昔も、こいつは何も変わらないんだよな。
なんだか少し安心した。
「ねぇ、しーくん。知ってる?『過ち』って、『過ぎる』って書くんだよ」
「物知りだな」
「ふふーん、つまり過ちって、過ぎてからしか気付けないんだよ」
如月は空を見上げた。
年の割には、割と深い内容のことを話すんだな。
夢の中の如月は。
「だからさ!後悔したくない!過ちを犯したくないんだよ!」
「そんなの無理だろ」
「そう、無理。でもさ、自分でどうにか防げる過ちもあるんじゃないかな?」
そりゃあるかもしれないけどさ…。
俺は、そう言おうとした。
「過ちを犯したら、どうしたらいい?」
「そこから学ぶ、それが人間でしょ?」
本当にその通りだ、と俺は思った。
でも、今更だがなぜ夢にこいつが、しかも子供の頃の格好で出てきたんだろう。
そう考えていると、俺達は川に着いた。
如月は、ぴょんと川に飛び込み、こっちこっちと手招きする。
「飛び込めってか…分かったよ!」
俺は、思いっきり助走を付けて、川に飛び込んだ。
すると、水しぶきが立ち、何故かそのままくらい闇のそこに落ちていった。
止まる気配もなく、落ちていく。
「しーくん、後悔、残さないでね!仮に残したなら、それを糧にして前に進むんだよ!」
「分かってる…」
俺は、はっと目を覚ました。
まだ日が昇ってない。
夢を見ていたはずだが、霞がかかったように思い出せない。
ぼんやりと覚えているのは、どこか懐かしかったこと。
「あれ、なんで泣いてるんだろ、俺」 
頬を涙が伝う。
一滴、また一滴と零れていく。
「寝るか…」
俺は二度寝した。
涙は、いつの間にか止まっていた。
まさか、七宮くんがあんなことしてくるなんて…。
憧れるよな。ああなりたいよな。
私も、自分の気持ちをさらけ出せたら…。
「そんなこと無理…かー」
ベットにぐったりと倒れ込む。
そしてベットに座り、水と錠剤を飲む。
あと残り十四錠か。また貰いに行かないとな。
手を見ると、プルプルと震えていた。
「なんで止まらないのかな、震え」
そうか、これは…。
もうそう長くないことを、予告しているのかもな。
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