ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

第8話:夜凪

 あれからスイカ割りやらなんやらやっていたが、ほとんどが頭に入らなかった。


 ずっとぼー、としていたため、睦月や明日香から心配された。
 夕方に解散。その後もずっとこの調子だ。


 そして、夕飯を食べたあと、俺は海へ向かおうとした。


「あれ、お兄ちゃん、どこか行くの?」


「ちょっと夜風に当たりにな…」


「お兄ちゃん、今日もずっとぼーっとしてたし、休んだ方がいいんじゃない?」


「大丈夫だって、じゃあ行ってくる…」


 あいつは荷物には気は回らなかったようだ。
 俺は、昼間とはまた別の水着とタオルをカバンに入れて出発した。
 学校で二着買ってあったのだ。


 一歩ずつ、坂を下る。
 何となく、自転車ではなく徒歩で下ってみたくなった。


 夏の生ぬるい風が、肌を撫でる。
 ゆっくりと流れていく風景に、俺はどこかセンチメンタルになってしまった。
 似合わないな、こんな俺には。


 俺が海に着くと、昼間とはまた違った雰囲気だった。
 黒く塗りつぶされたような海。
 それに、まるで鏡のように星が反射している。


「来てくれたんだ」


 ざっと音を立てて、砂浜を歩く。
 どうやら、如月は先に着いていたらしい。


「当たり前だろ」


「嬉しいよ、来てくれて。じゃ、泳ごっか」


「夜なのに?」


「夜だから、だよ?」


 何を言っているんだろう。
 とりあえず、俺は水着に着替えた。
 俺が着替えている間に、如月も着替えたらしい。


「じゃ、目を閉じて。私が手を引いてあげる」


「そこは逆だろ」


「いいから、閉じてー」


 俺は言われるがままに目を閉じた。
 ザザァと、波の音が昼間よりも大きく感じる。
 結構深瀬までやってきた。現に足がつかない。


「おい、どこまで行くんだよ、きぃ!」


「んー、ここら辺でいいかな。しーくん、目を開けていいよー」


 俺は目を開ける。
 が、そこにはただ星があるだけだった。
 満天の星が、海に反射しているだけだ。


「何も無いじゃないか」


「ほら、潜ってみて?」


 俺は、如月が言う通りに潜ってみる。
 なんだよ、やっぱり何もな…。
 俺はそう思った瞬間、こいつの言ったことを理解した。
 何故夜じゃないとダメなのか。何故こんなにも深瀬にやってきたのか。


 そこにあったのは、海の中の星空だった。


「ぷはぁ、こ、これって!?」


「コウイカだよ、時期は外れてるけど、まだいっぱい釣れるって、おじいちゃんが言ってたんだー」


「凄い…」


 コウイカ。イカの一種で、体が青白く光る。
 名前は知っていたが、まさかこんなにも幻想的な光り方なんて思わなかった。
 青く光る星達は、数え切れないほど俺の足の下を行き過ぎていく。


 俺は、再度海へ潜った。本当に、まるで上から星空を見るようだ。
 如月は、向こうへ行こうと指をさした。
 俺はコクリと頷いて、如月について行った。
 そして、そんな俺たちを追い越してコウイカが流れ星のように泳いでいく。


 そして、如月は泳ぐのをやめた。


「どうした、何かあったか?」


「うん、これを見て!」


 俺達は再度潜った。そこには…。


 海を埋めつくさんとばかりの、大量のコウイカがいた。
 この辺りには天敵となる魚も居ないので、よく繁殖しているのだろう。


 深く潜り、あたりを見渡す。
 青白い光が、いかにも幻想的だった。


「そろそろ帰ろっか?」


「いや…」


 俺は何を血迷ったのか、如月を抱き抱えた。
 如月は月明かりだけでもわかるほどに顔を赤らめた。


「俺は、お前と一緒にいたい」


「し、しーくん…?」


 俺ははっと我に返り、如月と距離をとった。
 如月の顔を見るのも恥ずかしくなり、背を向けた。


「ごめん!今のは忘れてくれ!」


「ううん、別に気にしてないから!気にして…ない…から…」


 嘘つけ、絶対に気にしてるだろ、その言い方!


「じゃ、じゃあさ、もう少しだけ、ここにいる?」


「あぁ、そうだな!」


 俺達はしばらくの間、顔も見ずにあさっての方向を見つめた。
 そして、ついに我慢ならないとばかりに、二人同時に顔を見合わせた。


「き、きぃ!」


「何?」


「そろそろ帰るか!」


「ふーん、何もしないんだ…」


 いや、なんだよ何もしないんだって。
 そもそも帰ろうと言い出したのは如月の方だ。
 いや、「お前と一緒にいたい」と言いながら何もしなかった俺も俺だが…。
 俺は何をすればよかったんだ?


「うん、そうだね、帰ろう帰ろう!」


「続きはまた明日だな」


「続き?」


「なんでもねぇよ!」


 俺達は浅瀬に向かって泳いだ。
 俺の頭の中は「何をすればよかったんだ?」という疑問でいっぱいだった。


 俺達は服を着替え、帰る支度をしていた。
 すると、突拍子もないことを如月は聞いてきた。


「ねぇ、しーくん。しーくんってさ、そ、その…接吻って、したことある?」


「はぁ!?ししし、したことないぞ!?」


 俺達はまたもや押し黙った。
 おい、なんだよ、いきなり接吻って!


「ど、どういう意味だ?」


「いやこれには、それと言って、深い理由もなくて…その…」


 モジモジと口をごもらせる。
 俺は睦月曰く鈍感らしい。それも恋愛ものの主人公並みに。


 だったら、考えても無駄…、いや、諦めんな!
 俺なりにでいい!何か答えを…。


 あいつはなんであんなことを聞いた!?
 そもそもどうして俺を海に誘った!?
 みんなで見に行けばいいのに、なんで俺だけを誘った!?


 俺だけを…。
 俺…だけ?


「じゃあね、また明日…」


 如月が背を向け、階段の一段目に足をかけた。
 クソ、ここまで答えは出てるのに!


 そうだ、そもそも接吻なんて言葉、なんの脈略もなく口にするのはおかしい!
 …したかったのかな?それが、ああいう形で言葉になって…。


 ってそんなことありえない!
 でも付き合ってるし、そんなことくらいはして当然…。なのか?


 そんな恥ずかしいことして溜まるか!
 でも、本人が望んでいるかもしれない。
 …殴られたって知るか!とにかく行ったれ!当たって砕けろだ!


「きぃ!」


 俺は大きく一歩を踏み出した。
 砂に足をとられるが、気にせずにまた一歩、踏み込む。


「何?」


 俺は如月を振り向かせ、そのまま強引にキスをした。
 今思えば、「キスしないか?」の一言で確かめることは出来たかもしれない。
 でも、体が動いた。
 心ではなく、体が先に。


 俺はまたもやはっと我に返り、距離を置いた。
 が、何故か如月が体制を崩し、そのまま俺の方に倒れ込んでくる!


 俺が如月を抱き抱え、何とか転ばないように踏ん張る。


「ちょ、きぃ!?」


「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」


「やっぱりダメだったか!?」


「しーくんとキスしちゃった、しーくんとキスしちゃった…」


 ずっとこれを繰り返している。
 やっぱり、俺とはダメだったか?
 しばらくして、ようやっと、如月は正気を取り戻した。


「やっぱり、いやだったか…?」


「いやじゃない。むしろ、嬉しかった…!」


「そうか…」


 そう言われると、無性に恥ずかしくなる。
 てか、多分これがファーストキスだろう。
 本当に俺なんかでよかったのか?


「ねぇ、しーくん。私さ、しーくんが『キスしないか?』なんて聞いてきたら、断るつもりだったよ。『そこまで度胸がないなんて失望したー』なんて言って。『キスしよう』位の勢いがないと、認めないつもりだった。でも、それ以上に勢いがあったね、さっきのは」


「そ、そうか?」


 危なかった。聞く可能性もあったからな。
 そうなっていたら?振られる可能性もあっただろう。


「でも、安心した。しーくんって、度胸あるよね。尊敬するなー!」


「そんな、俺なんか全然…」


「再開して二週間の同級生に告白するのは、かなり勇気いると思うけど?」


「それは…きぃだからだ」


「答えになってない」


 如月は、俺に向かって笑いかけた。
 その笑顔は楽しげで、それでいてどこか儚げだった。


「じゃ、帰るか!」


「そうだね!」


 俺達は夜の町を、二人で歩いた。
 名前の知らない虫の声が、鼓膜を刺激した。


 その後、俺の鼓膜を刺激したのは母の怒鳴り声だった。


「さっきはこっぴどく怒られてたね、お兄ちゃん」


「まぁな」


「そりゃそうだよ。『夜風に当たりにな』で、一時間半も帰ってこなかったんだもん」


 ふと時計を見ると、もう十時を回っていた。
 結構長い間泳いでたんだな。


 そして、俺はあることに気がついた。
 ビー玉がないのだ。どうしてだろう。


「なぁ、明日香。ビー玉知らないか、俺が持ってたやつ」


「さぁ、見てないけど?」


「そうか…」


 その後、今日海に行った全員にメールを送ったが、みんな「知らない」と言った。
 どこへ行ってしまったんだろう?


「とにかく、お風呂入っちゃってよ」


「あぁ、分かった」


 俺は風呂に向かった。
 別に、最近あまり使ってなかったし、別にいいけどな。
 俺はキュッと蛇口を捻り、シャワーを浴びた。


 風呂から上がり、妙に疲れた俺は眠ってしまった。


 目が覚めると、どこか空が遠い気がした。
 というか、なんで外にいるんだ!?
 そうか、ここは夢か…。


「しーくん、お待たせー」


「きぃ…」


 そこに居たのは、幼い頃の如月だった。
 今のように髪は長くなく、短いショートへア。


「ねぇ、どうかした?」


「いや、なんでもない…」


「キツネにでも化かされた?」


「そんなんじゃない」


 俺は幼い如月と、何を話せばいいか分からなかった。
 すると、如月は「こっちに来て」と言った。


「なぁ、どこに行くんだ?」


「ねぇ、しーくん。あなたしーくんじゃないでしょ?」


「え?」


 俺は呆気に取られていた。
 何故、俺が幼い頃の俺でないとわかった?


 いや、落ち着け俺。これは夢だ、自分が思うように作り替えられるんだ。


「だってさ、話し方が違うもん」


「そうか、ははは、気付かれたらしょうがない!そう、俺は悪い狐だ!」


「そんなんじゃないよ、今のしーくんも優しいもん。それに、あなたちゃんと私の事きぃって呼んだ。普段は『きーちゃん』だけど」


「そうかよ…」


 今も昔も、こいつは何も変わらないんだよな。
 なんだか少し安心した。


「ねぇ、しーくん。知ってる?『過ち』って、『過ぎる』って書くんだよ」


「物知りだな」


「ふふーん、つまり過ちって、過ぎてからしか気付けないんだよ」


 如月は空を見上げた。
 年の割には、割と深い内容のことを話すんだな。
 夢の中の如月は。


「だからさ!後悔したくない!過ちを犯したくないんだよ!」


「そんなの無理だろ」


「そう、無理。でもさ、自分でどうにか防げる過ちもあるんじゃないかな?」


 そりゃあるかもしれないけどさ…。
 俺は、そう言おうとした。


「過ちを犯したら、どうしたらいい?」


「そこから学ぶ、それが人間でしょ?」


 本当にその通りだ、と俺は思った。
 でも、今更だがなぜ夢にこいつが、しかも子供の頃の格好で出てきたんだろう。
 そう考えていると、俺達は川に着いた。


 如月は、ぴょんと川に飛び込み、こっちこっちと手招きする。


「飛び込めってか…分かったよ!」


 俺は、思いっきり助走を付けて、川に飛び込んだ。


 すると、水しぶきが立ち、何故かそのままくらい闇のそこに落ちていった。
 止まる気配もなく、落ちていく。


「しーくん、後悔、残さないでね!仮に残したなら、それを糧にして前に進むんだよ!」


「分かってる…」


 俺は、はっと目を覚ました。
 まだ日が昇ってない。


 夢を見ていたはずだが、霞がかかったように思い出せない。
 ぼんやりと覚えているのは、どこか懐かしかったこと。


「あれ、なんで泣いてるんだろ、俺」 


 頬を涙が伝う。
 一滴、また一滴と零れていく。


「寝るか…」


 俺は二度寝した。
 涙は、いつの間にか止まっていた。






 まさか、七宮くんがあんなことしてくるなんて…。
 憧れるよな。ああなりたいよな。
 私も、自分の気持ちをさらけ出せたら…。


「そんなこと無理…かー」


 ベットにぐったりと倒れ込む。
 そしてベットに座り、水と錠剤を飲む。
 あと残り十四錠か。また貰いに行かないとな。
 手を見ると、プルプルと震えていた。


「なんで止まらないのかな、震え」


 そうか、これは…。
 もうそう長くないことを、予告しているのかもな。

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