ひと夏の思い出は線香花火のように儚いものでした

Raito

第1話:再会

 あの日、見た景色は一体なんだったのだろう。


 いたずらっぽく笑って、俺を困らせたあの子。いつの間にか、忘れようとしてた。


 思い出されるのは、潮の香り。噎せ返るような、こい香り。


 水面に霞む、色とりどりの星たち。


 全て、幻のように思えてきた。


『今日の出張!お出かけリポートは霞ヶ原かすみがはら市です!本日梅雨明け、絶好のお出かけ日より!そして何より、本日開かれる七夕祭!地元の方々では人気らしいんです!』


 ふーん、小学校以来行ってないけどな。あんなの、笹に願い事括りつけてはいおしまいじゃないか。


 この人だって、ギャラ貰ってるからこんなこと言うんであって、内心「何そのしょうもなさそうな祭り」とか思ってるに違いない。


 この手の業界は厳しいって聞くからな。同情するよ。


 テレビから流れる音声にそんなことを思いながら、俺『七宮長門しちみやながと』はトーストを食べていた。


「あんた、遅刻するわよ」


「分かってるって、じゃ、いってきまーす」


「歯は磨いたの!?」


「先に磨いた!」


 母に返事を返し、トーストの残りを口に頬張る。
 廊下に置いてあったカバンを取り、勢いよく横開きのドアを開ける。


 香る潮風が、俺の鼻腔を刺激する。
 家の裏に回り込み、自転車を取り出す。


「さてと、行くか」


 海開きはとっくに終わっているが、梅雨明けしたのが今日だったため、まだあまり客が来てないな。


 何も、こんな朝っぱらから海に行くような人はいないと思うが。
 海が見える坂道を降りながら、浜辺を見渡す。
 俺の街は港町だ。あまり都会とは言えない。


 どちらかと言われれば、漁村というか、田舎というか。その辺だ。


 とは言っても、ド田舎ではない。
 電気だって来てるし、スーパーマーケットも一応ある。街にひとつだけど。


「おーい、長門!」


「何さ」


「お前、今日の七夕祭行くか!?」


「行かねーよ」


「一緒に行こうぜ!」


「行かねーって…」


 短く切りそろえられた黒髪のこいつは『加賀真也かがしんや』。俺の友人である。賑やかだが、人の話を聞かない節がある。


 俺はこいつにはそこそこ好感は持っている。


「お前、今度は何に影響された?」


「何言ってんだ、七夕と祭りって言えば、恋愛もの御用達イベントだろ!きっと何か出会いがあるって!」


「現実を見ろ、現実を。今までそんなことがあったか?」


「う…」


 何も言い返せないと言わんばかりに、真也の表情が暗くなる。


「お前、去年も一昨年も『花火大会行って出会いを探してくる!』とか言ってたくせになんも成果得られてなかったじゃねぇか」


「傷口に塩を塗るな!今度こそはやってやるぞ!」


「おー、その意気だー、きっと見つかるぞ、お前の織姫様ー」


「心にも思ってないことを言うな!」


 俺達はそんな他愛もない会話をしていると、学校に着いた。
 駐輪場に自転車を留め、昇降口を目指す。


「第一、行動を起こさないと現実は帰られないんだよ!」


「まずは小さな現実から変えてけ」


「そこで、お前に頼みがある」


「ん?どうした?」


 真也は何時にもなく真面目な顔をする。俺は思わず足を止め、真也の方に向き直る。


「妹さんを俺に紹介してくれ!」


「するかアホ」


 真剣に捉えた俺が馬鹿だった。何言ってんだこいつ。


「お願いだよ、距離感っていうか、付き合い方って言うか、それを知っておきたいんだ!」


「そんなこと、明日香が許可しないだろ」


明日香あすか』は俺の二つ下の妹である。性格を一言で言うと、冷静沈着。
 しかも、デレ要素が全くないツントゲガールなのだ。


 朝は朝練があったそうだ。ちなみに、テニス部所属の中学三年生。


「あいつも受験生だ、そっちに集中させてやれよ」


「だったら、この高校受けるように言ってくれ!」


「まぁ、その必要は無いけどな」


「どういうことだ?」


 下駄箱から上履きを取り出しながら、質問に答える。


「あいつ、元からここ受けるつもりだったらしいから。いっつもここの赤本解いてるぞ」


「…マジで?」


「マジだ」


 真也は静かにガッツポーズをとる。こいつ、距離感がどうとか以前に、こいつ明日香のことが好きなんだな。


 確かに、顔立ちはいいんだけど、性格があれじゃなぁ…。


 そもそも高校ってここぐらいしかないし、ここに居る面子もほとんどが中学生の奴らと変化ない。時々、上京とかしたりするやつも居るけどな。


「あの子になんて呼んで貰おうかな…。加賀先輩、真也先輩…。ふふふ…」


「お前、キモさがエスカレートしてるぞ」


「キモくねぇし!?」


「独り言言いながら笑いだしたらキモイだろ」


「うぅ…」


 何やらへこんでいる真也は置いておいて、俺は教室のドアを開ける。


「って、あれ?俺の隣、席あったっけ?」


「何言ってんだお前、そんなの無いに…、なんであるんだ!?」


 考えられる可能性は、学校の気分で一つ席を追加したか、それか、転校生か…。
 この時期に転校生なんているわけないか。


「はい、みんな席に着いてください。HRホームルームを始めますよ」


 担任の高雄たかお先生の呼びかけで、皆が席に着く。そして、委員長が号令をかける。


 高雄先生は、今年で二十七だったか。結構美人だとは思う。名前に『雄』と入っているのに、本人が女性であることは気にしてはいけない。


「では、今日は皆さんに新しいクラスメイトの紹介があります」


 ザワザワと騒ぎ出す生徒達を静まらせ、「どうぞ」と声をかける。
 そこからやってきたのは…。


 まるで雪のような、陶器のような白い肌をした少女だった。黒髪はセミロング、括ってはいない。


如月双葉きさらぎふたばです。この度このクラスに編入することになりました。よろしくお願いします」


 その子を見た瞬間、俺の記憶が蘇った!あの日の記憶、忘れかけてた記憶!


 俺はガタンっと音を立てて、思わず立ち上がる。


「長門くん?」


 如月は俺に話しかけてきた。
 覚えているのか?とりあえず確認しないと…。


「はい、そこまで。これから隣なんだから休み時間にでも話してね。あなたは七宮くんの隣よ」


「はい、分かりました」


 周りのヤツらはくすくすと俺を笑う。普段静かな奴が感情を表に出しておかしいのだろう。
 くだらない。実にくだらない。


 それからのHRは順調に終わった。連絡事項やら何やら。
 五分間の休み時間、如月が話しかけてきた。


「ねぇ、長門くん。私の事、覚えてる?」


「忘れかけてた」


「酷いなぁ、でも、また一緒に居れるんだね。嬉しいよ」


 俺は恥ずかしくなり、俯いた。知り合いとはいえ、最後に会ったのは小学四年生だぞ!?話題にも困るだろ!
 それに、色々成長してるし…。


「ねぇ、昔みたいに『しーくん』って呼んでいい?私のことも、『きーちゃん』って呼んでいいからさ」


「それは無理。俺はともかく、お前のことをきーちゃんなんて呼べない。せめて…『きぃ』でお願い」


「そっか、よろしくね、しーくん!」


「うん、よろしくな、きぃ」


 チャイムがなり、授業が始まった。
 一時限目は英語表現。俺は苦手なんだよなぁ…。


 さて、時は飛んで昼休み。


「ふーん、しーくんの友達?」


「あぁ、俺の名前は加賀真也。よろしくな!」


「じゃあかーくんだね、よろしく!」


 安直だなぁ、しかもワンパターン。
 俺も人のこと言えないけどな。何せ、「きーちゃん」と呼び出したのは確か俺だからだ。


「仲良いんだね」


 真也は俺の肩に腕を乗せる。あぁ、もう暑苦しい。


「当たり前だろ?小五からの仲だから。な、しーくん!」


「その呼び方やめてくれ…」


「気に入らなかった…?」


「そ、そうじゃなくて!お前が呼ぶ分には構わないが、こいつが呼ぶと嫌なわけで…」


「そうなの?」


 如月が身を乗り出して聞いてくる。顔近いんだけど…。


「一旦落ち着け、きぃ」


「あ、ごめん」


 如月はそう言いながら席に座る。あの頃はなんも意識してなかったけど、今はもう年頃だしな。


「じゃ、長門。飯にしようぜ」


「そうだな、腹減った」


「あ、あの!」


「どうした、如月さん?」


 何やら如月がもじもじと何か言いたげな様子だ。
 どうかしたのだろうか?


「わ、私も、一緒に食べてもいいかな!?」


 俺と真也はキョトンとする。
 なんでそんなこと聞くのだろう?


「当たり前だろ、きぃ。いいよな、真也?」


「いいに決まってるじゃないか、一緒に食べようぜ、如月さん!」


「ありがとう、二人とも!」


 真也ってほんと、人当たりいいよな。初めて会った人ともうあんなに親しくしてる。
 俺なら警戒してるな。


「でさぁ、その時の長門が面白いのなんのって!」


「アハハ!しーくんそんなことしてたの?」


「しょうがないだろ、そういう年頃だったんだよ!」


「だからって自己紹介で『将来の夢は魔法使い』はないよ!」


 あぁもう恥ずかしい、いつからここは黒歴史暴露大会になった!


 クソ、こうなればこいつの黒歴史も暴露してやる!


「真也ってさぁ、一時期女子更衣室に小さな穴開けてそこから覗こうとしてたんだぜ?しかもプールの。バレた暁には学級裁判とかしてたけどな」


「若気の至りだよ!察してくれよ!」


「それだけじゃ許されないだろ…」


「ごめん、二人のことよく分からなくなってきた」


『引かないでくれ!』


 そんなこんなで昼休み終了。
 舞台は放課後。
 部活動はほぼ自由参加のため、俺達は帰ることにした。


「ねぇ、今日七夕祭あるんだよね!」


「あ、あぁ。それで?」


「私、しーくんと行きたいな!かーくんも来る?」


「お誘いともなれば、断れないな」


 嘘つけ、こいつ絶対にハナから行く気満々だっただろ!


「俺は行かな…」


「行こうよ、みんなで!」


「だから…!」


「しーくん、だめ…?」


 如月が俺を上目遣いで見つめる。
 くっ…、そんな顔をするな!断れなくなるだろ!


「だから、行くよ!行けばいいんだろ!」


『やった、いえーい!』


 二人はハイタッチを交わす。もう距離感とかどうでもいいんじゃないか、真也のやつ。
 あと、お互いに打ち解けるの早すぎ!


「じゃ、また夜な、二人とも!」


「うん、じゃーね!」


 二人は互いに手を振り合う。
 二本に別れたY字路、反対側へ真也は向かう。俺たちとは別方向だ。


「きぃ、どこに住んでるんだ?」


「前と同じところ」


「実家か?」


「そう、両親が仕事の都合で、海外に行くことになったの。で、私には早すぎるんじゃないかってなって、実家に預けられたの」


 それに、如月は「私、英語はてんでダメだし!」と付け足した。


「そうか、俺も苦手だ」


「おそろいだね」


「だな」


 如月は「にしし!」と笑った。
 この顔、いたずらな笑顔、嫌いになれないな。


「一度家に帰ってから俺の家に来るんだよな。場所覚えてるか?」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。心配しないで!しーくんは心配性だなぁ」


「うっせ、じゃあまた夜な」


「うん、ばいばーい!」


 俺は去っていく如月の姿を見送り、ある程度遠くなったところでペダルを踏み込んだ。


「あらおかえり、なんかあった?」


 母親は俺が帰ってくるなり質問してくる。


「なんかって?」


「ニヤニヤしてたもんだからつい」


「してねぇよ!ただ、双葉が帰ってきただけだよ」


「えっ!?如月さんのお孫さん帰ってきたの?」


 俺は何も言わずに頷く。
 すると母は、明るい表情をした。


「そっかぁ、あの子が帰ってきてくれたなら安心だねぇ」


「なんでさ」


「あんた、学校で友達いないでしょ?あの子なら上手くやって行けるよね」


「勝手に決めないでくれ。俺だって友達いるよ、三人くらい」


 母は一変して驚いたような顔をする。口をぱくぱくさせ、こちらを指さす。
 友達の少なさに驚いたのか?


「あんた、友達いたの…?」


「そっちかよ!」


 酷くない!?母さん酷くない!?


「とにかく、俺今日は七夕祭行ってくるから」


「珍しいね、長門が進んで外出なんて」


「…気が向いたんだよ」


「…デート?」


「ちげーよ!」


 何かにつけて中年の人って、恋愛事情にこじつけようとするよな。
 こっちはいい迷惑だ。


 宿題を片付け、時計を見る。六時か。そろそろ来るかな。
 すると、インターホンの音が聞こえてくる。


 それと同時に、ドタバタと階段を駆け上がる音がする。


「お兄ちゃん、如月先輩だよ!如月先輩が帰ってきたよ!」


「わかってるから落ち着け」


 カバンを背負い、外着を着ている俺に向かい、妹・明日香が不思議そうに見つめる。


「お兄ちゃん、どっか行くの?自殺?」


「なんで自殺するんだよ!七夕祭だよ、きぃが行きたいって言ってるからついて行くんだよ」


 明日香は半信半疑の様子で、「ふーん…」とだけ言った。


「私も行く。たまには息抜きも必要でしょ」


「それもそうだけどな、面白くないぞ?」


「気分転換くらいにはなるでしょ?あと、それ如月先輩の前で言ってみなよ」


「…分かった、後悔しても知らないぞ?」


「そこまでなの?」


 あんな祭り、期待するようなものじゃない。屋台だって少ないし、ただ短冊括り付けるだけだし。
 俺だって、誘われなければ行かなかった。


「じゃ、着替えてくるから」


「何に?」


「浴衣」


「気合入ってるな」


「別にいいでしょ」


 明日香が部屋に戻り、俺は階段を下って玄関に向かった。


 そこには、淡い水色の浴衣を着て、髪を結っている如月の姿があった。右手には巾着を下げている。


「自転車で来たのか?」


「歩いてきたよ、浴衣だもん」


「そりゃそうか」


 浴衣で自転車…いけないいけない、変な妄想はよせ。


「そういえば、さっき明日香ちゃんとあったよ。変わったねー」


「あいつが小二の頃だからな、最後に会ったの」


「そうだねー、で?まだ行かないの?」


 なんでこうも俺の周りのやつはあんな祭りに行きたがるんだろう。
 俺も行くから人のことは言えないが。


「明日香も一緒に行くらしいぞ」


「そうなんだ。賑やかな方が楽しいもんね」


「あいつが来たところで賑やかになるとは思わないけどな」


「なんか言った?」


 不意に後ろから声をかけられる。
 ビクリと肩を動かし、振り返ると不機嫌そうな浴衣姿の明日香が居た。


 浴衣の柄は黒に様々な色の花びら模様。


「いや、なんでもない!」


「私が来ても盛り上がらないとかなんとか…」


「言ってない!ほら、早く行くぞ!」


「う、うん、そうだね!」


 明日香は「なんか誤魔化された気がするなぁ…」と呟いた。


「あいつとは会場で待ち合わせだよな?」


「うん、それでいいと思うよ」


「あいつって?」


「真也だよ、加賀真也。知ってるだろ?」


 明日香は顎に手を当てる。
 明日香は考える時に顎に手を当てる癖があるのだ。


「あー、あのうるさい人?」


「せめて賑やかな人って言ってやれ」


 あいつ、自分がそんなふうに思われてるって知ったら泣くだろうな。

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