白昼夢さんはそばに居たい

Raito

第十話:恋の始まり

 私は、今でもあの日のことをよく思い出す。
 先輩との、初めての出会いを。


 あの日は、私がまだ学校に慣れていないそんな日のこと。
 親に小銭だけ渡されて、私は学校に行かされた。
 駅のコンビニでなにか買おうと思ったけれど、もう電車が来ていた。


「うぅ、ご飯は購買のパンかな…」


 そう、思っていた。


 四時間目は体育だ。
 更衣室から購買部まではかなりの時間がかかる。
 それに、人だかりができていた。しかも男子生徒ばかり。


「これじゃ今日は昼ご飯抜きだよ…」


 私は完全に諦めていた。
 その時、ぽんぽんと肩を叩かれた。
 私が振り返ると、そこには冴えない男子生徒が。


「これ、要る?」


 持っていたのは、購買で売っているメロンパン。
 欲しい…。なんかよだれ出てきた。


「僕、弁当があるから君にあげる。元々は妹にあげる予定だったけどね」


「いいの…?」


「いいよ。困ってそうだったし」


 私は敬語を使い損ねた。
 でも、この人はなんとも言わなかった。
 私は、先輩からパンを受け取った。


 何だか、不思議な人だ。
 …って!あぁ! 


「お、お金!」


「いらないよ、言ったじゃん。君にあげるってさ」


 そう言うと、先輩はスタスタと歩いていった。
 この学校は上履きの色で学年がわかる。
 だから、あの人はひとつ上の先輩だと、直ぐにわかった。


「あの!名前は?」


「聞いて何になるのさ」


「聞きたいの!」


「…奏多礼音。多く奏でるの奏多に、礼をする音で礼音」


 奏多礼音…。
 その透き通るような響きに、私は心を奪われた。
 まるで、遥か彼方まで透き通った海を見ているような、そんな錯覚に襲われた。


「君は?」


「魚住志穂…です」


「敬語が慣れないなら、タメ口でいいよ。志穂…か。真っ直ぐな志し、いい名前だね」


「漢字、分かるの…?」


 そう聞くと、奏多先輩は不器用に笑った。


「なんか、そんな感じがしたんだ」


「そんなふうに言われたの、初めて…。名前について」


「そっか、それじゃ、これも何かの縁かもしれないね」


 また、先輩は早足で歩き始めた。
 いや、もしかしたら普通に歩いてるだけなのかもしれない。
 でも、私と先輩とじゃ歩幅が違いすぎる。


「先輩」


「ん、何?」


「私、友達が少ないの。だから…私の名前を褒めてくれた先輩だから…」


 ふぅっと深呼吸して、もう一度大きく息を吸う。
 そして、私は先輩にこう告げた。


「友達に、なってくれない?」


 先輩はキョトンとした後、「僕なんかでいいの?」と聞いてきた。


「先輩だから、友達になって欲しいんだよ」


「何言ってんのかわかんないけど、友達になるくらいなら、いいよ」


 その時、私の学校生活への不安は溶けた。


 まるで、雪が春に溶けるように。
 そして、それと同時だ。


 私は、生まれて初めての恋をした。
 故意に、恋に落ちた。


 ひとつ上の、冴えない先輩。
 ありふれた人物。
 白馬の王子様でも、人気アイドルに顔が似てもない。
 それでも、何故か私にはこの人しかいない。
 そう感じられたんだ。


 それ以来、よく電車や学校で会うようになった。
 その度に、先輩に心が惹かれて行った。


 恋に落ちるってこういうことなんだって、生まれて初めて気がついたんだ。

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