転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第49話:成功報酬と地獄めぐり

 1


 にこやかに笑うヘルメス。まるで前まで本気で殺しに来ていた奴とは思えない。


「あははー、久しぶりだね、ヘラ」


「ヘラ…?人違いではなくて?」


 何やらぴんときていない様だ。そういえば、何やら本当の名前が思い出せないとかなんとかとマーリンが言ってた。


「これだね」


 マーリンが何やらくすんだ壺を持ってきた。表面には神々しい壁画のようなものが掘られている。


「なんだそれ?」


「あぁー!それは私の命よりも大切なものですの!というかあなたは誰ですの!」


「僕はマーリン。まぁ、しがない魔法使いだよ」


 自己紹介を終えた後、マーリンはちょいちょいとミナミを手招きした。ん、何をする気だろう?


「お前、変なことする気じゃないよな」


「いやぁ、君のお兄さんは怖いねぇ!」


「お兄ちゃん、心配いりません!マーリンさん、これもそうなんですか?」


「うん。手っ取り早く終わらせようか!」


 マーリンとミナミは壺に手を当て、詠唱を唱えた。


『ハイ・エクソシズム!』


「くぅ…!?」


 壺のくすみが落ちた途端、ヘイラが頭を抱えてのたうち回った!


「おい、大丈夫か!?」


「だ、大丈夫…ですの。少し目眩と頭痛が…」


 それだけ聞くと少しも大丈夫なようには思えないが…。


「って、マーリン!なんでここに居るんですの!?」


「やぁ、ヘラ。無事に戻ったようだね?」


「…これは?」


「盲点だった。彼女にも埋め込まれていたとは」


「なんの事ですの?」


 マーリンは壺の中から透明の鉱石のようなものを取り出す。これは…?


「暗黒鉱石だよ。魔力を与えることで、人を洗脳することや、呪いをかけることが出来る。こんな大粒を神具に埋め込まれたら、いくら君でもただじゃ済まなかったんだろうね」


「誰がこんなものを…?」


「心当たりはありませんわね…」


「あたしもっす」


 二人には心当たりはないのか。


「お前ならなにか知ってるんじゃないか?」


 こいつはこの世界の全てを見ているんだったからな。


「あぁ、犯人の姿は知っているけれど、目深にフードを被っていたせいで顔は見えなかった」


「そうですの…」


 浮かない顔をするヘラ。


「ここから、僕の見解を少し話してもいいかな?」


「えぇ、許しますわ」


「神の大半はこのような形で洗脳されているだろう。ヘラのように名前を思い出せないとか、中にはヘルメスのように人格までガラリと変わり、魔王幹部にさせられている者もいる。つまり…」


「魔王軍の中に元凶がいる可能性が高いってことか…!」


「そう、これが僕の見解さ」


 ほう、なら俺たちの戦ってきたアーズやヴィナス、ミアーズも神の可能性があるわけだ。


「なら、もしかして、ゼウスも…」


「あぁ、ゼルスと言う名を語り…いや、語らされ、魔王軍にいいように使われている、もしくは他神のように幹部として操られているかもしれない」


「そう…ですの」


 落胆しているヘラ。
 そうだよな、夫が魔王軍にいいように使われているなんて…、考えたくもないだろう。


「えっとねー、グラたんはご飯欲しー」


「ちょっと黙ってような?」


「くぅくぅおなかなったもーん!」


 駄々をこねるグラたん。お腹減るとかいう概念あったのか、グラたんに。


「あははー、でも、報酬は与えるべきじゃない、ヘラ?」


「そうですわね!此度の戦績、労わずには居られませんわ!よって、地獄めぐり一週間!行ってらっしゃいですわ!」


 地獄めぐり!?九州か!


 こいつはまた黒い球体のようなものを俺たちの足元に投げつけ、落とし穴を作った!


「では、行ってらっしゃいませー」


「またかァアアアアア!」


「きゃあああ!」


「れっつごー、じごくー」


「って、ホントに地獄ー!?」


「おいしい食べ物ー」


「何度やっても慣れないなぁ!」


「オルガー、無事!?」


「ユウマー!」


「変わらないなぁ、シオンは!」


「美味しいお酒はあるかしらねぇ?」


 またこれか!?


 つーか、地獄!?ちょ、地獄送りとかー!?


 2


「うぅ…ここは?」


 なんかポカポカするなぁ、春というよりかは晴れた梅雨みたいな感じ。六月下旬かな。


 まずは現状を把握…。


 ここはどこだ?やはり地獄?


『アバドンにはパスを繋いでいるので、一週間ほど楽しんでくださいまし。それと、ここは地獄と言っても等活地獄にも満たない地獄ですので、安全は保証しますわ』


 前にメアリーが使ったテレパシーのような声が頭に入ってくる。恐らく、ヘラの魔法だろう。


 アバドンか。
 なんだっけ、なんか聞いたことがあるような…。


「ユウマ!」


「シオンか」


「ここはどこだろーねー」


「それも気になるけど、とりあえず…」


「とりあえず?」


「俺の膝から頭どけろ!」


 こいつは俺の膝に頭を乗せている。俗に言う膝枕だ。


「ほーい、充分堪能できたしいいやー」


「で、ここは地獄か…」


 恐らく、天井は岩盤に覆われているのだろう。周りが暗く、何故か灯篭が川に流されている。灯篭流しか?


「ミナミのことが心配?」


「まぁな、もしあいつがシュガーと一緒になんていたら…」


 シュガーは方向音痴だからな。あいつもきっと流されてしまうだろう。


「とにかく、今は観光しよう!」


「…そうだな、ここは安全地帯みたいだしな」


 道行く人は皆楽しそうだ。地獄だというのに、笑いが耐えない。それに、見たところ鬼や悪魔ではない。人間だ。
 あ、でも所々魔族らしき観光客もいるな。


「いらっしゃい!地獄名物地獄饅頭!一箱十個入り五百ルナ!」


 地獄饅頭か。温泉まんじゅうみたいなものかな?お、何やら肉まんのようなものがあるな。あれが地獄饅頭か。


「わー、美味しそー!」


「メアリーたちへの土産は最終日に買おう。荷物が嵩張るからな」


「リョーかいっ。まぁ、自分用ならいいよねー!一つくださいな!」


「おう、毎度あり!」


「ありがとうー!はい、半分どうぞ!」


「ありがとな」


 おぉ、ほかほかで美味しいな。肉汁が溢れて…、これは牛肉か?


「おいひー」


「美味いな」


『おーい…』


 ん…?
 なんか聞こえるな。呼ばれてるような…。
 周りを見ても、声の主らしき人物は見当たらない。


「なんか聴こえないか?」


「んー、なんにも聴こえないよ?ユウマにはなにか聴こえる?」


『こっち…』


 でも、どちらかと言われればテレパシーのような気がする。直接頭の中に語りかけてくるみたいな。


「呼ばれてる…」


「ユウマ…?」


「行かないと…」


「ユウマ!?そっち森だよ!そんなとこで誰が呼んでるの!?」


 まるで何かに惹かれるように、俺は森の中に足を踏み入れる。


 3


 何故か『誰かが呼んでいる』。それ以外の思考は出来なかった。ただその誰かの元に行かねば。一刻でも早く。


「ユウマ!止まってよ、ユウマ!」


「この先に…誰か…」


 やがて、開けた場所に出た。
 そこには、灰色の剣が突き刺さっていた。
 どこか禍々しいのに、神々しい造形。


『これを…抜いて…』


「あぁ…」


「ユウマ!」


 ベチベチと顔をビンタしてくるシオンを払い除け、剣を握りしめる。


「痛っ!」


 それは、するりと抜けた。
 その瞬間、黒い魔力が一気に噴出した。いつの日か、シオンが飲み込まれたものと同様…いやそれ以上か。


「あれ、俺は何で…」


「はーい!そこのイケてるちゃん兄!ウチを解放してくれてまじサンキュ!まぁ、呼んだのもウチなんだけどね!」


 な、何だこいつ!?
 背中に真黒な蝶みたいな羽が生えてるし、異様に小さいし…。これは妖精ってやつか?


「あ、自己紹介がまだだった!ウチの名前はモルガン!光の妖精であるビビアンの妹…って、姉の七光りに縋るのはやめろって言われてたっけ」


「ビビアン…?モルガン?」


「今はマイナーなんで知らなくたってノープロだよ。とにかく、その剣はプレゼントフォーユー!」


「これをくれるのか?」


「うん、ウチもついてくからノープロだよー」


「着いていく!?」


 こいつは何を言ってるんだ?何故にこいつは…。


「ウチは剣に宿る精霊だかんねー、その剣の所有者はウチのご主人様同然ってこと!」


「はぁ、そういう事か」


 もう結構こいつ以外にも家に住んでるしなぁ。
 でも、こいつを連れて行ってメリットは…、あ、なんか凄そうな剣が貰えるのか。


「分かった。お前とこの剣は俺が預からせてもらおう。で、契約とかは?」


「ウチはもうその剣と契約してるかんね、その必要はナッシング!あと、ウチはその辺の魔法使うためだけに力を貸す精霊じゃないから、そこんとこシクヨロ。ウチが力を貸すのは独断と偏見で決めるから、ふさわしいと思わなければ一向に力を貸さないこともあるかんね」


「随分と自分勝手な精霊だな」


「まぁ、ずっと剣に咎められてたから、ちょっとは自由にしたいんだー。それとは無縁の生活してたかんね」


 うーん、そう聞くと不憫に思えてきた。こいつは何か悪いことをしたのか?それで謹慎処分的な感じで剣につなぎとめられた…?


「お前、なにか悪いことしてたのか?」


「うーん、簡単に言えば、ウチは物に宿る『アニミズム・フェアリー』って類の精霊でね?元々姉貴と一緒にいたんだけど、その姉貴がある人間とパスを繋いだせいで、弾かれて。その後、ある人に剣を作ってもらって、それがこれ。これを通じて周囲の魔力を集めてるんだー、だからこの剣から離れられないんだよ!」


「そうなのか…。これからは自由だからな」


「うん、サンキューね、ちゃん兄!」


 やはりこいつはかなり不憫な生活をしていたらしい。
 にしても…。
 鞘がないと危険だよな。刀身をむき出しって。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はイリヤ・ユウマだ」


「わ、私はカツラギ・シオンだよ」


「よろしく、ユウマ!シオン!」


 にぱーっと、モルガンは笑い、俺の肩の上に座った。


「にしても、この剣はよくできた剣だな。装飾だって手が込んでるし…名前とかあるのか?」


 こんなに手のかけられた剣だ。名前だってあってもおかしくないだろう。


「これ?エクスカリバー・イマージュ。あるやつに作って貰ったんだ、まじクールだよねー」


 エクスカリバー…?


「エクスカリバーって、実在したのか?それともイメージとか伝説を元に作ったのか?」


「エクスカリバーは実在するよ、元々宿ってた剣がエクスカリバーだから」


「えくすかりばー?何それ」


「まぁ、簡単に言うと女神から授けられた凄い剣って感じだな」


「ふーん、神様からの贈り物かー。それってその剣も凄いけど、ユウマの今持ってる剣も凄いんじゃない?エクスカリバーの模造品ってくらいだから」


 確かに…。結構な一級品だろうな。


「今更だが、どうして俺を所有者に選んだんだ?」


「バイブス…共鳴?しちゃってさー、ピンと来たんだよねー!」


「なんだそりゃ…」


 なんだろう、この陽キャ感。いや、通り越してパリピか?
 こういうやつとは今まであったこと無かったから新鮮だな。


「とりあえず、今は観光に行こうよ。五万年ほどつまんなかったんだよねぇ。まじテンサゲだったよー」


「お前何歳だよ…いっ!?」


 ペシりと、何故か背後から叩かれた。ムスッと、膨れっ面のシオンが俺を叩いていたのだ。


「女性に歳は聞かないの!」


「マジそれな!失礼っしょ!」


「分かったよ…」


 まぁ、こいつは五万歳以上は確定か…。
 ん…?モルガンがこちらを見つめて悪い笑みを浮かべている…?


 うわぁ、ゾッとした!


「あ、ここは左ねー」


 二つに分かれた獣道で、モルガンが左を指さす。
 やがて、森を抜けて通りに戻ってきた


 4


「着いたみたいだな」


 道中はほんと助かった。


「あ、あれは…マーリン!?グラたんも一緒!」


「マーリンだ!うっわー、超ナツい!」


「マーリンを知ってるのか?」


「うん、マブダチだよー」


 マブダチか。まぁ、エクスカリバーに宿ってたとか言ってたし、アーサー王伝説で関係が出来てたかもしれないが。


「あー、ごしゅじん!」


「おや、ユウマくんじゃないか!」


「相変わらずだね、マーリン!」


「こりゃ驚いた。エクスカリバー・イマージュを手に入れたのかい?」


 ムギュっと俺に抱きついてくるグラたん。


「ごめんなさい、ごしゅじん。おじょうの監視忘れてた!」


「別にいいさ。今回ばっかりはな。それより、マーリンに何もされなかったか?」


「君はいったい僕にどんなイメージを持っているんだい?」


「ナンパ野郎」


「酷くないかい!?」


 いや、だってこいつは俺のパーティの女子陣全員をナンパしてるんだぞ?


「あー、確かにこいつは女たらしのろくでなしだけどさー、魔術と剣の腕だけは経ってるんだよ?」


「だけは余計だよ」


 ほう、剣まで使えるのか、マーリンは。意外だな、てっきり魔法だけで戦うのかと。


「ミナミは一緒じゃないのか?」


「おじょうは一緒じゃないのー、どこにいるのかな?」


「さてね、さすがの僕も地獄は管轄外だ」


 むう、ミナミが心配だ…。妹だからな。


「えらく心配そうな顔してるね、ユウマ?」


「そ、そうか?」


「もしかして、ミナミの事心配してる?」


「…まぁな」


「大丈夫だよ、あの子強いもん」


 強い…か。あいつが。


「あいつは弱い。だから、俺が守らないと…」


「ふーん、ユウマって案外ミナミのこと見えてないんだね」


「見えてない…?」


 何を言ってるんだ、こいつは。ミナミのことを一番知っているのは俺だ。そんな俺が、あいつの事が見えてない…?


「ミナミは強い。体はまだ華奢きゃしゃだけど、心はもうとっくに強い。だから、ダイロスから逃げる時に諦めず、事を解決させることが出来た。私があの子の立場なら、向けられた期待と、圧倒的な力量があるという現実に…押し潰されてたはずだから」


「だから大丈夫だよ!」と、シオンは笑った。
 そうか…、そうだったんだ。
 あいつは、俺よりも弱い者…妹だと決めつけて、気が付かなかったんだ。
 ミナミはもうとっくに、強くなっていた。


「…そうだな」


 それなら、あいつ一人でも大丈夫だろう。


「今頃、きっとユウマのこと探して走り回ってるかもねー」


「えー、そんなブラコン妹がいるの?」


「あぁ、ほんと、困ったやつだよ」


 俺は笑いながら、少し複雑そうな面持ちをするモルガンに言葉を返す。


 さて、俺もある程度は格好がつくような出迎え方を考えておくとするか。きっと、あいつも期待しているだろうからな。

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