転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第49話:成功報酬と地獄めぐり
1
にこやかに笑うヘルメス。まるで前まで本気で殺しに来ていた奴とは思えない。
「あははー、久しぶりだね、ヘラ」
「ヘラ…?人違いではなくて?」
何やらぴんときていない様だ。そういえば、何やら本当の名前が思い出せないとかなんとかとマーリンが言ってた。
「これだね」
マーリンが何やらくすんだ壺を持ってきた。表面には神々しい壁画のようなものが掘られている。
「なんだそれ?」
「あぁー!それは私の命よりも大切なものですの!というかあなたは誰ですの!」
「僕はマーリン。まぁ、しがない魔法使いだよ」
自己紹介を終えた後、マーリンはちょいちょいとミナミを手招きした。ん、何をする気だろう?
「お前、変なことする気じゃないよな」
「いやぁ、君のお兄さんは怖いねぇ!」
「お兄ちゃん、心配いりません!マーリンさん、これもそうなんですか?」
「うん。手っ取り早く終わらせようか!」
マーリンとミナミは壺に手を当て、詠唱を唱えた。
『ハイ・エクソシズム!』
「くぅ…!?」
壺のくすみが落ちた途端、ヘイラが頭を抱えてのたうち回った!
「おい、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫…ですの。少し目眩と頭痛が…」
それだけ聞くと少しも大丈夫なようには思えないが…。
「って、マーリン!なんでここに居るんですの!?」
「やぁ、ヘラ。無事に戻ったようだね?」
「…これは?」
「盲点だった。彼女にも埋め込まれていたとは」
「なんの事ですの?」
マーリンは壺の中から透明の鉱石のようなものを取り出す。これは…?
「暗黒鉱石だよ。魔力を与えることで、人を洗脳することや、呪いをかけることが出来る。こんな大粒を神具に埋め込まれたら、いくら君でもただじゃ済まなかったんだろうね」
「誰がこんなものを…?」
「心当たりはありませんわね…」
「あたしもっす」
二人には心当たりはないのか。
「お前ならなにか知ってるんじゃないか?」
こいつはこの世界の全てを見ているんだったからな。
「あぁ、犯人の姿は知っているけれど、目深にフードを被っていたせいで顔は見えなかった」
「そうですの…」
浮かない顔をするヘラ。
「ここから、僕の見解を少し話してもいいかな?」
「えぇ、許しますわ」
「神の大半はこのような形で洗脳されているだろう。ヘラのように名前を思い出せないとか、中にはヘルメスのように人格までガラリと変わり、魔王幹部にさせられている者もいる。つまり…」
「魔王軍の中に元凶がいる可能性が高いってことか…!」
「そう、これが僕の見解さ」
ほう、なら俺たちの戦ってきたアーズやヴィナス、ミアーズも神の可能性があるわけだ。
「なら、もしかして、ゼウスも…」
「あぁ、ゼルスと言う名を語り…いや、語らされ、魔王軍にいいように使われている、もしくは他神のように幹部として操られているかもしれない」
「そう…ですの」
落胆しているヘラ。
そうだよな、夫が魔王軍にいいように使われているなんて…、考えたくもないだろう。
「えっとねー、グラたんはご飯欲しー」
「ちょっと黙ってような?」
「くぅくぅおなかなったもーん!」
駄々をこねるグラたん。お腹減るとかいう概念あったのか、グラたんに。
「あははー、でも、報酬は与えるべきじゃない、ヘラ?」
「そうですわね!此度の戦績、労わずには居られませんわ!よって、地獄めぐり一週間!行ってらっしゃいですわ!」
地獄めぐり!?九州か!
こいつはまた黒い球体のようなものを俺たちの足元に投げつけ、落とし穴を作った!
「では、行ってらっしゃいませー」
「またかァアアアアア!」
「きゃあああ!」
「れっつごー、じごくー」
「って、ホントに地獄ー!?」
「おいしい食べ物ー」
「何度やっても慣れないなぁ!」
「オルガー、無事!?」
「ユウマー!」
「変わらないなぁ、シオンは!」
「美味しいお酒はあるかしらねぇ?」
またこれか!?
つーか、地獄!?ちょ、地獄送りとかー!?
2
「うぅ…ここは?」
なんかポカポカするなぁ、春というよりかは晴れた梅雨みたいな感じ。六月下旬かな。
まずは現状を把握…。
ここはどこだ?やはり地獄?
『アバドンにはパスを繋いでいるので、一週間ほど楽しんでくださいまし。それと、ここは地獄と言っても等活地獄にも満たない地獄ですので、安全は保証しますわ』
前にメアリーが使ったテレパシーのような声が頭に入ってくる。恐らく、ヘラの魔法だろう。
アバドンか。
なんだっけ、なんか聞いたことがあるような…。
「ユウマ!」
「シオンか」
「ここはどこだろーねー」
「それも気になるけど、とりあえず…」
「とりあえず?」
「俺の膝から頭どけろ!」
こいつは俺の膝に頭を乗せている。俗に言う膝枕だ。
「ほーい、充分堪能できたしいいやー」
「で、ここは地獄か…」
恐らく、天井は岩盤に覆われているのだろう。周りが暗く、何故か灯篭が川に流されている。灯篭流しか?
「ミナミのことが心配?」
「まぁな、もしあいつがシュガーと一緒になんていたら…」
シュガーは方向音痴だからな。あいつもきっと流されてしまうだろう。
「とにかく、今は観光しよう!」
「…そうだな、ここは安全地帯みたいだしな」
道行く人は皆楽しそうだ。地獄だというのに、笑いが耐えない。それに、見たところ鬼や悪魔ではない。人間だ。
あ、でも所々魔族らしき観光客もいるな。
「いらっしゃい!地獄名物地獄饅頭!一箱十個入り五百ルナ!」
地獄饅頭か。温泉まんじゅうみたいなものかな?お、何やら肉まんのようなものがあるな。あれが地獄饅頭か。
「わー、美味しそー!」
「メアリーたちへの土産は最終日に買おう。荷物が嵩張るからな」
「リョーかいっ。まぁ、自分用ならいいよねー!一つくださいな!」
「おう、毎度あり!」
「ありがとうー!はい、半分どうぞ!」
「ありがとな」
おぉ、ほかほかで美味しいな。肉汁が溢れて…、これは牛肉か?
「おいひー」
「美味いな」
『おーい…』
ん…?
なんか聞こえるな。呼ばれてるような…。
周りを見ても、声の主らしき人物は見当たらない。
「なんか聴こえないか?」
「んー、なんにも聴こえないよ?ユウマにはなにか聴こえる?」
『こっち…』
でも、どちらかと言われればテレパシーのような気がする。直接頭の中に語りかけてくるみたいな。
「呼ばれてる…」
「ユウマ…?」
「行かないと…」
「ユウマ!?そっち森だよ!そんなとこで誰が呼んでるの!?」
まるで何かに惹かれるように、俺は森の中に足を踏み入れる。
3
何故か『誰かが呼んでいる』。それ以外の思考は出来なかった。ただその誰かの元に行かねば。一刻でも早く。
「ユウマ!止まってよ、ユウマ!」
「この先に…誰か…」
やがて、開けた場所に出た。
そこには、灰色の剣が突き刺さっていた。
どこか禍々しいのに、神々しい造形。
『これを…抜いて…』
「あぁ…」
「ユウマ!」
ベチベチと顔をビンタしてくるシオンを払い除け、剣を握りしめる。
「痛っ!」
それは、するりと抜けた。
その瞬間、黒い魔力が一気に噴出した。いつの日か、シオンが飲み込まれたものと同様…いやそれ以上か。
「あれ、俺は何で…」
「はーい!そこのイケてるちゃん兄!ウチを解放してくれてまじサンキュ!まぁ、呼んだのもウチなんだけどね!」
な、何だこいつ!?
背中に真黒な蝶みたいな羽が生えてるし、異様に小さいし…。これは妖精ってやつか?
「あ、自己紹介がまだだった!ウチの名前はモルガン!光の妖精であるビビアンの妹…って、姉の七光りに縋るのはやめろって言われてたっけ」
「ビビアン…?モルガン?」
「今はマイナーなんで知らなくたってノープロだよ。とにかく、その剣はプレゼントフォーユー!」
「これをくれるのか?」
「うん、ウチもついてくからノープロだよー」
「着いていく!?」
こいつは何を言ってるんだ?何故にこいつは…。
「ウチは剣に宿る精霊だかんねー、その剣の所有者はウチのご主人様同然ってこと!」
「はぁ、そういう事か」
もう結構こいつ以外にも家に住んでるしなぁ。
でも、こいつを連れて行ってメリットは…、あ、なんか凄そうな剣が貰えるのか。
「分かった。お前とこの剣は俺が預からせてもらおう。で、契約とかは?」
「ウチはもうその剣と契約してるかんね、その必要はナッシング!あと、ウチはその辺の魔法使うためだけに力を貸す精霊じゃないから、そこんとこシクヨロ。ウチが力を貸すのは独断と偏見で決めるから、ふさわしいと思わなければ一向に力を貸さないこともあるかんね」
「随分と自分勝手な精霊だな」
「まぁ、ずっと剣に咎められてたから、ちょっとは自由にしたいんだー。それとは無縁の生活してたかんね」
うーん、そう聞くと不憫に思えてきた。こいつは何か悪いことをしたのか?それで謹慎処分的な感じで剣につなぎとめられた…?
「お前、なにか悪いことしてたのか?」
「うーん、簡単に言えば、ウチは物に宿る『アニミズム・フェアリー』って類の精霊でね?元々姉貴と一緒にいたんだけど、その姉貴がある人間とパスを繋いだせいで、弾かれて。その後、ある人に剣を作ってもらって、それがこれ。これを通じて周囲の魔力を集めてるんだー、だからこの剣から離れられないんだよ!」
「そうなのか…。これからは自由だからな」
「うん、サンキューね、ちゃん兄!」
やはりこいつはかなり不憫な生活をしていたらしい。
にしても…。
鞘がないと危険だよな。刀身をむき出しって。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はイリヤ・ユウマだ」
「わ、私はカツラギ・シオンだよ」
「よろしく、ユウマ!シオン!」
にぱーっと、モルガンは笑い、俺の肩の上に座った。
「にしても、この剣はよくできた剣だな。装飾だって手が込んでるし…名前とかあるのか?」
こんなに手のかけられた剣だ。名前だってあってもおかしくないだろう。
「これ?エクスカリバー・イマージュ。あるやつに作って貰ったんだ、まじクールだよねー」
エクスカリバー…?
「エクスカリバーって、実在したのか?それともイメージとか伝説を元に作ったのか?」
「エクスカリバーは実在するよ、元々宿ってた剣がエクスカリバーだから」
「えくすかりばー?何それ」
「まぁ、簡単に言うと女神から授けられた凄い剣って感じだな」
「ふーん、神様からの贈り物かー。それってその剣も凄いけど、ユウマの今持ってる剣も凄いんじゃない?エクスカリバーの模造品ってくらいだから」
確かに…。結構な一級品だろうな。
「今更だが、どうして俺を所有者に選んだんだ?」
「バイブス…共鳴?しちゃってさー、ピンと来たんだよねー!」
「なんだそりゃ…」
なんだろう、この陽キャ感。いや、通り越してパリピか?
こういうやつとは今まであったこと無かったから新鮮だな。
「とりあえず、今は観光に行こうよ。五万年ほどつまんなかったんだよねぇ。まじテンサゲだったよー」
「お前何歳だよ…いっ!?」
ペシりと、何故か背後から叩かれた。ムスッと、膨れっ面のシオンが俺を叩いていたのだ。
「女性に歳は聞かないの!」
「マジそれな!失礼っしょ!」
「分かったよ…」
まぁ、こいつは五万歳以上は確定か…。
ん…?モルガンがこちらを見つめて悪い笑みを浮かべている…?
うわぁ、ゾッとした!
「あ、ここは左ねー」
二つに分かれた獣道で、モルガンが左を指さす。
やがて、森を抜けて通りに戻ってきた
4
「着いたみたいだな」
道中はほんと助かった。
「あ、あれは…マーリン!?グラたんも一緒!」
「マーリンだ!うっわー、超ナツい!」
「マーリンを知ってるのか?」
「うん、マブダチだよー」
マブダチか。まぁ、エクスカリバーに宿ってたとか言ってたし、アーサー王伝説で関係が出来てたかもしれないが。
「あー、ごしゅじん!」
「おや、ユウマくんじゃないか!」
「相変わらずだね、マーリン!」
「こりゃ驚いた。エクスカリバー・イマージュを手に入れたのかい?」
ムギュっと俺に抱きついてくるグラたん。
「ごめんなさい、ごしゅじん。おじょうの監視忘れてた!」
「別にいいさ。今回ばっかりはな。それより、マーリンに何もされなかったか?」
「君はいったい僕にどんなイメージを持っているんだい?」
「ナンパ野郎」
「酷くないかい!?」
いや、だってこいつは俺のパーティの女子陣全員をナンパしてるんだぞ?
「あー、確かにこいつは女たらしのろくでなしだけどさー、魔術と剣の腕だけは経ってるんだよ?」
「だけは余計だよ」
ほう、剣まで使えるのか、マーリンは。意外だな、てっきり魔法だけで戦うのかと。
「ミナミは一緒じゃないのか?」
「おじょうは一緒じゃないのー、どこにいるのかな?」
「さてね、さすがの僕も地獄は管轄外だ」
むう、ミナミが心配だ…。妹だからな。
「えらく心配そうな顔してるね、ユウマ?」
「そ、そうか?」
「もしかして、ミナミの事心配してる?」
「…まぁな」
「大丈夫だよ、あの子強いもん」
強い…か。あいつが。
「あいつは弱い。だから、俺が守らないと…」
「ふーん、ユウマって案外ミナミのこと見えてないんだね」
「見えてない…?」
何を言ってるんだ、こいつは。ミナミのことを一番知っているのは俺だ。そんな俺が、あいつの事が見えてない…?
「ミナミは強い。体はまだ華奢だけど、心はもうとっくに強い。だから、ダイロスから逃げる時に諦めず、事を解決させることが出来た。私があの子の立場なら、向けられた期待と、圧倒的な力量があるという現実に…押し潰されてたはずだから」
「だから大丈夫だよ!」と、シオンは笑った。
そうか…、そうだったんだ。
あいつは、俺よりも弱い者…妹だと決めつけて、気が付かなかったんだ。
ミナミはもうとっくに、強くなっていた。
「…そうだな」
それなら、あいつ一人でも大丈夫だろう。
「今頃、きっとユウマのこと探して走り回ってるかもねー」
「えー、そんなブラコン妹がいるの?」
「あぁ、ほんと、困ったやつだよ」
俺は笑いながら、少し複雑そうな面持ちをするモルガンに言葉を返す。
さて、俺もある程度は格好がつくような出迎え方を考えておくとするか。きっと、あいつも期待しているだろうからな。
にこやかに笑うヘルメス。まるで前まで本気で殺しに来ていた奴とは思えない。
「あははー、久しぶりだね、ヘラ」
「ヘラ…?人違いではなくて?」
何やらぴんときていない様だ。そういえば、何やら本当の名前が思い出せないとかなんとかとマーリンが言ってた。
「これだね」
マーリンが何やらくすんだ壺を持ってきた。表面には神々しい壁画のようなものが掘られている。
「なんだそれ?」
「あぁー!それは私の命よりも大切なものですの!というかあなたは誰ですの!」
「僕はマーリン。まぁ、しがない魔法使いだよ」
自己紹介を終えた後、マーリンはちょいちょいとミナミを手招きした。ん、何をする気だろう?
「お前、変なことする気じゃないよな」
「いやぁ、君のお兄さんは怖いねぇ!」
「お兄ちゃん、心配いりません!マーリンさん、これもそうなんですか?」
「うん。手っ取り早く終わらせようか!」
マーリンとミナミは壺に手を当て、詠唱を唱えた。
『ハイ・エクソシズム!』
「くぅ…!?」
壺のくすみが落ちた途端、ヘイラが頭を抱えてのたうち回った!
「おい、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫…ですの。少し目眩と頭痛が…」
それだけ聞くと少しも大丈夫なようには思えないが…。
「って、マーリン!なんでここに居るんですの!?」
「やぁ、ヘラ。無事に戻ったようだね?」
「…これは?」
「盲点だった。彼女にも埋め込まれていたとは」
「なんの事ですの?」
マーリンは壺の中から透明の鉱石のようなものを取り出す。これは…?
「暗黒鉱石だよ。魔力を与えることで、人を洗脳することや、呪いをかけることが出来る。こんな大粒を神具に埋め込まれたら、いくら君でもただじゃ済まなかったんだろうね」
「誰がこんなものを…?」
「心当たりはありませんわね…」
「あたしもっす」
二人には心当たりはないのか。
「お前ならなにか知ってるんじゃないか?」
こいつはこの世界の全てを見ているんだったからな。
「あぁ、犯人の姿は知っているけれど、目深にフードを被っていたせいで顔は見えなかった」
「そうですの…」
浮かない顔をするヘラ。
「ここから、僕の見解を少し話してもいいかな?」
「えぇ、許しますわ」
「神の大半はこのような形で洗脳されているだろう。ヘラのように名前を思い出せないとか、中にはヘルメスのように人格までガラリと変わり、魔王幹部にさせられている者もいる。つまり…」
「魔王軍の中に元凶がいる可能性が高いってことか…!」
「そう、これが僕の見解さ」
ほう、なら俺たちの戦ってきたアーズやヴィナス、ミアーズも神の可能性があるわけだ。
「なら、もしかして、ゼウスも…」
「あぁ、ゼルスと言う名を語り…いや、語らされ、魔王軍にいいように使われている、もしくは他神のように幹部として操られているかもしれない」
「そう…ですの」
落胆しているヘラ。
そうだよな、夫が魔王軍にいいように使われているなんて…、考えたくもないだろう。
「えっとねー、グラたんはご飯欲しー」
「ちょっと黙ってような?」
「くぅくぅおなかなったもーん!」
駄々をこねるグラたん。お腹減るとかいう概念あったのか、グラたんに。
「あははー、でも、報酬は与えるべきじゃない、ヘラ?」
「そうですわね!此度の戦績、労わずには居られませんわ!よって、地獄めぐり一週間!行ってらっしゃいですわ!」
地獄めぐり!?九州か!
こいつはまた黒い球体のようなものを俺たちの足元に投げつけ、落とし穴を作った!
「では、行ってらっしゃいませー」
「またかァアアアアア!」
「きゃあああ!」
「れっつごー、じごくー」
「って、ホントに地獄ー!?」
「おいしい食べ物ー」
「何度やっても慣れないなぁ!」
「オルガー、無事!?」
「ユウマー!」
「変わらないなぁ、シオンは!」
「美味しいお酒はあるかしらねぇ?」
またこれか!?
つーか、地獄!?ちょ、地獄送りとかー!?
2
「うぅ…ここは?」
なんかポカポカするなぁ、春というよりかは晴れた梅雨みたいな感じ。六月下旬かな。
まずは現状を把握…。
ここはどこだ?やはり地獄?
『アバドンにはパスを繋いでいるので、一週間ほど楽しんでくださいまし。それと、ここは地獄と言っても等活地獄にも満たない地獄ですので、安全は保証しますわ』
前にメアリーが使ったテレパシーのような声が頭に入ってくる。恐らく、ヘラの魔法だろう。
アバドンか。
なんだっけ、なんか聞いたことがあるような…。
「ユウマ!」
「シオンか」
「ここはどこだろーねー」
「それも気になるけど、とりあえず…」
「とりあえず?」
「俺の膝から頭どけろ!」
こいつは俺の膝に頭を乗せている。俗に言う膝枕だ。
「ほーい、充分堪能できたしいいやー」
「で、ここは地獄か…」
恐らく、天井は岩盤に覆われているのだろう。周りが暗く、何故か灯篭が川に流されている。灯篭流しか?
「ミナミのことが心配?」
「まぁな、もしあいつがシュガーと一緒になんていたら…」
シュガーは方向音痴だからな。あいつもきっと流されてしまうだろう。
「とにかく、今は観光しよう!」
「…そうだな、ここは安全地帯みたいだしな」
道行く人は皆楽しそうだ。地獄だというのに、笑いが耐えない。それに、見たところ鬼や悪魔ではない。人間だ。
あ、でも所々魔族らしき観光客もいるな。
「いらっしゃい!地獄名物地獄饅頭!一箱十個入り五百ルナ!」
地獄饅頭か。温泉まんじゅうみたいなものかな?お、何やら肉まんのようなものがあるな。あれが地獄饅頭か。
「わー、美味しそー!」
「メアリーたちへの土産は最終日に買おう。荷物が嵩張るからな」
「リョーかいっ。まぁ、自分用ならいいよねー!一つくださいな!」
「おう、毎度あり!」
「ありがとうー!はい、半分どうぞ!」
「ありがとな」
おぉ、ほかほかで美味しいな。肉汁が溢れて…、これは牛肉か?
「おいひー」
「美味いな」
『おーい…』
ん…?
なんか聞こえるな。呼ばれてるような…。
周りを見ても、声の主らしき人物は見当たらない。
「なんか聴こえないか?」
「んー、なんにも聴こえないよ?ユウマにはなにか聴こえる?」
『こっち…』
でも、どちらかと言われればテレパシーのような気がする。直接頭の中に語りかけてくるみたいな。
「呼ばれてる…」
「ユウマ…?」
「行かないと…」
「ユウマ!?そっち森だよ!そんなとこで誰が呼んでるの!?」
まるで何かに惹かれるように、俺は森の中に足を踏み入れる。
3
何故か『誰かが呼んでいる』。それ以外の思考は出来なかった。ただその誰かの元に行かねば。一刻でも早く。
「ユウマ!止まってよ、ユウマ!」
「この先に…誰か…」
やがて、開けた場所に出た。
そこには、灰色の剣が突き刺さっていた。
どこか禍々しいのに、神々しい造形。
『これを…抜いて…』
「あぁ…」
「ユウマ!」
ベチベチと顔をビンタしてくるシオンを払い除け、剣を握りしめる。
「痛っ!」
それは、するりと抜けた。
その瞬間、黒い魔力が一気に噴出した。いつの日か、シオンが飲み込まれたものと同様…いやそれ以上か。
「あれ、俺は何で…」
「はーい!そこのイケてるちゃん兄!ウチを解放してくれてまじサンキュ!まぁ、呼んだのもウチなんだけどね!」
な、何だこいつ!?
背中に真黒な蝶みたいな羽が生えてるし、異様に小さいし…。これは妖精ってやつか?
「あ、自己紹介がまだだった!ウチの名前はモルガン!光の妖精であるビビアンの妹…って、姉の七光りに縋るのはやめろって言われてたっけ」
「ビビアン…?モルガン?」
「今はマイナーなんで知らなくたってノープロだよ。とにかく、その剣はプレゼントフォーユー!」
「これをくれるのか?」
「うん、ウチもついてくからノープロだよー」
「着いていく!?」
こいつは何を言ってるんだ?何故にこいつは…。
「ウチは剣に宿る精霊だかんねー、その剣の所有者はウチのご主人様同然ってこと!」
「はぁ、そういう事か」
もう結構こいつ以外にも家に住んでるしなぁ。
でも、こいつを連れて行ってメリットは…、あ、なんか凄そうな剣が貰えるのか。
「分かった。お前とこの剣は俺が預からせてもらおう。で、契約とかは?」
「ウチはもうその剣と契約してるかんね、その必要はナッシング!あと、ウチはその辺の魔法使うためだけに力を貸す精霊じゃないから、そこんとこシクヨロ。ウチが力を貸すのは独断と偏見で決めるから、ふさわしいと思わなければ一向に力を貸さないこともあるかんね」
「随分と自分勝手な精霊だな」
「まぁ、ずっと剣に咎められてたから、ちょっとは自由にしたいんだー。それとは無縁の生活してたかんね」
うーん、そう聞くと不憫に思えてきた。こいつは何か悪いことをしたのか?それで謹慎処分的な感じで剣につなぎとめられた…?
「お前、なにか悪いことしてたのか?」
「うーん、簡単に言えば、ウチは物に宿る『アニミズム・フェアリー』って類の精霊でね?元々姉貴と一緒にいたんだけど、その姉貴がある人間とパスを繋いだせいで、弾かれて。その後、ある人に剣を作ってもらって、それがこれ。これを通じて周囲の魔力を集めてるんだー、だからこの剣から離れられないんだよ!」
「そうなのか…。これからは自由だからな」
「うん、サンキューね、ちゃん兄!」
やはりこいつはかなり不憫な生活をしていたらしい。
にしても…。
鞘がないと危険だよな。刀身をむき出しって。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はイリヤ・ユウマだ」
「わ、私はカツラギ・シオンだよ」
「よろしく、ユウマ!シオン!」
にぱーっと、モルガンは笑い、俺の肩の上に座った。
「にしても、この剣はよくできた剣だな。装飾だって手が込んでるし…名前とかあるのか?」
こんなに手のかけられた剣だ。名前だってあってもおかしくないだろう。
「これ?エクスカリバー・イマージュ。あるやつに作って貰ったんだ、まじクールだよねー」
エクスカリバー…?
「エクスカリバーって、実在したのか?それともイメージとか伝説を元に作ったのか?」
「エクスカリバーは実在するよ、元々宿ってた剣がエクスカリバーだから」
「えくすかりばー?何それ」
「まぁ、簡単に言うと女神から授けられた凄い剣って感じだな」
「ふーん、神様からの贈り物かー。それってその剣も凄いけど、ユウマの今持ってる剣も凄いんじゃない?エクスカリバーの模造品ってくらいだから」
確かに…。結構な一級品だろうな。
「今更だが、どうして俺を所有者に選んだんだ?」
「バイブス…共鳴?しちゃってさー、ピンと来たんだよねー!」
「なんだそりゃ…」
なんだろう、この陽キャ感。いや、通り越してパリピか?
こういうやつとは今まであったこと無かったから新鮮だな。
「とりあえず、今は観光に行こうよ。五万年ほどつまんなかったんだよねぇ。まじテンサゲだったよー」
「お前何歳だよ…いっ!?」
ペシりと、何故か背後から叩かれた。ムスッと、膨れっ面のシオンが俺を叩いていたのだ。
「女性に歳は聞かないの!」
「マジそれな!失礼っしょ!」
「分かったよ…」
まぁ、こいつは五万歳以上は確定か…。
ん…?モルガンがこちらを見つめて悪い笑みを浮かべている…?
うわぁ、ゾッとした!
「あ、ここは左ねー」
二つに分かれた獣道で、モルガンが左を指さす。
やがて、森を抜けて通りに戻ってきた
4
「着いたみたいだな」
道中はほんと助かった。
「あ、あれは…マーリン!?グラたんも一緒!」
「マーリンだ!うっわー、超ナツい!」
「マーリンを知ってるのか?」
「うん、マブダチだよー」
マブダチか。まぁ、エクスカリバーに宿ってたとか言ってたし、アーサー王伝説で関係が出来てたかもしれないが。
「あー、ごしゅじん!」
「おや、ユウマくんじゃないか!」
「相変わらずだね、マーリン!」
「こりゃ驚いた。エクスカリバー・イマージュを手に入れたのかい?」
ムギュっと俺に抱きついてくるグラたん。
「ごめんなさい、ごしゅじん。おじょうの監視忘れてた!」
「別にいいさ。今回ばっかりはな。それより、マーリンに何もされなかったか?」
「君はいったい僕にどんなイメージを持っているんだい?」
「ナンパ野郎」
「酷くないかい!?」
いや、だってこいつは俺のパーティの女子陣全員をナンパしてるんだぞ?
「あー、確かにこいつは女たらしのろくでなしだけどさー、魔術と剣の腕だけは経ってるんだよ?」
「だけは余計だよ」
ほう、剣まで使えるのか、マーリンは。意外だな、てっきり魔法だけで戦うのかと。
「ミナミは一緒じゃないのか?」
「おじょうは一緒じゃないのー、どこにいるのかな?」
「さてね、さすがの僕も地獄は管轄外だ」
むう、ミナミが心配だ…。妹だからな。
「えらく心配そうな顔してるね、ユウマ?」
「そ、そうか?」
「もしかして、ミナミの事心配してる?」
「…まぁな」
「大丈夫だよ、あの子強いもん」
強い…か。あいつが。
「あいつは弱い。だから、俺が守らないと…」
「ふーん、ユウマって案外ミナミのこと見えてないんだね」
「見えてない…?」
何を言ってるんだ、こいつは。ミナミのことを一番知っているのは俺だ。そんな俺が、あいつの事が見えてない…?
「ミナミは強い。体はまだ華奢だけど、心はもうとっくに強い。だから、ダイロスから逃げる時に諦めず、事を解決させることが出来た。私があの子の立場なら、向けられた期待と、圧倒的な力量があるという現実に…押し潰されてたはずだから」
「だから大丈夫だよ!」と、シオンは笑った。
そうか…、そうだったんだ。
あいつは、俺よりも弱い者…妹だと決めつけて、気が付かなかったんだ。
ミナミはもうとっくに、強くなっていた。
「…そうだな」
それなら、あいつ一人でも大丈夫だろう。
「今頃、きっとユウマのこと探して走り回ってるかもねー」
「えー、そんなブラコン妹がいるの?」
「あぁ、ほんと、困ったやつだよ」
俺は笑いながら、少し複雑そうな面持ちをするモルガンに言葉を返す。
さて、俺もある程度は格好がつくような出迎え方を考えておくとするか。きっと、あいつも期待しているだろうからな。
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