転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第40話:新たな戦力と癒し枠

 1


「ここを寝床にしましょうか」


 私は小さな洞穴を指さした。
 この位の浅さならモンスターも湧かないだろうし、雨も防げる。


「ねぇ、本当に人間にはもう力を貸さないの?」


「当たり前じゃないですか。あれは私たちにとっての害悪です。そんなのに味方する馬鹿がどこに居るんです?」


「そ、そっか…」


 エルマさんはそれっきり黙ってしまった。
 当たり前のことをなぜ今更聞いたんだろう?
 私は人間達を守るために戦った。でも、あいつらは敬意を見せるどころか私たちを追い出した。


 礼を言ってくれる人なんて、どこにもいなかった。


「シュヴァとの縁はどうする気なの?」


「あの方が人間のために戦うとなれば、私はあの方に敵対しねばなりません」


 最悪、敵勢力…、所謂現魔王軍側に着くことも吝かではない。


「アリス…俺は正直に言うと、アリスに着いてけない」


「ならば契約を破棄しましょうか?」


 私はぼうっと音を立てて燃える炎を生成し手を入れ、中から藁半紙を取り出した。
 悪魔の契約書だ。


「いや、悪魔は自ら契約を破らない」


「ならばどうするのです?」


「アリスを…正気に戻す!」


 エルマさんは思いっきり私を殴り飛ばした。
 契約をしている間は決して死ぬことは無いのに、馬鹿な悪魔だ。


「私はとっくに正気ですよ…今までが間違っていたんです!」


 口元の血を拭い、エルマさんを睨む。


 魔力が少ない…。エルマさんから貰った魔力は回復に宛てたし…!


 どうやらエルマさんもほとんど魔力は残っていないようだ。
 決して死ぬことがないのを理解した上なら魔法を打ってくるのが定石。
 だが、普通に殴り飛ばされた。
 つまりここからは…肉弾戦だ!


「ハァア!」


「グッ!?」


 蹴りをエルマさんに受け止められたところで、グラトニー・ドレインを使う。
 数少ないエルマさんの魔力を吸い取ったことにより、エルマさんはふらついた。


 普通の悪魔なら消失しているが、契約をしている限りは死なない。


 今現在、この魔力で発動できる魔法は精霊魔術!


「土の精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者に大地の怒りを思い知らせよ!」


『アース・ニードル!』


 洞窟全体からエルマさんに向かって棘が生成される。


「こんな程度で俺は…へばらないよ!」


 シュンっとエルマさんの姿が無くなる。
 まさか…エンビー・ルーティング!?コウモリか何かに化けたのか!?


「ど、どこに!?」


 大して魔力は残ってない!立っているのでやっとのはずだから、きっとすぐに出てくる!


 すると、背後からドスンっと蹴られた衝撃が!
 なんとか受け身をとり、蹴られた方向を睨みつけると、天井にぶらさがっているエルマさんが居た。


「うぅ…!ハァァァアアア!」


「ウォォォオオオ!」


 地面に降りて脳死特攻をしてくるエルマさんを、私も臨戦態勢をとって迎え撃つ!


 …のではなく、近ずいてきたエルマさんにぷすりと注射器を打つ。
 これは麻酔だ。効果は一時間ほど眠るようなもの。


 理解出来ていないようで、驚いた顔をしている。


「私は、あなたの元を去ります。契約書はここに置いておきますね。これはあなたからしか破れないようにしたのは覚えているはず。それでは…」


「待って…アリ…ス…」


 麻酔が回ったようで、エルマさんは意識を失う。が、その一瞬までこの悪魔は手を伸ばし続けた。
 あなただけは理解してくれると信じていたのに、残念だ。


 2


 さて、これからどうしようか。


「グルルルルル…」


 唸り声がしたので振り返ると、そこには巨大な熊のモンスターが居た。
 ムーン・ベアだったか。黄色い体毛が特徴だ。


「あなたの魔力、少し分けてもらいますよ」


「グルアァァァァ!」


 ムーン・ベアが拳を放ち、それを素手で受け止める。腕がべきべきと折れる感覚があるが、契約のおかげで死なない。
 だから怪我を恐れない。痛みなら慣れている。


 …それもあと一時間で終わるんだよな。


 折れた腕で魔力を吸い上げ、腕も回復する。


「運ぶのは面倒なので、腹が減った時に適当に狩りしますか」


 私は振り返り、エルマさんに声をかけた…つもりだった。返事はかえってこない。


 そうだ、自分で置いてきたんだ。理念が違うから、別れたんだ。


 すると、空から誰かがふんわりと降りてきた。
 真っ白の羽根、白い服…。この天使には見覚えがあるあった。


「あんれー!?そこにいるのはアリスさんじゃないスか?」


「あなたは…アゼリールさん」


 この天使の名前はアゼリール。天使の中でも上位の死を司る天使。それでもって、話が通じる天使でもある。


「エルマさんはどこっスか?いつも引っ付いてたじゃないっスか」


「あの人とはもう縁を切りました。それよりも…。私は今、あなた達天使を酷く恨んでいます。人間と同様に。下手をすれば、あなたにも当たってしまうかもしれません」


 そう、あのゼルエルとかいう天使のせいで私は街を追い出された。
 だから、あいつの事を人間と同様、かなり恨んでいる。


「あーあ、あの人やっぱりやらかした…」


 額に手を当てて、やれやれと言った感じでアゼリールさんは呆れていた。


「あの人、目的のことになると周りの被害とか手段とか考えないっスからねぇ…、ただの偵察でよかったのに」


「その、ウリエルの後継者がどうとかと言っていましたが、誰なんですか?」


「知ったところでどうするんスか?」


「その後継者の近くで待ち伏せして、天使が出てきたタイミングでリベンジします」


 そしたら、誤解も溶けるかもしれない。
 …いや、何を考えてるんだ私は。これは自分のためにやるのであって、人々の誤解をとくためにやるのではない!


「リベンジ…ねぇ、それは叶うかどうか知らないっスけど、どうも最近天界がきな臭いんっスよねぇ」


「…天界が?」


「んー、ゼルス様が神殿に閉じこもってたり、魔力探知をしないように命じたり、旧友の方をよく呼んでたり…」


 ふむ…これなら合法的に天使を狩ることが出来るかもしれない。


「その話、詳しく聞かせて貰えますか」


「分かったっス。では場所を変えるっスね」


 アゼリールさんはテレポートを使い、あたりの少し薄暗い空間に飛ばされた。


「あら、アリスじゃないですの。久しぶりでしてね」


「あなたは…、ヘイラ様」


 ヘイラ様は微笑み、頬杖を着いたままこちらに声をかけた。


 3


 土産を買った一行は一旦荷物を屋敷に置き、食べ歩きなどをしていた。結構体力を使うよな…。


 ちなみに、ナナクサ兄妹とシュガーとゼルドリュートはそのタイミングで合流した。


 その後はまた二手に分かれ、インドア組はこちら側、アウトドア組が王都側に着くことになった。
 心做しか、リリスが嬉しそうだ。


「なぁ、シオン。ここって鎖国とかしてたか?」


「鎖国?あぁ、なーんか黒い船に乗った人がやって来てなんかあったらしくて廃止したんだって。私には分からないけど…それより、私の鎖国も撤廃して欲しいな…?」


 ふむ。やはり、この国?島?と日本はかなり共通点があるな。
 なんか変なこと言ってたのは無視しよう。


「ねぇ、シオンー。お姉さん達が受けた依頼、もうそろそろ期限よー?」


「あー、そうだった。ごめん。少し抜けるね」


「みんなも連れていった方がいいんじゃないかしらー?私たちの言語じゃない言語もあるみたいだしー、この子達なら解読してくれるかもよー?」


「だからって大人数で行く訳にも…」


「なら少人数に絞りましょー?」


「んー、それなら…」


 すると、シオンは何やら俺に飛びついてきた!


「ユウマでしょ!とっても強かったし、ボディガードには最適!」


「はぁ!?そもそもその依頼ってなんなんだよ!?そこからまず説明してくれ!」


「何って…私もよく知らないんだよね。からくり屋敷っぽいけどそうじゃないし、薬品の匂いがするけど病院って感じじゃない」


「なんで分かるんだ?」


「一回行ったけど、よく分からないからまた今度ってなった」


 なるほど、要するになんか変なのあるから触らないでおこうってやつか。ただ面倒くさがっただけかもしれないが。


「興味があるからついて行く。お前達は適当に回っといてくれ」


「分かった、また後で」


 シュガーはそう言うと静かに手を振った。
 そして、他の奴らは各々ペアを組んで歩いていく中、ミナミだけが取り残された…いや、自主的に残った?


「ミナミ、お前はなぜ残る?」


「それは、お兄ちゃんと一緒にいたいからです!」


 こいつ、はっきりと言ったなぁ…。
 タマテは何故かほろりと涙を流していた。
 いや、なんでだよ?


「あらー、一途で可愛い子ねー、やっぱりミナミちゃんは。いいわよ、ミナミちゃんも連れてってあげる!」


「わぁーい!」


 ぴょんぴょんと跳ねるミナミを、何やらシオンが恨めしそうに見てる。
 いや、目が完全に親の仇を見るそれなんだが…。


「じゃ、出発よー!お姉さんに着いてきてー!」


「おー!」


 テンションが高いミナミとタマテ。
 それに比べ、シオンはどこかテンションは低めだ。
 何かあったのか?先程までは結構元気だったが。


 4


 俺達は何やら街の外れの…なんと表現すればいいだろう。コンクリート造りの建物にやってきた。


「ここか?」


「えぇ、ここの調査を引き受けたのよー」


「なんというか…研究所みたいですね」


 あー、確かに言われてみれば。質素な研究所に見えなくもない。


「とにかく入るか。トラップとかはなかったんだよな?」


「うん。私たちが入った範囲ではね」


 なら、ある程度は調査できそうだな。


 俺達が入って一番初めに見たのは、散乱した設計図や工具の山だった。


 いかにも研究所っぽいな。オルガを連れてきたら喜びそうだ。


 幾何学的な絵が描かれているのは、なんだろう?魔術的な何か?
 時々キメラのような見た目の生物が描かれたものもあった。合成生物の研究でもしてたのか?こんな所で?


「ちょっと、来てくださーい!」


 奥の部屋からこちらに呼びかける声が聞こえる。


「行ってみましょー?」


「あぁ、何かあったのかもな」


 奥の扉を開けてみると、何やら半円形のドームのようなものの中に緑色の丸いものが入っていた。


 しかもなんかドームがひび割れてるし…。


「お兄ちゃん、なんでしょうかこれ?」


「さてな。それよりもそれには触れるなよ?すぐ壊れそ…」


「えいっ」


 その瞬間、甲高いパリンという音がした。頬を冷や汗がつたう。
 見ると、ドーム状のガラスが見るも無惨な姿になっていた!


「あ、あのぅ…」


『何やってんだ!(やってんの!?)』


 俺とシオンの声が盛大に重なった!


「えっとねー?ここになんか資料があるんだけど、お姉さんには全くわからないのー」


 タマテは危機感なんてものを全くもちあわせていないようで、俺に資料を渡してきた。


 一応目を通しておくか。ふむふむ。


『品種:グラトニー・スライム。食欲旺盛でなんでも捕食し、捕食したものに擬態する。自らの身長の十倍あったモンスターも捕食、擬態可能。悪食でなんでも喰らう』


 スライムの研究か?
 確かに、スライムだから量産体制を取れそうではあるけれど…。
 それより、捕食したものに擬態か。なかなか興味深くはあるな。


『魔王軍の戦力として考慮したが、知能面において著しく欠損しているため、破棄…』


 つまりこいつらは主に従うことなく本能の赴くままに行動したってわけか。
 まぁ、スライムなんてそんなもんだろう。
 某RPGにはモンスターを仲間にする機能があるが、この世界であの理屈が通じるとも限らない。
 それより、ここは魔王軍の研究所だったのか。


『なんだけど、何これ!全く壊れないんだけど!破棄できねぇ!ざけんなよ!このガラスだけなんで!くそ、ガラスのくせに!スライムはなんかずっと寝てるし!もう面倒だからこのままほっとこ!ほっとこほっとこ!さらばスライムフォーエバー!以上』


 俺は破り捨てたい衝動にかられた!
 つーか、このグラトニー・スライムって…?


「ミナミ!その緑のから離れろ!」


「ふぇ?むきゅ!」


「むきゅ!むきゅー!」


 緑のぷにぷにしてるモノがミナミの顔に張り付いた!
 やばい!ミナミがぷにぷにに食われ…る?


「むきゅ!むきゅ!」


 ミナミの頭の上で緑の物体が飛び跳ねている。


「あらー、可愛い子ねー。ミナミちゃんに懐いてるのかしら?」


「ぷにぷにしてます!」


「むきゅ!」


 何やら『むきゅむきゅ』と鳴く緑の物体。いや、生物…?大きな目が二つある。某何個か集めたら消えるゲームに出てくるキャラクターのような見た目だ。


「ユウマ、ミナミの頭に乗ってるの、何?」


「あれは多分グラトニー・スライムって種類のやつだな」


「すらいむ…?何それ」


「モノノケみたいなのの一種だと思ってくれていい。比較的弱い部類だけど、こいつは多分違う」


 なんせ、自分の体の十倍あったモンスターも捕食してしまうんだ。きっと俺達も食われる…かもしれない。


 でもこいつ、ほんとに危険なのか?なんかミナミの上で跳ねてるだけだけど。


「むきゅ?」


 俺がスライムを見ていると、何やらスライムが小首を傾げるような仕草をした。


「とにかく、そいつは危険だ。ミナミ、こいつは置いてこう」


「嫌です!この子は私のペットなんです!」


「そんなのペットにして溜まるか!元いた場所に置いてこい!」


「嫌ですー!」


 ミナミがスライムを抱き抱え、俺に渡さまいとしてくる。
 これはあれだ。子供が捨て猫や捨て犬を拾ってきて、親と抗議している図だ。


「面倒は私が見ます!餌代も私が払います!だから…!」


「ん、んー…」


 俺は少し考えた。
 もしもこいつが強くなったら、かなりの戦力になるんじゃないか?
 こいつがドラゴンでも喰えば空だって飛べるかもしれない。そうなれば移動の幅は広くなる。


 ふむ、悪くないかもしれない。食費が気になるが…残飯処理でもしてれば腹は膨れるだろうか。ミナミに懐いたままでいてくれたらありがたいんだが…。その時はその時か。


「…分かった、ちゃんと世話しろよ?」


「はい、ありがとうございます!ところで、この子の名前はなんでしょうか?」


「品種はグラトニー・スライムっていうらしい」


「なんだか長ったらしい名前ですね…」


 それをシュガーに言ってみろ。多分怒るぞ。
 シュバリエル・ガルワードだからな、フルネーム。


「じゃあ、あなたの名前はグラたんです!」


「むきゅ!」


 グラたんって…冬に食べたら美味しそうな名前だな、このスライム。


「とにかく、飼い主ならこれを読んでおいた方がいい。グラたんの資料だ」


「はい、分かりました!」


 ミナミは俺から資料を受け取ると、黙々と読み始めた。


 一分後…。


「グラたんって、食べ物以外も食べてくれるんでしたよね?」


「あ、あぁ、資料通りなら」


「なら…!」


 ミナミは資料を天井に掲げ、それにグラたんが飛びつく。


 ミナミの手と手の間で脈動し、やがてそれが治まる。


「むきゅっぷ…」


 ゲップをするような鳴き声を上げるグラたん。そんな姿さえも少し可愛いと思ってしまった。


「グラたん、こっちに来てみろ」


「むきゅ…?むきゅ!」


「あぁ、グラたん!」


 少々困ったように鳴いていたが、ぴょこんと俺の頭に乗っかってきた。


 ふふ、悪いなミナミ。グラたんは俺がご所望らしい。


「そんな、私が飼い主なのに!」


「俺が…俺達が飼い主だ!みんなのペットだぞ、グラたんは」


「むきゅむきゅむきゅー!」


 うんうんと頷くような仕草をしているのが感覚でわかる。どうやら本人も異論はないようだ。というか、知能ある程度はあるんじゃないか?


「わ、分かりました…!」


 少々煮え切らないようで、ミナミは少し悔しそうに呻く。
 気持ちはわかる。俺だってグラたんがミナミにばっかり擦り寄ってたら嫉妬するだろうし。今となれば。


 だってグラたん、無害だもん。有害ならもう俺たち喰われてるもん。


「グラたんぷにぷにだなぁ…」


「むきゅー」


 気持ちいいと言わんばかりに甘えた声を上げるグラたん。あぁ、もう、可愛いやつめ!


「ちょっと、グラたん!ユウマは私のなの!盗らないでよ!」


「俺はお前のものになったつもりは無いし、グラたんに盗られた記憶もない」


「あらー、嫉妬?シオンらしくないわねー」


「そ、そんなのじゃないの!」


 顔を赤くして、タマテの発言に反論するシオン。


「とにかくー、これで依頼は終了ねー。届出はお姉さんが出しとくから、皆は自由行動しておいていいわよー?」


「そうか、ありがとな」


「いいわよ、別にー」


 どうやらここが最奥らしいからな。もう見るものもないだろう。


「むきゅーむきゅ!」


 ぴょこぴょことグラたんは俺の頭の上で跳ねる。外に出るのが楽しみなのかな?


「よしよし、お前はちゃんとこれからも可愛がってやるからなー」


「むきゅ!」


 返事をするように鳴くグラたん。きっとさぞ愛らしい仕草をしているんだろうな。
 これでついに癒し枠がこのパーティにやってきた。日頃の疲れを、グラたんに癒してもらおう!

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