転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第37話:魔王幹部と大罪人

 1


 さぁて…。


 こっちは魔法封じられてる、相手は魔法を使える。完全にどアウェイじゃない。


 どうやって殺そうかな…。


 ラスト・チャームが使えればいいんだけど、それは今は使えないし。


 詰み…かもね。


 でも、私だって腐っても元魔王幹部。プライドってものがあるのよ!


「面倒だなぁ。勝機がないことくらい分かるでしょ。元魔王幹部ならさァ!」


「元魔王幹部だから、よ。譲れないものがあるの!」


 このままここを通せば、きっと、こいつはシュヴァの方へ行く。


 だから、ここで足止めをしておかないといけない!


 氷柱を弾き、氷塊を避ける。


 く…このままじゃキリがない!


 ミアーズは、まるで水晶のような氷で体全体を覆っている。


「くっそ!なんで砕けないんだ!」


「ダメ!硬すぎる!」


 オルガの銃も弾かれる。マイクロマシンでも砕けない。


 あの氷は攻撃をしてくる氷とは違い、とても固くできているようだ。


 銃で撃てば氷塊は崩れるし、マイクロマシンを駆使すれば壊すことも可能らしい。


「ルキア!あんたはあの力を使わないようにしなさい!あんな自分を傷つけるような戦法、危険よ!」 


 昔、鬼の仲間に「鬼人化は魔法じゃない、本能解放だ」と教えて貰った。


 だから、消費するのは魔力ではなく脂肪であると。


「わ、分かってるよ!でも、このままじゃ…!」


「大丈夫…必ず、倒してみせる!」


 私はそんなでまかせを、無責任に吐き出した。正直、勝てる算段が思いつかない。


「リリス!」


 エギルの声が聞こえて、氷塊を避ける…。


 が、追い打ちとばかりに氷塊がこちらを追ってきた!


「ごぶァ!」


 ありえないくらい、汚い声が口から吐き出される。


 体がとんでもない速度で吹き飛んで、地面に叩きつけられる。


 腹に…大穴が何個も…空いている。


 ダメだ…悪魔の特有の回復速度も…この中じゃ制限されてる…。


 頭に、昔の記憶が蘇ってくる。あぁ、これが、かの有名な走馬灯ってやつか…。


 ねぇ、こんな時…あんたならどうするの?


 …ーーーーーーー。


「あんたさ、もしも絶体絶命ってなった時、どうする?」


「そうだなー、守りたいものがあれば、多分無理だってわかってても引き下がれないんだろうな」


 そう言って、あいつは笑った。


 屈託のない、純粋そうな笑顔で。


「私は、守りきれる自信がない…」


「何も、一人で守る必要は無いだろ?そんな時は、俺たちを頼れ」


「でも、もしもみんながそばにいなかったら?」


「その時は…」


 あいつは、私を抱き寄せた。鎧の上からも、何故か私は肌の温もりが感じられた。


 暖かい、優しい、肌の温もり。


「俺の名前を呼べ!必ず、助けに行くから」


「…ばか」


 ぽすんっと、拳を軽く鎧に当てる。


 またあいつは、笑顔を浮かべていた。


 そうだ、あいつは言っていた。


 守りたいものがあるから逃げられないって、そのために戦うんだって!


 でも、こんな絶体絶命な状況から打開する策も、戦力ももうない。


 なら…。


 最終手段だ。


 喉から、生暖かいものが這い上がってくる。


「がはっ!…はぁ…はぁ…」


 血反吐を吐き、空気を吸う。体に力が入らない…、が、声はなんとか出せる…!


 今まで、王国の牢獄に入れられた時も、アーマーヒュドラと戦った時も、決して口に出さなかった。


 呼べば直ぐに来てしまう。そう分かっていたから。


「私は弱い…私一人じゃ守れない…」


 あいつに助けを求めるのは癪だが…。


 ごめん、私はユウマとかみたいに頭は良くない!


「だから…助けに来てよ…」


 だから、これくらいしか思い浮かばない!
 私は叫んだ!


 今まで、決して口に出さなかったその名を!


「ゼルドリュート!」


 迫り来る氷塊が私を襲う…数寸前に、一本の槍が突き刺さる。


「はぁ…やっぱり俺とお前には縁があるらしいな、リリス!」


 槍を持ち上げ、一筋の光のような突きを放つ青年。


 そうだ、私は…。


 この青年を、待ちわびていたのだ。


 その瞬間、どっと力が抜け、私は意識を失った。


 2


 な、なんだ、この人は…?


 見た目的には十八歳前後、赤い鎧を着た白髪の青年。


 いや…どこかで見たことが…。


 張り紙に載っていた…賞金首だ!名前もさっきリリスが叫んでいた。


「お前は…七つの大罪強欲の罪、ゼルドリュート!」


「おー、なんだ少年。俺のこと知ってんのか」


 クソ…!のうのうと俺の前に…!


 切り落としてやる!


 リリスはエリナの頼みで殺さないで生かしてやっているが、こいつを殺すなとは言われていない!


「なんだよ、その親の敵を見つけたような目は」


「そうだ、お前は…お前達は…俺の親の敵だ!」


「まぁ待て!その前にだ。こいつをどうにかするんじゃないのか?俺を殺せば倒すことは不可能だぞ?」


「ぐっ…」


 た、確かに、こいつには手も足も出せなかった。


 刃こぼれこそしなかったが、全くと言っていいほど傷がつけられなかった。


「なら、どうするんだよ…!」


「そうカッカするな。答えは簡単」


 ゼルドリュートは槍を持ち直し、構えた。


「槍術壱の型、一点突き」


 ガンガンっ!と、氷塊を突きで破壊し、槍を使って器用に飛んだ。


「槍術四の型、飛翔」


 上空から飛来してくるゼルドリュートを目視したのか、ミアーズはまるで毬栗のようなに氷塊で無数の棘を生成して防御体制を撮った。


 が、それすらも諸共しない様子で、ゼルドリュートはまるで残像が生じるほどの速度で突きを繰り出していた!


「槍術壱の型、乱れ突き」


 音を立てて、氷塊が崩壊していく。


 本体を包む水晶が露出して、僕は「また無理なんだろう」と思っていた。


「無理だね。所詮は元魔王幹部、勝てるわけがない!」


「そうか?わかんないぞ!」


 クルクルと槍を回し、ゼルドリュートは矛先をミアーズに向けた。


 そして、思いっきり突き刺す。


「槍術壱の型、雷天落とし」


 それは結晶体を貫いて、そのまま脳天を突き刺した!


 が、ミアーズはまるで結晶のようにバラバラと砕け散る。つまりこれは…。


「偽物か」


 ガラガラと崩れ落ちる結晶体。


 俺は、悟ってしまった。こいつには勝てないと。


「あんた、リリスの仲間?」


「そんな感じだ。リリスを守ってくれて、ありがとな!」


「いや、守ることなんて出来なかったよ、俺は」


 オルガは俯いて、申し訳なさそうに言った。そんなオルガに、ゼルドリュートは笑ってぽんと手を肩に置く。


「あいつは寂しがりなんだよ。一年も牢屋に入れられてた時はどうにかなっちまうんじゃないかと心配したもんさ!」


「待て、お前はなぜリリスが牢屋に入れられてたって知ってるんだ?」


「あぁ、それはな…」


 そう言うと、ゼルドリュートは自分の目を指さした。


「俺の目には全てが見えるからだ!」


『はぁ?』


 何言ってるんだろう、この人。


「簡単に言うとだな、世界の全ての一年後までの情報、全てを知ることが出来るんだ。その名は『強欲のグリード・予知ヴィジョン』」


「ここでリリスが助けを求めるのを知ってて、ここまで来たってこと?」


「そういう訳だ。ところで少年」


 そう言うと、ゼルドリュートは俺の方に槍を構えた。


「お前は俺を殺したいんだろう?相手をしてやらんでもない。かかってきな!」


「いや、いい」


 俺には目に見えていた。


 この人のように未来を見る力はないけれど、敗北することが、分かってしまった。


「そうか。こっちとしても無駄な殺生は避けたいんでな」


 この人は、本当に元魔王幹部なのか?どうして、ここまで友好的なんだ?


 俺は、この人を殺そうとしたんだぞ?なのに、なぜ…。


 いや、違う。これは何かの間違いだ。


 残虐非道な魔王の元に仕えていた者が、善人であるはずがないんだ…。


 3


 ルニラがユニラの作戦の成功率を上げる方法があると言い出した。


 が、それはとてもシンプルだった。


「えっと、お姉ちゃんの作戦だと真正面から殴り込みだけど、背後から忍び寄った方がいいと思う」


「確かに、じゃ、そういうことで!」


 俺とシュガー、エリナとユニラをテレポートさせ、あの男の背後に魔法を叩き込む。


 三人ならなんとかなるだろう。


「じゃ、行くよ!テレポート!」


 ギュンと視界が急速に変化する。


 あいつが結界を張っているのか…?今は考えている暇はなさそうだな。


 予め詠唱はしてきたため、あとは放つだけだ!


「イヤァ、マサカブンシンデモココマデアノカタガオイツメラレルトハネェ。オドロキデスヨ。ヤルンデスネ、アナタノナカマタチ。ゴウヨクガキタカラショウショウキカクガイデハアリマシタガ…」


 ノイズのかかったような声の主は、俺たちに気がついていたようだ。


 だが、俺達はそんなことも気にせず魔法を放った!


「何っ!?」


 俺たちの魔法は当たったはずなのに、男は平然と立っていた。


 いや、浮いていたと言った方が正しい。足場は、魔法で倒壊したのだ。


「そんな…!」


「マダソノトキデハナイ。キタルベキトキマデオアズケデス。タノシミデスネェ、クックック…!」


 フードの男はまるで、陽炎のようにぶわりと消えていった。


「どうなってんだよ、これ!?」


「転移魔法の一種…かも」


 文脈的に、またあいつとは相対することになりそうだな。


 さっきのやつが死体を操る死霊術師か?


 ん…?


 なんだあれ、モノノケか!?


「あ、あそこにはミナミが!」


「ユニラ!早くテレポートを!」


「ダメ、王女様…体に力入んない…」


 マナ切れか!


 どうすれば!?


 ここから飛び降りれば一溜りもないし…!


 くっそ、ミナミ!


 4


「え…?」


 私の目の前には、ドロドロと溶けたようなドラゴンが居る…。


 なのに、恐怖で足が動かない。


「グルルルルゥ…」


 周りから声が聞こえる。


「逃げてください、ミナミさん!」


「こんなの、勝ち目ないですよ!」


 ダメだ、足がすくんで言うことを聞かない。


 あ、ここで死ぬんだ。


 そう悟ってしまった。


 その時だ。巨大な拳が、ドラゴンを殴りつけた!


「へ…?」


 その主は、二メートルはあるかのような巨体の男性だった。


「グギャァァァ!」


 その男性にドラゴンは噛み付いたが、ものともしない素振りでドラゴンの首に手を当てて、絞め殺した。


「怪我はないか」


「は、はい…」


 私は、呆然と話しかけてきた男性のことを見つめた。


 大きな人だな、と改めて思う。


 その人は、ザッザッと森の中に入って行った。ドラゴンを肩にかけて。


「あ、あの、お名前は!?」


 私の問いかけに、足を止めて男性は振り返った。


「…黒騎士だ」


 それとだけ答えると、黒騎士さんは夜の闇に消えた。


 5


 遠回りに崖を下り、俺達はミナミの元に駆けつけた。


「大丈夫か、ミナミ!」


「は、はい。黒騎士さんが助けてくれました!」


「黒騎士…?」


 なんだろうその人。


 とにかく、ミナミを助けてくれたのならば感謝しないとな。


 それと同時に、俺はどうしてもミナミを抱き寄せたいという衝動にかられてしまった。


 が、ぐっと堪えて手を肩に乗せる。


「良かった、無事で…」


 思わず泣きそうになるのを堪える。


 堪えてばっかりだな、俺。


「ほらほら、イチャつくのも大概にしろよ」


「イチャついてない!」


「お兄ちゃんー!怖かったですよー!」


「お前は急にこっちによってくるな!」


 さっきまで大人しかったミナミが、何やら擦り寄ってきた!


 いつの間にやら、周りは完全に包囲されていたことに気がつく。


 もちろん仲間たちに。


 って、なんか知らない奴までいるし!?


「あ、あの、お前誰?」


「あー、ゼルー」


 とてとてと、シュガーが男性の方に駆けていく。


「おー、シュヴァ!久しぶりだなー!」


 男性はシュガーの脇を持って持ち上げ、ぐるんぐるんとシュガーをぶん回し始めた!


 よくある、子供が父親にやって貰ってるあれだ。


「この人の名前はゼルドリュート。私はゼルって呼んでる」


「よろしくな、えーっと、パーティのメンバーでいいのか?」


「あぁ、よろしく」


 にしても、何故こいつは気を失っているリリスを担いでいるんだろう。


「リリスとはどういう関係で?」


「同僚だな!」


 同僚…か。


 てことはこいつは元魔王幹部で間違いないな。


「とにかく、今は休もうぜー!リリス、かなり重いんだぞ?」


「そうだな、三人ももう終わったみたいだし…」


 そこまで言ったところで、俺は言葉を失った。


「あ、あぁ…」


「なんだよ、何かあったのか?」


「う、後ろ…」


「後ろ?」


 ゼルドリュートは後ろを振り向くが、何も気が付かない様子で、「どうかしたか?」と聞き返してきた…!


「何もないじゃない…か!」


 その瞬間、背後から腕を回され、ゼルドリュートは首を絞められた!


 締めていたのは魔王幹部…なんかじゃなくリリスだ。


「あんた、よくもまぁ私のことを重いだのなんだの言ってくれたわね!」


「ご、ごめん!つい口に…」


「私なんて軽いもんでしょうがー!」


「いででで!死ぬ、首が絞まって死ぬから!」


 さて、屋敷に帰るかー。


 俺達は悶えているゼルドリュートを置いて、その場をあとにした。


「おーい、おーい!このまんまじゃ死んじゃうぞー!」


「あんたってやつは、あんたってやつはー!」


 うん、あれには関わらない方がいいな。命が奪われかねない。


 俺達は屋敷に帰ってきた。


 ふぅ、ようやっとゆっくり出来るー。と言っても、今回も活躍できなかったけど。


「ユウマ、少し話したいことがある」


「何だ?」


 部屋でぼーっとしていると、何やらエギルが話しかけてきた。


「二人で、話がしたい」


「分かった。場所を変えよう」


 なかなか二人になれる場所が見つからず、結局は屋敷の外で話すことになった。


「で、なんだよ。話したいことって」


「ユウマ、シュヴァって誰のことだ?」


 ドキンっと心臓がはねた。いきなりなんなんだろう、こいつ。


 そう言えば、ゼルドリュートのやつ、シュガーのこと、シュヴァって呼んでたな。


 それでか。


「そりゃ、ミルクのことだよ。あだ名ってやつだな」


「あいつの本名は?」


「ミ、ミルク・シューヴァール」


「ふーん、そんな名前なのか…」


 そう言うと、エギルはくるりと体を回転させて屋敷に戻った。


「本人に確認を取ってみる」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内ではアラームが鳴り響いていた!

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