転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第31話:理髪店と元魔王幹部

 1


 俺は思った。兄妹が交換日記をする意味はあるのかどうか。


 こういうのって、彼氏彼女とか女子同士とかがやるものだ。


 いや、『もしかしたらこいつの心の中がわかるんじゃないかー』なんて考えていた。考えていたが、隠したいことはそもそも書かないし、嘘だって書き込める。


 俺が頼めばこいつはペラペラ全てを話してくれるかもしれない。


「すぴー、すぴー…」


 俺はカーテンを開け朝日を部屋に取り込む。


 気持ちよさそうな寝息をたて、寝ているミナミが少し眉を顰める。


 いや、なんでこいつ俺の布団で寝てるんだよ。最近ずっとこれだから違和感なかったけど、この歳で二つ下の妹と一緒に寝てるって異様なんだよなぁ。


「そろそろ起きろ、朝だぞ」


「むにゃ…、もう眠れません…」


「何変化球な寝言言ってんだ…」


 布団を剥がすと、ミナミはようやっと目を覚ました。


「あれ?今まで羊さんの上でお兄ちゃんと寝てたのに…」


「なんだよそのファンシーな夢…」


 それと、俺には一つ気になることがあった。それは…。


「お前、そろそろ髪切ったらどうだ?」


 寝癖こそ立っていないが、ミナミの髪は背中のあたりまで伸びていた。


 元々こいつはあまり髪を伸ばすタイプではなかったのだ。


 本人も、日本で「そろそろ髪を切りましょうか…」と言っていた。ツインテールにしていたのは少しでも動きやすくするためだったらしい。


 でも、こいつは今の髪型は気に入っているようだ。だが明らかに伸びすぎているので、肩にかかる程度まで切ってもらいたい。


「んー、確かにそろそろツインテールにしてもウザったらしくなってきましたね。今日あたり切ってもらいましょうか」


「そうだな。でもこの街に床屋なんてあったか?」


「知りませんね…、あまり詳しくありませんし、ルキアさんに聞いてみます?」


「そうするか」


 俺達は朝食に向かう。すると、オルガとティナがいた。


「ねぇ、ユウマ。私の見た目を見て、気づかない?」


「なんだよいきなり、気持ち悪いな」


「気持ち悪いって何よ!それより、質問に答えなさい」


 うーん、でも大してかわったところなんてない…。あ、もしかして。


「少し太ったり…、って危ねぇ!自分から聞いておいて都合が悪いと殴るってなんなんだよ!」


「あんたってほんとになんなの!?あほ面のアンタは頭もあほってこと!?」


「ユウマ…、お前それはないぞ…」


 ティナは俺に向かって床を叩きつける勢いで殴りかかってきた!


 何とか交わし、床に背をぶつける。このやり取りをやったのは二度目だったか?ミナミでさえ「うわぁ…」とでも言いたげだった。


「だったら何が変わったんだよ!」


「目よ、目が変わったのよ!」


「はぁ!?」


 俺はティナの目を見つめる。あー、こいつらの目、なんか黒目がちだったけど茶色っぽい目になってる気がする。


「気付くわけないだろ!?」


「私は気が付いてました!」


「流石だな、ミナミ!それに比べて…」


「はぁ、わかったよ、俺が悪かったよ!それで?ただのイメチェンか?」


「前に話しただろ?霊視機能のこと。それを付けたんだよ」


 あー、なんかそんなこと言ってたなぁ。完全に聞き流してた。


「じゃあ、メアリーさんを見ることが出来るんですか?」


「理論上はね、実際に見てみないと分からないけど…」


「そうか」


 俺たちは朝食に向かった。さて、二人にはメアリーが見えるようになってるのか?


「あ、皆さんおはようございます。今日は私がご飯を作りますよ」


「よ、メアリー。ようやくお前の顔が見れたよ。案外可愛いんだな」


「へ!?あ、ありがとうございます…」


 見ると、ティナがわなわなと震えていた。なんだろう、嫉妬かな?


「て、ティナ?どうしたお前、顔怖いぞ!?」


「べーつに!?少しオルガのこと見下しただけ」


「どうしたんだ、ティナ!?」


「なんでもないって言ってるでしょ!?気にせずに、朝ごはんでも食べてなさい!」


 こいつの性格もなかなか難アリだよなぁ。自分だけを愛して欲しいなんて痛々しすぎる。本人にいえば俺の命が持たないだろうが。


「お前の好きなやつは、俺以上に鈍感らしいけど?」


「はぁ!?何言ってんのあほ面!私は好きな人なんていないっての!」


「ハイハイ、そうだねー」


「真剣に捉えなさいよ!」


 当の本人は、ベーコンエッグを平らげていた。本当にあいつ、鈍感すぎるんじゃないか?


 ティナはオルガから一番離れたところに座る。


「はわわわわ、なんだか険悪ムードです…」


「四分の一位はお前のせいでもあるんだけどな」


「ふぇ!?」


 こっちもだったかぁ…。


 鈍感なやつと鈍感なやつが会話するととんでもないことになるんだな。


 それから、食卓はしばらく険悪ムードだった。


 2


 あの食卓では全く話せる雰囲気ではなかったため、ルキアに聞くことは出来なかった。


 そのため、ルキアの部屋で話をすることに。


「で、知らないか?」


「ごめん、僕は自分で切ることが多いから」


「ふーん、以外ですね」


 この見た目からは考えられないな、結構ボーイッシュだから、「おまかせで」とか言ってそうなイメージだけど。


「商店街に住んでるアリスさんなら何か知ってるかも」


「あー、確かに。あいつに聞いてみるか。一年前に着いたと言っても多少はその辺の知識はあるだろうし、ありがとな」


「ごめんね、何も力になれなくて」


「いや、気にするな」


 さて、ミナミ一人が行けばいいものを、どうして俺はここまで着いてきているのか。


 俺は今、アリス魔具店に来ている。


「んー、散髪ですか。そういえば最近この近所にオープンしてました」


「腕は確かなのか?」


「結構評判はいいらしいですよ?もう何人も手に掛けてるって」


「些か語弊があるだろ、その言い方…」


 でも評判はいいのか…、こいつ連れて行ってみるのもいいかもな。


「どうする、ミナミ?」


「そうします!アリスさん、情報提供ありがとうございます!」


「じゃ、早速向かうか」


 すると、アリスは俺の袖を引く。


 …うん、嫌な予感がする!


「私は情報屋ではありません。それに、タダで情報を提供はしませんよ?」


「ミナミ、ずらかるぞ!」


「逃がしません!『バインド・チェーン』!」


 く、縛られてる上に力が抜ける…!グラトニー・ドレインの力か?


 仕方がない、買うとするか。なるべく安上がりな物…。


「買う!買うから!買うから離してくれ!」


「ほんとーですかー?」


 アリスはにまぁ…と黒い笑みを浮かべていた。してやられた感じだな…。


「本当!本当だから!」


「では離してあげます」


 ジャラジャラと音を立てて、俺たちを縛っていた鎖が落ちていく。


「きゅう…」


「ミナミ、どした!?」


「ありゃりゃ、吸いすぎちゃいましたかね?」


 鎖を解かれた瞬間、ミナミはぶっ倒れた。魔力切れってやつか。


 アリスは魔力水と呼ばれる水をミナミに飲ませる。すると、顔色が少し良くなった。


「あなたは魔力を多く所持しているようですね」


「そうか?ミナミと大して変わらないと思うけど?」


「いや、そうではなくてですね…。簡単に言うと、あなたには内なる魔力がかなり眠っているようです」


「どういう意味だ?」


 内なる魔力?眠ってる?何のことだろう。イマイチよく分からない。


「んー、さらに簡単に言うとですね。大きな桶と小さな桶があるとします。大きな桶を内なる魔力、小さな桶を表面上の…、所謂私たちが使える魔力だとします。大きな桶に流れ込む水を私たちが取り入れる魔力として、大きな桶には穴が空いて、小さな桶に水が流れ込みます。やがて、それはいっぱいになり、溢れだしてしまいます。この限界値がギルドカードに表記される魔力量です。ですが、その小さな桶はレベルが上がる事に大きくなります」


「うーん、何となくわかった。シュガーの魔力量が少ないのもそういう事か。でも、なんでシュガーは魔力を使い切ると倒れるのに、俺は魔力を吸われても倒れないんだ?俺とミナミは魔力量は大差ないと思うが?」


「ユウマさんは魔力供給量も多いようです。吸ったら直ぐに内なる魔力から表面上の魔力に供給されている…、と言ったら分かりますか?」


「えーと、つまり俺はどれだけ魔法を打っても大丈夫ってことか?」


「いや、内なる魔力が尽きればおそらく倒れてしまいます。大気から取り入れられる魔力は少ないですから。取り入れるのに時間がかかります。魔力水でもあれば話は別ですが」


 なるほど。つまり俺は単に魔力量を多く所持しているというだけというわけか。


「それと、なんで内なる魔力が凄いって分かったんだ?」


「感覚ですよ。表面上の魔力はなんかあっさりした感じで、内なる魔力は濃厚な感じです」


 つまり、こいつなりの判断基準ってわけか。


「で、何を買いますか?」


「うぅ…、忘れてた…」


 こいつに魔力がなんとかと長話を聞かせてもらったおかげですっかり忘れてしまった。


 ふと、ミナミに与えた魔力水の空き瓶が目に入る。


 あ、そうだ!


「だったら俺はその魔力水を買う」


「へ?」


 アリスはあっけに取られていた。


「よく聞こえなかったか?」


「聞こえますよ!…なら、一ダースで手を打ちましょう!」


「ちなみに、お値段は?」


「六千ルナです!」


 うぅ、かなり値は張るよな…。よし、ここから交渉だ!


「高い、五割引」


「むー、一割増です!」


「高くなってるじゃないか、四割引」


「ならば一割引です!これでどうです!?」


「まだ行けるだろ、三割五分引」


「二割引です!これ以上は下げれませんよ!」


 この辺りが妥当かな、大分引けたんだじゃないだろうか。


 まぁ、こいつも閑古鳥が鳴いてるらしいしな。


「買った!」


「毎度ありですぅ…」


 アリスは元気がなさそうに感謝の言葉を述べた。


「ふぁ、どうしたのさ?」


「ユウマさんがぁ、ユウマさんがぁ…!」


「どうしたの!?ユウマがどうかしたの?」


「ユウマさんに生命線を絶たれましたぁ!」


 アリスは多少改ざんされた内容であったが事の経緯を伝えた。


「うーん、これだけあれば足りるんじゃない?」


「そんなぁ、もやし生活ですか!?」


「俺らのどちらかが食べ繋いでいれば死なないでしょ?」


「それでも…、飢えはきついですよぅ…」


 やっぱり冬の商売って大変なんだなぁ、と改めて思う。でも、こいつらにもアーマーヒュドラ討伐の報酬は入ってるはずだが…。


「お前ら、アーマーヒュドラの報酬はどうした?」


「それなら、アリスが全部『絶対に役に立ちますから!』だとか言ってポーションに全部つぎ込んだんだ。オマケに返品不可能と来た、もう散々だよ」


「エルマ、強く生きろよ」


 俺は親指をたて、エルマに励ましの言葉を送る。


「あぁ、お前もね…」


 エルマも俺に向かって親指を立てる。


 すると、アリスは何故か土下座を遂行していた!


「ユウマさん、いやユウマ様!どうか定価で買ってください!」


「分かったよ、ほい。あとチップだ」


「ユウマ様!ありがたき幸せです!」


「あるなら初めから出して欲しかったんだけどね…」


 まぁ、少し魔が差しただけだ。結果的には向こうも得をしているだろう。


「さてと、おいミナミ。起きろー」


 ミナミをゆさゆさと揺さぶり、起きるように促す。


「王子様のキスで目覚めます…」


「お前起きてるだろ」


「…起きてないです」


 いや、完全に起きてるな、こいつ。寝てるならなんで返事できるんだよ


「もう面倒だからここに置いて行くか。散髪ももういいだろ」


「ダメです!」


 ガバッとミナミが起き上がる。このポーション、中々効果がデカい。これはいい買い物が出来たな。


「じゃ、行くか。ここからどう行けばいい?」


「大通りに出て左に行って、五件目の右の店ですよ。元は空き地だったので、直ぐに気がつくと思いますよ」


 俺らは違う方向からきたから気が付かなかったのか。


「そっか、ありがとな」


「はい、またのお越しをお待ちしています!」


 アリスは曇りのない笑顔で俺たちに手を振った。


 3


「ここだな、『ヘアサロン・リリス』…」


 うん、デジャブだなこれ。嫌な予感がするんだが…。


 俺はドアノブに手をかけ、ドアを開ける。


「ようこそ、ヘアサロン・リリスへ!あなたのお好みの髪型へ…、って、ユウマ!?」


「やっぱりかぁ…」


 こいつ、なんか何かと問題がありそうなんだよな…。何かとは言えないけど。


「何嫌そうな顔してるのよ、そっちの方からここに来たんじゃないの」


「リリスさん、ヘアサロン開いたんですか?」


「見ての通りね。夏でも冬でもある程度儲けられるし!」


 確かに、その点は否定はしないが…。


「このリリスの腕を信じなさい!で、どんな髪型にする?」


 お、今日のこいつはかなり心強いな。尚、王都戦でこいつがあまり成果を得られなかったのは触れてはいけない。


「おまかせです!」


「丸刈りね」


 そう言うと、リリスはバリカンのようなものを持ってきた。いや、女が丸刈りって…、僧侶でも目指してるのかよ。


「やっぱり肩にかかる程度のショートボブでお願いです!」


「リョーかいっ、じゃあそこに座って」


 ミナミは鏡の正面にある椅子に腰を掛けさせられた。


「ところでさ、ミナミ」


「なんです?」


「あなた、失恋でもしたの?」


「してないです!」


 笑いそうになるのを必死に耐える。失恋って…!


 それから俺はただただ暇な時間を過ごした。というか、時折うとうとしてた。


「おーい、ユウマ。終わったわよ」


 リリスに話しかけられ、俺はハッとする。


「ん、終わったか」


 さて、どんな髪型になってるかな。


 大して変わってないだろうが…。


「あ、お兄ちゃん!」


「…!?」


 なんだろう、この子?こんな子と知り合ったっけ?


「もふー!」


「だ、誰!?」


 な、なんか抱き着いてきたし!?俺はこの状況を処理しきれないでいた。


「誰って、私ですよ?私!」


「さ、詐欺!?」


 これはあれだ!新手のワタシワタシ詐欺だ!きっとそうだ、そうに違いない!


 しかもさっきさりげなくお兄ちゃんとか言ってたし…、あれ、ちょっと待て、お兄ちゃん?


 俺はもう一度少女の方へ目をやる。


「ん、なんですか?」


「君、ひょっとして、ミナミって名前だったりする?」


 俺は差し支えないように少し丁寧に話す。


「何を言ってるんですか?私はミナミです。お兄ちゃんの妹のミナミですよ?」


「…お前って、案外可愛いんだな」


「ひゃう!?い、いきなりですね!?」


 こいつ、前髪が切りそろえられてる。前は結構長かったからな。


「はいはい、イチャイチャするなら家でやってなさい。それより代金を頂くわよ」


「イチャイチャはしてないんだけど…、で?何ルナだ?」


「二千ルナよ」


 この世界では妥当な値段かな。俺は二千ルナを差し出した。


「じゃ、あとはお二人で楽しみなさい」


「はーい、ありがとうございます。リリスさん!」


「楽しみなさい」という言葉に悪意を感じたが、俺達はヘアサロン・リリスを後にした。


 4


 ミナミは短い髪をツインテールで縛った。


 うん、この髪型だとさすがに判断できるな。


 屋敷に帰ると、どうしたものか。何やら廊下からリビングの様子を伺っている二人と一匹の姿があった。


「はわわわ、一線を超えてしまってます…」


「まだだよ、まだセーフでしょ!?」


「おまえら何してんだ?」


『うわぁ!?』


 二人は俺に後ろから話しかけられて情けない声を上げる。


「しー、ユウマ、静かに!」


「お前らの声の方が大きいだろ…。で?何を見てたんだ?」


 二人は何も言わずにドアの向こうを指さした。そこを覗いてみると…。


 何やらオルガを膝枕しているティナの姿があった。


「は?」


「なんでお二人はあんなことをしてるんですか!?」


「私たちにも分かりません!」


 俺達はヒソヒソとドア越しに見える光景について情報を交換していた。


「あのさ、あんた達、私もう気づいてるんだけど」


「えっ!?」


 ティナはこちらに相変わらず小馬鹿にしたような、見下したような目を俺たちに向けた。


 いや、もしかしたらそれを向けてるのは俺だけかもしれない。


 オルガは全く気がついていなかったようだ。


「え、えっと、これは違う!違くて!」


「分かってる、分かってるから。なんでこんなことしてたんだ?」


「分かってないじゃないか!えっと、これはだな…」


「報いよ」


『へぇ?』


 ティナの話だとこうだ。あれからオルガは自分の愚行に…、愚行なのか?うーん、まぁいいか。に気づきティナに謝罪したらしい。


 そこでティナは、愚行?を許すための条件を提示。


「それがこれよ」


 イマイチ経緯が分からない。聞いてもなおわからない。分かりえない。


「いわゆるスキンシップね」


 完全に一線を超えてるが、そこにはもう突っ込まない方がいいだろう。俺の命が危うい。


「なら、お兄ちゃんも私とスキンシップをとりましょう!例えば…、キスとか?」


「して溜まるか」


 むっとした表情のミナミは、何やら煮え切らない様子でブツブツと言っていた。


「ところでさ、ミナミ」


「あ、私も聞こうと思ってたんですが…」


「そういえば、私も気になってたんだけど…」


「あぁ、俺も気になってた」


 四人はミナミに問いつめる。当のミナミは相変わらず不機嫌そうだった。


「…なんです?」


『失恋でもしたの(か)?』


「違います!」


 あー、やっぱり傍から見れば失恋したように見えるんだ、こいつ。


 まぁ、恐らく恋の相手というのは…、あとは本人しかわからないか。


 他人の心なんて、読めないものだ。

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