転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第28話:騎士団長と転移少年
1
本日の午前中、ルキアが退院した。本来ならもっとかかるはずなのだが、まぁ早いに越したことはないだろう。
「心配かけたね、僕はもう大丈夫だよ。今からクエスト行けるくらい!」
「病み上がりだろ、少しは体を休めろ。あと明日には帰る予定だ」
「えー、もっとゆっくりしたかったなー」
ルキアがチラリとこちらに視線を送る。いや、そんなことしたって期間は伸びないんだけど…。確かに、病室で退屈してたんだろうけどさ、長居するのも悪いしな。
「ところでさ…」
「なんだ?」
ルキアは周りを見渡す。歓声や黄色い声が周りから聞こえる。
「なんでこんなことになってんの!?」
そう、俺は今、闘技場のステージに居る!
事の発端は今朝まで遡る。
俺はエギルに呼び出された。
「はぁ!?なんで俺がエギルと戦わなけりゃ行けないんだ?」
「何も、『他の奴らはクラスアップに相応しいが、どうもユウマだけは大した活躍が見られない』だってさ」
クラスアップとは、称号を与えられ、上位職になるための儀式のことを指すらしい。
魔法使いがウィザードになるみたいなものだな。
「それで俺の能力を推し量るためにお前と決闘しろってことか…」
面倒そうだな…。でもこれでいい結果を出せれば上位職に…。
ハイリスクハイリターン、この選択で人生が変わるかもしれない!いや、もう俺人生終わってるけど。
「なぁ、それってクラスアップするに至らない人物だって分かっても、俺にはデメリットはないのか?」
「あぁ、特にないと思う。強いてあれば…、俺が後でグチグチ言われるくらいだな、王女に」
「お前も大変だな…」
「って訳で、どうする?」
ローリスクハイリターンに近いな…。負けたところで俺にはあまりデメリットはない。
エギルはあるみたいだけれど、正直俺の知った話ではない。あいつの説教なんてたかがしれているだろう。
「じゃ、やってやるか…」
そして今に至る。
「おいエギル、観客がいるなんて聞いてないんだけど!?」
「し、自然に集まってきちまって…」
こいつはどうしてこんなに人をよせつける体質なのだろう。イケメン、恐るべし!
「お兄ちゃん、頑張ってください!応援してますよ!」
「ふん、せいぜい恥を晒さない事ね!」
「ユウマさん、ファイトです!」
「わふ!」
アイツら、何どさくさに紛れて観戦してるんだよ…。いや、ルキアがいたあたりから察してたけど。あと約一名完全に悪口!
「キャー!エギル様ステキー!」
「そんな小汚い冒険者やっつけちゃってー!」
「まぁ、エギルさんに叶うわけがないよな…」
一般の客人は愚か、騎士団まであんなこと言ってんのかよ!完全にどアウェイだな…。かなり緊張する!あと小汚い言うな!
「エギル!手加減をするんだぞ」
「ハイハイ、分かってますよっと」
エリナの忠告に軽くエギルが答える。現に、俺は魔法を使っていい代わりにエギルが魔法が使えない。
木刀は魔法でも壊れないような作りになっているらしい。十秒間相手の背を床につければ勝利との事だ。
「さて、そろそろ始めないか?」
「あぁ、心の準備は出来てる」
俺とエギルは互いに向かい合い、闘技場の両端に立つ。
「では、冒険者ユウマと、白銀の騎士団団長エギル殿による昇格戦を開始する!では…」
審判のような人物が拡声魔法を使い、アナウンスをする。俺はゴクリと唾を飲む。
「初め!」
その合図で、俺は駆け出した!
2
「でりゃあ!」
俺は走ってくるエギルに向かい、剣を振るったつもりだった。が、それはエギルには当たらず、空を切る。
「えっ!?」
どうなってる?魔法は使っていないはずだ!
というか、魔鉱石は付けていないからそれは確定なのだ!ということは…、これはあいつ自身の身体能力!?
「遅い!」
「ぐっ!?」
背後から切りつけてこようとしたエギルの剣を素早く回転しバックステップで回避。こういうのは後ろから現れるって相場が決まってるからな。
でも、最近歩き回ってばかりいるせいか、運動神経が少し良くなった気がする。
「避けたか、やるじゃないか、ユウマ」
「そりゃどうも」
俺はシャドー・スラッシュの最低限の射程まで距離を置く。よし、間合いに入った!
『シャドー・スラッシュ!』
決まったかに思えたが、エギルの剣に弾き返されてしまう。
木刀でこの威力かよ!おかしいだろ!?
「闇属性の魔法か…。あのアーズって奴が言ってたのはこの事か?」
「魂を売ったとかどうとかってやつか?さて、どうだろうな!」
さて、不意打ちでもダメだとしたら…。あの手で行くしかないな。
『ウォーター・ソード!』
これはウォーター・スプラッシュの応用技だ。最近覚えたのだが、威力は乏しい。
水の刃というか、なんか剣から水がちょろちょろと出ている感じだ。じょうろ替わりにしか使えない。
「この程度の火力で俺が倒れるとでも?」
「ああ、倒れるよ。お前は必ず」
剣で弾かれ、周りには水しぶきが飛び散る。そうだ、それでいい。
『フリーズン・ウィンド!』
「なっ!」
地面の氷に足を滑らせ、エギルが横転する。
俺との剣の鍔迫り合いで、地面に目が行かなかったようだ。そう…これはカムフラージュ。本当の勝算はこっちだ!
「驚いた。でも起き上がれば…」
エギルは起き上がるが出来ない。なぜならある程度鎧や服が水で濡れているから。
倒れた直後にもう一度打ったのだ。つまり俺は、濡れた服の水分を凍らせた。背中と地面の氷をくっつけるように。
「凍ってる!?…ははは、してやられたな。指は動かせても腕や足は動かせない。完敗だ!」
「し、勝者!冒険者ユウマ!」
審判のアナウンスに、場の空気は一瞬にして凍りついた。
そう、あのミナミさえも押し黙っていた。
うん、勝ったとしてもこうなるのは分かっていた。ヤジも投げられる覚悟で来た。
やがて、パチパチと拍手の音が聞こえた。その音の主は…。
エリナだった。
「流石は妾が見込んだ冒険者。戦略を駆使した戦い、見事だ!尊敬に値するぞ」
すると、周りからもどっと歓声が湧き上がった!
「すげぇよ!初級魔法にあんな使い方があったなんて!」
「えぇ、見直したわ!」
『ユウマ!ユウマ!ユウマ!』
謎のユウマコールが続く中、俺は無性に照れくさい気持ちになった。
所詮、俺がやったのは卑怯なことだ。でも、それでも仲間が俺を応援してくれた。だから勝ちたかった。それだけの話だ。
「流石です、お兄ちゃん!」
「大したものよ、あの騎士団長をハンデを設けてでも負かすなんて!」
「リリスもあれ、引っかかってたよね、もしかしたらリリスより強いかも?あ、冗談!冗談だよ!」
「ん、おめでとう。それと…」
シュガーはエギルが倒れた方を指す。なんだ、なにかあるのか?
「そろそろ解いてあげたら?」
「ユウマ…」
「あ、ごめん完全に忘れてた」
俺はエギルの氷の拘束を解く。いや、ほんとに忘れてたな。
エギルは起き上がり、俺の方に手を伸ばす。そして、俺はその手を強く握る。
「お前の機転の勝利だ。対戦ありがとう」
「いや、俺なんて所詮卑怯者だ」
「でも、結果としてはお前が勝った。そうだろ?これからの世の中、お前みたいな弱くて強いやつが俺を抜かしていくのかもな」
「皮肉か」
やはりこいつに言われるとムカつかない。  
俺は先程、「弱い」と言われたのだ。下に見られたのだ。でも…、とくに気に触らなかった。
「さ、お前も城に戻れ。お迎えが来たぞ?」 
振り向くと、ミナミ達が駆け寄ってきた。
「お前ら、なんでここに?」
「騎士さんに話したら入れてくれました!この決闘の情報はエギルさんに教えてもらいました。あぅ!これは秘密でした…」
「え、エギルが?…って、もう居ない」
恥ずかしがってるんだろうか?いや、別に恥ずべきことではないと思うが…。
「面白いものを見せてもらった!やはり私が見込んだ冒険者だな!」
「それ、さっきも言われたぞ」
ギルドマスターのキリエ。こいつも来ていたのか。
「冒険者にエギル殿が負ける所なんて、初めて見た。良いものを見せてもらったぞ、少年!」
「いや、そこまで大層なことはしてない…」
「謙遜だな、もっと誇っていいんだぞ?」
キリエは俺の肩をぽんぽんと叩いて、笑いかけた。
「そっか、ありがとう」
「じゃ、私は失礼する。ジェラシーを感じている子も居るみたいだしな!」
キリエは足早にここを去って行った。
変なやつだな、それにしてもなんだろう。ジェラシーがどうとかって、言ってたが…。 
「お兄ちゃん」
「ナ、ナンデスカ!?」
俺の口調がカタコトになる。いや、ジェラシーって、お前のことかよ!
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。あなたはあんな人には鼻の下をのばしませんよね。肩をぽんぽんされたくらいで揺らぎませんよね?」
「ア、アタリマエジャナイカ」
怖い、こいつ前々から知ってたけどめっちゃ怖い!
「み、皆!ミナミを説得するの…って!あいつら帰りやがった!」
「さぁ、お兄ちゃん。二人っきりで話をしましょう」
ミナミは笑顔を振りまく。いや、なんか殺気を孕んでいる気がする!あ、返答次第では命落とすかもな、これ。
「鼻の下なんて伸ばさない!なんでもするから命ばっかりは勘弁を!」
ん?今なんか俺とんでもないこと口走った気がする。
「今なんでもするって言いましたね?」
ミナミの笑顔は、殺気ではなく完全になにか企んでる顔に変わった。
言っちまった、やっちまった!
3
さて、あの騒動から一時間程たって、俺達はナリヘルンの街へやってきた。
この街に来てから、何やらこいつと二人になることが多く感じる。何者かの陰謀を感じる、神様的ななにか…。
「さっきの、すごかったですよ。曲りなりとはいえ、あのエギルさんに勝てるなんて!」
こいつは純粋に褒め称えているのだろうが、『正攻法では勝てないくせに』と言われているような気がした。否定は出来ないが。
「そうなれば、お前は俺よりも上だから騎士団長を完全に凌牙したことになるな」
「どういう意味です?」
ミナミは小首を傾げ、俺を見つめる。どうやら本人は気がついていないようだ。
てことはあの殺気にも似たあれは無意識に出してるのか!?末恐ろしいものだ。
そのうち、自分の思い通りにならなかったからとかで街ひとつぶっ壊すとかしないよな?
いや、こいつはプリースト。魔法だって使える。回復とか支援とかが主な魔法だが、どっかのVRMMOにはバーサークヒーラーとか言われるやつもいたし…。
「なんか変なこと考えてないですか?」
ミナミは疑いの目を向ける。
「変なことって?」
「変なことは変なことです!」
「わけがわからないよ」
俺はどこぞの諸悪の根源風に言ってみた。いや、なんだよ、「変なことは変なこと」って、回答になってないだろ。
俺は少し辺りを見渡しながら歩いていた。すると、何やら泣いている女の子がいるではないか。
ベタだよなぁ、元の世界ではそんなこと無かったのに。
遊園地とかではあるのかもしれないが、俺とは縁もゆかりも無い話だ。これが異世界効果ってやつか?
「お兄ちゃん、どうします?」
「…、声掛けるしかないだろ、このナリヘルンは広いんだ。きっと普通に探すだけじゃ見つからないだろ」 
家に帰ればいいのに、ただ道端で泣いているところを見て、恐らく旅行初日くらいで親とはぐれたのだろう。
「ひぐ…、おねーちゃん…どこぉ…?」
「お、おーい…そこのお嬢さん…」
俺は恐る恐る泣いている少女に話しかける。
慣れないんだよな、最低でもシュガーくらいの年の見た目じゃないと、上手く話せない。あいつは精神年齢はとんでもないけど。
少女は俺の顔を見るなり、目をさらに潤ませる。やばい!今にも大声で泣きだしそうだ!
「あ、えーと、お嬢さん、なんで泣いてるんですか?」
サッと、少女はミナミの後ろに隠れる。そんなにひどい顔してたのか、俺!?
とりあえず、俺は屈んで少女とおなじ目線になる。こういうのは同じ目線になった方が親近感が湧きやすいと聞く。
「おねーちゃんが…はぐれちゃって…」
「君がはぐれたんじゃないのか」
「お、お兄ちゃん!」
出た、迷子特有の「お母さんが迷子」発言。この場合姉らしいが。
って、さっきよりも目が潤んでる!もう泣きわめく一秒前じゃないか!
「お兄ちゃん、小さな女の子相手にそんなきつい言い方使っちゃダメですよ!」
「はぁ!?だってそうだろ!?」
「うぅぅぅ…」
「あ、そうだ!これ食べます!?」
ミナミは起点をきかせ、ポシェットからキャンディを取り出す。なんでそんなもの持ってるんだよ…。
少女はぺろぺろと口の中で舐め、少しうっとりした様子だった。
一通り舐め終わったあと、少女はもう涙は流していなかった。
「ありがとー、おねーちゃん」
「このままここにいても、見つけてくれるかはわかりません。どうです?私たちと一緒に来ませんか?」
「おねーちゃんを探すの?」
「宛はあるのか?」
すると、ミナミは笑みを浮かべる。どうやら宛はあるようだな。
「ちゃーんとありますよ!」
さて、俺達は来た道をそのまま引き返した。
こいつが言う作戦は「エギルさん達に任せていれば大丈夫でしょう」という完全なる他力本願だった。
でもまぁ向こうの方が騎士達とか人手は多いし、見つけられる確率も高いだろう。
あれから少しは打ち解けて、俺とも会話してくれるようになった。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな」
「リーシャ」
「リーシャちゃん…ですね。えっと…、この街に住んでるんですか?」
「うん、この街に住んでるのー」
マジかよ、だったらなんでこんな所で迷ってるんだよ。
「きのーのきのー?くらいに来たばっかり。今日はおねーちゃんと探検に行くよてーだったの。そのとちゅーでおねーちゃんがはぐれちゃって」
「ふーん、まぁ、それくらいならしょうがないか」
「おにーちゃん、おにーちゃんはいい人?」
「は?」
俺は思わず声に出した。人に「あなたはいい人?」なんて聞かれたことがないからだ。 
「さてな」
俺ははぐらかした。
「おねーちゃんはいい人?」
「お兄ちゃんのためなら、私は黒にも染まります!」
「返答になってないぞ」
なんだよそれ。そもそも俺がこいつに黒く染まるように命令するとでも思っているのか?
あるとしたら墨汁をたっぷり入れた落とし穴にこいつを落とすくらいだ。
「おねーちゃんは、悪い人にはついて行くなって、言ってた」
「そうですか。…あ!そう言えば、自己紹介はまだでした!」
こんな小さい子に自己紹介しても意味が無いと思うのだが…。
「私の名前は、イリヤ・ミナミ。冒険者で、プリーストをやっています」
「俺も一様名乗っとくか。俺の名前はイリヤ・ユウマ。剣士だ」
「ギルドの人ー?」
「ああ、そうなるな」
「ならおねーちゃん知ってるー?」
「知らないぞ」
そもそも詳しい情報ももらっていない。
この子は赤毛、この街に来てから赤毛の奴になんて会ったっけ?
あ、でもキリエは赤毛だったな。だが、そんな訳がない。あいつに妹がいるなんて聞いていない。
すると、『くぅー』とリーシャの腹が鳴る。
「お腹空いた…」
「じゃあ、昼食にしましょう!リーシャちゃんも一緒に!」
「しょうがないな…」
これから恐らくアーマーヒュドラとポイズンダゴンの報奨金が少しばかり入ってくるだろうが、俺だけでも最低限の食費にするか…。
俺達はレストランに入り、席に座る。
「何食べる?」
「んー、これ」
「お子様セットですね。無難です!」
料金は三百ルナ、大して高くはない。
「俺はこれにするか」
「王都野菜の合わせ物ですか…、足ります?」
「足りるだろうさ、お前はどうする?」
「王都牛のハンバーグ定食です!」
うん、こいつもなかなか無難だ。美味いなら一口もらいたいものだ。
やがて、俺達の料理が出揃った。お子様セットだけは早く来たので、リーシャは先に食べている。
「案外上品に食べるんだな」
「おかーさんが『上品に食べなさい』って、いつも言ってたの。おねーちゃんに」
なるほど、他人の振り見て我が振り直せとはこの事か。察するにこいつの姉はなかなかなっていない食べ方だったらしい。
「お姉さんはどんな仕事です?」
「ギルドで働いてるって言ってたー」
ふむふむ、受付嬢でもやってるんだろうか?にしても、やはり情報が少なすぎる。
ギルドで今働いているならいいのだが、探検とやらをしていたところを見ると、その可能性は見込めないだろう。
俺達は食事を済ませ、レストランを出た。案の定、俺の腹は膨れない。
少しばかり歩いただけで、今度は俺の腹が「ぐぅー」と鳴る。
「やっぱりご飯足りてなかったんじゃないですか」
「あぁ、あそこの焼き鳥でも食べるか」
「私も食べるー」
「食べ過ぎじゃないか?」
「だいじょーぶ」
俺は三本の焼き鳥を買った。なんでも、この街の名物の一つらしい。
「上手いな」
焼き鳥は普段少し硬いイメージだが、これはまるでホルモンのように口の中で蕩ける。
それでいて、ソースも甘過ぎず、辛過ぎずでいい味だ。
「ミナミも、そんなに食うと太るぞ…がはっ!」
「何か言いました?」
「いや、なんでもないです…」
はぁ、危ない。もう少しでリバースする所だった。
その様子を見て、リーシャはくすくすと笑う。
「なんで笑ってるんだ?」
「おにーちゃんたち、とっても仲良しさんだから」
「兄妹の仲がいいのは当然じゃないのか?」
「うん、リーシャとおねーちゃんもなかよしー」
リーシャはそう言うとにこりと笑った。
俺達はようやく城に着いた。さて、一様あいつのこと探すか。
「あー、騎士のおにーちゃんだ!」
「よう、エギル」
ミナミは少し驚いたように目を大きく見開く。当たり前だ、こいつは騎士団長のことを「騎士のおにーちゃん」と呼んだのだ。
無礼者と言えば無礼者だろう。この歳だからしょうがないかもしれない。
「やあリーシャ、なんでこんな所にいるんだ?」
「なんだエギル、知り合いか?」
「治療院の帰りに出会ってね」
なるほど、だいたい察しがつく。この子は多分ここに引っ越してきて初日で迷子になり、それを治療院から出てきたエギルが見つけたのだろう。
「で、こいつはお姉さんとはぐれちまったらしくてな」
「まぁ、そのお姉さんも心配してユウマたちと同じことを考えていたみたいだけどな」
「リーシャ!お前どこに行っていたんだ!?」
「あ、おねーちゃん!」
少女はとてとてと走っていった。その先にいたのは…、
キリエだった。
『えぇ!?』
「リーシャ、あれほど私から離れるなと言ったじゃないか!」
「うぅ、ごめんなさい…」
「お前ら姉妹なの!?」
「うん、そだよー」
少女はキリエに怒られ、しゅんとしていたが、俺からの質問に笑顔で答えた。
「はぁ、無事で何よりだが…、済まないなユウマ、ミナミ。うちの妹が世話をかけた」
「いえ、リーシャちゃん可愛かったですし、とても楽しかったです!」
「まぁ、少しくらいはな」
「んー、私も楽しかったー」
リーシャのやつ、キリエに会ってからずっとニコニコしてるな。出会った頃とは全く似ても似つかない。
「ユウマ、あの子にはよくしてやった方がいいぞ」
「ギルドマスターの妹だからか?」
「いや、それもあるけどな」
エギルは耳打ちをするように俺に語りかける。
「あの子、騎士団学校首席入学者なんだよ。だからこの街に来たんだろうさ」
「ほぅ、そりゃ凄い」
「しかも、大体は十二から十三歳で入学するのが普通なんだ。飛び級繰り返して、まさかの七歳で入学だよ。末恐ろしいよな」
「マジかよ…」
こりゃ本格的に天才だな。こいつが嘘をついているとは思えない。
幼い頃から稽古をしてもらってきたのか?今も十分幼いけど。
「極度の方向音痴らしいけど」
「通学路で迷子になりそうだな」
「リーシャの場合本当に有り得そうだな…」
「いじめられたりしないのか?」
「俺よりも年下のくせに」だとか難癖つけられ、いじめられる可能性もある。
「逆に聞くけれど、お前はドラゴンの子供を攻撃するか?」
「しないな」
「誰がドラゴンだ、誰が」
『あぁ、なんでもないぞ!?』
キリエは「はぁ…」とため息をついて頭をポリポリとかいた。
「私はそんなに攻撃的じゃないぞ」
「リーシャがいじめられてたらどうする?」
「そんなの、ちょっと痛い目にあってもらうだけだ」
『十分攻撃的じゃ…』
「何か言ったか?」
俺達は無言で首を横に振る。怖い、こいつ怖い!
ミナミはと言うと、リーシャと何やら話しているようだ。
ガールズトークとやらだろうか?それより、俺達は危機に瀕しているのだけれど…。
「おねーちゃん、そろそろ帰ろ?」
「命を救われたな…、そうだな、リーシャ。帰るか」
「うん、剣士のおにーちゃん、プリーストのおねーちゃん、騎士のおにーちゃん、またねー!」
『あぁ、またな!』
俺達は硬い笑顔を浮かべたまま、普段の約二倍の速さで手を振りまくった。
「なぁ、エギル…」
「俺も年下にあんなに救われるとは思ってなかったよ」
「あの子には、貸しができたな」
「あぁ…」
多分、今の怒ったキリエを制御出来るのはリーシャだけではないかと思う。
ミナミは俺たちの方を不思議そうに眺めている。
「俺は部屋に戻る…から、ミナミ。その手を離せ」
「お兄ちゃん、デートの続きです!」
「いや、もう疲れたから…」
「つ、づ、き、で、す!」
「はぁ…、わかったよ」
エギルは、その様子を見て笑みを浮かべていた。
「タジタジだな」
「うっせ」
「早く!早く行きましょう!」
それから、俺は妹に振り回され夜はぐっすり眠れそうだった。
4
私はシュヴァリエル・ガルワード。元魔王である。
「ふぁぅ、よく寝た…」
朝の一件でやけに早く起こされたため、寝足りないのだ。見ると、日がだいぶん傾いていた。結構寝てしまったみたい。
「怠惰だな、私」
こんなに安眠できるようになったのは、約一年ぶり。
それはつまり…、一年前のように心から信頼出来る仲間に出逢えたということ?
いや、でもまだ出会って半年くらいしか経ってないし…。
私は当てもなく王城を歩いた。すると、前からエリナが側近を連れて歩いてきた。
「ミルクか、この度はかなりの活躍だったな」
「ん、ありがとう」
私は、この子に少し聞いてみたいことがあった。あの日のこと…、初めてにぃに打たれたあの日のことだ。
「あの、ひとつ、二人きりで話したいことがある」
「…良かろう。では面会の間に向かうぞ」
「感謝する」
エリナは側近を外で待たせ、私達は二人きりで面会の間の席に着いた。
「で、なんだ話とは?」
「…エギルから聞いた。あなた達の両親は、元魔王に殺されたって」
「あぁ、そうだ…、あまり思い出したくないのだがな」
「ごめん…」
私は最低だ。自分の他者からの評価を知るために、その人間の傷跡を抉ってしまった。
「…だがな、ひとつ気がかりなことがあったのだ」
「…気がかりなこと?」
私は身を乗り出した。
「実はな、燃え盛る瓦礫の中、父上と母上に必死に回復魔法を唱えている少女が居ったのだ。後ろ姿しか見ていないが、あれは多分シュバリエル・ガルワード本人だった。あの黒い翼は、間違いなく魔王のものだった」
エリナは私の方を真っ直ぐに見つめ、語りかける。思わず背けたくなるような、そんな瞳で。
「何故あのようなことをしていたのか、妾には検討もつかない。だが、魔王が父上と母上を助けようとしていたのは真実だ。何度もエギルたちに話したが、『信じられない』の一点張りでな、信じてもらえないのだが」
「…そう」
「妾は、もしかしたらシュバリエルとは分かり合えたのではないかと思っているのだ。機会があれば、一度腹を割って話してみたいものだな」
全てを打ち明けてあげたい。それでこの子は少しは楽になるだろう。
でも、それをすればこの子の立場が危うくなってしまう。最悪、「魔王に魂を売った悪徳非道の王女」なんて言われて死刑に処されてしまうかもしれない。
まだ、打ち明ける訳には行かない。
「…私は、あなたの言ったことを信じる」
「そうか、ありがとう。話はそれだけか?」
「うん」
エリナは椅子から立ち上がり、「んー!」と伸びをした。
「シュガーに話したらとても気が楽になった!じゃあな!」
エリナは笑顔を浮かべ、面会の間を出て行った。
少し経ち、私も面会の間を後にする。
「あぁ、可哀想なエリナ!出来ることなら全て洗いざらい吐いてあげるのに!」
「リリス、なに?」
何やらリリスが演技口調で話してきた。いや、本当になんなのだろう。
「あの子、いい子じゃない。それ故に話せないってこともあるだろうけれど」
「リリス、仲悪いんじゃ?」
リリスは照れくさそうに頬を掻く。
「根はいい奴だとは思ってるけど、それを高慢な態度で誤魔化すのが気に食わないの」
「王女という縦書きが、彼女を縛ってる?」
「それはあり得るわね」
常に凡人より上でなくては行けない。常に舐められてはいけないというプライドが彼女の本音を押し殺している…と、そう言いたいみたい。
「あの子だって、まだ子供よ?ワガママのひとつやふたつ、あると思うわ」
「うん…」
私は、不意にエリナの言葉を思い出した。
「腹を割って話してみたい」そう言ったのだ。
それは、王女としてではなく、一人の女の子としての彼女を知る機会になるのではないだろうか。
そのためには、こちらもリスクを侵さねばならないのだが…、もしも利害が一致したら、こちらの計画に協力してくれるかもしれない。
「私は、機会があればエリナをこちらに引き込もうと思ってる。例え、神剣と闘うことになっても」
「シュヴァ、本気?」
「本気。この戦い、勝つには手段を選ばない。必ず、この腐った負の連鎖に終止符を打つ」
「それって…」
リリスは恐る恐る聞いてきた。私はコクリと頷く。その真の意味を、リリスは分かっているの?
本日の午前中、ルキアが退院した。本来ならもっとかかるはずなのだが、まぁ早いに越したことはないだろう。
「心配かけたね、僕はもう大丈夫だよ。今からクエスト行けるくらい!」
「病み上がりだろ、少しは体を休めろ。あと明日には帰る予定だ」
「えー、もっとゆっくりしたかったなー」
ルキアがチラリとこちらに視線を送る。いや、そんなことしたって期間は伸びないんだけど…。確かに、病室で退屈してたんだろうけどさ、長居するのも悪いしな。
「ところでさ…」
「なんだ?」
ルキアは周りを見渡す。歓声や黄色い声が周りから聞こえる。
「なんでこんなことになってんの!?」
そう、俺は今、闘技場のステージに居る!
事の発端は今朝まで遡る。
俺はエギルに呼び出された。
「はぁ!?なんで俺がエギルと戦わなけりゃ行けないんだ?」
「何も、『他の奴らはクラスアップに相応しいが、どうもユウマだけは大した活躍が見られない』だってさ」
クラスアップとは、称号を与えられ、上位職になるための儀式のことを指すらしい。
魔法使いがウィザードになるみたいなものだな。
「それで俺の能力を推し量るためにお前と決闘しろってことか…」
面倒そうだな…。でもこれでいい結果を出せれば上位職に…。
ハイリスクハイリターン、この選択で人生が変わるかもしれない!いや、もう俺人生終わってるけど。
「なぁ、それってクラスアップするに至らない人物だって分かっても、俺にはデメリットはないのか?」
「あぁ、特にないと思う。強いてあれば…、俺が後でグチグチ言われるくらいだな、王女に」
「お前も大変だな…」
「って訳で、どうする?」
ローリスクハイリターンに近いな…。負けたところで俺にはあまりデメリットはない。
エギルはあるみたいだけれど、正直俺の知った話ではない。あいつの説教なんてたかがしれているだろう。
「じゃ、やってやるか…」
そして今に至る。
「おいエギル、観客がいるなんて聞いてないんだけど!?」
「し、自然に集まってきちまって…」
こいつはどうしてこんなに人をよせつける体質なのだろう。イケメン、恐るべし!
「お兄ちゃん、頑張ってください!応援してますよ!」
「ふん、せいぜい恥を晒さない事ね!」
「ユウマさん、ファイトです!」
「わふ!」
アイツら、何どさくさに紛れて観戦してるんだよ…。いや、ルキアがいたあたりから察してたけど。あと約一名完全に悪口!
「キャー!エギル様ステキー!」
「そんな小汚い冒険者やっつけちゃってー!」
「まぁ、エギルさんに叶うわけがないよな…」
一般の客人は愚か、騎士団まであんなこと言ってんのかよ!完全にどアウェイだな…。かなり緊張する!あと小汚い言うな!
「エギル!手加減をするんだぞ」
「ハイハイ、分かってますよっと」
エリナの忠告に軽くエギルが答える。現に、俺は魔法を使っていい代わりにエギルが魔法が使えない。
木刀は魔法でも壊れないような作りになっているらしい。十秒間相手の背を床につければ勝利との事だ。
「さて、そろそろ始めないか?」
「あぁ、心の準備は出来てる」
俺とエギルは互いに向かい合い、闘技場の両端に立つ。
「では、冒険者ユウマと、白銀の騎士団団長エギル殿による昇格戦を開始する!では…」
審判のような人物が拡声魔法を使い、アナウンスをする。俺はゴクリと唾を飲む。
「初め!」
その合図で、俺は駆け出した!
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「でりゃあ!」
俺は走ってくるエギルに向かい、剣を振るったつもりだった。が、それはエギルには当たらず、空を切る。
「えっ!?」
どうなってる?魔法は使っていないはずだ!
というか、魔鉱石は付けていないからそれは確定なのだ!ということは…、これはあいつ自身の身体能力!?
「遅い!」
「ぐっ!?」
背後から切りつけてこようとしたエギルの剣を素早く回転しバックステップで回避。こういうのは後ろから現れるって相場が決まってるからな。
でも、最近歩き回ってばかりいるせいか、運動神経が少し良くなった気がする。
「避けたか、やるじゃないか、ユウマ」
「そりゃどうも」
俺はシャドー・スラッシュの最低限の射程まで距離を置く。よし、間合いに入った!
『シャドー・スラッシュ!』
決まったかに思えたが、エギルの剣に弾き返されてしまう。
木刀でこの威力かよ!おかしいだろ!?
「闇属性の魔法か…。あのアーズって奴が言ってたのはこの事か?」
「魂を売ったとかどうとかってやつか?さて、どうだろうな!」
さて、不意打ちでもダメだとしたら…。あの手で行くしかないな。
『ウォーター・ソード!』
これはウォーター・スプラッシュの応用技だ。最近覚えたのだが、威力は乏しい。
水の刃というか、なんか剣から水がちょろちょろと出ている感じだ。じょうろ替わりにしか使えない。
「この程度の火力で俺が倒れるとでも?」
「ああ、倒れるよ。お前は必ず」
剣で弾かれ、周りには水しぶきが飛び散る。そうだ、それでいい。
『フリーズン・ウィンド!』
「なっ!」
地面の氷に足を滑らせ、エギルが横転する。
俺との剣の鍔迫り合いで、地面に目が行かなかったようだ。そう…これはカムフラージュ。本当の勝算はこっちだ!
「驚いた。でも起き上がれば…」
エギルは起き上がるが出来ない。なぜならある程度鎧や服が水で濡れているから。
倒れた直後にもう一度打ったのだ。つまり俺は、濡れた服の水分を凍らせた。背中と地面の氷をくっつけるように。
「凍ってる!?…ははは、してやられたな。指は動かせても腕や足は動かせない。完敗だ!」
「し、勝者!冒険者ユウマ!」
審判のアナウンスに、場の空気は一瞬にして凍りついた。
そう、あのミナミさえも押し黙っていた。
うん、勝ったとしてもこうなるのは分かっていた。ヤジも投げられる覚悟で来た。
やがて、パチパチと拍手の音が聞こえた。その音の主は…。
エリナだった。
「流石は妾が見込んだ冒険者。戦略を駆使した戦い、見事だ!尊敬に値するぞ」
すると、周りからもどっと歓声が湧き上がった!
「すげぇよ!初級魔法にあんな使い方があったなんて!」
「えぇ、見直したわ!」
『ユウマ!ユウマ!ユウマ!』
謎のユウマコールが続く中、俺は無性に照れくさい気持ちになった。
所詮、俺がやったのは卑怯なことだ。でも、それでも仲間が俺を応援してくれた。だから勝ちたかった。それだけの話だ。
「流石です、お兄ちゃん!」
「大したものよ、あの騎士団長をハンデを設けてでも負かすなんて!」
「リリスもあれ、引っかかってたよね、もしかしたらリリスより強いかも?あ、冗談!冗談だよ!」
「ん、おめでとう。それと…」
シュガーはエギルが倒れた方を指す。なんだ、なにかあるのか?
「そろそろ解いてあげたら?」
「ユウマ…」
「あ、ごめん完全に忘れてた」
俺はエギルの氷の拘束を解く。いや、ほんとに忘れてたな。
エギルは起き上がり、俺の方に手を伸ばす。そして、俺はその手を強く握る。
「お前の機転の勝利だ。対戦ありがとう」
「いや、俺なんて所詮卑怯者だ」
「でも、結果としてはお前が勝った。そうだろ?これからの世の中、お前みたいな弱くて強いやつが俺を抜かしていくのかもな」
「皮肉か」
やはりこいつに言われるとムカつかない。  
俺は先程、「弱い」と言われたのだ。下に見られたのだ。でも…、とくに気に触らなかった。
「さ、お前も城に戻れ。お迎えが来たぞ?」 
振り向くと、ミナミ達が駆け寄ってきた。
「お前ら、なんでここに?」
「騎士さんに話したら入れてくれました!この決闘の情報はエギルさんに教えてもらいました。あぅ!これは秘密でした…」
「え、エギルが?…って、もう居ない」
恥ずかしがってるんだろうか?いや、別に恥ずべきことではないと思うが…。
「面白いものを見せてもらった!やはり私が見込んだ冒険者だな!」
「それ、さっきも言われたぞ」
ギルドマスターのキリエ。こいつも来ていたのか。
「冒険者にエギル殿が負ける所なんて、初めて見た。良いものを見せてもらったぞ、少年!」
「いや、そこまで大層なことはしてない…」
「謙遜だな、もっと誇っていいんだぞ?」
キリエは俺の肩をぽんぽんと叩いて、笑いかけた。
「そっか、ありがとう」
「じゃ、私は失礼する。ジェラシーを感じている子も居るみたいだしな!」
キリエは足早にここを去って行った。
変なやつだな、それにしてもなんだろう。ジェラシーがどうとかって、言ってたが…。 
「お兄ちゃん」
「ナ、ナンデスカ!?」
俺の口調がカタコトになる。いや、ジェラシーって、お前のことかよ!
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。あなたはあんな人には鼻の下をのばしませんよね。肩をぽんぽんされたくらいで揺らぎませんよね?」
「ア、アタリマエジャナイカ」
怖い、こいつ前々から知ってたけどめっちゃ怖い!
「み、皆!ミナミを説得するの…って!あいつら帰りやがった!」
「さぁ、お兄ちゃん。二人っきりで話をしましょう」
ミナミは笑顔を振りまく。いや、なんか殺気を孕んでいる気がする!あ、返答次第では命落とすかもな、これ。
「鼻の下なんて伸ばさない!なんでもするから命ばっかりは勘弁を!」
ん?今なんか俺とんでもないこと口走った気がする。
「今なんでもするって言いましたね?」
ミナミの笑顔は、殺気ではなく完全になにか企んでる顔に変わった。
言っちまった、やっちまった!
3
さて、あの騒動から一時間程たって、俺達はナリヘルンの街へやってきた。
この街に来てから、何やらこいつと二人になることが多く感じる。何者かの陰謀を感じる、神様的ななにか…。
「さっきの、すごかったですよ。曲りなりとはいえ、あのエギルさんに勝てるなんて!」
こいつは純粋に褒め称えているのだろうが、『正攻法では勝てないくせに』と言われているような気がした。否定は出来ないが。
「そうなれば、お前は俺よりも上だから騎士団長を完全に凌牙したことになるな」
「どういう意味です?」
ミナミは小首を傾げ、俺を見つめる。どうやら本人は気がついていないようだ。
てことはあの殺気にも似たあれは無意識に出してるのか!?末恐ろしいものだ。
そのうち、自分の思い通りにならなかったからとかで街ひとつぶっ壊すとかしないよな?
いや、こいつはプリースト。魔法だって使える。回復とか支援とかが主な魔法だが、どっかのVRMMOにはバーサークヒーラーとか言われるやつもいたし…。
「なんか変なこと考えてないですか?」
ミナミは疑いの目を向ける。
「変なことって?」
「変なことは変なことです!」
「わけがわからないよ」
俺はどこぞの諸悪の根源風に言ってみた。いや、なんだよ、「変なことは変なこと」って、回答になってないだろ。
俺は少し辺りを見渡しながら歩いていた。すると、何やら泣いている女の子がいるではないか。
ベタだよなぁ、元の世界ではそんなこと無かったのに。
遊園地とかではあるのかもしれないが、俺とは縁もゆかりも無い話だ。これが異世界効果ってやつか?
「お兄ちゃん、どうします?」
「…、声掛けるしかないだろ、このナリヘルンは広いんだ。きっと普通に探すだけじゃ見つからないだろ」 
家に帰ればいいのに、ただ道端で泣いているところを見て、恐らく旅行初日くらいで親とはぐれたのだろう。
「ひぐ…、おねーちゃん…どこぉ…?」
「お、おーい…そこのお嬢さん…」
俺は恐る恐る泣いている少女に話しかける。
慣れないんだよな、最低でもシュガーくらいの年の見た目じゃないと、上手く話せない。あいつは精神年齢はとんでもないけど。
少女は俺の顔を見るなり、目をさらに潤ませる。やばい!今にも大声で泣きだしそうだ!
「あ、えーと、お嬢さん、なんで泣いてるんですか?」
サッと、少女はミナミの後ろに隠れる。そんなにひどい顔してたのか、俺!?
とりあえず、俺は屈んで少女とおなじ目線になる。こういうのは同じ目線になった方が親近感が湧きやすいと聞く。
「おねーちゃんが…はぐれちゃって…」
「君がはぐれたんじゃないのか」
「お、お兄ちゃん!」
出た、迷子特有の「お母さんが迷子」発言。この場合姉らしいが。
って、さっきよりも目が潤んでる!もう泣きわめく一秒前じゃないか!
「お兄ちゃん、小さな女の子相手にそんなきつい言い方使っちゃダメですよ!」
「はぁ!?だってそうだろ!?」
「うぅぅぅ…」
「あ、そうだ!これ食べます!?」
ミナミは起点をきかせ、ポシェットからキャンディを取り出す。なんでそんなもの持ってるんだよ…。
少女はぺろぺろと口の中で舐め、少しうっとりした様子だった。
一通り舐め終わったあと、少女はもう涙は流していなかった。
「ありがとー、おねーちゃん」
「このままここにいても、見つけてくれるかはわかりません。どうです?私たちと一緒に来ませんか?」
「おねーちゃんを探すの?」
「宛はあるのか?」
すると、ミナミは笑みを浮かべる。どうやら宛はあるようだな。
「ちゃーんとありますよ!」
さて、俺達は来た道をそのまま引き返した。
こいつが言う作戦は「エギルさん達に任せていれば大丈夫でしょう」という完全なる他力本願だった。
でもまぁ向こうの方が騎士達とか人手は多いし、見つけられる確率も高いだろう。
あれから少しは打ち解けて、俺とも会話してくれるようになった。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな」
「リーシャ」
「リーシャちゃん…ですね。えっと…、この街に住んでるんですか?」
「うん、この街に住んでるのー」
マジかよ、だったらなんでこんな所で迷ってるんだよ。
「きのーのきのー?くらいに来たばっかり。今日はおねーちゃんと探検に行くよてーだったの。そのとちゅーでおねーちゃんがはぐれちゃって」
「ふーん、まぁ、それくらいならしょうがないか」
「おにーちゃん、おにーちゃんはいい人?」
「は?」
俺は思わず声に出した。人に「あなたはいい人?」なんて聞かれたことがないからだ。 
「さてな」
俺ははぐらかした。
「おねーちゃんはいい人?」
「お兄ちゃんのためなら、私は黒にも染まります!」
「返答になってないぞ」
なんだよそれ。そもそも俺がこいつに黒く染まるように命令するとでも思っているのか?
あるとしたら墨汁をたっぷり入れた落とし穴にこいつを落とすくらいだ。
「おねーちゃんは、悪い人にはついて行くなって、言ってた」
「そうですか。…あ!そう言えば、自己紹介はまだでした!」
こんな小さい子に自己紹介しても意味が無いと思うのだが…。
「私の名前は、イリヤ・ミナミ。冒険者で、プリーストをやっています」
「俺も一様名乗っとくか。俺の名前はイリヤ・ユウマ。剣士だ」
「ギルドの人ー?」
「ああ、そうなるな」
「ならおねーちゃん知ってるー?」
「知らないぞ」
そもそも詳しい情報ももらっていない。
この子は赤毛、この街に来てから赤毛の奴になんて会ったっけ?
あ、でもキリエは赤毛だったな。だが、そんな訳がない。あいつに妹がいるなんて聞いていない。
すると、『くぅー』とリーシャの腹が鳴る。
「お腹空いた…」
「じゃあ、昼食にしましょう!リーシャちゃんも一緒に!」
「しょうがないな…」
これから恐らくアーマーヒュドラとポイズンダゴンの報奨金が少しばかり入ってくるだろうが、俺だけでも最低限の食費にするか…。
俺達はレストランに入り、席に座る。
「何食べる?」
「んー、これ」
「お子様セットですね。無難です!」
料金は三百ルナ、大して高くはない。
「俺はこれにするか」
「王都野菜の合わせ物ですか…、足ります?」
「足りるだろうさ、お前はどうする?」
「王都牛のハンバーグ定食です!」
うん、こいつもなかなか無難だ。美味いなら一口もらいたいものだ。
やがて、俺達の料理が出揃った。お子様セットだけは早く来たので、リーシャは先に食べている。
「案外上品に食べるんだな」
「おかーさんが『上品に食べなさい』って、いつも言ってたの。おねーちゃんに」
なるほど、他人の振り見て我が振り直せとはこの事か。察するにこいつの姉はなかなかなっていない食べ方だったらしい。
「お姉さんはどんな仕事です?」
「ギルドで働いてるって言ってたー」
ふむふむ、受付嬢でもやってるんだろうか?にしても、やはり情報が少なすぎる。
ギルドで今働いているならいいのだが、探検とやらをしていたところを見ると、その可能性は見込めないだろう。
俺達は食事を済ませ、レストランを出た。案の定、俺の腹は膨れない。
少しばかり歩いただけで、今度は俺の腹が「ぐぅー」と鳴る。
「やっぱりご飯足りてなかったんじゃないですか」
「あぁ、あそこの焼き鳥でも食べるか」
「私も食べるー」
「食べ過ぎじゃないか?」
「だいじょーぶ」
俺は三本の焼き鳥を買った。なんでも、この街の名物の一つらしい。
「上手いな」
焼き鳥は普段少し硬いイメージだが、これはまるでホルモンのように口の中で蕩ける。
それでいて、ソースも甘過ぎず、辛過ぎずでいい味だ。
「ミナミも、そんなに食うと太るぞ…がはっ!」
「何か言いました?」
「いや、なんでもないです…」
はぁ、危ない。もう少しでリバースする所だった。
その様子を見て、リーシャはくすくすと笑う。
「なんで笑ってるんだ?」
「おにーちゃんたち、とっても仲良しさんだから」
「兄妹の仲がいいのは当然じゃないのか?」
「うん、リーシャとおねーちゃんもなかよしー」
リーシャはそう言うとにこりと笑った。
俺達はようやく城に着いた。さて、一様あいつのこと探すか。
「あー、騎士のおにーちゃんだ!」
「よう、エギル」
ミナミは少し驚いたように目を大きく見開く。当たり前だ、こいつは騎士団長のことを「騎士のおにーちゃん」と呼んだのだ。
無礼者と言えば無礼者だろう。この歳だからしょうがないかもしれない。
「やあリーシャ、なんでこんな所にいるんだ?」
「なんだエギル、知り合いか?」
「治療院の帰りに出会ってね」
なるほど、だいたい察しがつく。この子は多分ここに引っ越してきて初日で迷子になり、それを治療院から出てきたエギルが見つけたのだろう。
「で、こいつはお姉さんとはぐれちまったらしくてな」
「まぁ、そのお姉さんも心配してユウマたちと同じことを考えていたみたいだけどな」
「リーシャ!お前どこに行っていたんだ!?」
「あ、おねーちゃん!」
少女はとてとてと走っていった。その先にいたのは…、
キリエだった。
『えぇ!?』
「リーシャ、あれほど私から離れるなと言ったじゃないか!」
「うぅ、ごめんなさい…」
「お前ら姉妹なの!?」
「うん、そだよー」
少女はキリエに怒られ、しゅんとしていたが、俺からの質問に笑顔で答えた。
「はぁ、無事で何よりだが…、済まないなユウマ、ミナミ。うちの妹が世話をかけた」
「いえ、リーシャちゃん可愛かったですし、とても楽しかったです!」
「まぁ、少しくらいはな」
「んー、私も楽しかったー」
リーシャのやつ、キリエに会ってからずっとニコニコしてるな。出会った頃とは全く似ても似つかない。
「ユウマ、あの子にはよくしてやった方がいいぞ」
「ギルドマスターの妹だからか?」
「いや、それもあるけどな」
エギルは耳打ちをするように俺に語りかける。
「あの子、騎士団学校首席入学者なんだよ。だからこの街に来たんだろうさ」
「ほぅ、そりゃ凄い」
「しかも、大体は十二から十三歳で入学するのが普通なんだ。飛び級繰り返して、まさかの七歳で入学だよ。末恐ろしいよな」
「マジかよ…」
こりゃ本格的に天才だな。こいつが嘘をついているとは思えない。
幼い頃から稽古をしてもらってきたのか?今も十分幼いけど。
「極度の方向音痴らしいけど」
「通学路で迷子になりそうだな」
「リーシャの場合本当に有り得そうだな…」
「いじめられたりしないのか?」
「俺よりも年下のくせに」だとか難癖つけられ、いじめられる可能性もある。
「逆に聞くけれど、お前はドラゴンの子供を攻撃するか?」
「しないな」
「誰がドラゴンだ、誰が」
『あぁ、なんでもないぞ!?』
キリエは「はぁ…」とため息をついて頭をポリポリとかいた。
「私はそんなに攻撃的じゃないぞ」
「リーシャがいじめられてたらどうする?」
「そんなの、ちょっと痛い目にあってもらうだけだ」
『十分攻撃的じゃ…』
「何か言ったか?」
俺達は無言で首を横に振る。怖い、こいつ怖い!
ミナミはと言うと、リーシャと何やら話しているようだ。
ガールズトークとやらだろうか?それより、俺達は危機に瀕しているのだけれど…。
「おねーちゃん、そろそろ帰ろ?」
「命を救われたな…、そうだな、リーシャ。帰るか」
「うん、剣士のおにーちゃん、プリーストのおねーちゃん、騎士のおにーちゃん、またねー!」
『あぁ、またな!』
俺達は硬い笑顔を浮かべたまま、普段の約二倍の速さで手を振りまくった。
「なぁ、エギル…」
「俺も年下にあんなに救われるとは思ってなかったよ」
「あの子には、貸しができたな」
「あぁ…」
多分、今の怒ったキリエを制御出来るのはリーシャだけではないかと思う。
ミナミは俺たちの方を不思議そうに眺めている。
「俺は部屋に戻る…から、ミナミ。その手を離せ」
「お兄ちゃん、デートの続きです!」
「いや、もう疲れたから…」
「つ、づ、き、で、す!」
「はぁ…、わかったよ」
エギルは、その様子を見て笑みを浮かべていた。
「タジタジだな」
「うっせ」
「早く!早く行きましょう!」
それから、俺は妹に振り回され夜はぐっすり眠れそうだった。
4
私はシュヴァリエル・ガルワード。元魔王である。
「ふぁぅ、よく寝た…」
朝の一件でやけに早く起こされたため、寝足りないのだ。見ると、日がだいぶん傾いていた。結構寝てしまったみたい。
「怠惰だな、私」
こんなに安眠できるようになったのは、約一年ぶり。
それはつまり…、一年前のように心から信頼出来る仲間に出逢えたということ?
いや、でもまだ出会って半年くらいしか経ってないし…。
私は当てもなく王城を歩いた。すると、前からエリナが側近を連れて歩いてきた。
「ミルクか、この度はかなりの活躍だったな」
「ん、ありがとう」
私は、この子に少し聞いてみたいことがあった。あの日のこと…、初めてにぃに打たれたあの日のことだ。
「あの、ひとつ、二人きりで話したいことがある」
「…良かろう。では面会の間に向かうぞ」
「感謝する」
エリナは側近を外で待たせ、私達は二人きりで面会の間の席に着いた。
「で、なんだ話とは?」
「…エギルから聞いた。あなた達の両親は、元魔王に殺されたって」
「あぁ、そうだ…、あまり思い出したくないのだがな」
「ごめん…」
私は最低だ。自分の他者からの評価を知るために、その人間の傷跡を抉ってしまった。
「…だがな、ひとつ気がかりなことがあったのだ」
「…気がかりなこと?」
私は身を乗り出した。
「実はな、燃え盛る瓦礫の中、父上と母上に必死に回復魔法を唱えている少女が居ったのだ。後ろ姿しか見ていないが、あれは多分シュバリエル・ガルワード本人だった。あの黒い翼は、間違いなく魔王のものだった」
エリナは私の方を真っ直ぐに見つめ、語りかける。思わず背けたくなるような、そんな瞳で。
「何故あのようなことをしていたのか、妾には検討もつかない。だが、魔王が父上と母上を助けようとしていたのは真実だ。何度もエギルたちに話したが、『信じられない』の一点張りでな、信じてもらえないのだが」
「…そう」
「妾は、もしかしたらシュバリエルとは分かり合えたのではないかと思っているのだ。機会があれば、一度腹を割って話してみたいものだな」
全てを打ち明けてあげたい。それでこの子は少しは楽になるだろう。
でも、それをすればこの子の立場が危うくなってしまう。最悪、「魔王に魂を売った悪徳非道の王女」なんて言われて死刑に処されてしまうかもしれない。
まだ、打ち明ける訳には行かない。
「…私は、あなたの言ったことを信じる」
「そうか、ありがとう。話はそれだけか?」
「うん」
エリナは椅子から立ち上がり、「んー!」と伸びをした。
「シュガーに話したらとても気が楽になった!じゃあな!」
エリナは笑顔を浮かべ、面会の間を出て行った。
少し経ち、私も面会の間を後にする。
「あぁ、可哀想なエリナ!出来ることなら全て洗いざらい吐いてあげるのに!」
「リリス、なに?」
何やらリリスが演技口調で話してきた。いや、本当になんなのだろう。
「あの子、いい子じゃない。それ故に話せないってこともあるだろうけれど」
「リリス、仲悪いんじゃ?」
リリスは照れくさそうに頬を掻く。
「根はいい奴だとは思ってるけど、それを高慢な態度で誤魔化すのが気に食わないの」
「王女という縦書きが、彼女を縛ってる?」
「それはあり得るわね」
常に凡人より上でなくては行けない。常に舐められてはいけないというプライドが彼女の本音を押し殺している…と、そう言いたいみたい。
「あの子だって、まだ子供よ?ワガママのひとつやふたつ、あると思うわ」
「うん…」
私は、不意にエリナの言葉を思い出した。
「腹を割って話してみたい」そう言ったのだ。
それは、王女としてではなく、一人の女の子としての彼女を知る機会になるのではないだろうか。
そのためには、こちらもリスクを侵さねばならないのだが…、もしも利害が一致したら、こちらの計画に協力してくれるかもしれない。
「私は、機会があればエリナをこちらに引き込もうと思ってる。例え、神剣と闘うことになっても」
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「本気。この戦い、勝つには手段を選ばない。必ず、この腐った負の連鎖に終止符を打つ」
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