転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第26話:王都の日々と穏やかな日
1
今現在私は兄の眠っている寝室に来ている。
二人部屋で一緒に寝たかったのに、全く、薄情なものだ。私はこんなにも兄を愛しているのに…。
薄明かりの中、兄が寝ているベッドを探す。さすがにすぐに分かる、ベッドはふたつあったが、迷うことなく手前のをめくる。
ちなみに鍵は、この前アリスさんに教えて貰った解錠魔法を使って開けた。この街には鍵はあるらしい。技術の差だろうか?
あ、紹介が遅れた、私の名前はイリヤ・ミナミである。どうぞよろしく。
ああ、なんて愛らしい寝顔!普段兄は私がいつも自分よりも起きるのが遅いと思っているのだろうが、実は逆だ。
私は常日頃、このようにして兄の寝顔を拝見しているのだ。
そして、気が付かれないうちに自分の布団に潜り、時折兄の布団の中に入る、このような朝を送っている。
「ちょっとくらいキスしても…ばれないですよね?」
自分に問いかけ、頭の中でYESの文字が返ってくる。
そっと唇どうしを近づけ…?なんだろう、この不自然に膨れた布団…。長い金髪が兄の隣から伸びているように見えるのだが気のせいだろうか?
恐る恐る誰もいないことを期待しつつ被ったままのもう半分の布団をめくる。そこには…。
あられもない姿のリリスさんがいた!
「んっ!?」
叫びをあげたくなる気持ちを必死に抑え思考回路を働かせる!
何故!?何故兄はこの人と添い寝をしている!?しかも相手はあられもない姿、兄がリリスさんを襲ってた!?
ダメだ、そんなことダメだ!まだ頭を整理できないでいると、背後から声をかけられた。
「ふぁぁ…なに夜這い?」
「今は朝です!それよりもです、エルマさん!何故リリスさんとお兄ちゃんが一緒に寝てるんですか!?」
「本人曰く、『あんたもう若くないでしょ?現役バリバリの活力溢れる少年と一緒に寝たいのよ、心が若返れるから』との事。ちなみに全裸なのかは『これじゃないと落ち着かないから』らしい」
私は思った。『やはりこの人は悪魔の中でも淫魔の類なんじゃないか』と。
「ああ、多分お前が考えてることこいつに言えばぶん殴られるからくれぐれも口にしない方がいいと思うよ」
「はい、気をつけます…。で、どうします?このふたりを起こさずに引き剥がす方法…思いつきます?」
「いや、なんでこいつら引き剥がさなきゃならないのさ。互いに同意の上なら別にいいでしょ?」
この人が普通の頼み方で協力してくれないのは分かっていた。ならば交渉するまでだ。
「なら、これでどうですか?」
「は?鍵なんて何に使うのさ?そんなので脅しても意味ないんだけど」
「決まっているでしょう?鍵は開けるためにあるんですよ、あなたにとっての地獄の門をね!」
エルマさんは「はぁ?」といった間の抜けた声を出した。この人はもう少し頭のいい人だと思っていたんだが…。
「では問題です、この鍵は私の寝ていた部屋の鍵です。さて、私と一緒に寝ていた人は誰でしょう?」
「んー、シュヴァとか?」
「不正解、ヒントを出します。その人は私と同じ髪の色です」
そう言った瞬間、エルマさんの顔色が真っ青になる。この薄明かりの中でも分かるほどに。
「あ、あの、ミナミさん?それって…アリスさんじゃあないですよね?」
「ピンポンピンポーン、大正解!いまこの状況でアリスさんを呼んだら…どうなると思います?」
正直、これははったりだ。だが、この人がアリスさんを恐れているというのは事実。
「うん、協力しようそうしよう。ほら、そっち持ってよ、ゆっくり床に置こう!」
聞き分けのいい人は嫌いではない。だが、私は見てしまった、不機嫌そうにエルマさんを睨む双眸を。
「ん、ミナミ、どうしたのさ?手っ取り早く床に…なんで?なんで何も言わずに震えてんの?」
「え、エルマさん…私は、私は何も知りませんよ!」
「ちょっと!?何言って…。あ、リリス起きてたんだ、ごめんね、騒がしくて。目覚め悪いでしょ?」
「ええそうね、あんたがそれを実行に移してたら、もっと寝起き悪かっただろうけどね!」
リリスさんがエルマさんを蹴りあげ、天井すれすれの放物線を描いて隣のベッドに激突する。
あと数センチズレていれば、そこに寝ているであろうオルガさんまで重症だっただろう。
「うわっ、何!?なんでエルマ吹っ飛んできた?」
「…うぅ、なんだ?朝から騒がしいぞ…」
「な、何事ですか!?」
オルガさんがはね起き、兄が不機嫌そうに目を擦り、アリスさんが勢いよく入ってきた。
すみませんエルマさん、この状況では打ち明けられないです…。
「このド変態野郎!私の裸を見たのは百歩譲っていいとして、心地よいベッドから硬い床にたたき落とそうとするなんて!恥を知りなさい!」
「エルマさん、覚悟してくださいね…?分かってますよね、こんなことをした暁には…死にたくても死ねないという恐怖、今一度教えてあげましょうか?」
「い、いや、実際にやったわけじゃないって、未遂なんだって!」
「言い訳は結構です!未遂でも犯罪は犯罪!その根性、叩き直してあげます!」
「うわぁぁ!話を聞いてよ!」
エルマさんは鎖に繋がれ、引きずられて行った。
自分もあのような目にあってしまうのかもと思うと、考えただけで恐ろしい。後で土下座しないとな、粗品でも持って行って。
「全く、あいつって何を考えてんのかしら…」
「本当そうですよね!私はとりあえずもう一眠り…」
「待てミナミ」
「へぇ?」
兄に呼び止められ、恐る恐る振り返る。何、そのジト目!凄く怖い!
「あの、要件なら早めに…」
「お前、なんでアリスよりも早くこの部屋にいた?」
「いや、それはその…アリスさんは寝てたけど私だけ起きてて、それで…」
「あれ?そう言えばミナミ、なんであのバカを蹴りあげる前からここにいたの?」
リリスさんは、不思議そうな顔をしている。それに引替え、兄はまたもやジト目をしていた。
「え、えーと…」
「お前はここに何か用があったのか?…まぁいい、ここに証人がいるからな。メアリー」
「全く、一晩中何もしないっていうのはとても退屈でしたよ…。なんですか?妹が夜這いに来るかもしれないから見張ってろって。寝なくてもいいからってそれはやりすぎだと思います。で、今朝ここで何が起きたかですか?」
「ああ、なるべく詳しく頼む」
私の額を冷や汗がダラダラと流れる。やばい、一部始終見られてた!?
「えっと、まずはこの部屋にミナミさんが入ってきて、それに気がついたエルマさんが起きました。それで、『アリスさんを起こされたくなければ協力しろ』と脅し、エルマさんが協力しようとしたところで今に至ります」
「おいミナミ、これはどういうことだ?ちゃんと自らの口で説明してもらおうか」
「私の分の説教も預けたわよ。私はアリス説得してくるから」
「おう任しとけ…、さぁ、言ってみろ!」
この後めちゃくちゃ説教された。
2
さて、あれから三十分程の説教の後、俺達は朝食を食べに行った。周りからのあたたかーい視線を感じつつ、気まずい雰囲気の中食事をした。
「お兄ちゃん、まだ怒ってます?」
「いや、もういい。だけど後に本人にも謝っとけよ?エルマにもな」
「はい…」
ミナミはしゅんとした表情を見せた。ちょっと言いすぎたかな?これを機に少しは懲りてくれればいいのだが…。
「それで、今日はデートですよね!?」
「その前にちょっと用事がある。お前もついてこい」
「はい、お兄ちゃんの命令ならばドンと来いです!で、その用事とは何ですか?」
「ルキアの見舞いに行かなくちゃだろ?その品を買いに行って、それから見舞いに行って、買い物はその後だな」
昨日は運び込まれた当日なので、忙しいのではと考えた俺は今日治療院を訪れることにした。
俺達は城の正門を抜け、繁華街へやってきた。そこの八百屋のようなところで、美味しそうな赤いリンゴが目に止まった。
「やっぱり無難なリンゴか?」
「そうですね、今の旬ですし、きっと美味しいですよ!」
「ああ、そうだな…てなワケで、ほら行ってこい」
ミナミは一瞬俺に哀れみの視線を送り、その後店主と笑顔で対話していた。
「あの、これ一つくださいな」
「はい、150ルナだな」
俺は財布を取り出し、代金をミナミに渡した。妹のコミュ力に、俺は敬意を称する。店とかだと尚更だ。
ミナミの手に戻ってきたのは二つのリンゴ…。
「あの…一つだけでいいんですが…」
「朝から別嬪さんが来てくれたからな、うちの商売も捗るってなもんだ!それはおまけだよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
店主に礼を言ったあと、ミナミは小走りで嬉しそうに帰ってきた。
「ふふん、見てくださいお兄ちゃん、おまけしてくれました!私の美しさに気がつくとは、あのおじさん中々のやり手ですね。でもご安心ください、私はお兄ちゃん一筋です!」
「ハイハイ良かったな、それじゃ治療院に向かうとするか」
「ちょっと、適当にあしらわないで下さいよ!」
大通りの一角にその治療院はあると聞いていたのだが、どこだろうか?
「あ、お兄ちゃん、冬の花です!」
「ツバキ…あたりじゃないか?赤いし」
「街路樹みたいなものでしょうか?ならとっても問題ないですよね?」
「問題ないと思うぞ、見舞いに花ってのは無難だな」
ミナミは笑顔でツバキを摘み取り、鼻歌交じりに帰ってきた。シンプルイズベストってやつだ。でも、ここは日本っぽくないが、外国にもツバキはあるのか?
「きっと喜んでくれますよね?ルキアさん」
「ん、そうだな。っと、教えられた場所はここだが…」
そこには白塗りの清潔感漂う、ほかの店とは一線を画す建築物が建っていた。恐らくここだろう。
俺達がドアを開けると、病院独特の薬品の匂いがした。
異世界でもこの匂いかよ、俺これ嫌いなんだよな…。嫌な記憶が思い出される。
「この匂い好きです、なんだか落ち着きます」
「そうか?俺はあんまり好きじゃないな…」
「そうなんですか?あ、あれは団長さんです」
ミナミが指をさした先にはエギルの姿があった。そうか、あいつも入院してたんだったな。
「やぁユウマ、それにミナミも。あの緑髪の子の見舞いか?」
「はい、団長さんは元気になったんですね」
「その呼び方は辞めてくれ、部下にも基本は名前で呼んでくれって言ってるんだよ。肩書きみたいでよく思ってないんだ」
「ふーん、そうですか。難しいことはわかりませんが、エギルさんって呼べばいいんですか?」
「ああ、それでいい」
やはりこいつは心までイケメンだ。謙虚で他者への気配りもできる、しかも部下からの信頼も暑い、さらにイケメン。
妹の方が少々難アリだが、あいつも悪い奴では無さそうだ。口は悪いが。
「お前、喋り方変わってないか?」
「親密の証だよ」
そこまで一緒に居ないけど、本人がそういうのなら…、親密の証ということでいいのだろう。
「にしても傷はもう治ったのか?」
「ああ、ミナミが回復魔法を使ってくれたおかげでな、傷を繋げるだけで良かった。感謝するよ」
「えへへー、照れちゃいます」
ミナミは嬉しそうに頬をかいていた。確かに、今回こいつはかなり活躍してたな。
「あ、引き止めて悪かったな、見舞いに来てたんだろ?」
「気を使わせてゴメンな、じゃあ受付には…ミナミ、GOだ」
「お兄ちゃん、少しはコミュ障治したらどうです?」
「それはまた今度だ、今はともかく受付へ行ってきてくれ!」
「病院で騒ぐのは良くないですよ…」
こういう一般常識だけはあるようだ。エギルはと言うと、なにやら用事があるようで足早に去っていった。
「お待たせしました、手続きは済ませました。えっと、病室は…205ってことは二階ですね、さっそく向かいましょう」
ふと階段に差し掛かった時、何やら階段の前に大きな箱のようなものがみえた。近づいてみると、それはまるで自販機のようだった。
さすがに炭酸飲料とかはないが、ミックスジュースのようなものやオレンジジュースまであった。
「おお、なんでしょうこれ…。自販機みたいですね、買ってみますか?」
「大した出費じゃないし、一本だけだぞ」
「わーいです!」
ミナミは嬉嬉としていちごオレのボタンを押し、投入口にルナを入れる。
すると、下の空間にまるでテレポートのようにいちごオレが現れた。凄いなこの仕組み。
「ちょうど喉が乾いていたんですよ…。ぷはぁ、美味しいです!」
「それは良かったな、んじゃルキアの病室いくか」
「はい!」
階段をのぼり左へ。床が木材だからか妙に軋むな、それがまたいいのだが。
「ここだな」
俺がノックをすると、「どうぞ」と声が返ってきた。ガラガラと横開きのドアを開ける。
「あ、ユウマ、ミナミ。来てくれたんだ」
「具合の方はどうだ?まだ良くないのか?」
「お医者様は『無茶のしすぎだ』だって。二、三日はここで休んでないとダメなんだって」
「そうか、大分痩せ細ってたからな、無理もないだろう。頑張って太れよ?」
「その言い方はどうかと思うけどね!」
ルキアはまだ痩せていた。まるで骨に皮が張り付いていたような昨日とは大分回復しているようだが、でもまだ元のルキアじゃない。
「あ、こちらお見舞いの品です。後、お花も。花瓶はないんですか?」
「ごめん、この部屋にはないみたい」
「ならこの瓶に入れておきますね、ちょっと水道貸して貰います」
ミナミはトタトタと水道まで歩いていき、流水で瓶をゆすいでいた。
あの瓶は先程いちごオレが入っていた瓶だが、本当にあれで大丈夫か?菌が繁殖したりとかしないのか?
「お待たせしました、どうですか、この花」
「うん、この種類の花にしては小ぶりだけど、ちっちゃくてとっても綺麗。ミナミみたいだね」
「ちっちゃくて愛おしいってことですか?いやぁ、今日はなんだか凄く人に褒められます!でも小さいって言われるのはちょっと複雑な気分ですが、褒め言葉として受け取っておきます。朝はこっぴどく叱られましたけど…」
「何かあったの、ユウマ?」
俺はざっくりと今朝起きたことを話した。ミナミはあまり知られたくなかったようだが、そんなことをしたこいつが悪い。
「ははは、それはミナミらしいや!」
「むぅ、からかわないでくださいよ…」
「ごめんごめん、それよりも、そのリンゴ、美味しそうだね、図々しいかもだけど…」
ルキアは、キラキラとした目で紙袋の中のリンゴを見つめた。
「分かりました、切ればいいんですね?待ってください、少し洗ってきます。食器ってありますか?ついでにナイフも」
「あ、そこの引き出しの上から二番目の棚。そこに食器系統のものは全部入ってるって言ってたよ」
「あ、ありました。よしでは早速…」
「待て、おまえ料理できないだろ」
「リンゴの皮を剥いて切る位は出来ますって!私が苦手なのは調味料の調整くらいですよ?」
それはだいぶん料理にとって致命的なんだが…。まぁ大丈夫だよな、皮剥いて切るだけだし…。漫画とかだとそれだけでダークマター作る奴とかいるけど、こいつは大丈夫だよな?
「そう言えば、『筋肉は繋がってるけど継ぎ方がめちゃくゃ』とも言ってたね」
「うぅ、私が未熟さゆえの失態です…」
「いやいや、ミナミは悪くないよ!悪いのは僕のほうさ…」
ルキアは少し俯き、「はぁ…」とため息をついた。
「ごめんね、あれが僕の『鬼』だよ。あれを恐れられてた、みんなから。皆との時間、楽しかったよ」
ルキアは泣きそうな顔をして、俺を見つめた。
「なんで『もうお別れだね』的な雰囲気出してんだ?」
「へ?」
ルキアはこんどは目を丸くしてこちらを見つめた。しばしの沈黙、ミナミが皮を剥く音だけが聞こえる。
「も、もう一回言って?」
「聞こえなかったのか?なんで『もうお別れだね』的な雰囲気出してんだって言ってんだ」
「だ、だって僕、単純なことしか考えられなくなって、メアリーの静止も無視して、それにこのザマだし…。こんなんじゃ、ただの足でまといだよ…」
確かに、戦いにおいても何においても、冷静さというのは大切だ。経験が豊富でない俺でも分かるほど初歩的なことだ。
それを欠くと大きな失敗を招くことになりかねない。だが…、
「そんなことは無いぞ、お前がいなければあの巨大なゴーレム相手に命を落としてたかもしれない。あれはお前の手柄じゃないか」
「でも、あんなに恐ろしい力を持ってしまってる僕が、パーティにいていいの?イグラットのみんなからも嫌われるかもしれないんだよ?」
「あのな、俺はお前が鬼であるということを知った上でお前を仲間にした。あんなこと、承知の上なんだよ」
「で、でも…」
ルキアは俺から目を逸らし、ベッドを見つめる。
「あのな、お前は何の為にあの力を使った?」
「それは…ただ、王都の人たちの元に早く行きたくて…いち早く、助けてあげたくて…」
「あれだけの力があれば、人なんて簡単に殺せるだろう。お前は今まで、自分の都合で他者を殺したか?」
「そんな事しないさ!あれは大切な人達を守るためにあるって、そう教えられてきたんだよ」
「そうか、それならそのために力を使え。制御出来るように、俺達が付き合うよ」
ルキアは「えっ!?」と間の抜けた声を上げた。ちょうど、ミナミもルキアの元に帰ってくる。
「そうですよ、私も付き合います!」
「他の奴らもきっと、協力してくれるぞ」
「二人とも…本当にいいの?」
「お前の力、例えるなら火だ。火は料理のレパートリーを増やしたり、辺りを照らしたりすることも出来るが、食材を焦がしたり、下手すると火傷をさせることもある。それを制御出来れば、お前にとっても大きな力となるだろう。それを身につけて自分のために使うもよし、他人のために使うもよしだ」
ルキアはこちらを見つめ、目尻に涙を浮かべていた。
もしかしたらこいつは、今まで俺が思っていた以上にひどい仕打ちを受けていたのかもしれない。鬼ではなく、人間に。
「ありがとう、二人とも。僕、みんなの役に立つから…。これからも、頑張るから…」
「『役に立つ』じゃなくて、『力になる』ですよ?あれ?大して意味は違わないような…」
「お前はこの状況で何言ってんだ…。まぁ、お前の言いたいことも何となくわかる気はするけどな。まぁ、なんだ。お前が入院してる間は俺達は王都にいるから。まだ来てない奴らも多分来ると思うぞ」
「そっか、ありがとね。うん、リンゴ美味しい!」
ルキアは笑顔を見せた。数分前とは全く違う、とても嬉しそうな顔だ。良かった、元気を取り戻してくれたみたいで。
「あ、ルキアさん。手は動かして大丈夫なんですか?筋肉の継ぎ方がめちゃくゃなんじゃ…」
「それなら治療院の人達に治してもらったから大丈夫だよ、さすがに飢餓はどうにも出来なかったみたいだけど、ちゃんとご飯食べてるし、リンゴも貰ったし治療は順調なんじゃないかな?」
「なら良かった」
結構長話してしまったな、長居すると悪い。そろそろ帰るとするか。
「ミナミ、そろそろ帰るぞ」
「そうですね、また来ることにします。余ったリンゴはここに閉まっておきましたので、誰かに切ってもらってください」
「うん、ありがとうね、二人とも!」
ルキアは小さく手を振った。それに応えて、ミナミも手を振る。
「元気そうだったな」
「あの調子だと、明後日辺りには退院出来そうですね」
「ああ、じゃあ帰るか…」
「お兄ちゃん、何か忘れてないですか?」
ミナミは嬉嬉としてこちらを見つめる。その目は毒々しいほどに輝いていた。
「ん、なんかあったっけ?」
「デートですよ!お兄ちゃんのプレゼントを買いに行くんです!」
「ああ、そう言えばそんな約束もしたな」
「ふふん、私の圧倒的なセンスで素敵なプレゼントを選んであげます!」
こいつのセンスか…なんか前カエルの卵見て美味しそうとか言ってたし、かなり不安なんだが!
3
俺達は治療院を出て、大通りに再びやってきた。こいつのセンスが人並みならいいんだが…。
「えっと、予算は…。やりくりして貯めたこの二千ルナ!結構貯めたでしょう?」
「それ自分のために貯めたらやりくりじゃなくてネコババだろ、それとも自分でバイトでもしたのか?」
「いえいえ、普段のクエストの報酬から少しずつ…」
「やっぱりネコババじゃねぇか!」
前々から何となく張り紙に書かれた報酬と報酬のルナの額が合わないと思っていた。
気のせいかと考えたが、まさか本当に盗られてたとは…。あれ?こいつがやってる事、普通に犯罪じゃね?
「その金があれば、少しは冬越しの資金になったかもしれないのに…」
「ダメです!冬越しのことより、お兄ちゃんのプレゼントです!」
「お前、俺が餓死してもいいのか?」
「その時は、みんな仲良くもやし生活です!」
どうしてこいつは俺のプレゼントのためにそこまでやるんだろう。あと、周囲の人間を巻き込むな!
「今のところ大丈夫だからいいけどさ、今度からはするなよ?」
「来年にはまたするかもですけど!」
「なんでだよ…」
ふと、ミナミが足を止める。そこには小洒落たログハウスのような店があった。どうやら、雑貨店のようだ。
「ここを見てみましょうか」
「お前が決めろ、お前のそのやりくりして貯めたルナで買うんだからな」
カランカランと店特有の鐘の音がなり、木の匂いが香る。この匂いは結構好きだな。
「あ、これとかどうですか?恋愛成就のペンダント!お兄ちゃんと私の恋が発展…」
「俺とお前じゃないやつの恋が発展するかもな」
ミナミはサッとその場を去った。これは…二千五百ルナ!?予算オーバーじゃねぇか…。
「あ、このネックレス、私とおそろいですよ?これにしましょう!」
「ちゃんと予算内なのか?」
「えっと、千ルナです。予算内ですよ!」
ミナミは笑顔を振りまいたあと、真っ直ぐ会計に向かった。
「でも、なんでこんな所にイグラットと同じネックレスがあったんだ?」
「有名な人が作ったのでしょうか?ちなみに効果は、『その人の魔法適性に合わせて変化し、その属性攻撃を上げる』といったものです。この前アリスさんに教えてもらいました。ちなみに私の魔法適性は光です、プリーストだからですかね?」
「なかなか使える効果だな、いいプレゼントだ。ありがとう、ミナミ」
「お礼はいいですよ!まぁ、どうしてもというのなら、体で返してください!」
「うっさい…。とりあえずこれ付けてみるか」
だが、俺が渡されたネックレスを付けても、何も色が変わらなかった。
「ミナミ、これなんの属性か分かるか?」
「いや、私は知りませんよ。アリスさんに聞けばわかると思いますが、もしかするとシュガーちゃんやエルマさん、リリスさん達でも知ってるかもしれません」
「お前のネックレスの色はどんなだ?」
「これです、白ですね。光の属性ですから」
ミナミの宝石は白く輝いていた。だが、俺のネックレスは全く色が変わらない。なぜだろう?今考えても解決しないため、とりあえずアリスに聞いてみよう。
「じゃあ帰るか…」
「えい!」
「うわっ!?なんだ、なんで抱きついてきた!?」
「お兄ちゃん、もっとどこか行きましょう?ほら、例えば…ぶらついたり!」
「暇だからいいけど…そろそろ離れろ」
ミナミは笑いながら、「嫌です!」と答えた。マジかよ、冬でも暑苦しいんだがな。
「しょうがないな、ほら、手繋いでやるからそれで我慢しろ」
「んー、しょうがないですね、それでいいですよ!」
「なんで上から目線なんだ」
それから俺達は街をぶらついた。
前まではあまり外には出たくなかったが、たまにならいいかもしれない。
「おじさん、そのキャンディ一つくださいな」
「お、可愛いお客さんが来てくれたもんだ!よし、一個おまけしちゃおう!」 
「わぁ!ありがとうございます!」
またミナミは一つおまけしてもらっていた。
この王都の商売人はロリコンばかりなのか?さっきの八百屋でも一つおまけしてもらっていたが…。
「お兄ちゃん、ひとついります?」
「貰ってやってもいいけど、お前におまけしてくれたんじゃないのか?」
「いいんですよ、二つも食べても味に飽きがきますし」
そこまで言うのなら貰っておくことにしよう。うん、普通に美味しいなこのキャンディ。
「そう言えば、他の奴らも自由行動してるんだったな、もう見舞いには行ったんだろうか?」
「遅かれ早かれ行くでしょう、皆さんなら。あっ、あれはアリスさんにエルマさん!」
ミナミが手を振る先には、アリスとエルマの姿があった。ん、エルマの顔が完全に死んでる!
「あ、お二人共、お出かけですか?」
「アリスさん、エルマさん、申し訳ありませんでした!私の私欲のためにお二人を巻き込んでしまって!」
「いやいや、リリスさんが許しているのならいいんですよ。それに、今回の件はこの悪魔にも反省点はあるようでしたので、そこを叱りつけただけですし…」
「エルマさん、本当に許してくれますか?」
エルマは死んだ目のまま、口だけをパクパクと動かして声を発していた。
「いいんだよ、今回は俺にも反省点はあったから…。アリス怖い…」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもないです!」
「全く、何故私の存在が脅し文句みたいになってるんですか?」
「それは本人がそれほど恐ろしいから…、て痛い!」
アリスが無言でエルマにボディブローを叩き込み、エルマが崩れ落ちる。
ああ、またエルマのトラウマが追加されたな…。
「お前達は何してるんだ?こんな所で」
「お見舞いの品を見てたんです。そういうお二人は?」
「お兄ちゃんのプレゼントを買ってから、デートしてたんです!」
「嘘つくな、俺らはぶらついてただけだ。昼頃には帰るさ。あ、ひとつ聞きたいことがあるんだが、ちょっといいか?」
「いいですよ、なんの御用件です?」
俺はネックレスをアリスに見せた。ミナミの話なら、こいつに聞けば分かるとのことだが…?
「これだ、これで俺の属性が分かるらしいんだけど…」
「えっと、どれどれ…。あ、これは無属性ですね」
「いってて、ああ、これは完全に無属性だね、間違いない」
「無属性?それはどうなんだ、珍しいのか?」
なんか釈然としない、無属性とはなんなのだろうか?
「魔法に適性を持たない人が現れるのです、本当にごくごく稀に。その人の属性が無属性と呼ばれます」
「まぁ、簡単に言えばユウマ次第で属性は変わっていくって感じだね。昨日みたいな火属性魔法を中心に使っていけば、火属性に適合することも出来るし、その他の属性の魔法を使っていけば、その他の属性に適合することも出来る」
ほうほう、無属性でもいいことはあるのか。
「あと、無属性に限った話ではないけど、光魔法と闇魔法、どちらか一方を使うことが出来るようになる」
「なんで一方だけなんですか?」
「光は天使の、闇は悪魔の象徴であり、互いに相容れない関係にあるのです。どちらか片方の魔法を習得してしまえば、もう一方の魔法は使うことはできません。慎重に選んでくださいね。光属性の適合者しか覚えられない魔法や、闇属性の適合者しか覚えられない魔法もあるんですよ」
「闇魔法を習得したい時はいつでも言って。俺たちでよければ教えてやれるからね」
うーん、ミナミが光属性の適合者だし、光属性関連の攻撃はこいつにまかせればいいか。となれば、俺は闇属性を選ぶとしよう。それに、自分が特別というのはかなり燃える!
前は別に特別な力など要らないと思っていたが、いざ『あなたには特別な力があります』と言われたらかなりテンションが上がるものだな!
「じゃあ闇でいいよ、俺も多少は魔法を使えないとな。で、どんな魔法があるんだ?」
「よし来た、うーん、今のレベルは32か…、そのくらいなら、『シャドウ・スラッシュ』はどうだろう?」
「そのくらいなら出来そうですね、私もそれでいいと思います。実際に見せてあげたらどうです?」
「そうだな、実際に見た方が威力とかも分かるだろうし、よろしく頼む」
俺たち四人は町外れの森林にやってきた。ここで魔法の威力を見せてもらうのだ。
「さぁ、ここら辺でいいかな。よし、ユウマ見てなよ。『シャドウ・スラッシュ』!」
一瞬、影から黒い人型のものが浮かび上がり、木を切りつけた。
見たところ威力はそれほどではないが、敵の不意を着くのには向いているようである。
「おお、なかなか使えそうだな、それは俺も習得できるのか?」
「うん、出来るよ、ちょっとギルドカード貸して」
俺はエルマにギルドカードを手渡した。エルマがカードを手に取ると、ギルドカードが輝きだした!
「ほい、これで使えると思うけど、試し打ちしてみる?」
「ああ、やらせてくれ。この木でいいか?」  
「はい、いいですよ。やっちゃってください」
俺は手前の木に意識を集中させ、剣を振る!
「『シャドウ・スラッシュ』!」
すると、何やら木の背後から影が浮き上がり、木を切りつけた!凄い、これがシャドウ・スラッシュか!
「ちゃんと習得出来たようだね。レベルが低いうちは魔力量は少ないだろうから、きちんと考えて使うように」
「あ、ちなみに忠告ですが、あなたは何度闇魔法を使ったとしても、闇属性には適合できないと思いますので」
「なぜですか?先程の話では、何度もその属性の魔法を使っていけば適合できるとのことでしたが…?」
確かにそうだ、なぜだろうか?ミナミが質問すると、アリスが答えた。
「闇属性と光属性は互いに相容れない関係にあるのです。ひとつの家系で、闇属性の適合者が一人でもいれば、光属性の適合者は生まれないのです。適合属性は遺伝しますが、光と闇の適合者が子供を作ったとて、どちらか一方の属性が遺伝するか、その他の属性に適合するのです」
「つまりだね、ミナミが光属性の適合者なら、お前は闇属性には適合できないってわけさ。と、もうそろそろルキアの見舞いに行かないと。お前達は魔法の試し打ちに行くなり、デートを楽しむなり好きにしなよ、じゃあね」
「では、厄介者は失礼します」
「はい、また後で!」
二人は街の方へと歩いていった。まぁ呼び止めることもないし、別に良かったのだが。
「ミナミ、次はどうする?って、うわぁ!?何すんだ!」
「お兄ちゃん、抵抗しないでください!ちょっと馬乗りになって接吻するだけですから!」
「抵抗するよ、なんでお前とキスなんかしないといけないんだよ!まだ俺達はそういう関係じゃないだろ!?」
ミナミは俺の足を引っ掛けて押し倒し、馬乗りになって唇を近づけてきた。
当然のごとく、俺はミナミを押しのけようとするのだが、こいつは俺の体に密着して離れない。
「こんな人気のない場所で理性を保つ方が難しいんですよ!お兄ちゃんから誘ってきたのに…」
「それはお前だけだろ、さっさと離れてくれ!」
鬱陶しい、なんだコイツ!なんか最近ブラコンが悪化してないか!?
今日の朝だって夜這いしてたし、前まで…、恐らく日本にいた頃はなかったはずだが…。
「マウストゥーマウスです!私の口の中にお兄ちゃんの舌を入れて、舌同士を絡めて…!」
「卑猥な言い方をするな!マウストゥーマウスじゃないんなら考えてやるから、ていうかしてやるから!」
「うう、別にいいですよ、本当はマウストゥーマウスが良かったですが…」
俺はある心理学を思い出した、『ドアインザフェイス』と呼ばれるものだ。
内容としては、初めに難易度の高い要求をしておいて、あとからそれより若干難易度の低い要求を提示する。
相手は初めの要求を断った罪悪感により、「このくらいならいいか」と二個目の難易度の低い要求を飲み込んでしまうというものだ。こいつはそれを使ったのだろうか?
いや、その割にはマジで落ち込んでるな。
「ほら、一旦離れろ。早く済ませたいんだが?」
「はい、これでいいですか?」
「ん、じゃあ行くぞ…」
「ばっちこいです!」
俺はゆっくりとミナミの頬に顔を近づけ、唇を当てる。
柔らかい感触と、きめ細かな肌触りが、唇を通して伝わってくる。
「お兄ちゃん、私の肌の感触どうでしたか?」
「ん、普通だったぞ…」
「またまたー、恥ずかしがっちゃって!今度はマウストゥーマウス…」
「調子に乗るな」
「冗談ですよ、真に受けないでください」
こいつが言うと冗談に聞こえない。だって夜這いまでするんだぞ?
そんな奴が頬にキス位で満足するとは思えない。
「お兄ちゃん、私達も街へ帰りましょうか。そろそろお昼ですよ?」
「あ、ああ、そうだな」
意外や意外、こいつは今日は満足したらしい。
てっきりまた押し倒し、馬乗りになってキスをせがんでくるのかと思ったが…。
あれから俺達は、王都に戻ってきた。そこのレストランで食事を済ませようとしていた時である。すると、リリスとシュガーが現れた。
「おーい、二人とも!奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて」
「あ、リリスさん。今朝はすみませんでした…」
「いいのよいいのよ、ごめんね気が回らなくて。まさか夜這いに来るなんて思ってなかったから…。ま、今後は気をつけるわよ。あなたのお兄さんを取るのは諦めることにするわ。なかなかの精力だったから魅力的だったんだけれど…」
「お前、やっぱりサキュバスなんじゃないのか?って、危ねぇ!」
俺が皮肉を言おうとした瞬間、リリスが横一線に鎌を振るった!
なんとか間一髪で避けたが、さすがに周りを見てほしいものだ。ここは大通り、下手すれば怪我人多数じゃ済まないぞ!?
「誰がサキュバスよ、私はあんなのよりも高貴な魔族なの!」
「分かった、今後気を付ける!いやー、リリスさんはとっても高貴なお方だなぁ!」
「ふふん、分かればいいのよ、分かれば!」
『チョロいな』
俺とシュガーの声が重なる。本人は聞いていない様子だ。
「シュガー、酷いじゃないか。部下にあんなこと言っちゃ」
「ユウマも言ってた。お愛子さま」
「二人とも何か言った?」
『いや、なんでも』
後ろのミナミはこちらをだいぶん白い目で見ている。
こちらの会話を聞いていたらしい。これ、本人に気が付かれたらシュガーはまだしも俺は確実に殺されるな…。
俺達は結局、このレストランで食事を取る事にした。
「店員さん、ナルヘリンラビットのシチュー四人前と、王都ワインを一本!」
「お前、真昼間から酒飲むのかよ…」
「別にいいじゃない!うまい酒とご飯は、人生の楽しみよ!」
「それもう食事してるだけが人生の楽しみみたいなことになってるじゃないですか!もっと楽しみを見出してください!例えば…恋とか!」
ミナミはそんな事を言いながら俺の腕に抱きついてきた。すると、リリスがテーブルに運ばれたワインを一口飲む。
いや、それ以前にこいつは悪魔だろ。
「私だって、若い時はそれなりに恋してたのよ?でも、歳を重ねるごとに何だか自分に自信がなくなってきてね、周りからも声掛けられなくなって…。それからはお酒とご飯にしか楽しみを見いだせなくなって、酒に飲まれる日々…」
「それ、酔いつぶれた姿にドン引きしてただけなんじゃ…」
「そ、そうなの?私、賞味期限切れの女じゃないの?」
「はい、まだまだ食べ頃です!だって、リリスさん可愛いじゃないですか!」
なにこれ?なんかリリスが泣きだしたし、それをなんかミナミが慰めてる。本当に酒で泣き出す人、初めて見た。
「ほ、本当?」
「本当ですよ、リリスさん!」
「うぅ…、ミナミィ!」
いや、ほんと何これ、居酒屋で中年女性を慰める同僚的な、そんな空気だぞ。ここ、レストランなんだけど…。
「なぁ、シュガー。俺達もう食べ始めるか」
「うん、待ってられない。このシチュー、美味しい」
「お、マジだ。美味いな、これ!」
マイルドだが、どこかコクがあるクリームシチュー。
肉を食べた瞬間、なんとも言えない旨みが口の中に広がる。これがウサギ肉ってやつか!
「うわぁぁぁぁん!」
「リリスさん、もう元気だしてください。涙は男の人を引きつけられても、つなぎ止めることは出来ないんですよ?」
「あれ、いつ終わるんだろうな」
「さぁ…?」
結局、あれから十分は続け、ミナミとリリスは冷え切ったシチューを食べることとなった。
4
さて、昼食を食べ終え一段落着いたところ。
いっその事もう昼寝でもしたい午後の昼下がり。俺達は…。
「くっそ、こいつらすばしっこいぞ!シャドウ・スラッシュがあたらない!」
「演唱終わった、いつでも行ける」
「よしシュガー、蹴散らせ!」
「『ウィンドウ・スクリュー』!」
王都でのクエストに挑んでいた!王都のクエストは難易度がそんなに変わらない割に、報酬が多いのだ。
クエスト内容は、深きものどもによって端に追いやられた雑魚モンスターの討伐。
いっその事この王都に引っ越すってのも…、いや、ルナが足りないな。
「もう一人前衛が居ないと時間稼ぎも大変だな…」
「全く、リリスさんは何をしてるんでしょうか、あの人も中距離戦法だったはずですが?」
「今頃頭痛くて寝てるよ。見舞いから帰ってきたらこれって…、まぁいいけど、報酬はどうするのさ」
このクエストに来ているのは俺、ミナミ、シュガー、アリス、そしてエルマなのだが、実質俺だけが活躍できていない。
あの魔法、相手が動くと当たらないのだ。射程が短すぎる。
「半分はそっちで取ってもらっていいと思う。俺はいらないから、あとはお前らの好きに使ってくれ」
「私は、お兄ちゃんがそれでいいならいいんですが、本当にいいんですか?」
「ああ、特に活躍できなかったしな」
「では、有難くいただきます、ユウマさん」
「じゃあ帰るか。リリス達が待ってるよ」
俺達が王都に帰る途中、雪がパラパラと降り出した。
おお、何気にこの世界の雪は初めてだな。
「お兄ちゃん、雪です。綺麗ですね!」
「あぁ、綺麗だな。強くなる前に王城に戻るぞ」
「えぇ、その方がいいですよ。生き埋めになってしまいます!」
「そんなこと滅多にないでしょ。あ、でもアリスはあったよね?確か、雪の降ってる日に外で昼寝して、その間に本降りになって、目が覚めたら目の前が真っ白って、ぷっ…!わ、笑ってない、笑ってないよ!」
「笑ったか以前に、その事は誰にも言わないでと言ったじゃないですか!」
アリスが鎖をムチのようにしてエルマを殴ろうとしたのをエルマがひらりと避ける。
いや、アレ普通に食らったら重症なんだけど…。
「はむ、この口の中で溶ける感覚、癖になる…」
「そりゃ雪だからな、ていうか腹壊しても知らないぞ」
「大丈夫、三秒ルール」
「空気中で塵とかかなり着いてんだけどな」
そんな言葉なんて聞かずに、シュガーはまた落ちてきた雪を食べようとしていた。なんなんだこれ…。
俺達は王城の裏口から入り、エントランスに向かった。
一階から二階への階段があそこしかないのだ。そこで、エリナと出くわした。
「おお、主ら、今帰ってきたのか?」
「見ての通りだ、それよりもひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ、なんでも申すが良いぞ」
本当、この王女様もだいぶん打ち解けてきたって所かな。エギルが言っていたこと、何となくわかった気がする。
「俺達がこの王城に泊めてくれるのはアーマーヒュドラ討伐に参加するからだろ?もう討伐が終わったから、お前達にとって、俺達がここに居る意味はないんじゃないかって…」 
「そんなこと気にするな、別に良い。客室だって、あと何部屋もあるのだ。それとひとつ、話は変わるが頼まれてくれるか?」
「な、なんです?」
エリナは真剣な面持ちでこちらに近づいてくる。なんだろう…?
「あのクソ悪魔を貰ってはくれないか?正直、妾はあいつの顔も見たくな…ゲフンゲフン、あれもなかなか主らのことを気に入っておるらしいからな。それに、一度牢から釈放された以上、何か罪を犯さねばぶち込むことは出来んのだ」
「本音が盛れていたぞ…、まぁ、貰ってやることは吝かじゃないけど、いいのか?一様大罪人だぞ?」
「ああ、あれはとんでもない罪を犯した…」
エリナはわなわなと拳を握り、一点を見つめ睨みつけた。
当然だろう、元魔王軍幹部なのだ、かなりの罪を犯していても、おかしくない。
「あの大戯け、この妾を愚弄しよったのだ!許されん、許されんぞ絶対に!」
かぎりなくどうでもいい!それに、それが罪なら、あいつ面会の間で何回もこいつの悪口言ってたよな、面と向かって!
「とまぁ、そういう訳なので、あれのことは頼んだぞ」
「行っちまった…。全く、横暴だな」
「これでまた賑やかになりますね、イグラットの街が!」
「住む場所は…、また今度話しましょうか。じゃあ私達はこれで…」
「おう、じゃあな」
「ん、ユウマ、バイバイ」
俺はドアノブに手をかけ、戸を開けた。そこで見た光景とは…。
「ぷはぁ、美味い!もっとよ!もっと持ってくるのよ!」
「やめてくれ!もう俺のルナがなくなる!」
「私のだってもうないわよ!もういい加減辞めて、ね?」
「嫌よ!もっと持ってきなさい!城の貯蔵庫から取ってきなさいよ!」
「もうそれただの盗みだよ、もう勘弁してくれ!」
俺達はそっと、扉を閉じた。そして目を合わせ、頷いた。
「俺達は何も見なかった、いいな?」
「うん、何も見てない。なんにも見てないよ!俺達は何も見てない!」
それから俺達は、少し早い夕方の大浴場を堪能した。
着替えは物質転移魔法を使い、中からは気が付かれないようにして取り出した。やっぱり、魔法って便利だな。
…。
俺達はまだ知らなかった。「もう酒が抜けてる」なんて甘ったるい考えが、後に悲劇を産むことを。
今現在私は兄の眠っている寝室に来ている。
二人部屋で一緒に寝たかったのに、全く、薄情なものだ。私はこんなにも兄を愛しているのに…。
薄明かりの中、兄が寝ているベッドを探す。さすがにすぐに分かる、ベッドはふたつあったが、迷うことなく手前のをめくる。
ちなみに鍵は、この前アリスさんに教えて貰った解錠魔法を使って開けた。この街には鍵はあるらしい。技術の差だろうか?
あ、紹介が遅れた、私の名前はイリヤ・ミナミである。どうぞよろしく。
ああ、なんて愛らしい寝顔!普段兄は私がいつも自分よりも起きるのが遅いと思っているのだろうが、実は逆だ。
私は常日頃、このようにして兄の寝顔を拝見しているのだ。
そして、気が付かれないうちに自分の布団に潜り、時折兄の布団の中に入る、このような朝を送っている。
「ちょっとくらいキスしても…ばれないですよね?」
自分に問いかけ、頭の中でYESの文字が返ってくる。
そっと唇どうしを近づけ…?なんだろう、この不自然に膨れた布団…。長い金髪が兄の隣から伸びているように見えるのだが気のせいだろうか?
恐る恐る誰もいないことを期待しつつ被ったままのもう半分の布団をめくる。そこには…。
あられもない姿のリリスさんがいた!
「んっ!?」
叫びをあげたくなる気持ちを必死に抑え思考回路を働かせる!
何故!?何故兄はこの人と添い寝をしている!?しかも相手はあられもない姿、兄がリリスさんを襲ってた!?
ダメだ、そんなことダメだ!まだ頭を整理できないでいると、背後から声をかけられた。
「ふぁぁ…なに夜這い?」
「今は朝です!それよりもです、エルマさん!何故リリスさんとお兄ちゃんが一緒に寝てるんですか!?」
「本人曰く、『あんたもう若くないでしょ?現役バリバリの活力溢れる少年と一緒に寝たいのよ、心が若返れるから』との事。ちなみに全裸なのかは『これじゃないと落ち着かないから』らしい」
私は思った。『やはりこの人は悪魔の中でも淫魔の類なんじゃないか』と。
「ああ、多分お前が考えてることこいつに言えばぶん殴られるからくれぐれも口にしない方がいいと思うよ」
「はい、気をつけます…。で、どうします?このふたりを起こさずに引き剥がす方法…思いつきます?」
「いや、なんでこいつら引き剥がさなきゃならないのさ。互いに同意の上なら別にいいでしょ?」
この人が普通の頼み方で協力してくれないのは分かっていた。ならば交渉するまでだ。
「なら、これでどうですか?」
「は?鍵なんて何に使うのさ?そんなので脅しても意味ないんだけど」
「決まっているでしょう?鍵は開けるためにあるんですよ、あなたにとっての地獄の門をね!」
エルマさんは「はぁ?」といった間の抜けた声を出した。この人はもう少し頭のいい人だと思っていたんだが…。
「では問題です、この鍵は私の寝ていた部屋の鍵です。さて、私と一緒に寝ていた人は誰でしょう?」
「んー、シュヴァとか?」
「不正解、ヒントを出します。その人は私と同じ髪の色です」
そう言った瞬間、エルマさんの顔色が真っ青になる。この薄明かりの中でも分かるほどに。
「あ、あの、ミナミさん?それって…アリスさんじゃあないですよね?」
「ピンポンピンポーン、大正解!いまこの状況でアリスさんを呼んだら…どうなると思います?」
正直、これははったりだ。だが、この人がアリスさんを恐れているというのは事実。
「うん、協力しようそうしよう。ほら、そっち持ってよ、ゆっくり床に置こう!」
聞き分けのいい人は嫌いではない。だが、私は見てしまった、不機嫌そうにエルマさんを睨む双眸を。
「ん、ミナミ、どうしたのさ?手っ取り早く床に…なんで?なんで何も言わずに震えてんの?」
「え、エルマさん…私は、私は何も知りませんよ!」
「ちょっと!?何言って…。あ、リリス起きてたんだ、ごめんね、騒がしくて。目覚め悪いでしょ?」
「ええそうね、あんたがそれを実行に移してたら、もっと寝起き悪かっただろうけどね!」
リリスさんがエルマさんを蹴りあげ、天井すれすれの放物線を描いて隣のベッドに激突する。
あと数センチズレていれば、そこに寝ているであろうオルガさんまで重症だっただろう。
「うわっ、何!?なんでエルマ吹っ飛んできた?」
「…うぅ、なんだ?朝から騒がしいぞ…」
「な、何事ですか!?」
オルガさんがはね起き、兄が不機嫌そうに目を擦り、アリスさんが勢いよく入ってきた。
すみませんエルマさん、この状況では打ち明けられないです…。
「このド変態野郎!私の裸を見たのは百歩譲っていいとして、心地よいベッドから硬い床にたたき落とそうとするなんて!恥を知りなさい!」
「エルマさん、覚悟してくださいね…?分かってますよね、こんなことをした暁には…死にたくても死ねないという恐怖、今一度教えてあげましょうか?」
「い、いや、実際にやったわけじゃないって、未遂なんだって!」
「言い訳は結構です!未遂でも犯罪は犯罪!その根性、叩き直してあげます!」
「うわぁぁ!話を聞いてよ!」
エルマさんは鎖に繋がれ、引きずられて行った。
自分もあのような目にあってしまうのかもと思うと、考えただけで恐ろしい。後で土下座しないとな、粗品でも持って行って。
「全く、あいつって何を考えてんのかしら…」
「本当そうですよね!私はとりあえずもう一眠り…」
「待てミナミ」
「へぇ?」
兄に呼び止められ、恐る恐る振り返る。何、そのジト目!凄く怖い!
「あの、要件なら早めに…」
「お前、なんでアリスよりも早くこの部屋にいた?」
「いや、それはその…アリスさんは寝てたけど私だけ起きてて、それで…」
「あれ?そう言えばミナミ、なんであのバカを蹴りあげる前からここにいたの?」
リリスさんは、不思議そうな顔をしている。それに引替え、兄はまたもやジト目をしていた。
「え、えーと…」
「お前はここに何か用があったのか?…まぁいい、ここに証人がいるからな。メアリー」
「全く、一晩中何もしないっていうのはとても退屈でしたよ…。なんですか?妹が夜這いに来るかもしれないから見張ってろって。寝なくてもいいからってそれはやりすぎだと思います。で、今朝ここで何が起きたかですか?」
「ああ、なるべく詳しく頼む」
私の額を冷や汗がダラダラと流れる。やばい、一部始終見られてた!?
「えっと、まずはこの部屋にミナミさんが入ってきて、それに気がついたエルマさんが起きました。それで、『アリスさんを起こされたくなければ協力しろ』と脅し、エルマさんが協力しようとしたところで今に至ります」
「おいミナミ、これはどういうことだ?ちゃんと自らの口で説明してもらおうか」
「私の分の説教も預けたわよ。私はアリス説得してくるから」
「おう任しとけ…、さぁ、言ってみろ!」
この後めちゃくちゃ説教された。
2
さて、あれから三十分程の説教の後、俺達は朝食を食べに行った。周りからのあたたかーい視線を感じつつ、気まずい雰囲気の中食事をした。
「お兄ちゃん、まだ怒ってます?」
「いや、もういい。だけど後に本人にも謝っとけよ?エルマにもな」
「はい…」
ミナミはしゅんとした表情を見せた。ちょっと言いすぎたかな?これを機に少しは懲りてくれればいいのだが…。
「それで、今日はデートですよね!?」
「その前にちょっと用事がある。お前もついてこい」
「はい、お兄ちゃんの命令ならばドンと来いです!で、その用事とは何ですか?」
「ルキアの見舞いに行かなくちゃだろ?その品を買いに行って、それから見舞いに行って、買い物はその後だな」
昨日は運び込まれた当日なので、忙しいのではと考えた俺は今日治療院を訪れることにした。
俺達は城の正門を抜け、繁華街へやってきた。そこの八百屋のようなところで、美味しそうな赤いリンゴが目に止まった。
「やっぱり無難なリンゴか?」
「そうですね、今の旬ですし、きっと美味しいですよ!」
「ああ、そうだな…てなワケで、ほら行ってこい」
ミナミは一瞬俺に哀れみの視線を送り、その後店主と笑顔で対話していた。
「あの、これ一つくださいな」
「はい、150ルナだな」
俺は財布を取り出し、代金をミナミに渡した。妹のコミュ力に、俺は敬意を称する。店とかだと尚更だ。
ミナミの手に戻ってきたのは二つのリンゴ…。
「あの…一つだけでいいんですが…」
「朝から別嬪さんが来てくれたからな、うちの商売も捗るってなもんだ!それはおまけだよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
店主に礼を言ったあと、ミナミは小走りで嬉しそうに帰ってきた。
「ふふん、見てくださいお兄ちゃん、おまけしてくれました!私の美しさに気がつくとは、あのおじさん中々のやり手ですね。でもご安心ください、私はお兄ちゃん一筋です!」
「ハイハイ良かったな、それじゃ治療院に向かうとするか」
「ちょっと、適当にあしらわないで下さいよ!」
大通りの一角にその治療院はあると聞いていたのだが、どこだろうか?
「あ、お兄ちゃん、冬の花です!」
「ツバキ…あたりじゃないか?赤いし」
「街路樹みたいなものでしょうか?ならとっても問題ないですよね?」
「問題ないと思うぞ、見舞いに花ってのは無難だな」
ミナミは笑顔でツバキを摘み取り、鼻歌交じりに帰ってきた。シンプルイズベストってやつだ。でも、ここは日本っぽくないが、外国にもツバキはあるのか?
「きっと喜んでくれますよね?ルキアさん」
「ん、そうだな。っと、教えられた場所はここだが…」
そこには白塗りの清潔感漂う、ほかの店とは一線を画す建築物が建っていた。恐らくここだろう。
俺達がドアを開けると、病院独特の薬品の匂いがした。
異世界でもこの匂いかよ、俺これ嫌いなんだよな…。嫌な記憶が思い出される。
「この匂い好きです、なんだか落ち着きます」
「そうか?俺はあんまり好きじゃないな…」
「そうなんですか?あ、あれは団長さんです」
ミナミが指をさした先にはエギルの姿があった。そうか、あいつも入院してたんだったな。
「やぁユウマ、それにミナミも。あの緑髪の子の見舞いか?」
「はい、団長さんは元気になったんですね」
「その呼び方は辞めてくれ、部下にも基本は名前で呼んでくれって言ってるんだよ。肩書きみたいでよく思ってないんだ」
「ふーん、そうですか。難しいことはわかりませんが、エギルさんって呼べばいいんですか?」
「ああ、それでいい」
やはりこいつは心までイケメンだ。謙虚で他者への気配りもできる、しかも部下からの信頼も暑い、さらにイケメン。
妹の方が少々難アリだが、あいつも悪い奴では無さそうだ。口は悪いが。
「お前、喋り方変わってないか?」
「親密の証だよ」
そこまで一緒に居ないけど、本人がそういうのなら…、親密の証ということでいいのだろう。
「にしても傷はもう治ったのか?」
「ああ、ミナミが回復魔法を使ってくれたおかげでな、傷を繋げるだけで良かった。感謝するよ」
「えへへー、照れちゃいます」
ミナミは嬉しそうに頬をかいていた。確かに、今回こいつはかなり活躍してたな。
「あ、引き止めて悪かったな、見舞いに来てたんだろ?」
「気を使わせてゴメンな、じゃあ受付には…ミナミ、GOだ」
「お兄ちゃん、少しはコミュ障治したらどうです?」
「それはまた今度だ、今はともかく受付へ行ってきてくれ!」
「病院で騒ぐのは良くないですよ…」
こういう一般常識だけはあるようだ。エギルはと言うと、なにやら用事があるようで足早に去っていった。
「お待たせしました、手続きは済ませました。えっと、病室は…205ってことは二階ですね、さっそく向かいましょう」
ふと階段に差し掛かった時、何やら階段の前に大きな箱のようなものがみえた。近づいてみると、それはまるで自販機のようだった。
さすがに炭酸飲料とかはないが、ミックスジュースのようなものやオレンジジュースまであった。
「おお、なんでしょうこれ…。自販機みたいですね、買ってみますか?」
「大した出費じゃないし、一本だけだぞ」
「わーいです!」
ミナミは嬉嬉としていちごオレのボタンを押し、投入口にルナを入れる。
すると、下の空間にまるでテレポートのようにいちごオレが現れた。凄いなこの仕組み。
「ちょうど喉が乾いていたんですよ…。ぷはぁ、美味しいです!」
「それは良かったな、んじゃルキアの病室いくか」
「はい!」
階段をのぼり左へ。床が木材だからか妙に軋むな、それがまたいいのだが。
「ここだな」
俺がノックをすると、「どうぞ」と声が返ってきた。ガラガラと横開きのドアを開ける。
「あ、ユウマ、ミナミ。来てくれたんだ」
「具合の方はどうだ?まだ良くないのか?」
「お医者様は『無茶のしすぎだ』だって。二、三日はここで休んでないとダメなんだって」
「そうか、大分痩せ細ってたからな、無理もないだろう。頑張って太れよ?」
「その言い方はどうかと思うけどね!」
ルキアはまだ痩せていた。まるで骨に皮が張り付いていたような昨日とは大分回復しているようだが、でもまだ元のルキアじゃない。
「あ、こちらお見舞いの品です。後、お花も。花瓶はないんですか?」
「ごめん、この部屋にはないみたい」
「ならこの瓶に入れておきますね、ちょっと水道貸して貰います」
ミナミはトタトタと水道まで歩いていき、流水で瓶をゆすいでいた。
あの瓶は先程いちごオレが入っていた瓶だが、本当にあれで大丈夫か?菌が繁殖したりとかしないのか?
「お待たせしました、どうですか、この花」
「うん、この種類の花にしては小ぶりだけど、ちっちゃくてとっても綺麗。ミナミみたいだね」
「ちっちゃくて愛おしいってことですか?いやぁ、今日はなんだか凄く人に褒められます!でも小さいって言われるのはちょっと複雑な気分ですが、褒め言葉として受け取っておきます。朝はこっぴどく叱られましたけど…」
「何かあったの、ユウマ?」
俺はざっくりと今朝起きたことを話した。ミナミはあまり知られたくなかったようだが、そんなことをしたこいつが悪い。
「ははは、それはミナミらしいや!」
「むぅ、からかわないでくださいよ…」
「ごめんごめん、それよりも、そのリンゴ、美味しそうだね、図々しいかもだけど…」
ルキアは、キラキラとした目で紙袋の中のリンゴを見つめた。
「分かりました、切ればいいんですね?待ってください、少し洗ってきます。食器ってありますか?ついでにナイフも」
「あ、そこの引き出しの上から二番目の棚。そこに食器系統のものは全部入ってるって言ってたよ」
「あ、ありました。よしでは早速…」
「待て、おまえ料理できないだろ」
「リンゴの皮を剥いて切る位は出来ますって!私が苦手なのは調味料の調整くらいですよ?」
それはだいぶん料理にとって致命的なんだが…。まぁ大丈夫だよな、皮剥いて切るだけだし…。漫画とかだとそれだけでダークマター作る奴とかいるけど、こいつは大丈夫だよな?
「そう言えば、『筋肉は繋がってるけど継ぎ方がめちゃくゃ』とも言ってたね」
「うぅ、私が未熟さゆえの失態です…」
「いやいや、ミナミは悪くないよ!悪いのは僕のほうさ…」
ルキアは少し俯き、「はぁ…」とため息をついた。
「ごめんね、あれが僕の『鬼』だよ。あれを恐れられてた、みんなから。皆との時間、楽しかったよ」
ルキアは泣きそうな顔をして、俺を見つめた。
「なんで『もうお別れだね』的な雰囲気出してんだ?」
「へ?」
ルキアはこんどは目を丸くしてこちらを見つめた。しばしの沈黙、ミナミが皮を剥く音だけが聞こえる。
「も、もう一回言って?」
「聞こえなかったのか?なんで『もうお別れだね』的な雰囲気出してんだって言ってんだ」
「だ、だって僕、単純なことしか考えられなくなって、メアリーの静止も無視して、それにこのザマだし…。こんなんじゃ、ただの足でまといだよ…」
確かに、戦いにおいても何においても、冷静さというのは大切だ。経験が豊富でない俺でも分かるほど初歩的なことだ。
それを欠くと大きな失敗を招くことになりかねない。だが…、
「そんなことは無いぞ、お前がいなければあの巨大なゴーレム相手に命を落としてたかもしれない。あれはお前の手柄じゃないか」
「でも、あんなに恐ろしい力を持ってしまってる僕が、パーティにいていいの?イグラットのみんなからも嫌われるかもしれないんだよ?」
「あのな、俺はお前が鬼であるということを知った上でお前を仲間にした。あんなこと、承知の上なんだよ」
「で、でも…」
ルキアは俺から目を逸らし、ベッドを見つめる。
「あのな、お前は何の為にあの力を使った?」
「それは…ただ、王都の人たちの元に早く行きたくて…いち早く、助けてあげたくて…」
「あれだけの力があれば、人なんて簡単に殺せるだろう。お前は今まで、自分の都合で他者を殺したか?」
「そんな事しないさ!あれは大切な人達を守るためにあるって、そう教えられてきたんだよ」
「そうか、それならそのために力を使え。制御出来るように、俺達が付き合うよ」
ルキアは「えっ!?」と間の抜けた声を上げた。ちょうど、ミナミもルキアの元に帰ってくる。
「そうですよ、私も付き合います!」
「他の奴らもきっと、協力してくれるぞ」
「二人とも…本当にいいの?」
「お前の力、例えるなら火だ。火は料理のレパートリーを増やしたり、辺りを照らしたりすることも出来るが、食材を焦がしたり、下手すると火傷をさせることもある。それを制御出来れば、お前にとっても大きな力となるだろう。それを身につけて自分のために使うもよし、他人のために使うもよしだ」
ルキアはこちらを見つめ、目尻に涙を浮かべていた。
もしかしたらこいつは、今まで俺が思っていた以上にひどい仕打ちを受けていたのかもしれない。鬼ではなく、人間に。
「ありがとう、二人とも。僕、みんなの役に立つから…。これからも、頑張るから…」
「『役に立つ』じゃなくて、『力になる』ですよ?あれ?大して意味は違わないような…」
「お前はこの状況で何言ってんだ…。まぁ、お前の言いたいことも何となくわかる気はするけどな。まぁ、なんだ。お前が入院してる間は俺達は王都にいるから。まだ来てない奴らも多分来ると思うぞ」
「そっか、ありがとね。うん、リンゴ美味しい!」
ルキアは笑顔を見せた。数分前とは全く違う、とても嬉しそうな顔だ。良かった、元気を取り戻してくれたみたいで。
「あ、ルキアさん。手は動かして大丈夫なんですか?筋肉の継ぎ方がめちゃくゃなんじゃ…」
「それなら治療院の人達に治してもらったから大丈夫だよ、さすがに飢餓はどうにも出来なかったみたいだけど、ちゃんとご飯食べてるし、リンゴも貰ったし治療は順調なんじゃないかな?」
「なら良かった」
結構長話してしまったな、長居すると悪い。そろそろ帰るとするか。
「ミナミ、そろそろ帰るぞ」
「そうですね、また来ることにします。余ったリンゴはここに閉まっておきましたので、誰かに切ってもらってください」
「うん、ありがとうね、二人とも!」
ルキアは小さく手を振った。それに応えて、ミナミも手を振る。
「元気そうだったな」
「あの調子だと、明後日辺りには退院出来そうですね」
「ああ、じゃあ帰るか…」
「お兄ちゃん、何か忘れてないですか?」
ミナミは嬉嬉としてこちらを見つめる。その目は毒々しいほどに輝いていた。
「ん、なんかあったっけ?」
「デートですよ!お兄ちゃんのプレゼントを買いに行くんです!」
「ああ、そう言えばそんな約束もしたな」
「ふふん、私の圧倒的なセンスで素敵なプレゼントを選んであげます!」
こいつのセンスか…なんか前カエルの卵見て美味しそうとか言ってたし、かなり不安なんだが!
3
俺達は治療院を出て、大通りに再びやってきた。こいつのセンスが人並みならいいんだが…。
「えっと、予算は…。やりくりして貯めたこの二千ルナ!結構貯めたでしょう?」
「それ自分のために貯めたらやりくりじゃなくてネコババだろ、それとも自分でバイトでもしたのか?」
「いえいえ、普段のクエストの報酬から少しずつ…」
「やっぱりネコババじゃねぇか!」
前々から何となく張り紙に書かれた報酬と報酬のルナの額が合わないと思っていた。
気のせいかと考えたが、まさか本当に盗られてたとは…。あれ?こいつがやってる事、普通に犯罪じゃね?
「その金があれば、少しは冬越しの資金になったかもしれないのに…」
「ダメです!冬越しのことより、お兄ちゃんのプレゼントです!」
「お前、俺が餓死してもいいのか?」
「その時は、みんな仲良くもやし生活です!」
どうしてこいつは俺のプレゼントのためにそこまでやるんだろう。あと、周囲の人間を巻き込むな!
「今のところ大丈夫だからいいけどさ、今度からはするなよ?」
「来年にはまたするかもですけど!」
「なんでだよ…」
ふと、ミナミが足を止める。そこには小洒落たログハウスのような店があった。どうやら、雑貨店のようだ。
「ここを見てみましょうか」
「お前が決めろ、お前のそのやりくりして貯めたルナで買うんだからな」
カランカランと店特有の鐘の音がなり、木の匂いが香る。この匂いは結構好きだな。
「あ、これとかどうですか?恋愛成就のペンダント!お兄ちゃんと私の恋が発展…」
「俺とお前じゃないやつの恋が発展するかもな」
ミナミはサッとその場を去った。これは…二千五百ルナ!?予算オーバーじゃねぇか…。
「あ、このネックレス、私とおそろいですよ?これにしましょう!」
「ちゃんと予算内なのか?」
「えっと、千ルナです。予算内ですよ!」
ミナミは笑顔を振りまいたあと、真っ直ぐ会計に向かった。
「でも、なんでこんな所にイグラットと同じネックレスがあったんだ?」
「有名な人が作ったのでしょうか?ちなみに効果は、『その人の魔法適性に合わせて変化し、その属性攻撃を上げる』といったものです。この前アリスさんに教えてもらいました。ちなみに私の魔法適性は光です、プリーストだからですかね?」
「なかなか使える効果だな、いいプレゼントだ。ありがとう、ミナミ」
「お礼はいいですよ!まぁ、どうしてもというのなら、体で返してください!」
「うっさい…。とりあえずこれ付けてみるか」
だが、俺が渡されたネックレスを付けても、何も色が変わらなかった。
「ミナミ、これなんの属性か分かるか?」
「いや、私は知りませんよ。アリスさんに聞けばわかると思いますが、もしかするとシュガーちゃんやエルマさん、リリスさん達でも知ってるかもしれません」
「お前のネックレスの色はどんなだ?」
「これです、白ですね。光の属性ですから」
ミナミの宝石は白く輝いていた。だが、俺のネックレスは全く色が変わらない。なぜだろう?今考えても解決しないため、とりあえずアリスに聞いてみよう。
「じゃあ帰るか…」
「えい!」
「うわっ!?なんだ、なんで抱きついてきた!?」
「お兄ちゃん、もっとどこか行きましょう?ほら、例えば…ぶらついたり!」
「暇だからいいけど…そろそろ離れろ」
ミナミは笑いながら、「嫌です!」と答えた。マジかよ、冬でも暑苦しいんだがな。
「しょうがないな、ほら、手繋いでやるからそれで我慢しろ」
「んー、しょうがないですね、それでいいですよ!」
「なんで上から目線なんだ」
それから俺達は街をぶらついた。
前まではあまり外には出たくなかったが、たまにならいいかもしれない。
「おじさん、そのキャンディ一つくださいな」
「お、可愛いお客さんが来てくれたもんだ!よし、一個おまけしちゃおう!」 
「わぁ!ありがとうございます!」
またミナミは一つおまけしてもらっていた。
この王都の商売人はロリコンばかりなのか?さっきの八百屋でも一つおまけしてもらっていたが…。
「お兄ちゃん、ひとついります?」
「貰ってやってもいいけど、お前におまけしてくれたんじゃないのか?」
「いいんですよ、二つも食べても味に飽きがきますし」
そこまで言うのなら貰っておくことにしよう。うん、普通に美味しいなこのキャンディ。
「そう言えば、他の奴らも自由行動してるんだったな、もう見舞いには行ったんだろうか?」
「遅かれ早かれ行くでしょう、皆さんなら。あっ、あれはアリスさんにエルマさん!」
ミナミが手を振る先には、アリスとエルマの姿があった。ん、エルマの顔が完全に死んでる!
「あ、お二人共、お出かけですか?」
「アリスさん、エルマさん、申し訳ありませんでした!私の私欲のためにお二人を巻き込んでしまって!」
「いやいや、リリスさんが許しているのならいいんですよ。それに、今回の件はこの悪魔にも反省点はあるようでしたので、そこを叱りつけただけですし…」
「エルマさん、本当に許してくれますか?」
エルマは死んだ目のまま、口だけをパクパクと動かして声を発していた。
「いいんだよ、今回は俺にも反省点はあったから…。アリス怖い…」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもないです!」
「全く、何故私の存在が脅し文句みたいになってるんですか?」
「それは本人がそれほど恐ろしいから…、て痛い!」
アリスが無言でエルマにボディブローを叩き込み、エルマが崩れ落ちる。
ああ、またエルマのトラウマが追加されたな…。
「お前達は何してるんだ?こんな所で」
「お見舞いの品を見てたんです。そういうお二人は?」
「お兄ちゃんのプレゼントを買ってから、デートしてたんです!」
「嘘つくな、俺らはぶらついてただけだ。昼頃には帰るさ。あ、ひとつ聞きたいことがあるんだが、ちょっといいか?」
「いいですよ、なんの御用件です?」
俺はネックレスをアリスに見せた。ミナミの話なら、こいつに聞けば分かるとのことだが…?
「これだ、これで俺の属性が分かるらしいんだけど…」
「えっと、どれどれ…。あ、これは無属性ですね」
「いってて、ああ、これは完全に無属性だね、間違いない」
「無属性?それはどうなんだ、珍しいのか?」
なんか釈然としない、無属性とはなんなのだろうか?
「魔法に適性を持たない人が現れるのです、本当にごくごく稀に。その人の属性が無属性と呼ばれます」
「まぁ、簡単に言えばユウマ次第で属性は変わっていくって感じだね。昨日みたいな火属性魔法を中心に使っていけば、火属性に適合することも出来るし、その他の属性の魔法を使っていけば、その他の属性に適合することも出来る」
ほうほう、無属性でもいいことはあるのか。
「あと、無属性に限った話ではないけど、光魔法と闇魔法、どちらか一方を使うことが出来るようになる」
「なんで一方だけなんですか?」
「光は天使の、闇は悪魔の象徴であり、互いに相容れない関係にあるのです。どちらか片方の魔法を習得してしまえば、もう一方の魔法は使うことはできません。慎重に選んでくださいね。光属性の適合者しか覚えられない魔法や、闇属性の適合者しか覚えられない魔法もあるんですよ」
「闇魔法を習得したい時はいつでも言って。俺たちでよければ教えてやれるからね」
うーん、ミナミが光属性の適合者だし、光属性関連の攻撃はこいつにまかせればいいか。となれば、俺は闇属性を選ぶとしよう。それに、自分が特別というのはかなり燃える!
前は別に特別な力など要らないと思っていたが、いざ『あなたには特別な力があります』と言われたらかなりテンションが上がるものだな!
「じゃあ闇でいいよ、俺も多少は魔法を使えないとな。で、どんな魔法があるんだ?」
「よし来た、うーん、今のレベルは32か…、そのくらいなら、『シャドウ・スラッシュ』はどうだろう?」
「そのくらいなら出来そうですね、私もそれでいいと思います。実際に見せてあげたらどうです?」
「そうだな、実際に見た方が威力とかも分かるだろうし、よろしく頼む」
俺たち四人は町外れの森林にやってきた。ここで魔法の威力を見せてもらうのだ。
「さぁ、ここら辺でいいかな。よし、ユウマ見てなよ。『シャドウ・スラッシュ』!」
一瞬、影から黒い人型のものが浮かび上がり、木を切りつけた。
見たところ威力はそれほどではないが、敵の不意を着くのには向いているようである。
「おお、なかなか使えそうだな、それは俺も習得できるのか?」
「うん、出来るよ、ちょっとギルドカード貸して」
俺はエルマにギルドカードを手渡した。エルマがカードを手に取ると、ギルドカードが輝きだした!
「ほい、これで使えると思うけど、試し打ちしてみる?」
「ああ、やらせてくれ。この木でいいか?」  
「はい、いいですよ。やっちゃってください」
俺は手前の木に意識を集中させ、剣を振る!
「『シャドウ・スラッシュ』!」
すると、何やら木の背後から影が浮き上がり、木を切りつけた!凄い、これがシャドウ・スラッシュか!
「ちゃんと習得出来たようだね。レベルが低いうちは魔力量は少ないだろうから、きちんと考えて使うように」
「あ、ちなみに忠告ですが、あなたは何度闇魔法を使ったとしても、闇属性には適合できないと思いますので」
「なぜですか?先程の話では、何度もその属性の魔法を使っていけば適合できるとのことでしたが…?」
確かにそうだ、なぜだろうか?ミナミが質問すると、アリスが答えた。
「闇属性と光属性は互いに相容れない関係にあるのです。ひとつの家系で、闇属性の適合者が一人でもいれば、光属性の適合者は生まれないのです。適合属性は遺伝しますが、光と闇の適合者が子供を作ったとて、どちらか一方の属性が遺伝するか、その他の属性に適合するのです」
「つまりだね、ミナミが光属性の適合者なら、お前は闇属性には適合できないってわけさ。と、もうそろそろルキアの見舞いに行かないと。お前達は魔法の試し打ちに行くなり、デートを楽しむなり好きにしなよ、じゃあね」
「では、厄介者は失礼します」
「はい、また後で!」
二人は街の方へと歩いていった。まぁ呼び止めることもないし、別に良かったのだが。
「ミナミ、次はどうする?って、うわぁ!?何すんだ!」
「お兄ちゃん、抵抗しないでください!ちょっと馬乗りになって接吻するだけですから!」
「抵抗するよ、なんでお前とキスなんかしないといけないんだよ!まだ俺達はそういう関係じゃないだろ!?」
ミナミは俺の足を引っ掛けて押し倒し、馬乗りになって唇を近づけてきた。
当然のごとく、俺はミナミを押しのけようとするのだが、こいつは俺の体に密着して離れない。
「こんな人気のない場所で理性を保つ方が難しいんですよ!お兄ちゃんから誘ってきたのに…」
「それはお前だけだろ、さっさと離れてくれ!」
鬱陶しい、なんだコイツ!なんか最近ブラコンが悪化してないか!?
今日の朝だって夜這いしてたし、前まで…、恐らく日本にいた頃はなかったはずだが…。
「マウストゥーマウスです!私の口の中にお兄ちゃんの舌を入れて、舌同士を絡めて…!」
「卑猥な言い方をするな!マウストゥーマウスじゃないんなら考えてやるから、ていうかしてやるから!」
「うう、別にいいですよ、本当はマウストゥーマウスが良かったですが…」
俺はある心理学を思い出した、『ドアインザフェイス』と呼ばれるものだ。
内容としては、初めに難易度の高い要求をしておいて、あとからそれより若干難易度の低い要求を提示する。
相手は初めの要求を断った罪悪感により、「このくらいならいいか」と二個目の難易度の低い要求を飲み込んでしまうというものだ。こいつはそれを使ったのだろうか?
いや、その割にはマジで落ち込んでるな。
「ほら、一旦離れろ。早く済ませたいんだが?」
「はい、これでいいですか?」
「ん、じゃあ行くぞ…」
「ばっちこいです!」
俺はゆっくりとミナミの頬に顔を近づけ、唇を当てる。
柔らかい感触と、きめ細かな肌触りが、唇を通して伝わってくる。
「お兄ちゃん、私の肌の感触どうでしたか?」
「ん、普通だったぞ…」
「またまたー、恥ずかしがっちゃって!今度はマウストゥーマウス…」
「調子に乗るな」
「冗談ですよ、真に受けないでください」
こいつが言うと冗談に聞こえない。だって夜這いまでするんだぞ?
そんな奴が頬にキス位で満足するとは思えない。
「お兄ちゃん、私達も街へ帰りましょうか。そろそろお昼ですよ?」
「あ、ああ、そうだな」
意外や意外、こいつは今日は満足したらしい。
てっきりまた押し倒し、馬乗りになってキスをせがんでくるのかと思ったが…。
あれから俺達は、王都に戻ってきた。そこのレストランで食事を済ませようとしていた時である。すると、リリスとシュガーが現れた。
「おーい、二人とも!奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて」
「あ、リリスさん。今朝はすみませんでした…」
「いいのよいいのよ、ごめんね気が回らなくて。まさか夜這いに来るなんて思ってなかったから…。ま、今後は気をつけるわよ。あなたのお兄さんを取るのは諦めることにするわ。なかなかの精力だったから魅力的だったんだけれど…」
「お前、やっぱりサキュバスなんじゃないのか?って、危ねぇ!」
俺が皮肉を言おうとした瞬間、リリスが横一線に鎌を振るった!
なんとか間一髪で避けたが、さすがに周りを見てほしいものだ。ここは大通り、下手すれば怪我人多数じゃ済まないぞ!?
「誰がサキュバスよ、私はあんなのよりも高貴な魔族なの!」
「分かった、今後気を付ける!いやー、リリスさんはとっても高貴なお方だなぁ!」
「ふふん、分かればいいのよ、分かれば!」
『チョロいな』
俺とシュガーの声が重なる。本人は聞いていない様子だ。
「シュガー、酷いじゃないか。部下にあんなこと言っちゃ」
「ユウマも言ってた。お愛子さま」
「二人とも何か言った?」
『いや、なんでも』
後ろのミナミはこちらをだいぶん白い目で見ている。
こちらの会話を聞いていたらしい。これ、本人に気が付かれたらシュガーはまだしも俺は確実に殺されるな…。
俺達は結局、このレストランで食事を取る事にした。
「店員さん、ナルヘリンラビットのシチュー四人前と、王都ワインを一本!」
「お前、真昼間から酒飲むのかよ…」
「別にいいじゃない!うまい酒とご飯は、人生の楽しみよ!」
「それもう食事してるだけが人生の楽しみみたいなことになってるじゃないですか!もっと楽しみを見出してください!例えば…恋とか!」
ミナミはそんな事を言いながら俺の腕に抱きついてきた。すると、リリスがテーブルに運ばれたワインを一口飲む。
いや、それ以前にこいつは悪魔だろ。
「私だって、若い時はそれなりに恋してたのよ?でも、歳を重ねるごとに何だか自分に自信がなくなってきてね、周りからも声掛けられなくなって…。それからはお酒とご飯にしか楽しみを見いだせなくなって、酒に飲まれる日々…」
「それ、酔いつぶれた姿にドン引きしてただけなんじゃ…」
「そ、そうなの?私、賞味期限切れの女じゃないの?」
「はい、まだまだ食べ頃です!だって、リリスさん可愛いじゃないですか!」
なにこれ?なんかリリスが泣きだしたし、それをなんかミナミが慰めてる。本当に酒で泣き出す人、初めて見た。
「ほ、本当?」
「本当ですよ、リリスさん!」
「うぅ…、ミナミィ!」
いや、ほんと何これ、居酒屋で中年女性を慰める同僚的な、そんな空気だぞ。ここ、レストランなんだけど…。
「なぁ、シュガー。俺達もう食べ始めるか」
「うん、待ってられない。このシチュー、美味しい」
「お、マジだ。美味いな、これ!」
マイルドだが、どこかコクがあるクリームシチュー。
肉を食べた瞬間、なんとも言えない旨みが口の中に広がる。これがウサギ肉ってやつか!
「うわぁぁぁぁん!」
「リリスさん、もう元気だしてください。涙は男の人を引きつけられても、つなぎ止めることは出来ないんですよ?」
「あれ、いつ終わるんだろうな」
「さぁ…?」
結局、あれから十分は続け、ミナミとリリスは冷え切ったシチューを食べることとなった。
4
さて、昼食を食べ終え一段落着いたところ。
いっその事もう昼寝でもしたい午後の昼下がり。俺達は…。
「くっそ、こいつらすばしっこいぞ!シャドウ・スラッシュがあたらない!」
「演唱終わった、いつでも行ける」
「よしシュガー、蹴散らせ!」
「『ウィンドウ・スクリュー』!」
王都でのクエストに挑んでいた!王都のクエストは難易度がそんなに変わらない割に、報酬が多いのだ。
クエスト内容は、深きものどもによって端に追いやられた雑魚モンスターの討伐。
いっその事この王都に引っ越すってのも…、いや、ルナが足りないな。
「もう一人前衛が居ないと時間稼ぎも大変だな…」
「全く、リリスさんは何をしてるんでしょうか、あの人も中距離戦法だったはずですが?」
「今頃頭痛くて寝てるよ。見舞いから帰ってきたらこれって…、まぁいいけど、報酬はどうするのさ」
このクエストに来ているのは俺、ミナミ、シュガー、アリス、そしてエルマなのだが、実質俺だけが活躍できていない。
あの魔法、相手が動くと当たらないのだ。射程が短すぎる。
「半分はそっちで取ってもらっていいと思う。俺はいらないから、あとはお前らの好きに使ってくれ」
「私は、お兄ちゃんがそれでいいならいいんですが、本当にいいんですか?」
「ああ、特に活躍できなかったしな」
「では、有難くいただきます、ユウマさん」
「じゃあ帰るか。リリス達が待ってるよ」
俺達が王都に帰る途中、雪がパラパラと降り出した。
おお、何気にこの世界の雪は初めてだな。
「お兄ちゃん、雪です。綺麗ですね!」
「あぁ、綺麗だな。強くなる前に王城に戻るぞ」
「えぇ、その方がいいですよ。生き埋めになってしまいます!」
「そんなこと滅多にないでしょ。あ、でもアリスはあったよね?確か、雪の降ってる日に外で昼寝して、その間に本降りになって、目が覚めたら目の前が真っ白って、ぷっ…!わ、笑ってない、笑ってないよ!」
「笑ったか以前に、その事は誰にも言わないでと言ったじゃないですか!」
アリスが鎖をムチのようにしてエルマを殴ろうとしたのをエルマがひらりと避ける。
いや、アレ普通に食らったら重症なんだけど…。
「はむ、この口の中で溶ける感覚、癖になる…」
「そりゃ雪だからな、ていうか腹壊しても知らないぞ」
「大丈夫、三秒ルール」
「空気中で塵とかかなり着いてんだけどな」
そんな言葉なんて聞かずに、シュガーはまた落ちてきた雪を食べようとしていた。なんなんだこれ…。
俺達は王城の裏口から入り、エントランスに向かった。
一階から二階への階段があそこしかないのだ。そこで、エリナと出くわした。
「おお、主ら、今帰ってきたのか?」
「見ての通りだ、それよりもひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ、なんでも申すが良いぞ」
本当、この王女様もだいぶん打ち解けてきたって所かな。エギルが言っていたこと、何となくわかった気がする。
「俺達がこの王城に泊めてくれるのはアーマーヒュドラ討伐に参加するからだろ?もう討伐が終わったから、お前達にとって、俺達がここに居る意味はないんじゃないかって…」 
「そんなこと気にするな、別に良い。客室だって、あと何部屋もあるのだ。それとひとつ、話は変わるが頼まれてくれるか?」
「な、なんです?」
エリナは真剣な面持ちでこちらに近づいてくる。なんだろう…?
「あのクソ悪魔を貰ってはくれないか?正直、妾はあいつの顔も見たくな…ゲフンゲフン、あれもなかなか主らのことを気に入っておるらしいからな。それに、一度牢から釈放された以上、何か罪を犯さねばぶち込むことは出来んのだ」
「本音が盛れていたぞ…、まぁ、貰ってやることは吝かじゃないけど、いいのか?一様大罪人だぞ?」
「ああ、あれはとんでもない罪を犯した…」
エリナはわなわなと拳を握り、一点を見つめ睨みつけた。
当然だろう、元魔王軍幹部なのだ、かなりの罪を犯していても、おかしくない。
「あの大戯け、この妾を愚弄しよったのだ!許されん、許されんぞ絶対に!」
かぎりなくどうでもいい!それに、それが罪なら、あいつ面会の間で何回もこいつの悪口言ってたよな、面と向かって!
「とまぁ、そういう訳なので、あれのことは頼んだぞ」
「行っちまった…。全く、横暴だな」
「これでまた賑やかになりますね、イグラットの街が!」
「住む場所は…、また今度話しましょうか。じゃあ私達はこれで…」
「おう、じゃあな」
「ん、ユウマ、バイバイ」
俺はドアノブに手をかけ、戸を開けた。そこで見た光景とは…。
「ぷはぁ、美味い!もっとよ!もっと持ってくるのよ!」
「やめてくれ!もう俺のルナがなくなる!」
「私のだってもうないわよ!もういい加減辞めて、ね?」
「嫌よ!もっと持ってきなさい!城の貯蔵庫から取ってきなさいよ!」
「もうそれただの盗みだよ、もう勘弁してくれ!」
俺達はそっと、扉を閉じた。そして目を合わせ、頷いた。
「俺達は何も見なかった、いいな?」
「うん、何も見てない。なんにも見てないよ!俺達は何も見てない!」
それから俺達は、少し早い夕方の大浴場を堪能した。
着替えは物質転移魔法を使い、中からは気が付かれないようにして取り出した。やっぱり、魔法って便利だな。
…。
俺達はまだ知らなかった。「もう酒が抜けてる」なんて甘ったるい考えが、後に悲劇を産むことを。
コメント