転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第25話:鬼人化少女と魔王軍幹部
1
「アハハハ!アハハハ!オラオラどうした?手応えないなぁ!デカイのは図体だけか!あぁ?」
ルキアは振り下ろされた腕の上を駆け上がり、脳天に剣を叩きつけた。
「す、凄い!あんなに大きいゴーレム達を圧倒してる!」
「ああ、だが…何か変じゃないか?痩せてきてるというか、やつれてきてるというか…」
「もしかして、体にかなりの負担がかかっているんじゃない!?このままじゃルキアの体が持たないわよ!」
「オラァ…ラスト…一体!」
最後の一体を剣で串刺しにし、その後にその剣をかかと落としでめり込ませてゴーレムを粉々に粉砕。
だが、その容姿は明らかに俺の知るルキアではなかった。目は釣り上がり、口は歪み、額からは角が生え、体はやせ細っていた。
「ルキア!もうやめろ!」
「俺…に、命…令…するなぁ!」
その時だった。俺の後ろから発砲音が聞こえた。それは見るまでもなく、オルガのものだと分かった。
「オルガ!?お前何を…!」
「心配するな、睡眠弾だ」
ルキアはフラフラとバランスを失い、やがて地面に崩れ落ちた。俺は地面に落ちる直前に、ルキアを受け止める。
「軽い…やっぱりかなりの負担がかかっていたんだ…」
「ここじゃモンスターに襲われます!早く王都へ!」
「王都も安心できる状況じゃないだろうがな…まぁここよりマシか」
俺達はルキアが減らしてくれたゴーレムの残骸を駆け抜け、王都の目の前までやってきた。
「相変わらず意味がわからないオブジェだな、なんだこれ?」
「滑り台…でしょうか?」
「なんでこんな所に滑り台作るんだよ」
うーん、傍から見ると何だか巨大な棘がうねっているようにも見えるのだが、こいつが言っているように滑り台のようなところもある。
「う、すごい熱気です…本当に街全体が火の海ですね」
「住民は…居ないのか?全員避難しているといいんだが…」
「どうやら王都の中にはモンスターは来ていないようね、ならあの変なのと火の海は誰が?」
「さてな…まずはユウマ、そこにルキアを寝かせてくれ」
「こ、こうか?」
俺は言われた通り、地面にルキアを寝かせた。
「これは恐らく外傷とかじゃない。いわゆるスタミナ切れだ。回復魔法も効かないだろう。手っ取り早く症状を回復させるには飯を食わせて安静にさせるくらいだが、何か持ってるか?」
「今は回復のポーションしか持ち合わせてないんだ。食料はもうなくなった」
「そうか、ならここで安静にさせてよう。誰かこいつと一緒にいてくれないか?」
「なら私が一緒にいますよ」
そう言ったのは、メアリーだった。良かった、どうやら無事のようだ。
「メアリーさん、無事だったんですね!」
「はい、何とか逃げられました。ナイトも無事ですよ!」
「逃げられた?」
俺は疑問を覚えた。確かにこいつは今逃げられたと言ったんだ。相手はメアリーが見えている…ということか?
「はい、自動追尾魔法を放たれましたが、なんだかイケメンな人に助けられました!ユウマさん達に忠誠を誓っていなければ確実にお嫁に取ってもらいたかったです!」
「そもそもお前って魔法通じるのか?」
「通じますよ、魔法というものは大きくわけて三種類。肉体にダメージを与える物理魔法、魂にダメージを与える特殊魔法、相手に様々な状態異常を付与する支援魔法。私のように霊体のものは、特殊魔法と支援魔法はモロに受けるんですよ。まぁ殆どの魔法は物理魔法と支援魔法なんですけどね」
なるほどなるほど、つまりはアリスが得意とする除霊術は特殊魔法の一種ってことでいいのか?支援魔法では除霊なんかできなさそうだし。
「メアリーさん、それのイケメンな人ってエギルさんじゃないですか?騎士団長の」
「存じ上げませんが、もう一度会えば直ぐに分かります!」
「うーん、会わせようと思えば会わせられるんだけどな…、それは一件が解決してからだな、てなワケで頼んだぞ、ルキアが起きたら安静にしているように言っといてくれ」
「了解です!」
メアリーはビシッと敬礼のポーズをした。全く、調子の良い奴だな。
2
俺達は迷路のように入り組んだ王都を駆け回っていた。やはり、人どころかモンスター一体もいやしない。
すると、何やら岩の塊のようなものがこちら目がけて飛んできた!
「危ない、しゃがめ!」
金属音と共に岩が真っ二つに切られる。風に揺れる金髪、夜に輝く白銀の鎧、ナルヘリンが誇る白銀の騎士団団長エギルだ!
「君達、大丈夫?おい!どうして一般市民を巻き込む!」
「ふん、一般市民?そこにいるのはあなたと私に共通する敵よ」
「どういうことだ…」
エギルがそう聞くと、敵対していた少女が「フッ!ハハハハハハ!」と腹を抱えて笑った。
「あんた、人を信用し過ぎなんじゃない?いいわ、今まで少し楽しめたから教えてあげる。そいつらは元魔王に魅了され、魂を売った闇の者どもよ!」
「闇の者共だと?笑えない冗談はよせ、お前のようなものに唆されたくらいでは俺は騙されないぞ!」
「あらあら残念ねぇ、敵の敵は味方ってよく言うし協力できるんじゃないかって思ったんだけれど、それは叶わなかったか…じゃ、あなたはここで死んで」
その少女が手をかざすと無数の岩が繋がった蛇のようなものが現れた!あれがオブジェの正体か!
「ギルティ・デストロイ!」
「この程度では私の魔防壁は貫通できないわよ!喰らいなさい!『サウザント・ドラゴンロック』!」
その蛇達は俺たち目がけて飛んできた!何とか交わすことは出来たが、エギルが岩に押しやられ壁に激突。
どうやら気を失っているだけのようだが、このままでは防戦一方だ!
「あんた達面白いわね、もう少し遊んでいたいけれど…どうやら飛び入り参加のお客さんが来てるみたいね」
「アーズ!相変わらず嫌な性格してるわね!吐き気が催すわ!」
「それはあんたが言えたことかしら?リリス」
「リリス!来てくれたのか!」
屋根の上からこちらの方へ降りてきたのは、リリス含め元魔王幹部の三人だった。
「シュバリエル様は王城の方へ寝かせてきました。到着が遅れてしまいましたが、助太刀します!」
「たく、なんでこうも面倒なヤツらと一ヶ月も経たないうちに出くわしちゃうかな」
「そうでもしないと展開が進まないからじゃないですか?」
「そういう作者事情とかは控えろ!とりあえず今は…あいつをどうやって倒すかだな」
すると、何やらズガンと言う大きな音が聞こえてきた。何だ?何が起こった!?
「ね、ねぇ、あれ!」
「ノーマル・シールド!」
音からしばらくして巨大な瓦礫が吹き飛んできた!アリスの魔法で何とか防ぐことは出来たが、一体何が?
「はぁ…はぁ…外しちったか…コントロールも悪くなっちまったなぁ…」
「ルキアさん!もうやめてください!」
「やめろだァ?ふざけんな…!俺はあのムカつく野郎をぶちのめさねぇと…気がすまねぇんだ!」
「嘘…だろ!?あの睡眠弾、少なくとも半日は目覚めないレベルだぞ!それをこんなに短時間で…」
「まさか、オーガの適応能力!?麻酔に対抗できるような抗体を体に生成したって言うの?」
確かにジャイアントオーガも適応力がどうとかと言っていた時があったな。
同じ鬼であるルキアも適応力が高いってわけか。でもまさか薬の抗体まで生み出すなんて、このままではあいつの体が持たないぞ!
「そんなガリガリで挑もうだなんて舐められたものね、一瞬で方をつけてあげる」
「お前こそ舐めんな…!」
「ルキアさん、ダメです!」
メアリーの静止も聞かず、ルキアは真っ直ぐに突っ込んでいく。まずい、このままじゃ!
カウンター気味に放ったアーズの蹴りが深々とルキアに突き刺さり、後方へ吹き飛ぶ!
「がっ!?」
「ルキア!くっそ、あいつ!」
「大丈夫、息はあります!ですが、衝撃で骨が折れているかもしれません!」
「回復は任せてください!少々時間はかかるかもですが…」
ミナミはルキアの元に急ぎ、回復魔法をかけた。これで一安心…じゃなかった!あいつを倒さねぇと!
「アリス、あいつを楽に倒せる方法はないのか?」
「いや、分からないですが…一つだけ言うならこの世界に不死身の者はいない、とでも言いましょうか。弱点さえ見つけたら多分倒すことは可能ではないかと」
「うーん…五分五分だけど、一つ作戦が思いついた。三人とも、これを持って動き回ってくれ!」
「もう既に動き回ってるけど!?」
俺はそこの商店にあった小麦粉を取り、そこに書かれてた代金を急いで払った。
3人は迫り来る岩の大群を間一髪で交わし、辺りには小麦粉が舞い散る。そうだ、これでいい。 
「ふーん、煙幕のつもりかしら?無駄よ、デタラメに動かしてるだけじゃなかったってことを教えてあげる!」
「な、囲まれてる!?」
「くっ、どうするんだよユウマ!」
「3人とも!」
周りを岩に囲まれ、完全に逃げ場がなくなった。だが大丈夫、拳一つほどの大きさの穴さえひとつあれば。間一髪でリリスはにげられたらしいが、俺たち3人は閉じこめられた。
「十分だな、よしアリス。ノーマル・シールドを張ってくれ!」
「わ、分かりました!」
「何をするつもりなのさ!?」
「みんな、耳塞いでろ!『ファイヤ!』」
「なっ!?」
俺がやろうとしていたこと…それはシンプル、粉塵爆発だ。
ガラガラと音を立てて周りの岩が崩れていく。魔法を覚えておいてよかった、俺は心底そう思った。
「ユウマさん、最高です!一体どんな魔法を使ったんですか!?」
「初級魔法じゃなかったよね!こんなに大規模な爆発を起こすなんて!」
「いや、粉塵爆発って言ってだな…」
二人はあたまに?を浮かべているような顔をしていた。この世界には科学というものはないらしい。いや、失われたと言うべきか。
「お兄ちゃん!流石です!三下さんに粉塵爆発を身をもって教えてあげたんですね!」
「それどこの超能力者ランキング一位だよ…」
「あ、見てください、敵がもうズタズタですよ!」
「ほんとだな、あいつにお灸を据えてや…」
その時だった、目の前に一線の炎が広がった!
慌てて回避したが、あと一秒遅れていれば完全に上手に焼かれていただろう。でも、一体誰が…?
「全く、情けないわねぇ。アーズ、なんてザマなの?」
「あんたら…生きてたのね…」
「あの時、ちゃんと言ってたでしょ?下調べするだけだって」
「マキュリ、ヴィナス!どうしてここに!」
馬鹿な!こいつらは俺たちで倒したはず!何故ここにいる!?
「アーズをあれだけ追い込んだことに賞賛を送る。よくもまぁこんなに弱いくせにここまでやってくれた」
「その痕跡に賞して、私たちの秘密をひとつ教えてあげる。私たち二人は精霊化が出来るの。肉体を捨て、魂だけになるのよ、まぁ十分の一の経験値は落とすことにはなるけどねまぁ、そんなことだから、今度からも楽しませてもらうわよ。さ、帰るわよアーズ」
マキュリがアーズを軽々と抱え、三人ははるか上空に飛び去って行った。
あいつら、絶対にまた倒してみせる!だが、あの時戦った時のあれは本気じゃなかったのか…。本当に俺たちで太刀打ちできるのか?
「おいお前達!無事だったのか!?」
「あ、エリナさん。ルキアさんが重症で、手当はしたのですが…」
「そうか、即刻治療院に届けよう。おいエギル、何をのびておるのだ」
エリナは指先でつつき、ぶっ倒れているエギルを起こそうとしている。
「寝かせてやれよ、こいつだいぶん派手に攻撃を受けてたぞ」
「ふん、情けない。おい、こやつらを治療院まで連れてけ」
エリナが呼びかけると、何人かの騎士がやって来て二人をどこかに連れて行ってしまった。
「にしてもお前達、よくやってくれたな。アーマーヒュドラだけでなくポイズンダゴンや魔王幹部どもまで…感謝しきれないぞ」
「でもあいつら、また精霊化とかして生き返るんだろうな…なぁ、この場合って既に受け取った討伐報酬ってどうなるんだ?」
「別に返金しろとは言われんだろう。何、追い詰めたことには変わりない。それは間違いなくお前達の実力だ。誇っても良いと思うぞ」
ミナミは自慢気にふふんと鼻を鳴らした。いや、ほとんどこの三人が倒してたんだが…。てかこいつもなにもしてないじゃないか!
「ん、今すっごく失礼なこと考えてましたね、お兄ちゃん!」
「え、別に?」
「本当ですか?まぁお兄ちゃんになら酷いこと思われても平気ですけど!」
うわ、こいつないわー。いくら俺の事好いてるとしてもそこまで思われてるとかないわー。せめて少しぐらい自重して欲しい。
「ねぇ、あの二人ってやっぱり…」
「ええ、前もミルクさんから聞きましたが、一線を超えてしまったらしいんですよ!」
「それほんと!?てことはまさか…出来てたり!?」
「お前ら全部聞こえてるからな!」
俺の後ろで元魔王幹部の三人がヒソヒソと喋っていた。
が、正直言って一言一句聞き間違えていない自信がある。なんだよ出来てるって!
『二人とも、末永くお幸せに!』
「おまえら何言ってんの!?」
「お、お兄ちゃん…。これからもよろしくお願いしますね?」
「お前は顔を赤らめるな!誤解される!もう既に誤解されてるけど!」
全く、こいつはどうしてこういう時だけこんなにも可愛げのある反応をするんだ?普段ならばもっと騒ぐはずなのに。
「お二人とも、結婚式はいつ頃に?俺達も参加させてくれよ!」
「あんたらの結婚式なんて興味無いけど…まぁ、少しくらいは参加してあげるわ」
「どうせならこの街でババーンとでっかく開いたらどうだ?」
「お前達、だから誤解だって!真に受けるな!」
俺がそう叫んでいると、どうやら騎士団たちの本隊が戻ってきたようで、いつの間にやら人だかりができていた。
「お、プロポーズか?羨ましいねぇこんなべっぴんさんお嫁に貰えるなんて!」
「にしても若い夫婦だな!きっと末永く幸せになるんだろうさ!」
「なんせ結婚したのがこんなに早いんだからな!間違いない!」
何これ!どんどん人が集まってきてる!?いや、俺達の評判が良くなったのは喜ばしいことだ。
つい先日までなんか軽蔑されてたからな。喜ばしい事なのだが…。
「どうしてこうなったァ!」
俺は再び魂の叫びを上げた!
3
あれからパーティーが開かれた。
アーマーヒュドラ並びにポイズンダゴン討伐、そして魔王軍の撃退。それを祝ってのパーティーだ。
俺は人混みが苦手だから、隅で一人パーティーの様子を眺めていた。
華やかなドレスを着た女性、凛々しい身なりの男性、煌めくシャンデリア。
この城に来た時にも思ったが、やはりどこか別世界に感じる。
まるで俺一人だけ違う空間に切り離されたような、そんな感覚に襲われる。
「お兄ちゃん、食べます?ケーキ、美味しいですよ」
「いや、それ食べかけだろ。いらねーよ、食べてないなら貰ってやってもよかったんだが」
「んー、じゃあはい、これでどうですか?口をつけていない部分です!」
俺はしばし考えた。こいつの事だから、
「実は口をつけてるところでした!間接キッスいただきです!」だとか言いそうだなとか思いつつ、もう既に口まで運ばれたケーキを口に入れた。うん、普通にうまい。
「ふっふっふ、引っかかりましたねお兄ちゃん!実は口をつけてるところでした!間接キッスいただきです!」
「やっぱりか…」
なんかもう一周まわって怒る気にもなれない。まさか一言一句そのままとは…。
「あれ?お兄ちゃん、何故怒らないんです?普段なら怒るのに…ふぇ?」
俺はミナミの頭に手を置くと、優しく撫でた。こいつは俺の事を鬼だとでも言うのか?全く。
まぁいつも怒っているし、たまには優しくしてやってもいいかな。そう思ったゆえの行動だ。
「お、お兄ちゃん!?人前ですよ?」
「普段問題発言ばかりしているお前が言うな。それともやめて欲しいのか?」
「……。」
ミナミはまたもや顔を赤らめ、俯いた。そして、小さく首を横に振った。やば、今ちょっとキュンとした。
「ユウマ、ミナミ、何やってるの?」
「ああミルク、起きたのか…って、これは違う!」
「みんなに言ってくる。おーい、アイリスー」
「違うって、ちょっとこいつを優しくしただけだって!」
そんなことは耳には入らないのか、魔力切れから上がったばかりのシュガーは軽い足取りでかけて行った。
また面倒なことになりそうだな。
「お兄ちゃん…」
「なんだミナミ?」
「あの、えっと…ありがとうございます…」
「別に礼を言う程でもないだろ」
俺がそういうとミナミは「そうですか…」とだけ言った。なんでこいつこんなにしおらしくなってるんだ?
「ミナミ」 
「なん…ですか?」
「えっとさ、ケーキ…その…美味かったから」
ミナミはどうやらいつもの調子を取り戻したらしく、「そうですか?では取ってきます!」と言い残し、バイキングコーナーへと駆けて行った。その時の笑顔は、とてもまぶしいものだった。
「ユウマさん、シュバリエル様から聞いたのですが…」
「なんだよアイリス」
「先程、ミナミさんの頭を撫でくり回していたとか…」 
「撫でくり回してはいない。ただ撫でてはいた」
アリスは「あなた、それ大して変わらないですよ?」とでも言いたげな視線を送ってきた。
「ちょっとくらいは優しくしてあげないとな」
「そうですか。ユウマさんって、案外ミナミさんのこと好きですよね」
「は、はぁ!?」
アリスの突飛な発言に俺は間の抜けた声を上げた。何言ってんのこいつ!?
「いや、確かにだな、俺はあいつを妹としてどうかって言われたらどちらかと言うと好きってことになるかもしれないけれど、別に大して…」
「それを好きって言うんですよ。でも、どうしてそんなに本人に隠してるんです?」
「恥ずかしいんだよ、お前だって好きな人に『好きだ』ってすぐに言えないだろ?」
「それとこれとは別ですよ。だって、あなたは妹さんのことを『女の子として好き』ではなく『妹として好き』なのでしょう?」
返す言葉もない。こいつの言っていることは正論だ。確かに『Like』と『Love』ではかなりの差があるのだ。俺があいつに抱いている感情は、正直に言うと『Love』寄りの『Like』なのだ。
「そう言えば、エルマスとリリスはどうした?一緒じゃないのか?」
「話を反らしますか…、まぁいいです。そのうち吐いてもらいます。あの二人ならほら、あそこですよ」
アリスが指をさした先にはフラフラと千鳥足で立っているリリスに肩を貸しているエルマの姿があった。
「いやぁ、美味かったわねぇ!さすが王都、酒だけは絶品だわぁ!さぁ、まだまだ飲むわよ!次はシャンパンでもどうかしらぁ?」
「ちょっとリリス、もう辞めなよ!一人で立てなくなってるじゃんか!あ、アイリス!手伝ってよ!さっきから飲んでも飲んでもまだ飲もうとするんだよ!笑顔で手を振ってないで、早く一緒に止めてよ!」
「ちょっとエルマス、うっさいわよ!ほら早く足を動かす!」
「ま、待ってよ、だからもうやめに…アイリス!ヘルプ!ヘルプ!」
若干強引にリリスはエルマスを連れて行ってしまった。アリスは相変わらず微笑んで手を振っていただけだった。
「助けに行かなくていいのか?」
「別にいいでしょう。それに、ああなったリリスさんは誰にも止められないですよ。それより、私はまたそこら辺ぶらついてきますよ。それに…」
「それに?」
「新婚さんのお二人の邪魔をしてはいけませんからね、では!」
アリスはそう言うと人混みの中に消えていった。…って!
「俺らは結婚してねぇ!」
俺がそう叫んだ時にはアリスはもういなかった。入れ替わりでミナミが俺の隣で少し驚いた表情を浮かべていた。
「お兄ちゃん、どうかしました?」
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか。ほい、お兄ちゃん。新しいケーキですよ!」
「お、サンキューな、うんやっぱり美味い」
ミナミは「えへへ」と照れていた。なぜこいつが照れてるんだ?
「あの、ひとつ失礼なことを尋ねてもいいですか?」
「なんだよかしこまって」
ミナミは先程の雰囲気から一変して真剣な表情をしていた。
こいつがこんな表情を見せるなんて、今まであまりなかったんだが。
「ねぇ、お兄ちゃん。あの時のこと、その…まだ気にしてるんですか?」
「当たり前だろ、そう簡単に忘れられるわけがない」
「そうですよね…、私が知らないだけで、お兄ちゃんは辛い思いしてたんですもんね」
ミナミはそう言うと少し物悲しげな表情を見せた。違うんだ、俺はお前にまだ隠してることがある…。
一つや二つじゃない、何個も…。
…いっその事、全部吐いて楽になろうか。
「なぁミナミ…」 
その時、脳裏にある言葉が過ぎった。
『私、あなたのためならなんでもする、だからほら、私を愛して…?』
鼻を突くような鉄の匂い、無造作に飛び散った赤い塊、何度も響いた湿っぽい音…。全てが悪い夢ならば良かったのに…。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
「…いや、なんでもない」
「そう…ですか?顔色が悪いですよ?」
「なんでもないって言ってんだろ!」
どす黒い感情がまたこの胸の内を満たしていく。
ああ、こんな感じだったな、昔の俺は。少しでも冷静になろうとバルコニーで夜風に当たろうとした。
ミナミはと言うと、さっきの大声でビクっと身体を震わせ、同じくバルコニーに出てこちらを心配そうに眺めていた。 
「お兄ちゃん、どうしたんで…」
「お前にはわからないだろ!何も知らないんだ、何も理解出来てないんだ!俺の事も、あいつのことも…、何も!」
「落ち着いてください、お兄ちゃ…!」
「うるさいうるさいうるさい!お前が知っている俺は全部偽物なんだ!本当の俺を愛してくれる人間なんていないんだ!」
分かっていた、そんなこと分かっていた。だが、叫んでないと心が壊れそうなんだ。
恐らくこれは八つ当たりと言うやつなのだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫です。私がいつまでもそばにいます」
「お前は何も知らない…なのに、一緒にいて心の支えになるとでも思ってるのか!」
「じゃあ、お兄ちゃんが私に見せたあの優しさは偽物ですか?少なくとも、私はお兄ちゃんに救われました。その恩を返したいのです。だから、私はこうやってお兄ちゃんの隣にいます。それに…」
ミナミが俺の手を握る。振り解こうとするが、少し強く握られているようで、解くことは叶わなかった。
「たとえお兄ちゃんがどんなに重い犯罪を犯していても、私はお兄ちゃんの見方ですから」
「え…?」
それは今までずっと誰かに言われたかった言葉。俺はずっと今まで心の底で孤独を感じていた。それを拭い去ってくれる人がいて欲しかった。
俺の犯した罪をひっくるめて俺を愛してくれる人が欲しかった。たったそれだけだったのだ。
「もしもそんなことをしよう物なら、それは許されないことだと思います。でも、償いは出来ます。お兄ちゃんはそれができる人です。だから、私はお兄ちゃんのそばで一緒に償います」
ああ、なんだ、望んでた人はもうすぐ近くにいたじゃないか、今更気がついた。
案外アリスの言っていたことは間違ってなかったのかもしれない。俺はこいつのことを…。
そこまで考えると、何だか急に恥ずかしくなった。
「お兄ちゃん、泣いてるんですか?胸貸しますよ?」
「うっさい、お前のまな板なんか貸してもらったって立て板に水だろ…」
「上手いですね!…って!それってすっごく失礼なことですよね!?」
ミナミは先程までのムードから一変して、今度は騒ぎ出した。
またこいつに救われた。全く、こいつは無意識で人を救えるのか、いい所でもあり悪いところでもあるよな。
「なぁ、今からちょっと抜け出さないか?」
「デートのお誘いですか?」
「そんな感じだ、ほら行くぞ」
「ふぇ?あ、ちょっと強引に引っ張らないでください!」
俺はミナミの腕を掴み、走り出した。体力が少ないことを忘れ、まるで子供のように。
4
アーズによって破壊された建物は魔法によって修復され、街は本来の面影を取り戻した。
俺達は家々の間を駆け抜け、そのうちに少し小高い丘の上へやってきた。
ここは都市部から大分離れていて、子供の遊び場として使われてそうだ。
周りに明るいものが無いせいか、冬の夜の澄んだ星が輝いている。凄い、日本ではこんな綺麗な星空見たこと無かった。
俺達はまだ雪の溶けきらない草の上に寝転がり、満天の星を見上げた。
「お兄ちゃん、凄く綺麗ですね」
「お前の方が綺麗だぞ…」
「ふぇ?お兄ちゃん、今なんて…」
「恥ずかしいんだよ、二回も言わせんな」
今思い返しても、どうしてこんなに恥ずかしいことを口走ったのかわからない。その時、横からミナミが飛びついてきた!
「素直じゃないんですから!ほらほらー、せめて撫でるくらいはしてくれたっていいんですよ?さっきしてくれたじゃないですか!」
「分かった!分かったから起き上がらせろ!暑苦しい!このままだと撫でられないだろ!」
「ほら、こうやってこうすれば…はい、撫でてください!」
「この体制は誤解を招くだろ!」
ミナミは俺の上に覆いかぶさり、上目遣いでこちらを見つめた。うん、あれだ。これはダメなやつだ。
「分かりました、膝枕で我慢します」
「初めからそうしろ、バカ」
「バカじゃないです!今までずっと一人で抱え込んでたお兄ちゃんの方がバカらしいです」
「うっせー」
「ふにゃ!」
俺は体制を変えようとするミナミに向かい、デコピンをかました。ミナミは額を抑え、涙目でこちらを眺めた。
「何するんですか、お兄ちゃん!」
「膝枕してもらうんだから少しは相手を敬え」
「むぅー、お兄ちゃん、その分沢山撫でてもらいますからね」
「ハイハイ、ほら、ここに頭載せろ」
鮮やかで、しなやかな金髪。どうやらきちんと手入れはしているらしい。
髪は女の命って言われるくらいだし、ちゃんと手入れをするのは当たり前なのか?
「そう言えば、明日は一月二十九日、お兄ちゃんの誕生日ですよ!十六歳の誕生日、何かプレゼントを買いに行きましょうか?」
「ああ、確かに明日だったな、覚えてたのか。こういうのって、サプライズが基本なんじゃないのか?」
「デートのついでに、です!」
「もうこれで十分だろうが、それよりももう終わりな」
俺が撫でるのを辞めると、不満そうにミナミはこちらに目で語りかけてきた。「えー?もう終わりー?」とでも言いたげだ。
「あのなぁ、これだけやって貰ってんだから少しでも撫でてもらってるだけ有難く思えよ」
「むぅー、分かりました、今日はこれだけで我慢です!」
「ん、聞き分けのいいのは嫌いじゃない」
ミナミは再び俺の隣で寝転び、夜空を眺めた。すると、嬉しそうに声を上げた。
「あ、流れ星です!お兄ちゃんと一生一緒、お兄ちゃんと一生一緒、お兄ちゃんと一生一緒!どうです、言ってみせました!」
「いや、すごいのはすごいんだが、これって声に出すと叶わないらしいぞ」
「それ初詣のお願いだけじゃないですか!?違うんですか!?」
「さて、どーだろーなー」
俺が適当にはぐらかすと、ミナミは「はぐらかさないでください!」と必死に訴えてきた。
「ま、多分一生一緒にいるんだろうけどな」
「それってパートナーとしてですか!?」
「兄妹としてだ、勘違いすんなよ!」
ミナミは「ふふふ、パートナー、パートナー!」だとか何度も口にしていた。どうやら先程の言葉は聞こえていなかったらしい。
「お兄ちゃん、いつでもプロポーズは待ってますよ!」
「せめて俺が二十歳になるまで待ってろ」
「それって、二十歳になったら私と結婚してもいいってことですか!?」
「その時にはもう俺も違う女に気があるかもな」
ミナミは絶望の表情を浮かべ、「お兄ちゃんに女、お兄ちゃんに女…そんなのダメです…」と何度もくりかえしていた。
「お兄ちゃんに集る虫は露払いである私が排除しないと…」
「怖いよ!あといつからお前は俺の露払いになったんだよ!」
「私を殺人鬼にしたくなければ、私以外の女性にデレデレしないで下さいね?」
「お前の俺への愛が重いぞ…」
怖!これが俗に言うヤンデレってやつか!?これはこれからの友好関係について考え直さないといけないかもな。
「アハハ!なに真に受けてるんですか?冗談ですよ、冗談!」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇよ!?」
「あらあら、随分と盛り上がってるらしいわね」
「あ、黒…て危ねぇ!何すんだよ!」
いきなり頭上に影が刺し、見るとティナが現れた。こいつはいつもスカートだからその…あれが見えてしまったのだ。
風が吹いたこともあり、もうハッキリと。口走ってしまったが最後、おもいっきり踏みつけられそうになり、緊急回避を行う。
「それはこっちのセリフよ!オルガが心配してるからって来てやったのに、人のを覗くなんてとんだ変態野郎ね!」
「不可抗力だろ!?そんなことより、なんでここが分かった?まさか尾行か?」
「そんなこととは何よ!…マイクロマシンにはGPS機能があってね、それをミナミに付けてたら、あんたも一緒にいたってわけ。変態でクソ野郎なあんたがね!」
「あのなぁ、見ただけでえらく酷い言われ用じゃないか」
「そういう所がムカつくって言ってんの!ほら、私の役目は終わったから、もう帰るわよ!せいぜい風邪ひかないように気をつける事ね!」
怒りを顕にしたティナは捨て台詞を吐いて帰って行った。
大分怒らせてしまったかな。まぁ無理もない、女性全員がこいつみたいな性格ではないからな。まぁ、風邪をひかないように忠告してくれたのはありがたいが、おそらく本人に言えば「オルガに迷惑がかかるから!」とか言うんだろうな。
「はぁ、とんだ災難だな、おいミナミ、何黙って…どうかされましたかミナミさん?」
なんだろう夜の闇の中でも分かるこいつから溢れる負のオーラ…!?
まさかさっき俺が変態だのなんだの言われてたから、ティナを殺めようとか思ってんのか!?
「いや、さっきのは俺も悪くてだな!?」
「何訳の分からないこと言ってるんです?」
「じゃあ、なに怒ってんだよ?」
すると、ミナミが俺に淡々と話してきた。
「なにデレデレしてるんですか?さっき言いましたよね?」
「う、嘘なんじゃなかったのか!?」
「私を殺人鬼にしないでくださいね?」
「す…すいませんでしたァ!!」
俺は勢いよく飛び上がり、空中で体を丸め、腹を下にして着地した。
いわゆる土下座と言うやつだ。ていうか、何故俺はこいつに謝ってるんだ!?
「ふ、ぷふふ…アハハ!だから冗談ですって!なんでひっかかるんですか?」 
「へ?演技?」
「はい、だから言ってるじゃないですか!アハハ…ハ…なので、その手刀を叩き込もうとする手を収めて…ふにゃ!」
静まり返った丘の上で、ミナミの断末魔が響く。全く、こいつには演技の才能もあったのかよ…。
「お兄ちゃん…私のは気になりますか?」
「は?そんなの興味ないに決まってんだろ。言っただろ、あれは不可抗力。見たくて見たわけじゃないんだ」
「ちなみに私のは白です!」
「唐突にカミングアウトをするな」
無駄なところで張り合おうとするのな、こいつ。何故こんな所で競争心を燃やす?
「じゃ、そろそろ帰るか、みんな心配してるだろうし、風邪ひいたらいけないからな」 
「はい、そうですね。みなさんが待ってます。明日が楽しみです!」
「デートするかはわかんないけどな」
「なっ、どういう意味ですか!?」
ミナミはまた騒ぎ出した。この騒がしさも、ひっくるめて俺はこいつが好きらしい。
俺達は王城に戻り、そこで別れた。別れのキスとか求めてきたが、丁重に断わっておいた。
風呂に入り、寝室に戻ると三人はもうくつろいでいた。オルガはこちらに歩み寄り、肩にぽんと手を置いてにこりと笑った。
「なんだ?」
「さっきまでお楽しみだったようじゃあないか」
「はぁ!?なに言ってんだよ!」
すると、後ろの二人はまたもやヒソヒソと内緒話をしていた。
が、またもやそれは筒抜けだった。
「ねぇ、やっぱりあの二人できてるんじゃない?だから私の能力も…」
「そうだよね、俺もそう思うよ…」
「あのさ、全部聞こえてるんだけど!?」
二人はニヤニヤと笑みを浮かべながら、オルガと同じように肩を叩き、『お幸せにね』とだけ言った。
「お前ら勘違いをするなよ!?俺はあいつの事を愛している訳ではなくてだな…」
『ハイハイ分かってるって』
「お前ら、絶対信じてないだろ!」
俺は本日何回目かになる魂の叫びを上げた!
6
「ねぇ、本当にそれがゼルス様の命令?人間の子供をさらってこいと?」
「そんなこと、あの方が望まれるのでしょうか?」
「ああ、期間は来年の年明けまでとの事だ。また面倒なことになっているらしい。何も、ウリエルの後継者が闇の者共と行動を共にしているとのことでな」
「なるほど、毒されないうちにこちらで目覚めさせればいいってことね」
「それでも、なんだかやりすぎな気が…」
「ルナ、ルシフィルの時の失敗を忘れたか、あいつのように堕天化するかもしれないのだぞ?」
「で、ですが、ソルトさん。何かおかしい気が…。ラトスさんもそう思いますよね?」
「たしかにちょっとやりすぎかもしれないけれど、そこまでしないと引き剥がせない関係なんじゃない?その闇の者共と」
「そ、そうなのでしょうか?」
「で?誰に向かわせる?ゼルイルでいい?」
「いきなり第一番隊隊長か…、まぁ手っ取り早く終わらせるのなら異論はないが」
「じゃ、決まりね、知らせてくるから教えて、そいつがいる場所」
「イグラットって呼ばれる辺鄙な村だ」
「ちょっと、私の領域で好き勝手暴れないでくださいね!?」
「ハイハイ、分かってるわよ」
「心配です、本当に大丈夫でしょうか?」
「何、あいつもそれほどバカじゃない。大した被害にはならないと思うが…」
「アイシャさんの暗殺の件もまだハッキリしていないのに…、また面倒なことになるんですか?」
「しょうがないだろう、空席は埋めねばならない。なるべく早くな」
「でもどうして一年も機関を儲けたんでしょう?少しでも早く埋めたいのであれば今すぐ連れて来いとでも命令しそうなのですが」
「さてな、あの方の考えは時折わからなくなる時がある。どこでもそうだ、上の者の考えは下の者には分からない、逆もまた然りだ」
「そう簡単に片付けていい問題でしょうか?」
「さてな、だが…この一件、やはりただでは行かないぞ」
「アハハハ!アハハハ!オラオラどうした?手応えないなぁ!デカイのは図体だけか!あぁ?」
ルキアは振り下ろされた腕の上を駆け上がり、脳天に剣を叩きつけた。
「す、凄い!あんなに大きいゴーレム達を圧倒してる!」
「ああ、だが…何か変じゃないか?痩せてきてるというか、やつれてきてるというか…」
「もしかして、体にかなりの負担がかかっているんじゃない!?このままじゃルキアの体が持たないわよ!」
「オラァ…ラスト…一体!」
最後の一体を剣で串刺しにし、その後にその剣をかかと落としでめり込ませてゴーレムを粉々に粉砕。
だが、その容姿は明らかに俺の知るルキアではなかった。目は釣り上がり、口は歪み、額からは角が生え、体はやせ細っていた。
「ルキア!もうやめろ!」
「俺…に、命…令…するなぁ!」
その時だった。俺の後ろから発砲音が聞こえた。それは見るまでもなく、オルガのものだと分かった。
「オルガ!?お前何を…!」
「心配するな、睡眠弾だ」
ルキアはフラフラとバランスを失い、やがて地面に崩れ落ちた。俺は地面に落ちる直前に、ルキアを受け止める。
「軽い…やっぱりかなりの負担がかかっていたんだ…」
「ここじゃモンスターに襲われます!早く王都へ!」
「王都も安心できる状況じゃないだろうがな…まぁここよりマシか」
俺達はルキアが減らしてくれたゴーレムの残骸を駆け抜け、王都の目の前までやってきた。
「相変わらず意味がわからないオブジェだな、なんだこれ?」
「滑り台…でしょうか?」
「なんでこんな所に滑り台作るんだよ」
うーん、傍から見ると何だか巨大な棘がうねっているようにも見えるのだが、こいつが言っているように滑り台のようなところもある。
「う、すごい熱気です…本当に街全体が火の海ですね」
「住民は…居ないのか?全員避難しているといいんだが…」
「どうやら王都の中にはモンスターは来ていないようね、ならあの変なのと火の海は誰が?」
「さてな…まずはユウマ、そこにルキアを寝かせてくれ」
「こ、こうか?」
俺は言われた通り、地面にルキアを寝かせた。
「これは恐らく外傷とかじゃない。いわゆるスタミナ切れだ。回復魔法も効かないだろう。手っ取り早く症状を回復させるには飯を食わせて安静にさせるくらいだが、何か持ってるか?」
「今は回復のポーションしか持ち合わせてないんだ。食料はもうなくなった」
「そうか、ならここで安静にさせてよう。誰かこいつと一緒にいてくれないか?」
「なら私が一緒にいますよ」
そう言ったのは、メアリーだった。良かった、どうやら無事のようだ。
「メアリーさん、無事だったんですね!」
「はい、何とか逃げられました。ナイトも無事ですよ!」
「逃げられた?」
俺は疑問を覚えた。確かにこいつは今逃げられたと言ったんだ。相手はメアリーが見えている…ということか?
「はい、自動追尾魔法を放たれましたが、なんだかイケメンな人に助けられました!ユウマさん達に忠誠を誓っていなければ確実にお嫁に取ってもらいたかったです!」
「そもそもお前って魔法通じるのか?」
「通じますよ、魔法というものは大きくわけて三種類。肉体にダメージを与える物理魔法、魂にダメージを与える特殊魔法、相手に様々な状態異常を付与する支援魔法。私のように霊体のものは、特殊魔法と支援魔法はモロに受けるんですよ。まぁ殆どの魔法は物理魔法と支援魔法なんですけどね」
なるほどなるほど、つまりはアリスが得意とする除霊術は特殊魔法の一種ってことでいいのか?支援魔法では除霊なんかできなさそうだし。
「メアリーさん、それのイケメンな人ってエギルさんじゃないですか?騎士団長の」
「存じ上げませんが、もう一度会えば直ぐに分かります!」
「うーん、会わせようと思えば会わせられるんだけどな…、それは一件が解決してからだな、てなワケで頼んだぞ、ルキアが起きたら安静にしているように言っといてくれ」
「了解です!」
メアリーはビシッと敬礼のポーズをした。全く、調子の良い奴だな。
2
俺達は迷路のように入り組んだ王都を駆け回っていた。やはり、人どころかモンスター一体もいやしない。
すると、何やら岩の塊のようなものがこちら目がけて飛んできた!
「危ない、しゃがめ!」
金属音と共に岩が真っ二つに切られる。風に揺れる金髪、夜に輝く白銀の鎧、ナルヘリンが誇る白銀の騎士団団長エギルだ!
「君達、大丈夫?おい!どうして一般市民を巻き込む!」
「ふん、一般市民?そこにいるのはあなたと私に共通する敵よ」
「どういうことだ…」
エギルがそう聞くと、敵対していた少女が「フッ!ハハハハハハ!」と腹を抱えて笑った。
「あんた、人を信用し過ぎなんじゃない?いいわ、今まで少し楽しめたから教えてあげる。そいつらは元魔王に魅了され、魂を売った闇の者どもよ!」
「闇の者共だと?笑えない冗談はよせ、お前のようなものに唆されたくらいでは俺は騙されないぞ!」
「あらあら残念ねぇ、敵の敵は味方ってよく言うし協力できるんじゃないかって思ったんだけれど、それは叶わなかったか…じゃ、あなたはここで死んで」
その少女が手をかざすと無数の岩が繋がった蛇のようなものが現れた!あれがオブジェの正体か!
「ギルティ・デストロイ!」
「この程度では私の魔防壁は貫通できないわよ!喰らいなさい!『サウザント・ドラゴンロック』!」
その蛇達は俺たち目がけて飛んできた!何とか交わすことは出来たが、エギルが岩に押しやられ壁に激突。
どうやら気を失っているだけのようだが、このままでは防戦一方だ!
「あんた達面白いわね、もう少し遊んでいたいけれど…どうやら飛び入り参加のお客さんが来てるみたいね」
「アーズ!相変わらず嫌な性格してるわね!吐き気が催すわ!」
「それはあんたが言えたことかしら?リリス」
「リリス!来てくれたのか!」
屋根の上からこちらの方へ降りてきたのは、リリス含め元魔王幹部の三人だった。
「シュバリエル様は王城の方へ寝かせてきました。到着が遅れてしまいましたが、助太刀します!」
「たく、なんでこうも面倒なヤツらと一ヶ月も経たないうちに出くわしちゃうかな」
「そうでもしないと展開が進まないからじゃないですか?」
「そういう作者事情とかは控えろ!とりあえず今は…あいつをどうやって倒すかだな」
すると、何やらズガンと言う大きな音が聞こえてきた。何だ?何が起こった!?
「ね、ねぇ、あれ!」
「ノーマル・シールド!」
音からしばらくして巨大な瓦礫が吹き飛んできた!アリスの魔法で何とか防ぐことは出来たが、一体何が?
「はぁ…はぁ…外しちったか…コントロールも悪くなっちまったなぁ…」
「ルキアさん!もうやめてください!」
「やめろだァ?ふざけんな…!俺はあのムカつく野郎をぶちのめさねぇと…気がすまねぇんだ!」
「嘘…だろ!?あの睡眠弾、少なくとも半日は目覚めないレベルだぞ!それをこんなに短時間で…」
「まさか、オーガの適応能力!?麻酔に対抗できるような抗体を体に生成したって言うの?」
確かにジャイアントオーガも適応力がどうとかと言っていた時があったな。
同じ鬼であるルキアも適応力が高いってわけか。でもまさか薬の抗体まで生み出すなんて、このままではあいつの体が持たないぞ!
「そんなガリガリで挑もうだなんて舐められたものね、一瞬で方をつけてあげる」
「お前こそ舐めんな…!」
「ルキアさん、ダメです!」
メアリーの静止も聞かず、ルキアは真っ直ぐに突っ込んでいく。まずい、このままじゃ!
カウンター気味に放ったアーズの蹴りが深々とルキアに突き刺さり、後方へ吹き飛ぶ!
「がっ!?」
「ルキア!くっそ、あいつ!」
「大丈夫、息はあります!ですが、衝撃で骨が折れているかもしれません!」
「回復は任せてください!少々時間はかかるかもですが…」
ミナミはルキアの元に急ぎ、回復魔法をかけた。これで一安心…じゃなかった!あいつを倒さねぇと!
「アリス、あいつを楽に倒せる方法はないのか?」
「いや、分からないですが…一つだけ言うならこの世界に不死身の者はいない、とでも言いましょうか。弱点さえ見つけたら多分倒すことは可能ではないかと」
「うーん…五分五分だけど、一つ作戦が思いついた。三人とも、これを持って動き回ってくれ!」
「もう既に動き回ってるけど!?」
俺はそこの商店にあった小麦粉を取り、そこに書かれてた代金を急いで払った。
3人は迫り来る岩の大群を間一髪で交わし、辺りには小麦粉が舞い散る。そうだ、これでいい。 
「ふーん、煙幕のつもりかしら?無駄よ、デタラメに動かしてるだけじゃなかったってことを教えてあげる!」
「な、囲まれてる!?」
「くっ、どうするんだよユウマ!」
「3人とも!」
周りを岩に囲まれ、完全に逃げ場がなくなった。だが大丈夫、拳一つほどの大きさの穴さえひとつあれば。間一髪でリリスはにげられたらしいが、俺たち3人は閉じこめられた。
「十分だな、よしアリス。ノーマル・シールドを張ってくれ!」
「わ、分かりました!」
「何をするつもりなのさ!?」
「みんな、耳塞いでろ!『ファイヤ!』」
「なっ!?」
俺がやろうとしていたこと…それはシンプル、粉塵爆発だ。
ガラガラと音を立てて周りの岩が崩れていく。魔法を覚えておいてよかった、俺は心底そう思った。
「ユウマさん、最高です!一体どんな魔法を使ったんですか!?」
「初級魔法じゃなかったよね!こんなに大規模な爆発を起こすなんて!」
「いや、粉塵爆発って言ってだな…」
二人はあたまに?を浮かべているような顔をしていた。この世界には科学というものはないらしい。いや、失われたと言うべきか。
「お兄ちゃん!流石です!三下さんに粉塵爆発を身をもって教えてあげたんですね!」
「それどこの超能力者ランキング一位だよ…」
「あ、見てください、敵がもうズタズタですよ!」
「ほんとだな、あいつにお灸を据えてや…」
その時だった、目の前に一線の炎が広がった!
慌てて回避したが、あと一秒遅れていれば完全に上手に焼かれていただろう。でも、一体誰が…?
「全く、情けないわねぇ。アーズ、なんてザマなの?」
「あんたら…生きてたのね…」
「あの時、ちゃんと言ってたでしょ?下調べするだけだって」
「マキュリ、ヴィナス!どうしてここに!」
馬鹿な!こいつらは俺たちで倒したはず!何故ここにいる!?
「アーズをあれだけ追い込んだことに賞賛を送る。よくもまぁこんなに弱いくせにここまでやってくれた」
「その痕跡に賞して、私たちの秘密をひとつ教えてあげる。私たち二人は精霊化が出来るの。肉体を捨て、魂だけになるのよ、まぁ十分の一の経験値は落とすことにはなるけどねまぁ、そんなことだから、今度からも楽しませてもらうわよ。さ、帰るわよアーズ」
マキュリがアーズを軽々と抱え、三人ははるか上空に飛び去って行った。
あいつら、絶対にまた倒してみせる!だが、あの時戦った時のあれは本気じゃなかったのか…。本当に俺たちで太刀打ちできるのか?
「おいお前達!無事だったのか!?」
「あ、エリナさん。ルキアさんが重症で、手当はしたのですが…」
「そうか、即刻治療院に届けよう。おいエギル、何をのびておるのだ」
エリナは指先でつつき、ぶっ倒れているエギルを起こそうとしている。
「寝かせてやれよ、こいつだいぶん派手に攻撃を受けてたぞ」
「ふん、情けない。おい、こやつらを治療院まで連れてけ」
エリナが呼びかけると、何人かの騎士がやって来て二人をどこかに連れて行ってしまった。
「にしてもお前達、よくやってくれたな。アーマーヒュドラだけでなくポイズンダゴンや魔王幹部どもまで…感謝しきれないぞ」
「でもあいつら、また精霊化とかして生き返るんだろうな…なぁ、この場合って既に受け取った討伐報酬ってどうなるんだ?」
「別に返金しろとは言われんだろう。何、追い詰めたことには変わりない。それは間違いなくお前達の実力だ。誇っても良いと思うぞ」
ミナミは自慢気にふふんと鼻を鳴らした。いや、ほとんどこの三人が倒してたんだが…。てかこいつもなにもしてないじゃないか!
「ん、今すっごく失礼なこと考えてましたね、お兄ちゃん!」
「え、別に?」
「本当ですか?まぁお兄ちゃんになら酷いこと思われても平気ですけど!」
うわ、こいつないわー。いくら俺の事好いてるとしてもそこまで思われてるとかないわー。せめて少しぐらい自重して欲しい。
「ねぇ、あの二人ってやっぱり…」
「ええ、前もミルクさんから聞きましたが、一線を超えてしまったらしいんですよ!」
「それほんと!?てことはまさか…出来てたり!?」
「お前ら全部聞こえてるからな!」
俺の後ろで元魔王幹部の三人がヒソヒソと喋っていた。
が、正直言って一言一句聞き間違えていない自信がある。なんだよ出来てるって!
『二人とも、末永くお幸せに!』
「おまえら何言ってんの!?」
「お、お兄ちゃん…。これからもよろしくお願いしますね?」
「お前は顔を赤らめるな!誤解される!もう既に誤解されてるけど!」
全く、こいつはどうしてこういう時だけこんなにも可愛げのある反応をするんだ?普段ならばもっと騒ぐはずなのに。
「お二人とも、結婚式はいつ頃に?俺達も参加させてくれよ!」
「あんたらの結婚式なんて興味無いけど…まぁ、少しくらいは参加してあげるわ」
「どうせならこの街でババーンとでっかく開いたらどうだ?」
「お前達、だから誤解だって!真に受けるな!」
俺がそう叫んでいると、どうやら騎士団たちの本隊が戻ってきたようで、いつの間にやら人だかりができていた。
「お、プロポーズか?羨ましいねぇこんなべっぴんさんお嫁に貰えるなんて!」
「にしても若い夫婦だな!きっと末永く幸せになるんだろうさ!」
「なんせ結婚したのがこんなに早いんだからな!間違いない!」
何これ!どんどん人が集まってきてる!?いや、俺達の評判が良くなったのは喜ばしいことだ。
つい先日までなんか軽蔑されてたからな。喜ばしい事なのだが…。
「どうしてこうなったァ!」
俺は再び魂の叫びを上げた!
3
あれからパーティーが開かれた。
アーマーヒュドラ並びにポイズンダゴン討伐、そして魔王軍の撃退。それを祝ってのパーティーだ。
俺は人混みが苦手だから、隅で一人パーティーの様子を眺めていた。
華やかなドレスを着た女性、凛々しい身なりの男性、煌めくシャンデリア。
この城に来た時にも思ったが、やはりどこか別世界に感じる。
まるで俺一人だけ違う空間に切り離されたような、そんな感覚に襲われる。
「お兄ちゃん、食べます?ケーキ、美味しいですよ」
「いや、それ食べかけだろ。いらねーよ、食べてないなら貰ってやってもよかったんだが」
「んー、じゃあはい、これでどうですか?口をつけていない部分です!」
俺はしばし考えた。こいつの事だから、
「実は口をつけてるところでした!間接キッスいただきです!」だとか言いそうだなとか思いつつ、もう既に口まで運ばれたケーキを口に入れた。うん、普通にうまい。
「ふっふっふ、引っかかりましたねお兄ちゃん!実は口をつけてるところでした!間接キッスいただきです!」
「やっぱりか…」
なんかもう一周まわって怒る気にもなれない。まさか一言一句そのままとは…。
「あれ?お兄ちゃん、何故怒らないんです?普段なら怒るのに…ふぇ?」
俺はミナミの頭に手を置くと、優しく撫でた。こいつは俺の事を鬼だとでも言うのか?全く。
まぁいつも怒っているし、たまには優しくしてやってもいいかな。そう思ったゆえの行動だ。
「お、お兄ちゃん!?人前ですよ?」
「普段問題発言ばかりしているお前が言うな。それともやめて欲しいのか?」
「……。」
ミナミはまたもや顔を赤らめ、俯いた。そして、小さく首を横に振った。やば、今ちょっとキュンとした。
「ユウマ、ミナミ、何やってるの?」
「ああミルク、起きたのか…って、これは違う!」
「みんなに言ってくる。おーい、アイリスー」
「違うって、ちょっとこいつを優しくしただけだって!」
そんなことは耳には入らないのか、魔力切れから上がったばかりのシュガーは軽い足取りでかけて行った。
また面倒なことになりそうだな。
「お兄ちゃん…」
「なんだミナミ?」
「あの、えっと…ありがとうございます…」
「別に礼を言う程でもないだろ」
俺がそういうとミナミは「そうですか…」とだけ言った。なんでこいつこんなにしおらしくなってるんだ?
「ミナミ」 
「なん…ですか?」
「えっとさ、ケーキ…その…美味かったから」
ミナミはどうやらいつもの調子を取り戻したらしく、「そうですか?では取ってきます!」と言い残し、バイキングコーナーへと駆けて行った。その時の笑顔は、とてもまぶしいものだった。
「ユウマさん、シュバリエル様から聞いたのですが…」
「なんだよアイリス」
「先程、ミナミさんの頭を撫でくり回していたとか…」 
「撫でくり回してはいない。ただ撫でてはいた」
アリスは「あなた、それ大して変わらないですよ?」とでも言いたげな視線を送ってきた。
「ちょっとくらいは優しくしてあげないとな」
「そうですか。ユウマさんって、案外ミナミさんのこと好きですよね」
「は、はぁ!?」
アリスの突飛な発言に俺は間の抜けた声を上げた。何言ってんのこいつ!?
「いや、確かにだな、俺はあいつを妹としてどうかって言われたらどちらかと言うと好きってことになるかもしれないけれど、別に大して…」
「それを好きって言うんですよ。でも、どうしてそんなに本人に隠してるんです?」
「恥ずかしいんだよ、お前だって好きな人に『好きだ』ってすぐに言えないだろ?」
「それとこれとは別ですよ。だって、あなたは妹さんのことを『女の子として好き』ではなく『妹として好き』なのでしょう?」
返す言葉もない。こいつの言っていることは正論だ。確かに『Like』と『Love』ではかなりの差があるのだ。俺があいつに抱いている感情は、正直に言うと『Love』寄りの『Like』なのだ。
「そう言えば、エルマスとリリスはどうした?一緒じゃないのか?」
「話を反らしますか…、まぁいいです。そのうち吐いてもらいます。あの二人ならほら、あそこですよ」
アリスが指をさした先にはフラフラと千鳥足で立っているリリスに肩を貸しているエルマの姿があった。
「いやぁ、美味かったわねぇ!さすが王都、酒だけは絶品だわぁ!さぁ、まだまだ飲むわよ!次はシャンパンでもどうかしらぁ?」
「ちょっとリリス、もう辞めなよ!一人で立てなくなってるじゃんか!あ、アイリス!手伝ってよ!さっきから飲んでも飲んでもまだ飲もうとするんだよ!笑顔で手を振ってないで、早く一緒に止めてよ!」
「ちょっとエルマス、うっさいわよ!ほら早く足を動かす!」
「ま、待ってよ、だからもうやめに…アイリス!ヘルプ!ヘルプ!」
若干強引にリリスはエルマスを連れて行ってしまった。アリスは相変わらず微笑んで手を振っていただけだった。
「助けに行かなくていいのか?」
「別にいいでしょう。それに、ああなったリリスさんは誰にも止められないですよ。それより、私はまたそこら辺ぶらついてきますよ。それに…」
「それに?」
「新婚さんのお二人の邪魔をしてはいけませんからね、では!」
アリスはそう言うと人混みの中に消えていった。…って!
「俺らは結婚してねぇ!」
俺がそう叫んだ時にはアリスはもういなかった。入れ替わりでミナミが俺の隣で少し驚いた表情を浮かべていた。
「お兄ちゃん、どうかしました?」
「あ、いや、なんでもない」
「そうですか。ほい、お兄ちゃん。新しいケーキですよ!」
「お、サンキューな、うんやっぱり美味い」
ミナミは「えへへ」と照れていた。なぜこいつが照れてるんだ?
「あの、ひとつ失礼なことを尋ねてもいいですか?」
「なんだよかしこまって」
ミナミは先程の雰囲気から一変して真剣な表情をしていた。
こいつがこんな表情を見せるなんて、今まであまりなかったんだが。
「ねぇ、お兄ちゃん。あの時のこと、その…まだ気にしてるんですか?」
「当たり前だろ、そう簡単に忘れられるわけがない」
「そうですよね…、私が知らないだけで、お兄ちゃんは辛い思いしてたんですもんね」
ミナミはそう言うと少し物悲しげな表情を見せた。違うんだ、俺はお前にまだ隠してることがある…。
一つや二つじゃない、何個も…。
…いっその事、全部吐いて楽になろうか。
「なぁミナミ…」 
その時、脳裏にある言葉が過ぎった。
『私、あなたのためならなんでもする、だからほら、私を愛して…?』
鼻を突くような鉄の匂い、無造作に飛び散った赤い塊、何度も響いた湿っぽい音…。全てが悪い夢ならば良かったのに…。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
「…いや、なんでもない」
「そう…ですか?顔色が悪いですよ?」
「なんでもないって言ってんだろ!」
どす黒い感情がまたこの胸の内を満たしていく。
ああ、こんな感じだったな、昔の俺は。少しでも冷静になろうとバルコニーで夜風に当たろうとした。
ミナミはと言うと、さっきの大声でビクっと身体を震わせ、同じくバルコニーに出てこちらを心配そうに眺めていた。 
「お兄ちゃん、どうしたんで…」
「お前にはわからないだろ!何も知らないんだ、何も理解出来てないんだ!俺の事も、あいつのことも…、何も!」
「落ち着いてください、お兄ちゃ…!」
「うるさいうるさいうるさい!お前が知っている俺は全部偽物なんだ!本当の俺を愛してくれる人間なんていないんだ!」
分かっていた、そんなこと分かっていた。だが、叫んでないと心が壊れそうなんだ。
恐らくこれは八つ当たりと言うやつなのだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫です。私がいつまでもそばにいます」
「お前は何も知らない…なのに、一緒にいて心の支えになるとでも思ってるのか!」
「じゃあ、お兄ちゃんが私に見せたあの優しさは偽物ですか?少なくとも、私はお兄ちゃんに救われました。その恩を返したいのです。だから、私はこうやってお兄ちゃんの隣にいます。それに…」
ミナミが俺の手を握る。振り解こうとするが、少し強く握られているようで、解くことは叶わなかった。
「たとえお兄ちゃんがどんなに重い犯罪を犯していても、私はお兄ちゃんの見方ですから」
「え…?」
それは今までずっと誰かに言われたかった言葉。俺はずっと今まで心の底で孤独を感じていた。それを拭い去ってくれる人がいて欲しかった。
俺の犯した罪をひっくるめて俺を愛してくれる人が欲しかった。たったそれだけだったのだ。
「もしもそんなことをしよう物なら、それは許されないことだと思います。でも、償いは出来ます。お兄ちゃんはそれができる人です。だから、私はお兄ちゃんのそばで一緒に償います」
ああ、なんだ、望んでた人はもうすぐ近くにいたじゃないか、今更気がついた。
案外アリスの言っていたことは間違ってなかったのかもしれない。俺はこいつのことを…。
そこまで考えると、何だか急に恥ずかしくなった。
「お兄ちゃん、泣いてるんですか?胸貸しますよ?」
「うっさい、お前のまな板なんか貸してもらったって立て板に水だろ…」
「上手いですね!…って!それってすっごく失礼なことですよね!?」
ミナミは先程までのムードから一変して、今度は騒ぎ出した。
またこいつに救われた。全く、こいつは無意識で人を救えるのか、いい所でもあり悪いところでもあるよな。
「なぁ、今からちょっと抜け出さないか?」
「デートのお誘いですか?」
「そんな感じだ、ほら行くぞ」
「ふぇ?あ、ちょっと強引に引っ張らないでください!」
俺はミナミの腕を掴み、走り出した。体力が少ないことを忘れ、まるで子供のように。
4
アーズによって破壊された建物は魔法によって修復され、街は本来の面影を取り戻した。
俺達は家々の間を駆け抜け、そのうちに少し小高い丘の上へやってきた。
ここは都市部から大分離れていて、子供の遊び場として使われてそうだ。
周りに明るいものが無いせいか、冬の夜の澄んだ星が輝いている。凄い、日本ではこんな綺麗な星空見たこと無かった。
俺達はまだ雪の溶けきらない草の上に寝転がり、満天の星を見上げた。
「お兄ちゃん、凄く綺麗ですね」
「お前の方が綺麗だぞ…」
「ふぇ?お兄ちゃん、今なんて…」
「恥ずかしいんだよ、二回も言わせんな」
今思い返しても、どうしてこんなに恥ずかしいことを口走ったのかわからない。その時、横からミナミが飛びついてきた!
「素直じゃないんですから!ほらほらー、せめて撫でるくらいはしてくれたっていいんですよ?さっきしてくれたじゃないですか!」
「分かった!分かったから起き上がらせろ!暑苦しい!このままだと撫でられないだろ!」
「ほら、こうやってこうすれば…はい、撫でてください!」
「この体制は誤解を招くだろ!」
ミナミは俺の上に覆いかぶさり、上目遣いでこちらを見つめた。うん、あれだ。これはダメなやつだ。
「分かりました、膝枕で我慢します」
「初めからそうしろ、バカ」
「バカじゃないです!今までずっと一人で抱え込んでたお兄ちゃんの方がバカらしいです」
「うっせー」
「ふにゃ!」
俺は体制を変えようとするミナミに向かい、デコピンをかました。ミナミは額を抑え、涙目でこちらを眺めた。
「何するんですか、お兄ちゃん!」
「膝枕してもらうんだから少しは相手を敬え」
「むぅー、お兄ちゃん、その分沢山撫でてもらいますからね」
「ハイハイ、ほら、ここに頭載せろ」
鮮やかで、しなやかな金髪。どうやらきちんと手入れはしているらしい。
髪は女の命って言われるくらいだし、ちゃんと手入れをするのは当たり前なのか?
「そう言えば、明日は一月二十九日、お兄ちゃんの誕生日ですよ!十六歳の誕生日、何かプレゼントを買いに行きましょうか?」
「ああ、確かに明日だったな、覚えてたのか。こういうのって、サプライズが基本なんじゃないのか?」
「デートのついでに、です!」
「もうこれで十分だろうが、それよりももう終わりな」
俺が撫でるのを辞めると、不満そうにミナミはこちらに目で語りかけてきた。「えー?もう終わりー?」とでも言いたげだ。
「あのなぁ、これだけやって貰ってんだから少しでも撫でてもらってるだけ有難く思えよ」
「むぅー、分かりました、今日はこれだけで我慢です!」
「ん、聞き分けのいいのは嫌いじゃない」
ミナミは再び俺の隣で寝転び、夜空を眺めた。すると、嬉しそうに声を上げた。
「あ、流れ星です!お兄ちゃんと一生一緒、お兄ちゃんと一生一緒、お兄ちゃんと一生一緒!どうです、言ってみせました!」
「いや、すごいのはすごいんだが、これって声に出すと叶わないらしいぞ」
「それ初詣のお願いだけじゃないですか!?違うんですか!?」
「さて、どーだろーなー」
俺が適当にはぐらかすと、ミナミは「はぐらかさないでください!」と必死に訴えてきた。
「ま、多分一生一緒にいるんだろうけどな」
「それってパートナーとしてですか!?」
「兄妹としてだ、勘違いすんなよ!」
ミナミは「ふふふ、パートナー、パートナー!」だとか何度も口にしていた。どうやら先程の言葉は聞こえていなかったらしい。
「お兄ちゃん、いつでもプロポーズは待ってますよ!」
「せめて俺が二十歳になるまで待ってろ」
「それって、二十歳になったら私と結婚してもいいってことですか!?」
「その時にはもう俺も違う女に気があるかもな」
ミナミは絶望の表情を浮かべ、「お兄ちゃんに女、お兄ちゃんに女…そんなのダメです…」と何度もくりかえしていた。
「お兄ちゃんに集る虫は露払いである私が排除しないと…」
「怖いよ!あといつからお前は俺の露払いになったんだよ!」
「私を殺人鬼にしたくなければ、私以外の女性にデレデレしないで下さいね?」
「お前の俺への愛が重いぞ…」
怖!これが俗に言うヤンデレってやつか!?これはこれからの友好関係について考え直さないといけないかもな。
「アハハ!なに真に受けてるんですか?冗談ですよ、冗談!」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇよ!?」
「あらあら、随分と盛り上がってるらしいわね」
「あ、黒…て危ねぇ!何すんだよ!」
いきなり頭上に影が刺し、見るとティナが現れた。こいつはいつもスカートだからその…あれが見えてしまったのだ。
風が吹いたこともあり、もうハッキリと。口走ってしまったが最後、おもいっきり踏みつけられそうになり、緊急回避を行う。
「それはこっちのセリフよ!オルガが心配してるからって来てやったのに、人のを覗くなんてとんだ変態野郎ね!」
「不可抗力だろ!?そんなことより、なんでここが分かった?まさか尾行か?」
「そんなこととは何よ!…マイクロマシンにはGPS機能があってね、それをミナミに付けてたら、あんたも一緒にいたってわけ。変態でクソ野郎なあんたがね!」
「あのなぁ、見ただけでえらく酷い言われ用じゃないか」
「そういう所がムカつくって言ってんの!ほら、私の役目は終わったから、もう帰るわよ!せいぜい風邪ひかないように気をつける事ね!」
怒りを顕にしたティナは捨て台詞を吐いて帰って行った。
大分怒らせてしまったかな。まぁ無理もない、女性全員がこいつみたいな性格ではないからな。まぁ、風邪をひかないように忠告してくれたのはありがたいが、おそらく本人に言えば「オルガに迷惑がかかるから!」とか言うんだろうな。
「はぁ、とんだ災難だな、おいミナミ、何黙って…どうかされましたかミナミさん?」
なんだろう夜の闇の中でも分かるこいつから溢れる負のオーラ…!?
まさかさっき俺が変態だのなんだの言われてたから、ティナを殺めようとか思ってんのか!?
「いや、さっきのは俺も悪くてだな!?」
「何訳の分からないこと言ってるんです?」
「じゃあ、なに怒ってんだよ?」
すると、ミナミが俺に淡々と話してきた。
「なにデレデレしてるんですか?さっき言いましたよね?」
「う、嘘なんじゃなかったのか!?」
「私を殺人鬼にしないでくださいね?」
「す…すいませんでしたァ!!」
俺は勢いよく飛び上がり、空中で体を丸め、腹を下にして着地した。
いわゆる土下座と言うやつだ。ていうか、何故俺はこいつに謝ってるんだ!?
「ふ、ぷふふ…アハハ!だから冗談ですって!なんでひっかかるんですか?」 
「へ?演技?」
「はい、だから言ってるじゃないですか!アハハ…ハ…なので、その手刀を叩き込もうとする手を収めて…ふにゃ!」
静まり返った丘の上で、ミナミの断末魔が響く。全く、こいつには演技の才能もあったのかよ…。
「お兄ちゃん…私のは気になりますか?」
「は?そんなの興味ないに決まってんだろ。言っただろ、あれは不可抗力。見たくて見たわけじゃないんだ」
「ちなみに私のは白です!」
「唐突にカミングアウトをするな」
無駄なところで張り合おうとするのな、こいつ。何故こんな所で競争心を燃やす?
「じゃ、そろそろ帰るか、みんな心配してるだろうし、風邪ひいたらいけないからな」 
「はい、そうですね。みなさんが待ってます。明日が楽しみです!」
「デートするかはわかんないけどな」
「なっ、どういう意味ですか!?」
ミナミはまた騒ぎ出した。この騒がしさも、ひっくるめて俺はこいつが好きらしい。
俺達は王城に戻り、そこで別れた。別れのキスとか求めてきたが、丁重に断わっておいた。
風呂に入り、寝室に戻ると三人はもうくつろいでいた。オルガはこちらに歩み寄り、肩にぽんと手を置いてにこりと笑った。
「なんだ?」
「さっきまでお楽しみだったようじゃあないか」
「はぁ!?なに言ってんだよ!」
すると、後ろの二人はまたもやヒソヒソと内緒話をしていた。
が、またもやそれは筒抜けだった。
「ねぇ、やっぱりあの二人できてるんじゃない?だから私の能力も…」
「そうだよね、俺もそう思うよ…」
「あのさ、全部聞こえてるんだけど!?」
二人はニヤニヤと笑みを浮かべながら、オルガと同じように肩を叩き、『お幸せにね』とだけ言った。
「お前ら勘違いをするなよ!?俺はあいつの事を愛している訳ではなくてだな…」
『ハイハイ分かってるって』
「お前ら、絶対信じてないだろ!」
俺は本日何回目かになる魂の叫びを上げた!
6
「ねぇ、本当にそれがゼルス様の命令?人間の子供をさらってこいと?」
「そんなこと、あの方が望まれるのでしょうか?」
「ああ、期間は来年の年明けまでとの事だ。また面倒なことになっているらしい。何も、ウリエルの後継者が闇の者共と行動を共にしているとのことでな」
「なるほど、毒されないうちにこちらで目覚めさせればいいってことね」
「それでも、なんだかやりすぎな気が…」
「ルナ、ルシフィルの時の失敗を忘れたか、あいつのように堕天化するかもしれないのだぞ?」
「で、ですが、ソルトさん。何かおかしい気が…。ラトスさんもそう思いますよね?」
「たしかにちょっとやりすぎかもしれないけれど、そこまでしないと引き剥がせない関係なんじゃない?その闇の者共と」
「そ、そうなのでしょうか?」
「で?誰に向かわせる?ゼルイルでいい?」
「いきなり第一番隊隊長か…、まぁ手っ取り早く終わらせるのなら異論はないが」
「じゃ、決まりね、知らせてくるから教えて、そいつがいる場所」
「イグラットって呼ばれる辺鄙な村だ」
「ちょっと、私の領域で好き勝手暴れないでくださいね!?」
「ハイハイ、分かってるわよ」
「心配です、本当に大丈夫でしょうか?」
「何、あいつもそれほどバカじゃない。大した被害にはならないと思うが…」
「アイシャさんの暗殺の件もまだハッキリしていないのに…、また面倒なことになるんですか?」
「しょうがないだろう、空席は埋めねばならない。なるべく早くな」
「でもどうして一年も機関を儲けたんでしょう?少しでも早く埋めたいのであれば今すぐ連れて来いとでも命令しそうなのですが」
「さてな、あの方の考えは時折わからなくなる時がある。どこでもそうだ、上の者の考えは下の者には分からない、逆もまた然りだ」
「そう簡単に片付けていい問題でしょうか?」
「さてな、だが…この一件、やはりただでは行かないぞ」
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