転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第24話:母なる鎧龍と父なる魚人

 1


 あれから俺達は無数の深きものどもを相手取り、道を開きながらエギルたちの元へ向かった。


 飛行種に乗っているため、エギル達は先に着いているのだ。


「こっちよ、シュガー達が先に向かってるけど、私たちも早く行かないとまずいわよ」


「はぁ…はぁ…ちょ、ちょっと待て…速すぎ…もうちょっとゆっくり行こうぜ…」


「遅いわよ!もう置いていくわ!」


「私はお兄ちゃんと一緒に行きます!」


「そう、気をつけてね、ユウマ、ミナミ!」


 いや、なんか皆に置いてかれたんだけど…。これはあれだ、持久走とかマラソンにて「一緒に走ろう」って言われたのに、結局置いて行かれるあれだ。


「お兄ちゃん、ゆっくり行きましょう。とりあえず…これ、どうします?」


「あ、あいつら、無力な俺をこんなモンスターの巣窟みたいなところに…!」


 すると、またもや上空から何かが落ちてきて泥が飛び散った。そして俺たちの頭上に泥が降り注ぐ。


「お兄ちゃん、これ今日2回目ですよ…?」


「狙ってやってるんじゃないだろうな…で、あんたは何しに来たんだ?」


「いや、何やら深きものどもが群がっている所があったんでな、奇襲を仕掛けようとしたのだが…まさかお前達がいたとはな。にしても打ち解けたものじゃないか、嬉しい限りだ」


 そこに立っていたのは、ギルドマスター、キリエだった。


「う、うるさい…」


「そう照れるんじゃないぞ、少年。友好的に行こう」


「照れてねぇし!って、俺達はエギルの所に急がなければいけないんだ!」


 そう言うと、キリエは少し考えてその後キッパリと言い切った。


「騎士団長殿ならば心配ないだろう。だが…分かった、私も動向しよう。私のスキルは近距離スキルだ。いつかは地上で闘おうと思っていたのだ」


「そうだったんですか、でも他の冒険者さん達はどちらへ?」


「なに、英雄は戦に遅れてくるものだろう?私は少々遅れて戦場に馳せ参じたのだ。恐らく、アイツらはもっと先まで前進しているだろう」


「大層な独自理論をお持ちのようだな、英雄様」


 俺がそう皮肉っぽく言ってみると、キリエは「ハッハッハ!」と笑った。


「な、なんだ!?」


「ユウマ、私はお前が気に入った!私に皮肉を言う冒険者はお前が初めてだ!それゆえ…」


「お、お兄ちゃん、モンスターが!」


 ミナミがそう言った瞬間、真っ赤な閃光が一瞬視界に入る。そして、深きものどもを蹂躙していく。


「汝らの命は、この私ギルドマスター、キリエライト・ニルヴェバランが保証しよう!必ず生きて帰るぞ、お前達!」


 その鮮血が、俺たち三人に深きものどもの鮮血が降り注ぐ。もう嫌だこの仕打ち…。


「もう3度目だぞ!やっぱわざとだろ!」


「何を言うか、こいつらの生き血を浴びねば、殺されていたのはお前らだぞ」


「お兄ちゃん、もう私汚れちゃいました…」


「お前は紛らわしいことを言うな!」


 全く、こいつはいつまでもブレないな、この期に及んでもこれか!


「お前、大変そうだな…」


「慣れつつある自分が怖い…」


 その時、ミナミは森の方向を指さし声を上げた。


「お兄ちゃん、あれ!」


「今度はなん…だ…?」


 俺はそれを見た瞬間、絶句した。


 それは、まるで巨人のような紫色の巨体、そしてまるで陽炎のように波打っている。赤褐色に光る不気味な双眸、だがそれにはもう目以外のパーツは見当たらない…。


「おい、なんなんだよあれ!」


「実際に見たことは無いのだが、あれがポイズンダゴンと言われるものだろう。忌々しいものだな」


 その瞬間、ポイズンダゴンは今まで無かったまるで顔を上下に半分に割いたような大口を開け、雄叫びを挙げた!


『グルォォォォォ!!!』


 森が揺れ、空気が振動した。そしてやがて静まり返り、それは何も動かなくなった。


「な、なんだったんだ今の…」


「て、お兄ちゃんこれって!」


 すると、地面から無数の腕が現れて、そして何かが這い上がってきた!


「深きものどもか!くそ、どこまでもキリがない!」


「お前達、背中は任せたぞ!」


「お前、汝らの命は私が保証しようぞ!とか言ってたじゃないか!」


「お兄ちゃん、キリエさん!次が来ます!」


 俺は剣を構えた。そして、一体の深きものに斬りかかった!


「個々の力はそれほどでもないけどな…ミナミ、支援魔法頼む!」


「はい、分かりました!」


「はぁ…もう嫌になってきたぞ…お前達、少し伏せていろ」


「な、何故?」


 俺がそう聞くと、キリエはいたずらっぽく笑った。何故だろう?なんかすごく不安になってきた!


 キリエの剣が赤く輝くだし、剣を構える。


「少々手荒になるからな!」


「っー!ミナミ、伏せろ!」


「ひゃう!?」


『紅一閃!』


 俺はミナミを多少強引ながらも伏せさせた。すると、真っ赤な閃光が迸り、あたり一帯が血の海となった!


「うぅ…お兄ちゃんが私を押し倒して…」


「違うからな!勘違いするなよ!」


「ツンデレですね!」


 もう嫌だわこいつ…。


「ところで今の魔法、何だったんだ?あんな遠距離攻撃があるなら上空から打った方が良かったんじゃないか?」


「いや、そういう訳にも行かないのだ。さっきの技は、発動者から360度の障害物を切り裂き、モンスターを穿つ。高火力故に自分では制御出来ないのだ。上空から地上に撃てば、殆どは空振るからな。見ろ、切り口が細いだろう?」


 俺は深きものどもの切り口を確認した。確かにそうだ。


「さ、早く行くぞ。恐らく、もう騎士団長達はポイズンダゴンの側まで来ているだろうさ。見てみろ、デカブツが動き出したぞ」


「もう全員倒したのか?また地面からこんにちはしてくるんじゃないだろうな?」


「その時はまた狩ってやるさ」


 そう言うと、キリエは爽やかに笑った。えらく簡単に言ってくれるな、この英雄様は。


 2


 結論から言うと、あれから大量の深きものどもが現れた。が、それらはどうやら俺達…正確にはキリエの敵ではないらしい。


 バッタバッタと敵をなぎ倒していく光景は見ていて爽快だった。


 いや、俺だってただ楽がしたいから傍観してた訳ではなくだな、桁外れなのだ。


 そもそも立っているステージが違うというか…。圧倒的な力の差があるため、俺達が入る余地がないんだ。


 だが、その無双乱舞も長くは続かなかった。


「お前達、気がついたか?」


「ああ、これはなんだ?突然変異ってやつか?」


「こいつはポイズンダゴンの毒を浴びて毒属性が追加されている。深きものどもは環境適用能力に長けていると聞く。さしずめ、深きものども亜種と言ったところか…」


「どこぞのハンティングゲームかよ…」


 深きものども亜種…でいいのか?それの強さは桁違いだった。正直、もう俺たちでは歯が立たない。


「お、あれは主らの仲間ではないか?」


「騎士団の人たちやギルドの人たちもいます!」


「にしても、お前達。よくあの大罪人を仲間に引き入れたな」


「一定期間の契約だよ、あいつは報酬にしか目がないからな」


 その周りには深きものども亜種、あれ?この状況…、アイツら囲まれてないか?


「おーい、お前達!大丈夫か!?」


「ギルドマスター様だ!」


「ギルドマスター様が来てくれたぞ!」


「これで私達は安心ね!」


 全く、キリエの信頼はかなり厚いようだな。騎士団員やギルドメンバーの感嘆の声が上がった。


「ああ、よく追いついたわね」


「お前なぁ…、死にかけた思いして追いついた俺達にお疲れ様のひとつもないのか?」


「生きてるんだから別にいいじゃない」


 こいつ完全に結果主義者だな、まあ俺もなのだが。


「まあまあ、二人とも落ち着いて…。ユウマ、ミナミ、よく無事に追いついたね。お疲れ様」


「本当、案外やるのね、あなた達…」


「ギルドマスターさんが来てくれなかったらここまで来れなかったかもしれません…」


 その通りだ、深きものどもならば何とかなるかもしれないが、亜種ともなれば話は別だ。俺たちでは歯が立たなかった。


 こいつは金属を溶かし、グラトニードレインのように魔力を吸収する。唯一の救いは全ての魔力ではなく、一部の魔法だけなので魔法で倒すことは可能という事だ。


「さて、それじゃあ…これどうする?」


「この状況を切り抜ける方法、それは一つだけ。親玉を倒すしかないわ」


「そうだな、あれを倒さない限り、無限に深きものどもが湧いてくる!」


 と、そんなことはもう分かっているんだが、正直賞賛は持てない。この世界の毒とは、鎧すらも融解する成分もあるらしい。


 キリエは剣に魔法を纏わせることで対処していた。魔法で毒を弾くのだ。


「お前達、騎士団長殿の元へ向かうんだろ?ここは任せろ!」


「ああ、頼む!」


「お兄ちゃん、体力の方は大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、少し休んだら回復した。多分あいつはポイズンダゴンの所にいるだろう。もう近くまで来たからな、急ぐぞ!」


『おお!』


 お、今度は決まったな!俺達はキリエが魔法で切り開いた深きものども亜種の間を駆け抜けた。


 しばらく走ると、もう周りには敵は湧かなくなった。


「なんとか落ち着いたみたいだな」


「でも、休んでいる暇はないようね、親玉のお出ましよ!」


 リリスがそう叫ぶ。本当、近くで見ると益々グロテスクな見た目してるなこいつ。


 すると、体から毒が滴り落ちた。とんでもなく大きな雫が、俺たちの元に落ちてくる!


「うわ…ぁ?」


「マイクロマシン、毒を弾け!」


 上を見ると、まるで傘のように展開したマイクロマシンが回転しながら毒を防いでいた。


 なるほど、毒が侵食する前に弾いてしまおうって考えか。


「あんた、アホすぎるわよ?」


「ティナ、前々から思っていたが口が悪いぞ」


「ねぇオルガ、何故?何故こんなやつの味方をするの?」


「お前、俺たちの仲間だよな?」


「わたしはオルガの見方であって、このあほ面の味方ではないのよ」


 なにそれ哲学!?オルガは俺の見方で、つまりティナも俺の見方で、でもティナは俺の敵だって言ってて…。


「お兄ちゃん?おーい…」


「敵が味方で見方が敵で…」


「大変です!お兄ちゃんが変な呪文を唱え始めました!」


「ティナのせいだぞ」


「私のせい!?」


 って、そんな場合じゃない!ポイズンダゴンは大きく振りかぶり、拳を叩きつける!


「毒だけは防げても力で押されたら破られるわ!みんな避けて!」


『うわぁ!』


 もちろん俺達は避けるなんてことは出来ず、しゃがみこむ!


「はぁ、主ら本当に世話が焼けるな」


 どうやら助かったようだ!そこには騎龍に乗ったエリナの姿があった。


「あのクソロリっ子、何しに来たのかしら?」


「自分も助けて貰った身だろ」


 でも、何故だ?ポイズンダゴンは何故空中で動きを止めているんだ?


「あのクソロリっ子のもうひとつの魔力ね、『王家の固有空間』。あいつが許可したものしか存在できなくして、想像したものを生み出す空間を作り出すのよ。それは今ある物質を別のものに置き換えることも可能。つまり、今のポイズンダゴンの皮膚は恐らくとんでもなく硬い何かに置き換えられたのか…」


「誰がクソロリっ子だ!後で話す必要がありそうだな!…と、今はそれどころじゃないからな、さてユニラ、ルニラ、エギル。出番だぞ」


 すると、何故か体の毒が消滅していった!恐らく毒を存在できないようにしたのだろう。


 てか、益々グロテスクな見た目だな!口が裂けていて、鱗がところどころ剥がれていて…。すると、そこに騎龍に乗って颯爽とエギル達が現れた!


「行くよ、ルニラ!」


「はい、お姉ちゃん!」


『スキル・アップグレード!』


 二人は同時に魔法を唱え、エギルに支援魔法をかける。


 あれは確か、魔法の威力をあげる魔法だったか?


「我が焚べるは女神の力、我が望むは罪滅ぼす光、神剣ブリュンヒルデ、解放!」


 エギルの持っている剣が神々しく、眩い光を放ち始めた!


「ギルティ・デストロイ!」


『グァァァァッ!』


 約十倍程に伸びた光の剣がポイズンダゴンを切り裂く!


 上半身と下半身が真っ二つ、本当にグロい、グロテスクだ。


 いや、アニメとかだと経験値とかになって消えるけど、実際だと血しぶきがすごい。俺なんて初めはコボルトでも躊躇してたのに…。


「さて、次からが本丸だ、張り切って行くよ」


「お前達、あんな大魔法使って平気なのか?」


「何、この程度どうということも無い。妾は常人より多い魔力を持っているからな」


「これはいわゆる神器ってやつのひとつでね、今のはほとんどがこの神器の魔力なんだ。この剣自体が周囲から魔力を吸ってくれるから、見た目ほど魔力消費は激しくないんだよ」


 エギルはそう言いながら剣を鞘に収めた。


「じゃあ、君らも気をつけてね!」


「無事を祈る、そこのクソ悪魔以外はな」


「誰がクソ悪魔ですって!?」


『お姉ちゃん達またね〜』


「ああ、行っちゃった…もうちょっと一緒にいたかったのに…」


 本当、今回は俺たちの出番はないかもな、六人の戦力が強すぎる。


 無論、シュガー達も負けてはないのだが、一人は一回魔法を使うとぶっ倒れ、あとの2人に関してはまだあまり分からない。吸収とコピーだっけ?


「そう言えばあの三人はどこ行ったんだ?」


「順調に行っていたら多分ポイズンダゴンの相手をしていない分、多く進んでいると思うんですけど…」


「そんなこと気にしてる場合じゃないよ、早くアーマーヒュドラを倒さないと!」


「私達が行っても戦力になるかどうか…」


 まぁ、そんなことは気がついていた。というか、もう俺は策士って感じの立ち位置でいいんじゃないのか?なんでこんな最前線で血みどろの戦いをしているんだ?
 まぁ、上手くいく保証はないが…。


「確かにな、小型モンスターならともかく、あんなでかいのじゃ俺の銃も効きもしない」


「いや、お前今まで活躍してたのか?」


「酷いな!お前らが来るまではかなりモンスター倒してたんだぞ!?」


 俺はルキアに向かって疑問の念を加えて視線を送った。


 ティナは俺とまともな会話は出来そうにないし、リリスの場合は自分のことで精一杯だっただろう。


 いや、確かに全員必死だったと思うが…。


「うん、たしかに頑張ってたよ」


「本当にそうなのか?」


「お前、俺の信用度低くないか?」


「俺は経験主義だからな、簡単に人の言うことは信じないさ」


「あんたって本当に人生損してるわよね…」


 何でもかんでも信じ込んで人生狂うよりかはマシだろう。経験は嘘をつかないしな。


「それはそうと、まだ深きものども亜種はいるんですか!?」


「ただ召喚されなくなっただけなら残党が残っているだろ!一気に片付けるぞ!」


「いや、ほとんど私が仕留めることになるんだろうけどね…」


 それもそうだ、今の一番の戦力だからな。必然的にリリスが活躍することになる。それは当然のことなのだ。


「よし、早速お願いするぞリリス!」


「あんた他力本願過ぎて逆に清々しいわね!少しくらいは働いて!」


「はい、援護します!頑張ってください!」


 ミナミはリリスに向かって支援魔法を掛けていた。すると、後ろのティナとルキアの会話が聞こえてきた。


「前から思っていたけど、妹の方が有能ね。プリーストだし、魔法使えるし」


「て、ティナ…確かにそうかもだけど、僕はユウマも頑張って努力していると思うよ?そのうち結構な魔法も使えるようになるって!」


「お前、さっき肯定してたよな?」


「ん?なんの事かな?」


 いや、さっき「確かにそうかもだけど」って言ってたよな?俺は結構記憶力はいい方だ。


「だってさっき…」


「なんの事かな?」


「え、だって」


「なんの事かなぁ?」


「あ、はいなんでもないです」


 やばい、こいつは怒らせちゃダメなやつだな、今後気をつけなくては。一番温厚なやつだと思ったんだけどな。


「あ、見てみんな、また開けてきたよ!そろそろかな?」


「って、またこんなに深きものどもが!みんな、迎え撃つわよ!」


「おーい、お兄ちゃん?なにぼぅっとしてるんですか?」


 ミナミの声などは耳には届かず、俺はただルキアへの恐怖で怯えていた。


 優しいやつほど怒ったら怖いって、こういうことなんだな。


「怖い、ルキア怖い…」


「ん?なんか言った?」


「いや、なんでもないです!さ、バリバリ倒さないとだな!」


 俺は勢いよく駆け出し、深きものども亜種に斬りかかった!


 俺達は激戦奮闘し、一通り狩り終わった。もうこれ以上増えないというそれだけで、俺達の気持ちは軽くなった。


 もうあんなに数多くの敵を相手にしなくて済むんだ!


「さてと、最後は…アイツだな」


「でかいですね、ポイズンダゴンと同じくらいあります…って、こっちに気が付きましたよ!?」


 湖から顔を出しているアーマーヒュドラ、その首の長さだけでポイズンダゴンと同じくらいの背丈がある。


 一つの首がこちらに気が付き、レーザーのようなものを打ってきた!


 ちょ、射程長すぎだろ!?軽く百メートルは離れているぞ!


「まずい、避けられないぞ、リリス!」


「何でもかんでも私を頼りにしないで!防御魔法は苦手なのよ!」


「つまり…?」


「もう無理ぽ…ですね」


「言ってる場合か!」


 俺達が半ば諦めかけていたその時、突如として魔法攻撃が消えた。


 正直、何が起こったのか理解出来なかった。


「え?何が…」


「ふぅ、助かったわ、アリス」


「だからあれほど防御魔法を取得した方がいいって言ったじゃないですか。私がいなければ消し炭ですよ?」


 そこにあったのはアリスの姿だった。やはりというかなんというか、俺たちよりも早くここに来ていたらしい。


「で、戦況は?」


「見ての通り、先程騎士団長さん達が来ましたが、全く効いていないらしいです。前の出撃の際に切り札を使ってしまったのでしょう」


「それはまずいのか?」


「ええ、相当にまずいです。アーマーヒュドラの鱗は、簡単に言えば学習するんです。衝撃を加えるとその衝撃に耐えられるように鱗が強化されるんです」


 それはつまり、切れば切るほど、打てば打つほど硬くなるってことか…。俺はルキアの力で無理やり首をねじ切って貰おうと考えていた。本人もできるかもと言ってたし。それで、騎士団の人たちには言い方が悪いが…囮になってもらおうと考えていたのだが…。


「いや、もう勝ち目ないじゃねぇか!」


「だから唯一の突破口は眠らせてそこからどうにかして倒すことですが、ダメですね。もう元気いっぱいで寝そうもありません」


 だったらどうしたら…、硬くなり、魔術を打ち消す甲羅…。待てよ、甲羅?


「なぁ、中から攻撃すれば…どうなると思う?」


「な、中から!?そんなこと出来るはずがないですよ、噛み潰されて消化されて終わりです」


「いや、そうじゃなくてだな…例えば、腹の中に爆弾をぶち込むとか」


「そんなこと出来るわけが…」


「出来るかも」


 そう呟いたのはティナだった。俺も半分冗談のつもりだった。できないものだと思っていた。だがこいつにはそれが可能だというのか?


「アイリス、あんた起爆のポーション持ってる?」


「な、なんですかそれ?」


「あんたの店に置いてあった空気に触れると爆発するポーションよ」


「それは『即時空気分解爆破ポーション』です、ちゃんと正式名称で言ってください!」


 あれそんな正式名称だったのか。えらく長ったらしい名前なんだな。


 いやでもちょっと待て、エルマがこの前、『起爆ポーション』って呼んでたような…、うん忘れよう、それを話せば確実にあいつがやばい仕打ちを受ける。


「一応ありますけど…これですか?一つだけですけど…」


 あるのか…。割れたら大惨事だぞ?


「ええ、これこれ。みんな、耳を塞いで。マイクロマシン、これをアーマーヒュドラの口の中にぶち込みなさい!」


 アーマーヒュドラも抵抗していたが、マイクロマシンはバラバラと分解したり、密集したりしながら避け、最終的には口まで運ぶことに成功。


 ドゴォォォン!という壮大な爆発音とともに、三本の首を巻き込み、ポーションは大爆発した。


「このままだと再生される!誰か炎魔法!」


「『紅蓮桜華!』」


 巨大な火柱がアーマーヒュドラの体を包み込む!その魔法を放った者の正体はキリエだった!


「おお、お前の言った通りだな、再生が止まったぞ」


「キリエさん、もう終わったんですか?」


「あれから少し経つと、妙に湧く数が少なくなってな、最終的にもう全く来なくなったので馳せ参じてきたという訳だ」


 恐らくそれはポイズンダゴンを倒したからだろう。


 にしても、どこの世界もヒュドラは傷口を焼かれると再生しなくなるらしい。それもそうだ、傷口がやけどで塞がるのだから。


「でも、もう爆発は使えないからな…どうする?魔法も効かない、物理攻撃もほとんど効かない」


「こちらは私たちで気を引いておく!お前達はそのあとの策でも考えていろ!」


 すると、騎士と冒険者達が一斉に魔法を放った。あのレーザーのような攻撃も、騎士達の防御魔法で何とか凌げるようだ。


「もう少し後で使った方が良かったかしら?んー、あ!ものを溶かすポーションか何かない?」


「あれを溶かすポーションだったら容器もとっくに溶けてるだろ…」


 やっぱりあの鱗をどうにかしないとな…。


「なぁ、あの鱗って魔法攻撃しか打ち消さないのか?」


「え?まぁそうですね、多分…」


「物は試し、か。よし、ミナミ」


 俺はミナミに作戦を伝え、騎士たちに知らせるように頼んだ。俺では声が届かないかもだからな。


「みなさん聞いてください!まずは一本です!あいつの首に火炎魔法を当ててください!」


『フレイム・ブラスト!』


 騎士達は、火炎魔法を放つ。奴の首は直接燃えてはいないが、恐らく相当に熱せられているだろう。


「今です!今度は氷結魔法を!」


「ちょっと、あんなので倒せるわけ!」


『エターナル・アイシング!』


「まあ待て、ティナ。お前、こんなことは聞いたことがあるか?物は加熱された状態から一気に冷やされると脆くなるんだ」


 アーマーヒュドラの鱗の破片がバラバラと落ちていく。やった、成功だ!


「鱗が脆く…?あんたってそんなに頭良かったの!?」


「お前、俺の事なんだと思ってんだよ…」


「とんでもなく馬鹿なあほ面銀髪」


「お兄ちゃんはあほ面なんかじゃありません!ハンサム・オブ・ハンサムフェイスです!」


 なんだよハンサム・オブ・ハンサムフェイスって…。まぁ、この知識も某異世界ホームコメディで主人公が義賊になった時、ガラスを割るために使ってた技法なんだけど。まさかここでも使えるとは。


「って、もう再生始めてる!?早く、誰か早くあいつの首を!」


「ウィンド・カッター!」


 俺がそう叫ぶと、アーマーヒュドラの首にかまいたちのようなものが飛んでいき、それが首を切り裂く!


「やるね、ここまで簡単に首が減ってるのを見ると面目が丸つぶれだよ」


「エルマ…ス!」


「いや、ユウマ一瞬やばかったでしょ!今完全に忘れてたよね!?じゃなくて、本当にやばいんだけど!なんかさっきの見てシュ…じゃなくてミルクが『面倒だから誰かアイツ燃やして、私があいつの体全体氷漬けにするから』とか言い出したんだけど!高度な操作は出来ないから…」


「ちょ、それはマジでやばいぞ!周辺被害が半端じゃないって!」


「まぁ、爆発ではもう倒せないけど!ミルクは気づかなかったみたいだけど、あいつには内側にも鎧があったんだ!その鎧が、爆風で強化されてる!」


 結局この案だけになったってことか…。


 すると、後ろからとんとんとアリスが肩を叩いてきた。振り返ると、アリスは満面の笑みだった。


「あ、アイリスさん…?まさか?」


「我が焚べるは外なる力、我が望むは地獄の業火…『ニア・インフェルノ』!」


『やめろォォォォ!』


 俺とエルマが静止するのも聞かず、アリスはとんでもない大魔法を撃ち放った!辺り一面はもう焼け野原、めちゃくちゃだ…。


「エターナル・フィールド!」


 久々に聞いたシュガーの第一声がこれだ。こいつはもう少し頭を使うやつだと思っていたが、こんな脳筋だったのか!?


 案の定、焼け野原は氷に包まれた。


 最後は一本一本リリスが鎌で切っては燃やし、切っては燃やしを繰り返しあとの六本はなくなった。で、もう頭がなくなったアーマーヒュドラは動かなくなった。もうピクリとも。


 そして二人が空から降りてくる。シュガーは魔力切れで騎龍から落っこちて、そこをエルマに救われる形となった。


「お前、もうちょっとで俺たちとんでもない被害蒙ってたからな!」


「結果…オーライ…ガクッ」


「自分で言うな!お前だって死にかけただろう?」


「まあまあ、ほら、結果論で語るんでしょ?みんな無事ならよかったじゃん」


 ルキアがそう明るく言ってくる。それもそうか、今頃後悔したって過去は取り戻せなんだ。


 すると、何やら頭に直接声が流れてきた!


『ユウマさん!ユウマさん!聞こえてますか!?』


「え?その声、メアリーか!?」


『はい、これは私のスキルのひとつ、思念伝達です!それよりも大変なんです!』


 メアリーとナイトには少々留守番を頼んでおいたのだ。今回の件で、騎士団が国外にアーマーヒュドラ討伐に行っている中、王都は言わば無防備の状態。


 そこを魔王軍に襲われてはたまったものでは無い。何かあったら伝書鳩でも飛ばすかと思ったが、まさかこんな魔法が使えるとは…。


「え?お兄ちゃん、メアリーさんがどうかしたんですか?」


「いや、なんか思念伝達とやらで頭の中に直接話しかけてくるんだ」


「あんたついに厨二病こじらせてついに『自分にしか聞こえない声が聞こえる』とか言ってるんじゃないでしょうね」


「違う!なんか大変なことが起きたって…。メアリー、大変なことってなんだ?」


 俺が問いかけると、メアリーはとんでもないことを言い始めた!


『魔王軍の奇襲です!今の王都は火の海です!』


「なんだって!?それはマジか!」


「お、お兄ちゃん、どうしたんですか!?」


 俺の頬を冷や汗が伝い落ちる。まさか、本当に魔王軍が攻めてくるとは…。


「お前達、今すぐ王都に引き返すぞ!」
  
「な、なんですかいきなり!?」


「理由はあと!早く行くぞ!」


「一体何なのよ、答えなさいよ!」


 ティナが走り出そうとする俺の手を握ってきた。くそ、そんな暇もないのに!


「王都が今魔王軍に襲われてる!早く駆けつけないと多くの死者が出る!いや、もう出ているかもしれないんだ!」


『な、何!?』


 皆は声を大にして驚いていた。すると、ティナがまたもや俺に掴みかかって来た!


「あんた、なんで早く行かないのよ!」


「お前が止めたんだろ!早く行くぞ!」


『今は何とか騎士団長さん達が食い止めてるので大丈夫ですが、ここが落とされるのも時間の問題です!皆さんはこちらには来るのですか?』


「当たり前だろ、もう向かってる!」


 俺がそういうと、メアリーは少し安心したように『やはりそう言うだろうと思いました』と口にした。


『でも、気をつけてくださいね、かなり大勢のモンスターが周りにはいますから!』


「ああ、お前も気をつけろよ!」


「…どう言ってましたか?」


「今のところはエギル達がいるから大丈夫ってさ。大方火の手が上がってるのを見て引き返したんだろう」


 すると、アリスがおもむろに口笛を吹いた。それに反応するように空から三体のドラゴンが降りてきた。


「私達は先に向かっていますから、あとから追いついてくださいね!」


「おーいミルク、行くよ」


「う、うん…」


「あんたらもせいぜい気をつけなさいよ」


 そういうと、四人は騎龍に跨り王都に向かって飛んで行った。


「それじゃ、俺達も行くか」


「はい、お兄ちゃん!」


 ん?今考えると、ここから騎龍置いてきたところまで走らないといけないのか?


「なぁ、もうちょっとペースを落として…」


「ユウマ、遅いぞ!もっとペース上げろ!」


「この引きこもり!もっと体力つけなさい!」


「ひどい言いようだね!?」


 うぅ、機械のこいつらはきっと体力という概念すらないんだろう。


 燃費もいいんだろうな、このスピードも本気じゃないんだよな、羨ましい。


「お兄ちゃん、頑張ってください!このままでは王都が敵の手に落ちてしまいます!」


「お前までもか!?」


 全く、もうやるしかないのか!?俺は、一日後に全身筋肉痛になる覚悟をした。


 4


 あれから何事もなく…いや、俺の全身が悲鳴をあげていたが、こいつらから見たら何事もなく、騎龍の所までたどり着くことが出来た。


「はぁ、はぁ…やっと着いた…」


「お兄ちゃん、お疲れ様です。なでなでしてあげましょうか?」


「あんたらは何いちゃついてるのよ、そんなことしてる状況じゃないでしょ?」


「俺は…別に…いちゃつい…てねぇ…!」


 やばい、俺ろくに話すことも出来ないじゃないか、かなりやばいな…。


「私たち先に行ってるわよ!」


「後でついてこいよ!」


「ゆっくりでいいからね、二人とも!」 


 この状況でゆっくりしては行けないことは分かっている、分かっているのだが体が言う事を聞かず、その場に座り込む。


「疲れた…」


「お兄ちゃん、大丈夫ですか?なでなでよりもハグの方がいいですか?それとも…」


 ミナミはそう言いながら身につけたローブをおもむろに脱ぎ始めた!


「もっと過激なものをご所望ですか?」


「お前はこの状況で何を言ってるんだ!」


「ふふ、お兄ちゃんが元気になりました!」


「うるさい、早く行くぞ!」


 何故かこいつの馬鹿な発言を聞いていると、無性にどこからか力が湧いてきた!こいつに手刀を叩き込みたいからか?


 とにかく今はナリヘルンに向かうのが先だ!


「おい、ミナミ、早くしろよ」


「はい、分かりました!いきましょう!」


 俺達は少々遅れを取りながらも、王都に向かって走り出した!


 走り出してからしばらく、森を抜け、王都が見えたあたりからだ。


 俺達は異常に気がついた。何やらここからも見えるくらいに巨大な岩のオブジェのようなものが数個あったのだ。


「なんでしょう、あれ?」


「ここからじゃあんまり分からないな…ていうか、それよりもモンスターだろ!?数が多すぎる!」


 まるで土でできたような見た目、その形はゴブリン、コボルト、その他もろもろ。なんだあれ?


「あ、あれはルキアさん達です!」


「ああ、あんたら案外早かったわね、もっとかかると思ってたけど」


「こいつら、倒しても復活してくる!どうするの?これってもしかして、ゴーレム!?」


「ゴーレム?それって厄介なのか?」


 よくゲームとかで出てくるが、強さで言うとそれほどでもない気がする。ゲーム作品にもよるが。


「ゴーレムは、言わば人形。決まった形は存在しなくて、術者を倒さないとそれは永遠に存在し続ける。だから門番なんかに使われることが多いんだ!」


「マジかよ、厄介じゃないか!」


「とにかく、術者を倒さないといけないのなら、どうします?見たところ、倒してから復活までタイムラグはあるようですが…」


「そこを突いていくしかないな…。でも、こんな大勢、全員倒せるのか?次々復活してくるんだぜ?」


 すると、ルキアがおもむろに前に歩き出した。何やってんだ、殺されるぞ!


「る、ルキアさん!?何をやって…」


「鬼人化解放…」


「何言って…うわぁ!?」


 突然ルキアの周囲を熱風が包み込む。そして、ルキアが地面を蹴ると、何故か地面がえぐれ、すごい勢いでゴーレム共に特攻して行った!


「アハハハハハ!楽しいなぁ!楽しいなぁ!でもあんたら血が飛び散らないからなぁ!残念だなぁ!」


 ルキアはまるで狂ったように何度も何度もゴーレム共に切りかかっていた!


「ルキア!?何があった!?」


「お兄ちゃん、あれ!ルキアさんの額を見てください!」


「あれって…角?」


 あれが鬼の本性ってやつなのか!?あいつが鬼であることを隠していた理由を、今ようやく真の意味で理解した。


「もっと!もっと!楽しませろよ!血眼になって!命懸けで!かかってこいよ!もっと俺を楽しませてくれよ!」


「ルキア!後ろ!」


「あ?」 


 その時、ルキアの後ろに小さなゴーレム達とは比べ物にならないくらいのでかさのゴーレムが現れた!それも五体も!


「ふーん、少しは楽しめそうじゃねぇか!」


 ルキアはその一体に切りかかった!

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