転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第18話:天空戦線と魔王幹部
1
朝目を覚ますと、何故かすぐ隣から寝息が聞こえた。大体の察しはついていた。すぐ隣を見てみると…。
案の定、そこではミナミが寝ていた。
その次の瞬間、ミナミの目が開いた。虚ろな目で、俺の顔を眺めた。
「ふにゃぁ、お兄ちゃん、おはようございます…。昨日はよく眠れましたか?」
「おう、おかげで朝からお前の頭に手刀を叩き込む元気が湧いてきたよ…!」
俺は寝起きであまり頭が働いていないミナミの頭に、手刀を叩き込んだ。
「ちょ、やめ!ふにゃーー!」
ミナミの叫び声が部屋中に響わたり、それは部屋の外まで聞こえていたようで、バタバタと足跡が聞こえてきた。
そして、ドアが開け放たれる。
「ど、どうしたの、ミナミ?何かあっ…た…」
入ってきたのはルキアとシュガー、そしてメアリーだった。
「お、お二人共、何をしてるんですか?」
「お兄ちゃんが私のことを痛くしたんです!優しくしてって言ったのに…」
何言ってんのこいつ!?誤解を招く言い方しやがって!俺の信頼度がどんどん下がっていく。
「うん、一線超えちゃった?」
「はい、越えちゃいました!もうこれで一心同体です!ってふにゃぁ!」
再びミナミの脳天に手刀を叩き込む。
「紛らわしいことを言うな!」
俺は一からルキア達に説明した。すると、案外こいつらは直ぐに信じてくれた。
「なんだ、ミナミの嘘だったのか。僕てっきり二人がいかがわしい行為をしてるのかと思ったよ」
「うん、勘違いしてた」
「す、すいません。私もてっきり勘違いを…」
「まぁいいさ、俺の誤解が解けたみたいだし、昨日のこともな」
そう言うと、俺達はミナミに視線を集めた。
そう、昨日俺が集められたあの冷たい視線である。
「お兄ちゃん、ちょっと調子に乗ってしまったかなと思ってまして…その、許してくれませんか?」
「どうしようか、みんな?」
「僕としては嘘をつくのはかなり悪い事だと思うけど…?」
「うん、私もそう思いますよ」
お、こいつら味方になればかなり心強いかも?
「シュ、シュガーちゃんは私の味方ですよね?」
「私は、正直な人の味方」
「うわぁぁん、許してくださーい!」
シュガーの場合、本人がかなり嘘ついている気がするけど、今はあまり気にしないでいよう。
「あ、そう言えば朝食が出来たから呼びに来たんだよ」
「うん、食べに行く」
「んじゃ行くか」
「はい、美味しそうでしたよ!」
すると、恐る恐るミナミが訪ねてきた。
「えっと、私は…」
「嘘つきにやる食事はないだろ」
「許してくださいよー!」
その次の瞬間、はるか頭上からドゴンッ!という大きな音と高らかなサイレンが鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
またもや、騒がしい足音が聞こえてきた。
「みんな、侵入者!危ないから隠れてて!」
「そういうのって、パニックになるから適当な事言って誤魔化すんじゃないのか」
「呑気な事言ってないで、早く!」
そうティナが叫んだ。正直な話、旅先まで厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。これも人形の力なのか?
というわけで、俺はここで大人しくする。行ったところで、足でまといにしかならないだろう。が、何やらルキアがとんでもないことを言い出した。
「そんなこと出来ないよ。僕達は冒険者、敵を前にして逃げる訳には行かないんだ、前のシュガーの言葉で目が覚めた」
いや、よくある王道RPGには逃げるコマンドは必ずと言っていいほど着いてるんだが。
「ここで逃げたら、元魔王の名が廃る」
「わ、私も微力ながらサポートさせてもらいます!」
あ、あれ?これまさか、かなりやばい雰囲気なんじゃない?
「お兄ちゃん、行きますよね?」
「ああ、分かったよ!行ってやるよ!どうなっても知らないからな!?」
ああ、我が人生。もう既に死んでるけど二度目もこんな若さで亡くなりかけることとなるとは…。
俺は死を覚悟して、上の階層へ重い足取りで向かった。
2
俺達は最上層へ来た。ちなみに、ここは二百階まであるらしい。
今まで居たのが五階、そしてここまで一瞬で着いたこともあって、かなり科学技術が発展していたんだろう。
「着いた!って、なんだこれ!?」
そこには、天井にぽっかり空いた大きな穴、そしてそれは床を突きぬけ、遥か下層まで続いていた。
もう少しで五階まで届いていたのかもしれない。そして、そこにはオルガとアリス、エルマの姿があった。三人はどうやら穴を覗いているようだ。
「お前らまで来たの…」
「『まで』とはなんだ…。で、状況はどうなってんだ?」
そう言うと、アリスがいつになく真剣な顔で答えた。
「どうもこうもありませんよ。目視で確認しようとしてもほとんど遠くて見えませんし、オルガさんは視覚が人間の数十倍まで上げることが出来るらしいんですが、それを使っても砂埃が邪魔で見ることは出来ないそうです」
「無駄に手を出すのもどうかと思ったしね。様子見だよ様子見」
それもそうだろう。ライオンの檻に飛び込むようなものだ。そんなことをするやつはいない。
「てか、あれ人なのか?なんで人ってわかったんだ?」
「私、見ちゃったのよ。廊下を歩いているとすごい勢いで人っぽいモノが、天井を破ってそのまま床を突破っていくのを」
「いや、それ先に言ってよ…って、うわぁ!」
「な、なんですかこれ!?」
その瞬間、ものすごい勢いで何かが下から飛んできた。それは風をまとい、やがて空中で静止した。
「か、風?空気の塊でしょうか?」
そう言ってミナミは指をそれに近づけた。
「やめろミナミ!それに触れるな!」
「『バインド』!」
空気の塊は凄まじい量のかまいたちのようなものを周囲にまき散らした。空気が肉をえぐりそうな程強力な風だ。
何とかミナミはエルマのバインドにより、体を多少強引に引っ張られたが命に別状はないらしい。
「やっと出会えた。今一番魔王様の計画に邪魔なのはあなた達」
「パーティに入りたいギルドメンバー…ってわけじゃなさそうだな。何者だお前」
そう言うと、その風を纏っていた少女は地面に着地した。
「別に、あなた達はどの道私に殺されるだろうし、名乗るほどのものでもないだろうけど、一様しておく。私の名は『八黒星』のヴィナス。冥土の見上げに教えてあげる…」
「『ギガフレア』!」
ヴィナスと名乗る魔王軍幹部の少女に、アリスが魔法を放つ。不意打ち際に決まった…と思ったのだが。
「卑怯な手を使っても攻撃が効かない。どう、恐ろしい?」
魔法は、ヴィナスのすぐ側で消えた。まるで薄くて丈夫な壁がはられているように。
「『機械たち、攻撃しなさい』!」
「シンニュウシャ、ハイジョ」
ティナが叫ぶと、機械達がどこからともなく現れ、ヴィナスに機関銃のようなものを打ち付け、蜂の巣にした…。
が、やはりヴィナスには効かなかった。
「無駄、私の守りは絶対に破れない」
言うならば天衣無縫。天女の羽衣は薄いが綻びはない、それと同様だ。
あいつの守りは薄いが、抜け目はない。薄いゆえ、次の攻撃に転じやすい。ヴィナスが纏っているのはそれだ。
「さて、次はこっちから。『ウィンド・グングニル』」
空気を押し固め、それを槍のようにして貫通力を高め、一気に解き放つ。
俺にはそう見えた。まるでスローモーションのように、全員が後方へ吹っ飛ぶ…かに思えた。
なんと、俺達は普通に立っていた。それどころか、痛みひとつなかった。
が、周りの機械達ははるか後方に吹き飛ばされていた。
「全く、自分ばっかり特別な技があると思いやがって…でも、解読するのに苦労したよ。皆、時間稼ぎご苦労さま」
「そ、そんな…その技は!」
俺たちの周りを、薄い空気の膜が包む。今まで無表情だったヴィナスの顔が、焦りに変わった。
「俺とお前、前にやり合ったでしょ。もう忘れたのか?全く、年寄りは大変だね。ボケてんの?」
「お前はエルマ!何度も何度も私の邪魔を!」
その表情は、焦りから怒りに変わった。ごうごうと周りの空気が音をあげ、壁や床を傷つける。
「おうおう、怒ってる怒ってる。だが、それじゃ足りない。お前の魔法は俺が見切った」
「『見切った』ってなんだ、シュガー?」
そう聞くと、シュガーは演唱のようなものを唱えていた。代わりに、アリスが答えた。
「エルマさんの能力です。私の『グラトニー・ドレイン』と同じように持ってるんです、エルマさんも。それが『嫉妬なる略奪』。名の通り、相手の容姿、魔法、その他全てを分析することで、変身、使うことが出来るんです」
「ならなんで今まで使わなかったんだ?」
「恐らく、かなり入り組んだ術式だったのでしょう。その分、分析することが遅れたんだと思います」
なるほど、そういうことか。
「ぐぅっ!でも、私と同じ魔法では、私には勝てない!あなたが魔力切れを起こせば、それで終わり!」
「確かに。だがね、お前と俺の決定的な違いを教えてあげるよ」
「決定的な…違い?」
「それは…」
すると、シュガーは演唱を終えた。
「頼れる仲間がいることだよ」
「『ウィンド・バースト』!」
エルマの魔法でヴィナスの空気の壁を調和し、シュガーの魔法を叩き込む。
ノーガードの状態で、まともに大魔法をぶち込まれたヴィナスは、一溜りではなかった。 
天井に大穴を開け、そのままはるか上空に吹き飛ぶ。
「こ、こんなはずではァ!く…元魔王…幹部…ごとき…がァ…!」
どんどん断末魔が小さくなって、やがて聞こえなくなる。
「終わったし飯にしよう、腹が減ったし」
そう言うと、エルマはだるそうにエレベーターに歩き出した。が、再び警告音が鳴り響いた。
『ケイコク、ケイコク。アンゼンソウチダウン。コレイジョウノヒコウハフカノウ。ノリクミインハソクザニヒナンシテクダサイ。ソウテイ、チジョウマデアトジュップン』 
「こ、今度はなんだ!?安全装置ダウン!?これ、落ちるのか?」
「コントロール室は百階、そこに穴が空いてなんかが引火して、それで壊れちまったんだろう。とにかく急ぐぞ!」
「ちょっと、二泊三日なんだけど!?」
「そんなのどうでもいいですよ!それより脱出手段です!」
そう言うと、オルガが呼び止めた。
「ちょっと待て!研究室の荷物、移動させられないか?ここから出るんなら、それだけでも…」
「分かった。それなら俺に任せて」
エルマとオルガはどこかへ走っていった。
「私がみんなをこの前乗ってきたって思われる絨毯のところまで連れてくから、後で追いつきなさいよ!」
俺達は階段をダッシュで駆け下りた! 
3
俺達は一階まで、電機供給が止まっているので階段で行った。
さっきのアナウンスは非常電源だったらしく、直ぐに切れたとのことだった。
てか、さすがに二百階から一階まで階段ダッシュというのは、体に来るぞ。
そして俺達はたどり着いた、もうクタクタだ。ルキアはシュガーを背負ってやってきたらしいが、こいつの体力はバケモノかよ。
少々遅れてオルガとエルマがやってきた。これで八人…正確には九名だが、全員揃った。一様十名以内だし、セーフだろう。ところで…。
「これ、どうやって飛ばすんだ?」
しんと周りが静まり返る。
「僕知らないよ!?ミナミ、分かるよね?」
「いや、その根拠どこから来たんですか!?他の人に当たってください!メアリーさんとか!」
「分かりませんよ!こういうのは専門家に聞いてください!例えばアリスさんとか!」
「えーっと、エルマさん、パス!」
「俺!?えっと…『我が名の元に飛翔せよ、絨毯!そして我らを約束の地へ導きたまえ!』」
再び、静寂が俺たちを包む。当然、絨毯はピクリとも動かない。
「ふざけてるんですか?」
「いや、アリス!ふざけてないから、断じてふざけてないから!だから拳固めないで!」
「飛べ」
アリスが拳を固めていると、シュガーがそう口にした。その瞬間、絨毯は中に浮かんだ。
『うぉぉ!』
やったぞ!これで救われた!ここからはオート操縦なので、心配はないだろう。
「ありがとうシュガー!なんでわかったんだ?」
「その、目が覚めたら皆が絨毯の飛ばし方知らないって言うから、何となく適当に言ったら、当たってた」
ミナミはシュガーに飛びつき、そして頭を撫でくりまわした。
「ありがとう、ありがとうございますシュガーちゃん!」
「ミナミ、私、今は魔力ちょっとしかないから、あんまり力入らない。落ちちゃう」
「す、すいません!」
それからはなんの問題もなく、問題といえばアリスがエルマの魔力を吸い取り、エルマが気を失っていたことだ。そのあとなんかめっちゃ拘束されてた。
4
そして、俺達は何とかイグラットまでたどり着いた。
「お帰りなさいませ。一日早いご帰宅ですね。あと、お二人増えたような気がするのですが、どうかされたんですか?」
「あ、あまり気にしないでください。あと、これを見て頂きたいのですが…」
そう言うと、ミナミはギルドカードを取り出し、討伐一覧を見せた。トドメを刺したのはシュガーだが、そのパーティ全員の討伐記録が表示されるらしい。
「えっ!?あのヴィナスを倒したのですか?」
「はい、恥ずかしながら、そういうことです」
そう言うと、ギルド職員は驚いた表情を隠しきれないでいて、それはやがて笑顔に変わった。
「おめでとうございます!賞金の七十万ルナです!お受け取りください!」
そう言うと、奥から金貨袋を盆に置いたギルド職員が歩いてきた。そして、それをミナミが受け取る。
『うぉぉぉぉぉ!!!』
ギルド中から完成が沸き上がった。アヴァロンからここまで帰ってくるまでに夜になり、飯時だったせいかかなりの人が集まっていた。
そして、それと同時に嫌な予感がしたが、もう手遅れだった。
「皆さん、じゃんじゃん頼んでくだしゃーい、お金は山ほどあるんですかりゃー!」
てか、酔い回るの早くないか?ちゃっかり、エルマとアリス、シュガーまでテーブルについてるし…。
「ぷはぁ!上手い!上手いなこの酒!お代わり!」
「エルマしゃぁん、うりゅしゃいでしゅ!ちゃんとしじゅかにのんでくだしゃい!」
「いや、呂律回ってないよ!ウケるな!あっはっはっは!」
「二人とも、うりゅしゃい!おしゃけがまじゅくなる!」
なんだ、エルマのやつなんか大分性格変わってるけど…。
「ねぇ、あれほんとにいいの?」
「いや、ダメだ、もう何言っても無駄みたいだ」
「ほんとです、どうしようもないですね…」
「ど、どうするの、ユウマ?」
「とりあえずぶっ叩いたらいいのか?」
いや、それやってもダメだろう。前に何度か試して見たが、全く覚めなかった。
ああ、またもやこの展開、稼いだ金の半分が吹き飛んでいく。
翌日、金貨袋を覗いて見たら、五十万ルナしかなかった。
朝目を覚ますと、何故かすぐ隣から寝息が聞こえた。大体の察しはついていた。すぐ隣を見てみると…。
案の定、そこではミナミが寝ていた。
その次の瞬間、ミナミの目が開いた。虚ろな目で、俺の顔を眺めた。
「ふにゃぁ、お兄ちゃん、おはようございます…。昨日はよく眠れましたか?」
「おう、おかげで朝からお前の頭に手刀を叩き込む元気が湧いてきたよ…!」
俺は寝起きであまり頭が働いていないミナミの頭に、手刀を叩き込んだ。
「ちょ、やめ!ふにゃーー!」
ミナミの叫び声が部屋中に響わたり、それは部屋の外まで聞こえていたようで、バタバタと足跡が聞こえてきた。
そして、ドアが開け放たれる。
「ど、どうしたの、ミナミ?何かあっ…た…」
入ってきたのはルキアとシュガー、そしてメアリーだった。
「お、お二人共、何をしてるんですか?」
「お兄ちゃんが私のことを痛くしたんです!優しくしてって言ったのに…」
何言ってんのこいつ!?誤解を招く言い方しやがって!俺の信頼度がどんどん下がっていく。
「うん、一線超えちゃった?」
「はい、越えちゃいました!もうこれで一心同体です!ってふにゃぁ!」
再びミナミの脳天に手刀を叩き込む。
「紛らわしいことを言うな!」
俺は一からルキア達に説明した。すると、案外こいつらは直ぐに信じてくれた。
「なんだ、ミナミの嘘だったのか。僕てっきり二人がいかがわしい行為をしてるのかと思ったよ」
「うん、勘違いしてた」
「す、すいません。私もてっきり勘違いを…」
「まぁいいさ、俺の誤解が解けたみたいだし、昨日のこともな」
そう言うと、俺達はミナミに視線を集めた。
そう、昨日俺が集められたあの冷たい視線である。
「お兄ちゃん、ちょっと調子に乗ってしまったかなと思ってまして…その、許してくれませんか?」
「どうしようか、みんな?」
「僕としては嘘をつくのはかなり悪い事だと思うけど…?」
「うん、私もそう思いますよ」
お、こいつら味方になればかなり心強いかも?
「シュ、シュガーちゃんは私の味方ですよね?」
「私は、正直な人の味方」
「うわぁぁん、許してくださーい!」
シュガーの場合、本人がかなり嘘ついている気がするけど、今はあまり気にしないでいよう。
「あ、そう言えば朝食が出来たから呼びに来たんだよ」
「うん、食べに行く」
「んじゃ行くか」
「はい、美味しそうでしたよ!」
すると、恐る恐るミナミが訪ねてきた。
「えっと、私は…」
「嘘つきにやる食事はないだろ」
「許してくださいよー!」
その次の瞬間、はるか頭上からドゴンッ!という大きな音と高らかなサイレンが鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
またもや、騒がしい足音が聞こえてきた。
「みんな、侵入者!危ないから隠れてて!」
「そういうのって、パニックになるから適当な事言って誤魔化すんじゃないのか」
「呑気な事言ってないで、早く!」
そうティナが叫んだ。正直な話、旅先まで厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。これも人形の力なのか?
というわけで、俺はここで大人しくする。行ったところで、足でまといにしかならないだろう。が、何やらルキアがとんでもないことを言い出した。
「そんなこと出来ないよ。僕達は冒険者、敵を前にして逃げる訳には行かないんだ、前のシュガーの言葉で目が覚めた」
いや、よくある王道RPGには逃げるコマンドは必ずと言っていいほど着いてるんだが。
「ここで逃げたら、元魔王の名が廃る」
「わ、私も微力ながらサポートさせてもらいます!」
あ、あれ?これまさか、かなりやばい雰囲気なんじゃない?
「お兄ちゃん、行きますよね?」
「ああ、分かったよ!行ってやるよ!どうなっても知らないからな!?」
ああ、我が人生。もう既に死んでるけど二度目もこんな若さで亡くなりかけることとなるとは…。
俺は死を覚悟して、上の階層へ重い足取りで向かった。
2
俺達は最上層へ来た。ちなみに、ここは二百階まであるらしい。
今まで居たのが五階、そしてここまで一瞬で着いたこともあって、かなり科学技術が発展していたんだろう。
「着いた!って、なんだこれ!?」
そこには、天井にぽっかり空いた大きな穴、そしてそれは床を突きぬけ、遥か下層まで続いていた。
もう少しで五階まで届いていたのかもしれない。そして、そこにはオルガとアリス、エルマの姿があった。三人はどうやら穴を覗いているようだ。
「お前らまで来たの…」
「『まで』とはなんだ…。で、状況はどうなってんだ?」
そう言うと、アリスがいつになく真剣な顔で答えた。
「どうもこうもありませんよ。目視で確認しようとしてもほとんど遠くて見えませんし、オルガさんは視覚が人間の数十倍まで上げることが出来るらしいんですが、それを使っても砂埃が邪魔で見ることは出来ないそうです」
「無駄に手を出すのもどうかと思ったしね。様子見だよ様子見」
それもそうだろう。ライオンの檻に飛び込むようなものだ。そんなことをするやつはいない。
「てか、あれ人なのか?なんで人ってわかったんだ?」
「私、見ちゃったのよ。廊下を歩いているとすごい勢いで人っぽいモノが、天井を破ってそのまま床を突破っていくのを」
「いや、それ先に言ってよ…って、うわぁ!」
「な、なんですかこれ!?」
その瞬間、ものすごい勢いで何かが下から飛んできた。それは風をまとい、やがて空中で静止した。
「か、風?空気の塊でしょうか?」
そう言ってミナミは指をそれに近づけた。
「やめろミナミ!それに触れるな!」
「『バインド』!」
空気の塊は凄まじい量のかまいたちのようなものを周囲にまき散らした。空気が肉をえぐりそうな程強力な風だ。
何とかミナミはエルマのバインドにより、体を多少強引に引っ張られたが命に別状はないらしい。
「やっと出会えた。今一番魔王様の計画に邪魔なのはあなた達」
「パーティに入りたいギルドメンバー…ってわけじゃなさそうだな。何者だお前」
そう言うと、その風を纏っていた少女は地面に着地した。
「別に、あなた達はどの道私に殺されるだろうし、名乗るほどのものでもないだろうけど、一様しておく。私の名は『八黒星』のヴィナス。冥土の見上げに教えてあげる…」
「『ギガフレア』!」
ヴィナスと名乗る魔王軍幹部の少女に、アリスが魔法を放つ。不意打ち際に決まった…と思ったのだが。
「卑怯な手を使っても攻撃が効かない。どう、恐ろしい?」
魔法は、ヴィナスのすぐ側で消えた。まるで薄くて丈夫な壁がはられているように。
「『機械たち、攻撃しなさい』!」
「シンニュウシャ、ハイジョ」
ティナが叫ぶと、機械達がどこからともなく現れ、ヴィナスに機関銃のようなものを打ち付け、蜂の巣にした…。
が、やはりヴィナスには効かなかった。
「無駄、私の守りは絶対に破れない」
言うならば天衣無縫。天女の羽衣は薄いが綻びはない、それと同様だ。
あいつの守りは薄いが、抜け目はない。薄いゆえ、次の攻撃に転じやすい。ヴィナスが纏っているのはそれだ。
「さて、次はこっちから。『ウィンド・グングニル』」
空気を押し固め、それを槍のようにして貫通力を高め、一気に解き放つ。
俺にはそう見えた。まるでスローモーションのように、全員が後方へ吹っ飛ぶ…かに思えた。
なんと、俺達は普通に立っていた。それどころか、痛みひとつなかった。
が、周りの機械達ははるか後方に吹き飛ばされていた。
「全く、自分ばっかり特別な技があると思いやがって…でも、解読するのに苦労したよ。皆、時間稼ぎご苦労さま」
「そ、そんな…その技は!」
俺たちの周りを、薄い空気の膜が包む。今まで無表情だったヴィナスの顔が、焦りに変わった。
「俺とお前、前にやり合ったでしょ。もう忘れたのか?全く、年寄りは大変だね。ボケてんの?」
「お前はエルマ!何度も何度も私の邪魔を!」
その表情は、焦りから怒りに変わった。ごうごうと周りの空気が音をあげ、壁や床を傷つける。
「おうおう、怒ってる怒ってる。だが、それじゃ足りない。お前の魔法は俺が見切った」
「『見切った』ってなんだ、シュガー?」
そう聞くと、シュガーは演唱のようなものを唱えていた。代わりに、アリスが答えた。
「エルマさんの能力です。私の『グラトニー・ドレイン』と同じように持ってるんです、エルマさんも。それが『嫉妬なる略奪』。名の通り、相手の容姿、魔法、その他全てを分析することで、変身、使うことが出来るんです」
「ならなんで今まで使わなかったんだ?」
「恐らく、かなり入り組んだ術式だったのでしょう。その分、分析することが遅れたんだと思います」
なるほど、そういうことか。
「ぐぅっ!でも、私と同じ魔法では、私には勝てない!あなたが魔力切れを起こせば、それで終わり!」
「確かに。だがね、お前と俺の決定的な違いを教えてあげるよ」
「決定的な…違い?」
「それは…」
すると、シュガーは演唱を終えた。
「頼れる仲間がいることだよ」
「『ウィンド・バースト』!」
エルマの魔法でヴィナスの空気の壁を調和し、シュガーの魔法を叩き込む。
ノーガードの状態で、まともに大魔法をぶち込まれたヴィナスは、一溜りではなかった。 
天井に大穴を開け、そのままはるか上空に吹き飛ぶ。
「こ、こんなはずではァ!く…元魔王…幹部…ごとき…がァ…!」
どんどん断末魔が小さくなって、やがて聞こえなくなる。
「終わったし飯にしよう、腹が減ったし」
そう言うと、エルマはだるそうにエレベーターに歩き出した。が、再び警告音が鳴り響いた。
『ケイコク、ケイコク。アンゼンソウチダウン。コレイジョウノヒコウハフカノウ。ノリクミインハソクザニヒナンシテクダサイ。ソウテイ、チジョウマデアトジュップン』 
「こ、今度はなんだ!?安全装置ダウン!?これ、落ちるのか?」
「コントロール室は百階、そこに穴が空いてなんかが引火して、それで壊れちまったんだろう。とにかく急ぐぞ!」
「ちょっと、二泊三日なんだけど!?」
「そんなのどうでもいいですよ!それより脱出手段です!」
そう言うと、オルガが呼び止めた。
「ちょっと待て!研究室の荷物、移動させられないか?ここから出るんなら、それだけでも…」
「分かった。それなら俺に任せて」
エルマとオルガはどこかへ走っていった。
「私がみんなをこの前乗ってきたって思われる絨毯のところまで連れてくから、後で追いつきなさいよ!」
俺達は階段をダッシュで駆け下りた! 
3
俺達は一階まで、電機供給が止まっているので階段で行った。
さっきのアナウンスは非常電源だったらしく、直ぐに切れたとのことだった。
てか、さすがに二百階から一階まで階段ダッシュというのは、体に来るぞ。
そして俺達はたどり着いた、もうクタクタだ。ルキアはシュガーを背負ってやってきたらしいが、こいつの体力はバケモノかよ。
少々遅れてオルガとエルマがやってきた。これで八人…正確には九名だが、全員揃った。一様十名以内だし、セーフだろう。ところで…。
「これ、どうやって飛ばすんだ?」
しんと周りが静まり返る。
「僕知らないよ!?ミナミ、分かるよね?」
「いや、その根拠どこから来たんですか!?他の人に当たってください!メアリーさんとか!」
「分かりませんよ!こういうのは専門家に聞いてください!例えばアリスさんとか!」
「えーっと、エルマさん、パス!」
「俺!?えっと…『我が名の元に飛翔せよ、絨毯!そして我らを約束の地へ導きたまえ!』」
再び、静寂が俺たちを包む。当然、絨毯はピクリとも動かない。
「ふざけてるんですか?」
「いや、アリス!ふざけてないから、断じてふざけてないから!だから拳固めないで!」
「飛べ」
アリスが拳を固めていると、シュガーがそう口にした。その瞬間、絨毯は中に浮かんだ。
『うぉぉ!』
やったぞ!これで救われた!ここからはオート操縦なので、心配はないだろう。
「ありがとうシュガー!なんでわかったんだ?」
「その、目が覚めたら皆が絨毯の飛ばし方知らないって言うから、何となく適当に言ったら、当たってた」
ミナミはシュガーに飛びつき、そして頭を撫でくりまわした。
「ありがとう、ありがとうございますシュガーちゃん!」
「ミナミ、私、今は魔力ちょっとしかないから、あんまり力入らない。落ちちゃう」
「す、すいません!」
それからはなんの問題もなく、問題といえばアリスがエルマの魔力を吸い取り、エルマが気を失っていたことだ。そのあとなんかめっちゃ拘束されてた。
4
そして、俺達は何とかイグラットまでたどり着いた。
「お帰りなさいませ。一日早いご帰宅ですね。あと、お二人増えたような気がするのですが、どうかされたんですか?」
「あ、あまり気にしないでください。あと、これを見て頂きたいのですが…」
そう言うと、ミナミはギルドカードを取り出し、討伐一覧を見せた。トドメを刺したのはシュガーだが、そのパーティ全員の討伐記録が表示されるらしい。
「えっ!?あのヴィナスを倒したのですか?」
「はい、恥ずかしながら、そういうことです」
そう言うと、ギルド職員は驚いた表情を隠しきれないでいて、それはやがて笑顔に変わった。
「おめでとうございます!賞金の七十万ルナです!お受け取りください!」
そう言うと、奥から金貨袋を盆に置いたギルド職員が歩いてきた。そして、それをミナミが受け取る。
『うぉぉぉぉぉ!!!』
ギルド中から完成が沸き上がった。アヴァロンからここまで帰ってくるまでに夜になり、飯時だったせいかかなりの人が集まっていた。
そして、それと同時に嫌な予感がしたが、もう手遅れだった。
「皆さん、じゃんじゃん頼んでくだしゃーい、お金は山ほどあるんですかりゃー!」
てか、酔い回るの早くないか?ちゃっかり、エルマとアリス、シュガーまでテーブルについてるし…。
「ぷはぁ!上手い!上手いなこの酒!お代わり!」
「エルマしゃぁん、うりゅしゃいでしゅ!ちゃんとしじゅかにのんでくだしゃい!」
「いや、呂律回ってないよ!ウケるな!あっはっはっは!」
「二人とも、うりゅしゃい!おしゃけがまじゅくなる!」
なんだ、エルマのやつなんか大分性格変わってるけど…。
「ねぇ、あれほんとにいいの?」
「いや、ダメだ、もう何言っても無駄みたいだ」
「ほんとです、どうしようもないですね…」
「ど、どうするの、ユウマ?」
「とりあえずぶっ叩いたらいいのか?」
いや、それやってもダメだろう。前に何度か試して見たが、全く覚めなかった。
ああ、またもやこの展開、稼いだ金の半分が吹き飛んでいく。
翌日、金貨袋を覗いて見たら、五十万ルナしかなかった。
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