転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第17話:機械少女とその主

 1


 アンドロイド。そう、かの有名なアンドロイドである。彼女は人間ではないという事だ。


 いや、人間じゃないやつならここに五人ほどいるんだが、やはりアンドロイドとなれば話は別だ。


「あ、あのアンドロイドか?人そっくりに作られたっていう?」


「ええそうよ、そのアンドロイド。私も大して実感ないんだけどね。なんて言うか、普通に人間らしく過ごしてるだけって感じ。何も戦ったりとかはしないし」


 すると、何やらオルガが考えているようだった。


「オルガさん、どうかしたんです?」


「いや、アンドロイド作るのってさ、実質人を人工で作りだすようなものなんだよ。だから、機密事項で計画に加担したものしか知らないはずなのに、よく知ってるなぁって。もしかして…」


 やばい、まずい非常にまずい!今ここで知られる訳には行かない!


 こんな文明の最先端行ってるようなとこ、絶対解剖の道具とかある!解体されて改造される!


「ああ、いやこれはその…」


「身内に関係者がいたとか?もしかしてアヴァロン出身の身内がいたり?」


「ああ、もうそれでいい…」


 バカで助かった。いや、こいつ自体は馬鹿じゃないと思うが、性格的にバカで助かった。


「さて、雑談はこの辺にしてそろそろ君らの泊まる部屋に案内させてもらおうか」


「あ、ああそうしてくれ。ちなみに、俺は一人部屋…」


「二人部屋です!お兄ちゃんと私がそこで寝ます!」


「人の話を聞けよ!」


 いや、大体は察しはついていた。こいつはそういうやつだ。何故か必要以上に俺に付きまとう。


 普段のでもう疲れているのに、旅行先でもこれでは、さすがにきついぞ!?


「え、えーとどうすれば…」


「これだけは譲れないぞ!一人部屋でゆっくり寛ぐ、そう決めたんだ!」


「ならばこちらにも考えがあります!いいんですか?お兄ちゃん、このままだと恥ずかしい秘密バラしちゃいますよ…?」


 こ、こいついきなり何を…?でも、恥ずかしいことなんて最近起こしてないし…。


「いいぜ、言ってみろよ」


「後悔しても知りませんよ!」


 そう叫ぶと、全員に聞こえる大きな声で、何やら喋り出した!


「お兄ちゃんはロリコンで毎日朝昼晩三食シュガーちゃんと一緒じゃないと食べむぐっ?」


「はーい、二人部屋に案内してもらおうかー。速やかに、速やかに頼むぞ!」


 俺はミナミの口を塞ぎ、オルガに催促した。いや、ただ時間がかぶっているだけだ。何も合わせようとしているわけじゃない。本当に、本当にだ!


「私、もうユウマとご飯食べない」


「僕、ユウマのこと余計わからなくなってきたよ…」


「さすがに引きますよ、ユウマさん…」


「いや、なんで信じてるんだよ!こいつの戯言だから!」


 なに?俺って人望薄いの?なんでこいつのこと信じて俺信用されてないの?


「ねえ、オルガ。こんなやつここに置いて大丈夫なの?私たちどうかされたりしない?」


「いや、でも街からルナはもらってるんだよ。このまま追い出す訳にも行かないだろ?」


 もうダメだ、ここに俺の見方はほとんどいない!あとは、アリスとエルマだが…。


「あ、アリス…エルマ…お前らは信じて…」


「なんですかこのド変態。シュバリエル様に不埒な行為をしたら、どうなるか分かっていますよね…?」


「ユウマ、お前にはシュヴァの側近としてそこそこの敬意を払っていたけど、こんなド変態だったとはね。今度なにかしたら…殺すよ」


 ああ、間違えた。ここには俺の味方はいない。俺の人望はこいつの人望を下回り、ついには謎の殺害予告までされる始末だ。


「えっと、お兄ちゃん…泣いてるんですか?」


「いや、泣いてないしお前のせいだろ!根も葉もない話をしやがって…俺に変なレッテルがたったじゃねえか!」


 てか、マジで俺はロリコンじゃない!


「じゃ、じゃあ部屋まで案内させてもらおうか。ティナが」
  
「ちょ!?なんで私がこんなロリコン連れていかないといけないのよ!?」


 なんか二人が遠くに行って小声で話している。なんか心に刺さりまくるんだが…。


「大丈夫だ。お前はきっとストライクゾーンから離れてるから」


「嫌よ!私が他の人全員連れてくから、オルガひとりでいってきてよ!」


「そ、そんなの通るか!」


 な、なんだ!?なんか口論になってるんだけど!?


「はーい、そこのロリコンとミナミ以外のお客様は着いてきて!部屋までご案内するわよ」


「勝手に進めるなよ!…って、もう行ったのかよ。しょうがないな…」


 何やらみんなそさくさと行ってしまった。歩き出す瞬間、全員が俺に冷たい視線を送ったのは気の所為だろうか?
 そのあとオルガがあからさまに嫌な顔をしながら帰ってきた。


「はい、そんじゃ行くぞ…」


「よろしくです!」


「よ、よろしく…」


 2


 現在、俺とミナミが泊まる二人部屋。とても質素なもので、どこか日本の旅館を思わせるつくり。


 だが、何故かベットが置かれている。和風なのか洋風なのかどっちかにして欲しい。


「さて、お兄ちゃん。オルガさん、『大浴場もある』って言ってましたし、早速行きましょうか」


「お前、風呂好きだったっけ?」


 そう聞くと、ミナミが俺に歩みよってきた。それを横に避ける。


「やだなぁ、お兄ちゃん。一緒に入ることに意味があるんですよ!」


「入るか!シュガー辺り誘ってこい!」


「むぅ…分かりましたよ。結局一緒の部屋に泊まりますし…あ、それとお兄ちゃん」


「な、なんだ?」


 部屋を出ようとしたミナミが、後ろを振り返る。


「夜は優しくしてくださいね…」


「早く行ってこい!」


 そう叫ぶと、ミナミはニヤリと笑みを浮かべ部屋をあとにした。


 あいつ、寝込みとか襲ってきたりしないよな…?てか、それ以前に覗きとかしないだろうな?


 嫌な予感しかしない。一様気をつけておこう。


 そっとドアを開けるが、どうやらミナミはもう行ったようである。


 そしてエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押す。どうやら、古代にはエレベーターもあったらしい。


 ドアが開き、突き当たりを右へ。すると、大浴場の看板があった。


「ここか…」


 暖簾をくぐり、着替えをカゴに入れ風呂に入ろうとする。


 ふと、俺以外の着替えがあることに気づく。誰かいるのだろうか?


 大して気にするような事でもないので、そのまま浴場に向かう。


 ガラガラと戸を開け、体を洗おうとする。


「おうロリコン、お前も来たのか」


「ロリコンじゃねえ!」


 そこには、湯船に浸かっているオルガがいた。


「いや、済まなかったな。あの時はなんか勢いで言っちまったんだよ」


「もうそれはいいけど、お前も風呂好きなのか」


「ん、まぁそうだな。それより、お前は早く体洗ってきたらどうだ?」


 確かに、体を洗わず湯船に浸かるのはマナー違反だ。


「その通りだな。じゃ、行ってくる」


「おう、行ってこい」


 俺は体を洗い終え、再びオルガの元へ向かった。


「じゃ、改めて聞く。お前は風呂は好きなのか?」


「いや、それそこまで重要なことか?」


「聞いてるんだ、答えろよ」


 オルガは「うーん」と唸りながら考えた。


 なんだ、自分のことなら悩むこともないじゃないか?


「いや、生前までは好きだったんだけどな。正確に言うと、ここ三百年ほどで俺の体もガタがきてるのかもしれないな。大分開発資材ケチったからかな」


「なんだお前もアンドロイドだったのか…って、三百年!?」


 俺は、あまりにも突拍子もない発言に身を乗り出した。


「お、落ち着けよ。なに、三百年って言ってもこの体になってからの話だ。俺は、言わば記憶を持って輪廻転生しているようなもの。ティナも同じだ。バックアップを取り、もうひとつの機械のからだに意識を移す。これで寿命を超越してるんだ。トータルでもう二千年は生きてるかな」


「二千年!?」


「だから落ち着けって…」


 二千年って…、ほぼ西暦の時代背景全部見てるようなものだぞ!?


「あ、ああ、とりあえず落ち着いた。じゃあもうひとつ質問するけどさ、ガタがきてるって言ってたけど、なんか異常なことでもあったのか?」


「簡単に言えば触覚がもう働いていない。ほかの五感は健在なんだけど、それだけ働かなくなった。ほんの二年ほど前の話だ」


 なるほど、つまりは腕を切られようが胴を引き裂かれようが痛みを感じないのか。便利なのか不便なのかよく分からないな。


「じゃあ今も…」


「そうだ、この風呂の温度も感じない」


 そう言うと、オルガは手で水を掬いあげた。


「多分今この風呂が冷水になっても、俺は気付かないだろう」


 やっぱり不便そうだな。そう言えば、こいつに肝心なことを聞いていないのを思い出した。


「なぁオルガ、お前は二千年前に作られたんだよな?」


「ああ、それがどうした?」


「なんでそんな体になった、単純に寿命から解き放たれたかったのか?」


 オルガは「ふふ…」と笑った。だが、その顔はどこか悲しげだった。


「そう…なのかもな。でも、それだけじゃなかった。全部話すとかなり長くなるから、そろそろ上がろうぜ。のぼせちまうだろ」


 そう言うと、オルガは湯船から上がった。


「まぁそうだな。じゃ、上がるか」


 俺はオルガの後について行き、風呂を上がった。


 3


 風呂場の前のベンチ、そこに腰掛けた。何やら重い話なのは、あいつの表情から察していた。


「じゃあ俺達の誕生の話から話すか」


「そこまで巻き戻らないといけないのかよ」


「まぁ、前知識としてだな。何も知らない状態で聞いても面白くないだろ」


 なんだ、面白い話なのか?ならばちょっと楽しめそうかな。


「そ、そうか。なら頼む」


「賜ったぞ。初めに俺は元々人間だった、二千年ほど前はな。科学者だったんだ。今と同様機械いじって研究とかもしてた。親も科学者でな、その影響が多かった。ちなみに、俺が生まれた時にはもうアヴァロンは浮遊していた。家族構成としては、父と母、そして二つ上の姉が1人。だがな、姉は短くして障害を終えてしまったんだ。その事実を受け止めきれなかった。なんせ俺が十二歳の時だったからな。結構気に入ってたんだよ、家族を。それにぽっかり穴が空いてしまった。その穴を埋めようと何度も考えた。だが、いくら家族が増えたって、埋まることがないのはわかってたんだ」


 や、やっぱり重い話だった。いや、予想通りと言ったところか。


「十三の頃、俺はある結論にたどり着いた。姉を生き返らせる、たとえそれが機械の体でも。心を持ったアンドロイドを作る、それが俺の目標となった。そうして、俺は科学者になった。親の手伝いとかしてたから、大して苦労はしなかった。三十二の時、忘れもしない。初夏のある日、俺の最初のサイボーグが完成した。姿は亡き日の姉のすがたを模してつくった。俺はそのアンドロイドに『ティナ』と名付けた」


「ティナ!?あいつはマザーAIみたいなものじゃないのか?」


 てっきり全てのコンピュータを司る司令塔的なものだと思っていたのだが…、そのモデルがオルガの姉だったなんて…。


「その役割もあるんだが、それはただの副産物に過ぎなかった。そう、あの機能は偶然ティナに生まれたんだ。でも、ダメだった。ティナは心を持たなかった。ただ命令されただけで動く、機械同然だった。感情も何一つない。元々、無理だとわかっていた。人工物に心が宿るなんて、虚数の彼方の可能性だった。でも、それに賭けて見たかった。俺は諦めなかった。ティナに何度も改良を重ね、何とか『感情』というものを作るすべを見出した。それが『学習機能』だ。それを通して、ティナは感情を手に入れるすべを手に入れた。そして、それと並行してもう一体のアンドロイドを作っていた。幼い頃の俺を模してつくった、『オルガ』だ。今度は俺自身の記憶をコピー出来るようにした。そして、何とか完成させた。が、もう俺はボロボロだったんだ。もう年だったからな、六十八だ。何とか記憶の複製に成功、そのあと最後のプログラムを入力した」


 最後のプログラム?なんのことだろう。まぁ、聞いていればわかることか。


「そして、俺はベットで寝たきりになった。ティナが看病してくれた。『笑ってくれ』と言ったら無機質な笑顔を浮かべた。それだけで十分だった。そして、俺の人生最後の日、病態が悪化した。意識が朦朧としていた。だけど、あの時は今でも忘れはしない。今まで『命令』しないと何もしなかったティナが、何も言わなくても俺の手を握ったんだ。『自我』が芽生えていた。ティナは、察していたのだろうか、もう俺が逝ってしまうことを。そして、俺の手に雫が落ちてきた。見ると、ティナが泣いていたんだ。声ひとつ上げずに、ただただ静かに頬を雫が落ちて行った。それは、今まで見せたどんな笑顔よりも、感情がこもっていた。そして、あいつは確かに言った。いや、実際は幻聴なのかもしれない。『逝かないで、ひとりにしないで』そう聞こえたんだ。その数十秒後だったかな、俺が死んでしまったのは」


 言葉も出ない、なんて救いのない話だ。でも、今まで読んできた小説なんかより、よっぽど心に響く話だった。


「それで、最後のプログラムの話だが、その内容はこうだ。『俺が死亡した時、オルガが目覚める』。常に俺はオルガに記憶を送り続けていた。ティナは気付いていなかったようだが、コードで繋がっていたんだ。そして、俺が目覚めた。最初はあいつも心を開かなかった。これも感情や自我が芽生えた証拠だが、やっぱり寂しいもんだな。でも、次第にあいつも俺に心を開くようになった。さすがに俺が開発者であるということは信じてもらえなかったけど、それでいいんだ。また一から始める、あいつとの思い出を。もう決して一人にしない、そう決めたから」


 そう言うと、オルガはしみじみとした表情をした。俺は今どんな顔をしているだろうか。自分でも分からない。


「と、ちょっと語りすぎちまったかな。大した話でもないのに、時間取って済まないな」


「いや、いい話を聞かせてもらった、ありがとう」


「なんだよ改まって。それと、もうすぐ夕食だぞ、妹連れて食いに来いよ」


 そう言うと、オルガはスタスタと歩いていった。俺はと言うと、何故か当分立ち上がれないでいた。


 しばらくすると、ミナミがやってきた。


「お兄ちゃん、探しましたよ。ティナさんに夕食出来たから呼んでこいって言われまして、もしかしてと思ってきたのですが…って、なんで泣いてるんです?」


「い、いや、なんでもない。じゃ、行くか」


 すると、何やらミナミは不安そうな顔をした。そして、俺の顔を覗く。


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「ああ、ちょっとオルガのある話を聞いただけだ。本人から許可を取ったら話す」


「そうですか…いつか、話してくださいね、お兄ちゃんの前の話と一緒に!」


 そう言うと、ミナミは眩しいほどの笑顔を振りまいた。前の話…は、当分語れそうにないが、この話は語れそうかな。


 思い出したくもないあのどす黒い思い出…。あいつは悪くない、周りがそうさせたんだ。でも、過去いくら悔やんでも、今は変わりはしない。


 そう割り切ってこいつと生きていく道を選んだ。だが、心の中ではまだ、諦めきれてなかったらしい。


 だから、いつまでもあんな夢を見て、いつまでも過去に囚われるんだ。


 4


 俺達は夕食を終え、部屋に戻っていた。メニューは海鮮丼、かなりのボリュームで腹も脹れた。


「美味しかったですね、海鮮丼!養殖されてる見たいですよ!明日あたり見に行きたいです、まるで水族館みたいになってるんでしょうか?」


「魚の養殖なんか見て何が楽しいんだよ」


 そう言えばさっき、オルガに「ミナミにさっきの話をしてもいいか」と聞くと、「別に許可なんて取らなくてもいい」と言われた。


「ミナミ、ちょっと話がある。うろ覚えだが、ティナとオルガの話だ」


「な、なんですかいきなり?」


「いいから聞いてくれ」


「わ、分かりましたよ…」


 一通り、うろ覚えで多少改変されてるかもしれない物語を話した。


 話終えると、ミナミは泣いていた。そう言われれば、俺も無意識のうちに泣いていたらしい。


「お兄ちゃん、ハンカチ借りてもいいですか」


「ああ、ほらこれ」


 ミナミはハンカチで目元を拭い、涙を吹いた。


「悲しい話だったな、やっぱり…」


「いや、それでもどこか心が洗われるお話でした。だって、今は救われてるんじゃないですか?あんなに楽しそうにしていましたし、きっと…絶対救われてますよ…」


「そうだな…」


 そう言うと、ミナミと俺の間に沈黙が続いた。


「お兄ちゃん、もう歯を磨きませんか?夜ですよ」


「ああ、そうするか」


 そう言うと、ミナミと俺は洗面台の前に並んで歯を磨いた。


 ふとミナミを見ると、何やら吹っ切れたような顔をしているように見えた。


 そして、俺達はベットに向かった。


「さて、夜は長くなりますよ。私たちの愛を育みましょう!」


「お前、感動的な話をしたあとにそれかよ!一周回って清々しいな!」


 そう言うと、ミナミは俺のベッドの中に潜り込もうとしてきた。


「じゃあ一緒のベッドで…あーんなことやこーんなこと、そーんなことまで…」


「して溜まるか!自分のベッドで早く寝ろ!いいな!?」


「はーい、おやすみなさいです」


 ミナミは自分のベッドに引き返し、それを確認した俺は電気を消した。

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