転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)
第13話:冬クエパーティと幽霊屋敷
1
さて、ギリギリ冬を越せるか越せないかしかなかった俺たちの資金が底をついた。全てはあの二人のせいだ!
全く、あいつらは一日迷惑をかけなければ、その次の日にその倍俺に迷惑をかけなくてはいけないとかいう縛りでもしているのか?最近大人しいと思ったらこれだ。
俺はまたもや寝苦しい夜を開け、ベットから身を起こした。
ミナミはまだベッドでグースカといびきをかいている。ふとミナミの机に置かれている一冊の本に目が止まった。
というか、これがあったことは前から知っていた。どこで買ったかは知らないが、単行本というかどちらかというとノートに近い気がする。タイトルは…。
『お兄ちゃんと私の愛の記録』
…。
これは見ないほうがいいのか、それとも今後の自分のために確認すべきだろうか?シンプルイズベストとはよく言うが、これはど直球すぎるだろ!?
「ま、まぁ1ページくらいなら…いいよな?」
そう自分に言い聞かせながら恐る恐るノートを開く。その内容は、
『今日から日記をつけることにします。この世界にやってきて約一ヶ月がたちました、今日もお兄ちゃんはカッコいいです。正直前の世界ではお兄ちゃんに匹敵するカッコよさの人なんていないのはわかっていました。だから、この世界にはいるのかなと期待していました。ですが、この世界にもそこまでカッコいい人はいませんでした。やっぱりお兄ちゃんが世界一かっこいいんですね!』
なにこれ…。
ていうか、そこから全くの白紙だぞ、三日坊主…。じゃなくて三日も続いてなかった。
俺は、今更すぎることを考えた。何故あいつは…ミナミは俺を好きでいるのだろうか?自意識過剰なのはわかっている。
だが、あいつが俺に並々ならぬ思いを寄せているのは確かだ。
…いや、わかっている筈だ、わかっていた筈だ。その理由も、その意図も。
俺はあいつのたった一人の家族だからだ。きっとあいつは母親や父親に向けるべき愛情を全て俺に向けているんだ。
仕方ないのだ、今のあいつは父親の顔も、母親の顔も知らないのだから。
人は、誰かを愛さなければ生きていけないからである。だからあいつは俺を愛した。たったそれだけだ。
…ならば、俺はどうだろう。
あいつの思いに素直になれず、人との関わりも拒絶し、差し伸べてくれていた手も振り払い、一人で自分の殻に引きこもることを選んだ、誰も愛せない。いや、誰も愛さない俺は人なのだろうか、それとも人ではない何か、バケモノだろうか。
違う、そんな聞こえのいいものではない。俺は空っぽだ。空白であって、何者でもないのだ。ある者は言った。
『空白なら何者にもなれる』
ああ、全く持ってその通りだ。だが俺は違う。空白であって、何者でもない道を選んだ。
裏を返せば、『空白は何者でもない』ということになる。だからつくづく思う、普通に生きてみたいと。
だからだ。
だから俺は変わった。無理矢理に、強制的に、強引に変えた。いつぞや、ミナミに
「変わりましたね」
と言われたことがあった。あの時は『今までの俺はどのようだったのだろうか』なんて思っていたが、それはデタラメだ。
わかっていた。俺は忘れていたフリをした。無意識に、気がつかないうちに、自分を偽っていた。
そう、俺はいつまでも空っぽのままなんだ。
それを満たすモノは、もうないだろう。手を伸ばせばすぐに届くはずだったモノ、もう決して届かないモノ。それは常人には当たり前のようにあるモノだ。
だから俺はあいつらを嫌った。あって当たり前のように考えていたからだ。だからあいつらはそれを踏み潰し、吐き捨て、諦める。それは、希望だとか夢だとかという類だ。
あいつらは、自分にそれがあって当たり前だと勘違いしているのだ。
いや、俺があいつらを恨むのはお門違い、逆恨みというものだろうか。俺はただ、あいつらが羨ましかっただけなのだ。
夢を見られるあいつらが、将来を笑って語れるあいつらが、希望があるあいつらが…ただただ、羨ましかっただけなのだ。
「あれ、なんで泣いてんだろ…俺」
一粒の涙が頬からこぼれ落ちた。いつからだろう、泣いていなかったのは…。
親父が酔った時に殴られた時?違う。
お袋が死んでしまった時?違う。
…そうだ、思い出した。最後に泣いたのは…。
俺とミナミがあの惨劇に巻き込まれ、そこから解放されて初めてあいつと会話をした時だった。
2
長い長い過去回想を終え、俺は階段を降りる。今更ながら、俺たちの診察は、全て二階にあるのだ。
「お、ナイトそんなとこにいたのか」
「くぅ…くぅ…」
階段の一番下の段、そこでナイトが寝そべっていた。やばい、もう少しで踏みそうだった。
「あ、あの…。ちょっとどいてもらってもいいか?」
なにこいつ、全く動こうとしない。まあこいつは触れられるのでどかせばいいのだが、そこは大型犬、ちょっとの力ではビクともしない。
てか、幽霊にも体重ってあったんだな。
「あ、ダメですよ、ナイト。ユウマさんの邪魔をしては」
「…わふっ?わん!」
そう言って現れたのは、毎度毎度早起きのメアリーである。
そう呼びかけられたナイトは、メアリーの足元にすり寄った。
俺がどれだけ早く起きても、こいつより早く起きることができた試しがない。
「おお、サンキューな、メアリー」
「お安い御用ですよ、それよりもまだミナミさんは起きないんですか?」
「まぁ、あいつのことだしそのうち起きてくるだろ?起きない時はとことん起きないが…その時は無理矢理にも叩き起こしてやってくれ」
「ち、ちゃんと優しく起こしますよ!?」
こいつは本当に甘いやつだ。本当に他人に一度殺されたのか?
それなら普通少しぐらい性格がねじ曲がっていてもいいくらいだが…。
「ん、なんです?」
「いや、なんでもない」
俺は階段を降り、リビングに向かった。朝食のいい匂いがしてきた。
「今日のメニューはなんだ?」
「この前王都から取り寄せることのできた最高級のニワトリの卵を使った卵焼きと、朝霧キャベツとサンシャイントマトのサラダですよ。あといつも通りの白米です」
「そんなの取り寄せてたのかよ」
「はい、資金には余裕があると思っていたのですが…」
今こいつを責めるのは少々お門違いというものだろう。実際資金には余裕があった。つい先日までは。
「まぁいいさ。悪いのはあいつらだし」
「そ、そうですか?なら私はルキアさんの方を先に起こしてきますね。ミナミさんは…後でいいでしょうか?」
「ま、お前がそれでいいならいいんじゃないか?」
そう言いながら俺はリビングのドアを開けた。より一層いい香りが強まる。そこでは既にシュガーが食事をしていた。
「むぐ、ユウマおはよう」
「お前、口にものを入れたまま喋んなよ、行儀が悪いぞ」
「うん、よく考えたらそう。今まで誰にも注意されなかったから気が付かなかった」
こいつ、どこまで甘やかされて育ったんだ?全く、親の顔が見てみたいものだ。
俺は席につき、机の上に置かれた釜から白米を茶碗に盛り、そしてその横の皿に盛られたサラダを皿に乗せた。
「お、これ中々美味いな...!」
「うん、でも卵焼きの方が美味しい」
そう言えばなんか王都から取り寄せたとかなんとか言っていたな...。そんなに美味いんだろうか?
半信半疑で卵焼きを口に運ぶ。
「美味っ!」
「ほら、だから言った。卵焼きの方が美味しいって」
「ああ、確かにな!こんなに美味い卵焼き、生まれて初めてだ!」
少々大袈裟に聞こえるかもしれないが、本当にうまかった。フワッとして、トロッとしてて、もうなんか美味い!
なお、語彙力が皆無なのは見逃してほしい。
「ふわぁ、2人ともおはよう…と、これはなかなか美味しそうだねぇ…」
そうやって大あくびをしながら、寝癖がたったままのルキアが現れた。
「おうルキア…ていうかお前、なんか眠そうだな、夜更かしでもしたのか?らしくない」
「ああ、ちょっとこの冬越すには最低限どれくらいのルナが必要になるか計算してたら夜更け過ぎまでかかっちゃって、あんまり寝てないんだよねぇ」
「ふーん、それは大変」
「ああ、そうだな…っておいちょっと待て、シュガー」
そう言うと、シュガーはビクリと肩を揺らした。「な、なに…?」と言いながら恐る恐る振り返る。
「俺はお前に金銭の管理を任せたよな?なんでルキアにやらせてんだよ」
「ソ、ソンナモノヒキウケタオボエハナイ…」
「なんで片言なんだよ!それに任命した時、お前『邪神様に誓って誠心誠意努力する』って言ってたじゃねーか!」
「じゃ、邪神様は約束はしない…」
こ、こいつ、のらりくらりと…!
「お前知ってるか?悪魔は契約を破らないんだぜ」
「そんなの知ってる」
「俺の国にはな、口約束も契約ってことになってんだよ、つまりだ。お前が俺との約束を破ることはお前の魔族としての価値が大きく下がる、そういうことなんだよ!」
「こういうことわざがある、『郷に入っては郷に従え』。この場合、郷に入ったのはユウマ。この世界には口約束が契約なんて決まりはない。無理やり自分たちの文化押し付けるの、良くない」
俺はこの世界のことわざなどを、ちょっとばかし勉強していた。
上手く生きていくためには、必要最低限の知識は必要不可欠なのだ。
そして、この世界のことわざ的なもの、古書目録…だったっけか?
それは日本のそれとは全く共通していないのは確認済みだ。
「お前、そんなことわざこの世界にないだろ、あと『ことわざ』って名前じゃなくて『古書目録』だろ」
「うぐっ…」
図星か、全くこいつは詰めが甘い。
せめて俺がこの世界についての知識を身につけようとしていることを知っていれば少しでも打開策を思いついたかもしれないのに。
「ふ、二人とも、喧嘩はダメだよ!?僕何も怒ってる訳じゃないから!」
「ほら、ルキアもこう言ってることだし、そろそろ許して」
「お前、なんで自分でそういうこと言えるんだよ…」
まあ、ルキアも大して気にしてないみたいだし、今回ばっかりは許してやるか。
俺達が和解…と言えるのかは知らないが、というか俺がただ呆れただけなのだが、そんな俺たちを見てルキアが胸をなで下ろしたその瞬間、泣きっ面を浮かべたメアリーがやってきた。
「ユウマさん、助けてください!ミナミさんが全く起きないんです!」
「お前、そこまで泣くことか?でもそうだな、そろそろ叩き起すとするか」
次の瞬間、屋敷中に怒号と悲鳴が響き渡った。
3
「さあ、せめて街の中で出来るクエストを探すぞ」
俺達はギルドにやってきた。
無論、どこぞの酔っ払いによって金欠に追い込まれた我がパーティの財政を立て直すためである。
「にしても、クエストの数自体は多いが、ろくなのがないな…しかもほとんど郊外が対象だし…」
「あ、これとかどうですか?」
「ん、どれ…」
ミナミが指さしたクエストを見ると…。
『町外れの幽霊屋敷の攻略・除霊』
「お前、ほんとろくなクエスト見てけてこないよな」
「うーん、でもそれ以外もうないみたいだよ?街から少し離れてるとはいえ、あとは大物のクエストがほとんどだし」
「それもそうか…」
こういう時期、雑魚モンスターはほとんどが冬眠するのが当たり前らしく、ゲリラクエストでもない限りあとは大型モンスターしか出てこない。
だから基本冒険者達は内職をするのだ。
「あ、見てください皆さん、何やら専門家の人が同行してくれる見たいですよ?」
そんな専門家がいるのなら、何故そいつだけでこのクエストに行かないのだろうか?
というか前回最大戦力と考えていたシュガーが全く役に立たなかったが、本当にこのパーティで攻略できるだろうか?
まあ、メアリーがいる時点でかなり有利と言えるだろう。目には目を、幽霊には幽霊をだ。
「じゃ、行ってみる?」
「しょうがないか…。ミナミ」
「はい!」
俺が呼びかけると、ミナミは敬礼し、受け付けに向かった。
「ユウマ、さすがにもうコミュ障治さないと」
「そうだよね、それに人と関わらないとそういうの治らないと思うんだ、僕!」
「う、うるさいな、そういうのは人それぞれなんだよ!」
「どういうのです?」
「うぅ…」
俺はメアリーの言葉に少々返す言葉が思いつかなかった。
「ただいま戻りましたです!…てあれ?どうしたんです?」
「ユウマのコミュ障どうやって治すか話し合ってた」
「ま、本人は変わる気ないかもだけどね」
「ミ、ミナミ…助けて…こいつら何とか説得してくれ…放っておいたら、『何事も実践が大事』とかいって、無理やり渋谷のスクランブル交差点に放り出されたりしそうだ…」
少々大袈裟に聞こえるかもしれない。
だが、俺の人生の経験則からして、本当に人混みとか、初めて会う人との会話とかにはトラウマが多いのだ。
その事はミナミも知っているはずだろう。
「あんまりお兄ちゃんをいじめたらダメですよ」
「でもさ、ミナミだってキツくないの?毎回毎回受け付けまで行かされて。ていうか、接客業全部ミナミがやってるでしょ?僕だったら嫌だけどな」 
「うん、私も嫌」
「そ、それは私もさすがに…」
「いや、別に嫌とか抵抗とかはありませんよ?大した仕事でもありませんし。それに…」
少々間を置いたあと、目を輝かせながら手を頬にあて、体をくねらせた。
「お兄ちゃんに扱き使われるなんて、とっても興奮するじゃないですか!」
なんてこった!こいつにはブラコン性癖だけではなく、ドM性癖まで追加されたというのをすっかり忘れてた!
「え、えーと…じゃあ改めてクエストに向かうか」
「そ、そうだね…」
「うん、向かう」
「あ、ちょっと待ってください」
俺達が向かおうとした時、ミナミが引き止めた。
「ん、なんですか、ミナミさん?」
「私たちに同行してくれる専門家さんを待たないとなんです。今、伝書鳩を飛ばして貰ったとこですから、もう少し待ちましょう」
「ねぇ、ミナミ。その人って街に住んでるの?」
「うーん、そこまで知らないですけど、多分そうでしょうね。受付嬢の人からは『少々お待ちください』としか言われませんでしたから」
「少々が何分なのかは気になるが、街なら歩いていった方が早くないか?」
この街は大して広くない。端から端まで徒歩30分程だ。他の街がどれくらいの大きさかは分からないが、多分それほど大きくないだろう。
「まぁそれもそうですよね…とりあえず待ってみましょう。名前とか住所とか何一つ聞かされてませんし、行こうにも行けないんですよ」
「そうだな、待つとするか」
俺達がトランプなどで適当に暇を潰していると、何やら見覚えのあるフリフリの袖、全体的に可愛らしい服装、ふわふわとした金髪の少女、アリスが現れた。
「ん、アリス?なんでこんなとこにいるんだ?」
「お店の方はどうされたんですか?」
「ストライキ?集団行動権?」
「いや、あの店自体1人で運営してますし、集団でもないですよ!?」
アリスは、「はぁ…」とため息をつくと、淡々と話し始めた。
「休業ですよ、この時期冒険者の皆さんはほとんどが内職をしてらっしゃるでしょう?だから売れている魔具店ならともかく、私の店のような売れない魔具店は、冬を越すのにお金がどうしても足りなくなるのです。だからお客さんが来ない冬の間に、冬越しの分だけでなくあわよくばもっと稼いで、最低一年乗り越えられるほど稼がないとなんですよ」
「ふーん、どんなクエストなのさ?」
「いや、あなた方が一番わかってるでしょう?」
「ん、どういうことですか?」
「いやいや、だから…」
その次の瞬間、予想もしなかった言葉が返ってきた。
「あなた方が受けるクエストの、専門家ってのがあったでしょう?それ、私のことですよ」
そのアリスの言葉に、その場の時間が止まった。
『はぁぁぁぁ!?』
「ひぇっ!?」
俺達の驚愕した声に、アリスが小さな悲鳴を上げた。何こいつ、そんな特技まであるのか?
「これでもアリスは『七つの大罪』の中でも切っての除霊魔術の使い手」
「これでもって酷いですよ…」
ああ、こいつそう言えば元魔王幹部だったわ。
ただでさえ『グラトニー・ドレイン』とかいうチート魔法があるのに、除霊まで出来るのか。つくづくなんでもありだな、と思う。
「とりあえず現場に向かいましょうか。そうしないと何も始まりませんし」
「うん、それほど遠くないみたいだし時間制限もないみたいですけど、早いに越したことはありません!」
さて、これからクエストに向かうのだが、俺には一つ気にかかることがあった。
「なあ、今回はどんな作戦で行くんだ?アリス」
しばしアリスは「うーん」と考えこみ、そして口を開いた。
「特にありませんね」
「いや、お前らよく今まで上手く生きてこれたよな!なんで後先考えないんだよ!?」
「除霊魔術使えばほとんどの霊は塵芥も同然だから、大丈夫。威力は私が保証する」
いや、確かに一度こいつの魔術を見たからすごいのは分かっている。
だが、先程の発言から察するに、除霊魔術ぶっぱなしたらそれで終わり的な感じだったので、魔術が通じればいいものの、通じなければ打つ手なしということになる。
それこそ残る手段は話のわかる幽霊ならば、全力で土下座。話にもならないような悪霊とかは…考えたくはないが、最悪『死亡』なんてこともあり得るかもしれない。
…。
心配だ、この上なく心配だ!
4
ようやっと館に着いた俺達は、2人ずつに別れて行動することとなった。俺はと言うと…。
「城と言うよりかは館っぽい感じですね、お兄ちゃん。それと…また二人っきりですね!」
「…。」
またもやこの変態妹と組まされる羽目になった!つい先日ドM性癖が明らかになり、一層こいつのことが分からなくなってきたのにこれだ。
いや、明らかキャラ食いすぎだろ。ブラコン、変態、敬語、ロリ、ドM…。これ以上濃くならないことを願うまでだ。
「ちょ、無視して先々歩かないでくださいよ!」
「話して欲しければ、一定の距離感を持ってくれ」
「兄妹に距離感なんて必要ないですよ。ほら、もっとすり寄ってくれたっていいんですよ?」
「そういうとこだよ!身内であっても異性は異性だ、ある程度の距離感ってのがあるだろうが!?」
それにこいつはいつまた新たなキャラが追加されるか知ったことじゃない。
まるでキャラ設定のびっくり箱だ。少しでもその琴線に触れると、そこから数珠つなぎで新たなキャラが追加されてしまう。
いちばん怖いのは、日常会話でもその琴線に触れる可能性があることと、本人が無意識であるということである。
まあそんなことはさておき…と置いていていいのかは知らないが、とりあえず今は館の探索だ。
俺達はある一室に足を踏み入れた。
「絵画の一種でしょうか?何やら不気味ですね…」
こいつが不気味というのも無理はない。悪魔のようなものが描かれた絵画が、一、二枚所じゃない。
何十枚、何百枚と、所狭しと壁にかけてあったのだ。
「な、なんなんだよ、これ…」
俺達が壁に掛けてある絵に気を取られていると、いきなり背後にかけてあった一つの絵画が床に落ちた!
『うわぁぁぁぁ!?』
俺達はその音にパニックとなり、ガクガクと肩を震わせながら恐る恐る振り返る…。
「な、何も無いよな?何も無いよな!?」
「えぇ、ありません!ありませんよ!?」
そ、そうだ、何かあるはずがない。確かにここにいるのは、俺とミナミだけのはずだ。
なら、何故この絵は落ちたんだ?
「あんたら、なにやってんのさ。ここはカップル出来ていいような場所じゃないよ」
『にぎゃぁぁぁぁ!?』
不意に話しかけた聞き馴染みのない声。背後から話しかけられたこともあって、完全に叫び声が裏返った。
絵画が落ちた時点で俺たちのSAN値は限界を迎えていたのだが、マイナス値まで行きそうなぐらいだった。
「全く、1人っきりの昼下がりの惰眠の最中、六人でズカズカ入ってくるやいなや、ちょっと驚かしただけで悲鳴まで上げて…。もう完全に目が覚めちゃったよ。まあ、そのうち1人…いや、あんたらも死んでんの?なんか変な感じだな…カウントが全く減ってない」
何やらベラベラと話し始めたこの少年…で会ってるよな?
正直、至極色をしたローブとマフラーのせいで、銀髪の前髪と目元しか顔が見れない。口調からして男だが、それはただの偏見だ。
性別を口調で推定してはいけない。もう経験済みだ。
「私達は兄妹ですよ!そこらのカップルと一緒にしないでください!」
「待て、ミナミ!」
俺は、変な違和感を覚えた。ふと、少年が先程言っていたことを思い出す。
「お前、さっき俺達が1度死んでるって言ってたよな。あれ、どういうことだ?」
「なんだ、そんな事か。簡単な話、君たちから『死神の吐息』が香ってきたからだよ。それも、かなり濃厚だ。半年前からって所か。その香りをとるには、最低でも二年必要なんだよ。それに、あんたらのその体は、肉体ではないでしょ?そういう類のこと、分かっちゃうんだよな、種族柄」
な、なるほど…。全くわからん!
隣を見ると、ミナミは放心状態だった。こいつ、メアリーの屋敷攻略前の時はあんなに頭回っていたのに、肝心な時にこれかよ!?
まあ、理解出来ていない俺も俺なのだが…。
「そ、そうなのか?か、カウントがどうとか言っていたが、それはどういう意味だ?」
「『デス・カウント』。スキルの一種だよ。これを使うと、相手の死亡回数を覗くことが出来るんだ。本来『死神』は死後の世界にしか存在しないため、1度も死んでいないのに『死神の吐息』が香るのもおかしい。かと言って、死後の世界からやってきた…という訳では無いようだね。だとすれば、可能性はひとつ。ごく稀なケースだけど異世界転生…いや、無理やり魂のままこちらに引っ張りこんだみたいだから、異世界転移の方が正しいね。別世界で死んだなら、カウントされないというのも頷ける」
まるで見透かされてでもいるかのような感覚が襲う。頬を一筋、汗が滴る。
「お前は、一体…?」
「そうだね、それは今から来る全員が揃ってから話そうか」
まるで、予言でもしたかのように、次の瞬間勢いよくドアが開け放たれた。そこには、ルキア、メアリー、シュガー、アリスの姿があった。
「大丈夫!?悲鳴が聞こえたけ…ど…?」
勢いよく入ってきたルキアだったが、徐々にボリュームを落とし、やがてがたがたと震えだし、シュガーの後ろへ隠れた。
「幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ…」
「大丈夫ですか?ルキアさん、私が怖いんですか?」
「いや幽霊って、メアリーの方じゃなくって、そこにいる子…。何だか怖い…。メアリーとナイトの時はこんなこと無かったのに…なんだか根本的に違うような気がする…」
根本的に違う?どういうことだろうか。こいつが幽霊じゃないってことか?
「久しいね。アリス、シュヴァ」
親しそうに、少年は呟いた。
さて、ギリギリ冬を越せるか越せないかしかなかった俺たちの資金が底をついた。全てはあの二人のせいだ!
全く、あいつらは一日迷惑をかけなければ、その次の日にその倍俺に迷惑をかけなくてはいけないとかいう縛りでもしているのか?最近大人しいと思ったらこれだ。
俺はまたもや寝苦しい夜を開け、ベットから身を起こした。
ミナミはまだベッドでグースカといびきをかいている。ふとミナミの机に置かれている一冊の本に目が止まった。
というか、これがあったことは前から知っていた。どこで買ったかは知らないが、単行本というかどちらかというとノートに近い気がする。タイトルは…。
『お兄ちゃんと私の愛の記録』
…。
これは見ないほうがいいのか、それとも今後の自分のために確認すべきだろうか?シンプルイズベストとはよく言うが、これはど直球すぎるだろ!?
「ま、まぁ1ページくらいなら…いいよな?」
そう自分に言い聞かせながら恐る恐るノートを開く。その内容は、
『今日から日記をつけることにします。この世界にやってきて約一ヶ月がたちました、今日もお兄ちゃんはカッコいいです。正直前の世界ではお兄ちゃんに匹敵するカッコよさの人なんていないのはわかっていました。だから、この世界にはいるのかなと期待していました。ですが、この世界にもそこまでカッコいい人はいませんでした。やっぱりお兄ちゃんが世界一かっこいいんですね!』
なにこれ…。
ていうか、そこから全くの白紙だぞ、三日坊主…。じゃなくて三日も続いてなかった。
俺は、今更すぎることを考えた。何故あいつは…ミナミは俺を好きでいるのだろうか?自意識過剰なのはわかっている。
だが、あいつが俺に並々ならぬ思いを寄せているのは確かだ。
…いや、わかっている筈だ、わかっていた筈だ。その理由も、その意図も。
俺はあいつのたった一人の家族だからだ。きっとあいつは母親や父親に向けるべき愛情を全て俺に向けているんだ。
仕方ないのだ、今のあいつは父親の顔も、母親の顔も知らないのだから。
人は、誰かを愛さなければ生きていけないからである。だからあいつは俺を愛した。たったそれだけだ。
…ならば、俺はどうだろう。
あいつの思いに素直になれず、人との関わりも拒絶し、差し伸べてくれていた手も振り払い、一人で自分の殻に引きこもることを選んだ、誰も愛せない。いや、誰も愛さない俺は人なのだろうか、それとも人ではない何か、バケモノだろうか。
違う、そんな聞こえのいいものではない。俺は空っぽだ。空白であって、何者でもないのだ。ある者は言った。
『空白なら何者にもなれる』
ああ、全く持ってその通りだ。だが俺は違う。空白であって、何者でもない道を選んだ。
裏を返せば、『空白は何者でもない』ということになる。だからつくづく思う、普通に生きてみたいと。
だからだ。
だから俺は変わった。無理矢理に、強制的に、強引に変えた。いつぞや、ミナミに
「変わりましたね」
と言われたことがあった。あの時は『今までの俺はどのようだったのだろうか』なんて思っていたが、それはデタラメだ。
わかっていた。俺は忘れていたフリをした。無意識に、気がつかないうちに、自分を偽っていた。
そう、俺はいつまでも空っぽのままなんだ。
それを満たすモノは、もうないだろう。手を伸ばせばすぐに届くはずだったモノ、もう決して届かないモノ。それは常人には当たり前のようにあるモノだ。
だから俺はあいつらを嫌った。あって当たり前のように考えていたからだ。だからあいつらはそれを踏み潰し、吐き捨て、諦める。それは、希望だとか夢だとかという類だ。
あいつらは、自分にそれがあって当たり前だと勘違いしているのだ。
いや、俺があいつらを恨むのはお門違い、逆恨みというものだろうか。俺はただ、あいつらが羨ましかっただけなのだ。
夢を見られるあいつらが、将来を笑って語れるあいつらが、希望があるあいつらが…ただただ、羨ましかっただけなのだ。
「あれ、なんで泣いてんだろ…俺」
一粒の涙が頬からこぼれ落ちた。いつからだろう、泣いていなかったのは…。
親父が酔った時に殴られた時?違う。
お袋が死んでしまった時?違う。
…そうだ、思い出した。最後に泣いたのは…。
俺とミナミがあの惨劇に巻き込まれ、そこから解放されて初めてあいつと会話をした時だった。
2
長い長い過去回想を終え、俺は階段を降りる。今更ながら、俺たちの診察は、全て二階にあるのだ。
「お、ナイトそんなとこにいたのか」
「くぅ…くぅ…」
階段の一番下の段、そこでナイトが寝そべっていた。やばい、もう少しで踏みそうだった。
「あ、あの…。ちょっとどいてもらってもいいか?」
なにこいつ、全く動こうとしない。まあこいつは触れられるのでどかせばいいのだが、そこは大型犬、ちょっとの力ではビクともしない。
てか、幽霊にも体重ってあったんだな。
「あ、ダメですよ、ナイト。ユウマさんの邪魔をしては」
「…わふっ?わん!」
そう言って現れたのは、毎度毎度早起きのメアリーである。
そう呼びかけられたナイトは、メアリーの足元にすり寄った。
俺がどれだけ早く起きても、こいつより早く起きることができた試しがない。
「おお、サンキューな、メアリー」
「お安い御用ですよ、それよりもまだミナミさんは起きないんですか?」
「まぁ、あいつのことだしそのうち起きてくるだろ?起きない時はとことん起きないが…その時は無理矢理にも叩き起こしてやってくれ」
「ち、ちゃんと優しく起こしますよ!?」
こいつは本当に甘いやつだ。本当に他人に一度殺されたのか?
それなら普通少しぐらい性格がねじ曲がっていてもいいくらいだが…。
「ん、なんです?」
「いや、なんでもない」
俺は階段を降り、リビングに向かった。朝食のいい匂いがしてきた。
「今日のメニューはなんだ?」
「この前王都から取り寄せることのできた最高級のニワトリの卵を使った卵焼きと、朝霧キャベツとサンシャイントマトのサラダですよ。あといつも通りの白米です」
「そんなの取り寄せてたのかよ」
「はい、資金には余裕があると思っていたのですが…」
今こいつを責めるのは少々お門違いというものだろう。実際資金には余裕があった。つい先日までは。
「まぁいいさ。悪いのはあいつらだし」
「そ、そうですか?なら私はルキアさんの方を先に起こしてきますね。ミナミさんは…後でいいでしょうか?」
「ま、お前がそれでいいならいいんじゃないか?」
そう言いながら俺はリビングのドアを開けた。より一層いい香りが強まる。そこでは既にシュガーが食事をしていた。
「むぐ、ユウマおはよう」
「お前、口にものを入れたまま喋んなよ、行儀が悪いぞ」
「うん、よく考えたらそう。今まで誰にも注意されなかったから気が付かなかった」
こいつ、どこまで甘やかされて育ったんだ?全く、親の顔が見てみたいものだ。
俺は席につき、机の上に置かれた釜から白米を茶碗に盛り、そしてその横の皿に盛られたサラダを皿に乗せた。
「お、これ中々美味いな...!」
「うん、でも卵焼きの方が美味しい」
そう言えばなんか王都から取り寄せたとかなんとか言っていたな...。そんなに美味いんだろうか?
半信半疑で卵焼きを口に運ぶ。
「美味っ!」
「ほら、だから言った。卵焼きの方が美味しいって」
「ああ、確かにな!こんなに美味い卵焼き、生まれて初めてだ!」
少々大袈裟に聞こえるかもしれないが、本当にうまかった。フワッとして、トロッとしてて、もうなんか美味い!
なお、語彙力が皆無なのは見逃してほしい。
「ふわぁ、2人ともおはよう…と、これはなかなか美味しそうだねぇ…」
そうやって大あくびをしながら、寝癖がたったままのルキアが現れた。
「おうルキア…ていうかお前、なんか眠そうだな、夜更かしでもしたのか?らしくない」
「ああ、ちょっとこの冬越すには最低限どれくらいのルナが必要になるか計算してたら夜更け過ぎまでかかっちゃって、あんまり寝てないんだよねぇ」
「ふーん、それは大変」
「ああ、そうだな…っておいちょっと待て、シュガー」
そう言うと、シュガーはビクリと肩を揺らした。「な、なに…?」と言いながら恐る恐る振り返る。
「俺はお前に金銭の管理を任せたよな?なんでルキアにやらせてんだよ」
「ソ、ソンナモノヒキウケタオボエハナイ…」
「なんで片言なんだよ!それに任命した時、お前『邪神様に誓って誠心誠意努力する』って言ってたじゃねーか!」
「じゃ、邪神様は約束はしない…」
こ、こいつ、のらりくらりと…!
「お前知ってるか?悪魔は契約を破らないんだぜ」
「そんなの知ってる」
「俺の国にはな、口約束も契約ってことになってんだよ、つまりだ。お前が俺との約束を破ることはお前の魔族としての価値が大きく下がる、そういうことなんだよ!」
「こういうことわざがある、『郷に入っては郷に従え』。この場合、郷に入ったのはユウマ。この世界には口約束が契約なんて決まりはない。無理やり自分たちの文化押し付けるの、良くない」
俺はこの世界のことわざなどを、ちょっとばかし勉強していた。
上手く生きていくためには、必要最低限の知識は必要不可欠なのだ。
そして、この世界のことわざ的なもの、古書目録…だったっけか?
それは日本のそれとは全く共通していないのは確認済みだ。
「お前、そんなことわざこの世界にないだろ、あと『ことわざ』って名前じゃなくて『古書目録』だろ」
「うぐっ…」
図星か、全くこいつは詰めが甘い。
せめて俺がこの世界についての知識を身につけようとしていることを知っていれば少しでも打開策を思いついたかもしれないのに。
「ふ、二人とも、喧嘩はダメだよ!?僕何も怒ってる訳じゃないから!」
「ほら、ルキアもこう言ってることだし、そろそろ許して」
「お前、なんで自分でそういうこと言えるんだよ…」
まあ、ルキアも大して気にしてないみたいだし、今回ばっかりは許してやるか。
俺達が和解…と言えるのかは知らないが、というか俺がただ呆れただけなのだが、そんな俺たちを見てルキアが胸をなで下ろしたその瞬間、泣きっ面を浮かべたメアリーがやってきた。
「ユウマさん、助けてください!ミナミさんが全く起きないんです!」
「お前、そこまで泣くことか?でもそうだな、そろそろ叩き起すとするか」
次の瞬間、屋敷中に怒号と悲鳴が響き渡った。
3
「さあ、せめて街の中で出来るクエストを探すぞ」
俺達はギルドにやってきた。
無論、どこぞの酔っ払いによって金欠に追い込まれた我がパーティの財政を立て直すためである。
「にしても、クエストの数自体は多いが、ろくなのがないな…しかもほとんど郊外が対象だし…」
「あ、これとかどうですか?」
「ん、どれ…」
ミナミが指さしたクエストを見ると…。
『町外れの幽霊屋敷の攻略・除霊』
「お前、ほんとろくなクエスト見てけてこないよな」
「うーん、でもそれ以外もうないみたいだよ?街から少し離れてるとはいえ、あとは大物のクエストがほとんどだし」
「それもそうか…」
こういう時期、雑魚モンスターはほとんどが冬眠するのが当たり前らしく、ゲリラクエストでもない限りあとは大型モンスターしか出てこない。
だから基本冒険者達は内職をするのだ。
「あ、見てください皆さん、何やら専門家の人が同行してくれる見たいですよ?」
そんな専門家がいるのなら、何故そいつだけでこのクエストに行かないのだろうか?
というか前回最大戦力と考えていたシュガーが全く役に立たなかったが、本当にこのパーティで攻略できるだろうか?
まあ、メアリーがいる時点でかなり有利と言えるだろう。目には目を、幽霊には幽霊をだ。
「じゃ、行ってみる?」
「しょうがないか…。ミナミ」
「はい!」
俺が呼びかけると、ミナミは敬礼し、受け付けに向かった。
「ユウマ、さすがにもうコミュ障治さないと」
「そうだよね、それに人と関わらないとそういうの治らないと思うんだ、僕!」
「う、うるさいな、そういうのは人それぞれなんだよ!」
「どういうのです?」
「うぅ…」
俺はメアリーの言葉に少々返す言葉が思いつかなかった。
「ただいま戻りましたです!…てあれ?どうしたんです?」
「ユウマのコミュ障どうやって治すか話し合ってた」
「ま、本人は変わる気ないかもだけどね」
「ミ、ミナミ…助けて…こいつら何とか説得してくれ…放っておいたら、『何事も実践が大事』とかいって、無理やり渋谷のスクランブル交差点に放り出されたりしそうだ…」
少々大袈裟に聞こえるかもしれない。
だが、俺の人生の経験則からして、本当に人混みとか、初めて会う人との会話とかにはトラウマが多いのだ。
その事はミナミも知っているはずだろう。
「あんまりお兄ちゃんをいじめたらダメですよ」
「でもさ、ミナミだってキツくないの?毎回毎回受け付けまで行かされて。ていうか、接客業全部ミナミがやってるでしょ?僕だったら嫌だけどな」 
「うん、私も嫌」
「そ、それは私もさすがに…」
「いや、別に嫌とか抵抗とかはありませんよ?大した仕事でもありませんし。それに…」
少々間を置いたあと、目を輝かせながら手を頬にあて、体をくねらせた。
「お兄ちゃんに扱き使われるなんて、とっても興奮するじゃないですか!」
なんてこった!こいつにはブラコン性癖だけではなく、ドM性癖まで追加されたというのをすっかり忘れてた!
「え、えーと…じゃあ改めてクエストに向かうか」
「そ、そうだね…」
「うん、向かう」
「あ、ちょっと待ってください」
俺達が向かおうとした時、ミナミが引き止めた。
「ん、なんですか、ミナミさん?」
「私たちに同行してくれる専門家さんを待たないとなんです。今、伝書鳩を飛ばして貰ったとこですから、もう少し待ちましょう」
「ねぇ、ミナミ。その人って街に住んでるの?」
「うーん、そこまで知らないですけど、多分そうでしょうね。受付嬢の人からは『少々お待ちください』としか言われませんでしたから」
「少々が何分なのかは気になるが、街なら歩いていった方が早くないか?」
この街は大して広くない。端から端まで徒歩30分程だ。他の街がどれくらいの大きさかは分からないが、多分それほど大きくないだろう。
「まぁそれもそうですよね…とりあえず待ってみましょう。名前とか住所とか何一つ聞かされてませんし、行こうにも行けないんですよ」
「そうだな、待つとするか」
俺達がトランプなどで適当に暇を潰していると、何やら見覚えのあるフリフリの袖、全体的に可愛らしい服装、ふわふわとした金髪の少女、アリスが現れた。
「ん、アリス?なんでこんなとこにいるんだ?」
「お店の方はどうされたんですか?」
「ストライキ?集団行動権?」
「いや、あの店自体1人で運営してますし、集団でもないですよ!?」
アリスは、「はぁ…」とため息をつくと、淡々と話し始めた。
「休業ですよ、この時期冒険者の皆さんはほとんどが内職をしてらっしゃるでしょう?だから売れている魔具店ならともかく、私の店のような売れない魔具店は、冬を越すのにお金がどうしても足りなくなるのです。だからお客さんが来ない冬の間に、冬越しの分だけでなくあわよくばもっと稼いで、最低一年乗り越えられるほど稼がないとなんですよ」
「ふーん、どんなクエストなのさ?」
「いや、あなた方が一番わかってるでしょう?」
「ん、どういうことですか?」
「いやいや、だから…」
その次の瞬間、予想もしなかった言葉が返ってきた。
「あなた方が受けるクエストの、専門家ってのがあったでしょう?それ、私のことですよ」
そのアリスの言葉に、その場の時間が止まった。
『はぁぁぁぁ!?』
「ひぇっ!?」
俺達の驚愕した声に、アリスが小さな悲鳴を上げた。何こいつ、そんな特技まであるのか?
「これでもアリスは『七つの大罪』の中でも切っての除霊魔術の使い手」
「これでもって酷いですよ…」
ああ、こいつそう言えば元魔王幹部だったわ。
ただでさえ『グラトニー・ドレイン』とかいうチート魔法があるのに、除霊まで出来るのか。つくづくなんでもありだな、と思う。
「とりあえず現場に向かいましょうか。そうしないと何も始まりませんし」
「うん、それほど遠くないみたいだし時間制限もないみたいですけど、早いに越したことはありません!」
さて、これからクエストに向かうのだが、俺には一つ気にかかることがあった。
「なあ、今回はどんな作戦で行くんだ?アリス」
しばしアリスは「うーん」と考えこみ、そして口を開いた。
「特にありませんね」
「いや、お前らよく今まで上手く生きてこれたよな!なんで後先考えないんだよ!?」
「除霊魔術使えばほとんどの霊は塵芥も同然だから、大丈夫。威力は私が保証する」
いや、確かに一度こいつの魔術を見たからすごいのは分かっている。
だが、先程の発言から察するに、除霊魔術ぶっぱなしたらそれで終わり的な感じだったので、魔術が通じればいいものの、通じなければ打つ手なしということになる。
それこそ残る手段は話のわかる幽霊ならば、全力で土下座。話にもならないような悪霊とかは…考えたくはないが、最悪『死亡』なんてこともあり得るかもしれない。
…。
心配だ、この上なく心配だ!
4
ようやっと館に着いた俺達は、2人ずつに別れて行動することとなった。俺はと言うと…。
「城と言うよりかは館っぽい感じですね、お兄ちゃん。それと…また二人っきりですね!」
「…。」
またもやこの変態妹と組まされる羽目になった!つい先日ドM性癖が明らかになり、一層こいつのことが分からなくなってきたのにこれだ。
いや、明らかキャラ食いすぎだろ。ブラコン、変態、敬語、ロリ、ドM…。これ以上濃くならないことを願うまでだ。
「ちょ、無視して先々歩かないでくださいよ!」
「話して欲しければ、一定の距離感を持ってくれ」
「兄妹に距離感なんて必要ないですよ。ほら、もっとすり寄ってくれたっていいんですよ?」
「そういうとこだよ!身内であっても異性は異性だ、ある程度の距離感ってのがあるだろうが!?」
それにこいつはいつまた新たなキャラが追加されるか知ったことじゃない。
まるでキャラ設定のびっくり箱だ。少しでもその琴線に触れると、そこから数珠つなぎで新たなキャラが追加されてしまう。
いちばん怖いのは、日常会話でもその琴線に触れる可能性があることと、本人が無意識であるということである。
まあそんなことはさておき…と置いていていいのかは知らないが、とりあえず今は館の探索だ。
俺達はある一室に足を踏み入れた。
「絵画の一種でしょうか?何やら不気味ですね…」
こいつが不気味というのも無理はない。悪魔のようなものが描かれた絵画が、一、二枚所じゃない。
何十枚、何百枚と、所狭しと壁にかけてあったのだ。
「な、なんなんだよ、これ…」
俺達が壁に掛けてある絵に気を取られていると、いきなり背後にかけてあった一つの絵画が床に落ちた!
『うわぁぁぁぁ!?』
俺達はその音にパニックとなり、ガクガクと肩を震わせながら恐る恐る振り返る…。
「な、何も無いよな?何も無いよな!?」
「えぇ、ありません!ありませんよ!?」
そ、そうだ、何かあるはずがない。確かにここにいるのは、俺とミナミだけのはずだ。
なら、何故この絵は落ちたんだ?
「あんたら、なにやってんのさ。ここはカップル出来ていいような場所じゃないよ」
『にぎゃぁぁぁぁ!?』
不意に話しかけた聞き馴染みのない声。背後から話しかけられたこともあって、完全に叫び声が裏返った。
絵画が落ちた時点で俺たちのSAN値は限界を迎えていたのだが、マイナス値まで行きそうなぐらいだった。
「全く、1人っきりの昼下がりの惰眠の最中、六人でズカズカ入ってくるやいなや、ちょっと驚かしただけで悲鳴まで上げて…。もう完全に目が覚めちゃったよ。まあ、そのうち1人…いや、あんたらも死んでんの?なんか変な感じだな…カウントが全く減ってない」
何やらベラベラと話し始めたこの少年…で会ってるよな?
正直、至極色をしたローブとマフラーのせいで、銀髪の前髪と目元しか顔が見れない。口調からして男だが、それはただの偏見だ。
性別を口調で推定してはいけない。もう経験済みだ。
「私達は兄妹ですよ!そこらのカップルと一緒にしないでください!」
「待て、ミナミ!」
俺は、変な違和感を覚えた。ふと、少年が先程言っていたことを思い出す。
「お前、さっき俺達が1度死んでるって言ってたよな。あれ、どういうことだ?」
「なんだ、そんな事か。簡単な話、君たちから『死神の吐息』が香ってきたからだよ。それも、かなり濃厚だ。半年前からって所か。その香りをとるには、最低でも二年必要なんだよ。それに、あんたらのその体は、肉体ではないでしょ?そういう類のこと、分かっちゃうんだよな、種族柄」
な、なるほど…。全くわからん!
隣を見ると、ミナミは放心状態だった。こいつ、メアリーの屋敷攻略前の時はあんなに頭回っていたのに、肝心な時にこれかよ!?
まあ、理解出来ていない俺も俺なのだが…。
「そ、そうなのか?か、カウントがどうとか言っていたが、それはどういう意味だ?」
「『デス・カウント』。スキルの一種だよ。これを使うと、相手の死亡回数を覗くことが出来るんだ。本来『死神』は死後の世界にしか存在しないため、1度も死んでいないのに『死神の吐息』が香るのもおかしい。かと言って、死後の世界からやってきた…という訳では無いようだね。だとすれば、可能性はひとつ。ごく稀なケースだけど異世界転生…いや、無理やり魂のままこちらに引っ張りこんだみたいだから、異世界転移の方が正しいね。別世界で死んだなら、カウントされないというのも頷ける」
まるで見透かされてでもいるかのような感覚が襲う。頬を一筋、汗が滴る。
「お前は、一体…?」
「そうだね、それは今から来る全員が揃ってから話そうか」
まるで、予言でもしたかのように、次の瞬間勢いよくドアが開け放たれた。そこには、ルキア、メアリー、シュガー、アリスの姿があった。
「大丈夫!?悲鳴が聞こえたけ…ど…?」
勢いよく入ってきたルキアだったが、徐々にボリュームを落とし、やがてがたがたと震えだし、シュガーの後ろへ隠れた。
「幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ幽霊はダメ…」
「大丈夫ですか?ルキアさん、私が怖いんですか?」
「いや幽霊って、メアリーの方じゃなくって、そこにいる子…。何だか怖い…。メアリーとナイトの時はこんなこと無かったのに…なんだか根本的に違うような気がする…」
根本的に違う?どういうことだろうか。こいつが幽霊じゃないってことか?
「久しいね。アリス、シュヴァ」
親しそうに、少年は呟いた。
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