転移兄妹の異世界日記(アザーワールド・ダイアリー)

Raito

第2話:転移兄妹のリスタート

 1


 ふと気がつくと、先ほどの真っ暗な部屋とは打って変わって木漏れ日が差し込んでいた。どうやら木陰で眠っていたようだ。


 ということは…。


「俺、転移したのか…?」


 ゆっくりと上体を起こし立ち上がる。隣には寝息を立てているミナミが、気持ち良さそうに眠っていた。


 服は…さっきまで着てたやつだ。


「良かった。このまま目が覚めないのかと思った」


 不意に話しかけたきたのは、銀髪に黒いゴシック・アンド・ロリータ風の服を着た少女、シュガーだった。


「物騒なこと言うな。あと、お前なんでここに居るんだ?転移ってのはアフターサービスもつくのか?」


「いや、そうじゃない。ただ帰れなくなっただけ」


  えっと、つまり…。


「お前、閉め出しくらったのか?」


 シュガーは何も言わずに、首を縦に振った。


「いや、なんでだよ!?さっきの魔法で戻ればいいだろ?」


 シュガーは少し困ったように、カードのようなものを俺に突き出した。


「なんだこれ?ライセンスってやつか?死神の」


「違う。これはこの世界のギルドでもらえるギルドカード。ステータスとかが書いてあるの」


「まんまじゃねえか」


「えっと、そうじゃなくて、ここ」


  シュガーの指差した欄には、レベルが標記されているようだった。そこに表示されていた数字は…。


「レベル5!?」


 そんなはずはない。この少女は仮にも元魔王だぞ?(自称)少なくとも、最低60くらいまで行ってるはず。


「えっと、この世界レベル5が最大レベルなのか?」


「違う、もともとはもっと上だった。でも、完全にリセットされちゃってるの。長い間、この世界に干渉してなかったからかな…」


  長い間?それって二年くらいだろうか?


「えっと、ちなみにどのくらい干渉してなかったんだ?」


 シュガーは考え込み、指を何回か折り数える素ぶりを見せた。てか、折る回数多くないか?しばらくすると、シュガーが顔を上げ、五本指を突き出した。


「五年か?結構たってるんだな…」


 俺がそう言うとした瞬間、シュガーの口から、とんでもない言葉が飛び出した。


「五百年」


 そうだ、そういやこいつ元魔王だったわ。俺は、今さらそんなことを思い出した。そりゃ歳も相当行ってるよな。


「でも、テレポートしたときは、ちゃんと魔法使ってたじゃんか」


「いや、ほとんどあのときは死神の力で使ってたから」


「だったら、またその死神の力ってのを使えばいいんじゃないか?」


 シュガーは、首を横に振った。


「ダメだった。何回試しても、全然何も起こらない」


「つまりお前…」


「うん、完全に閉め出しくらったの」


 元魔王様は、全く後先考えなかったらしい。


「なんでもっと慎重にやらないんだよ!」


「いや、もしかしたらうまくなんとかなって、レベルそのままでこの世界に帰ってこれるかなって思って」


「ちなみに、個人的に見積もったその確率はどのくらい?」


「約0.000001%ほど」


「限りなくゼロだよ!なんで成功すると思ったんだよ!!」


「いや、あなたたち転移できたらそれでいいかなって思って」


 そうか、こいつそこまで俺たちのこと考えて…そう思うと、なんだか申し訳なく思えてきた。


「そっか、ごめんな。そこまで思ってくれてたなんて…」


 すると、またもやシュガーは、申し訳なさそうな表情を見せた。


「いや、いいの。ユウマたちが私の計画に協力をしてくれれば…」


「おい、聞いてないぞその計画ってやつ。お前初めからそれが目的だったろ!」


 俺がそう言うと、シュガーは「うん」と首を縦に振った。やはり、こいつ初めから俺たちを利用するつもりだったのか!


「あっさり認めんのかよ!まぁいい、それでその計画とやらはどんなもんなんだ?」


 そう質問すると、先ほどよりもシュガーの表情が和らいでいた気がした。


「現魔王との全面戦争」


 俺は、余りものスケールのでかさに、思考が全く追いつかなかった。


「えっと、つまりお前は、駆け出しのなんの特殊能力も持たない俺たちに、最前線で魔王の洗練された化け物どもと戦えと言っているのか?」


「うん、RPGって大体そんな感じでしょ?」


  確かにシュガーの言っていることは正しい。だが…。


「あれは何回もやり直せるからいいんだよ!ボス戦前でセーブは当然なんだよ!!この世界セーブ機能あんのかよ!!」


「ないけど、生き返ることはできる。プリーストが居ればね」


 当然のように言ってくるが、プリーストってのはかなり上位職なのがゲームの決まり。しかも、蘇生術を使えるのなんて、ほんの一握りくらいだと思われる。


「本当にそんな逸材が俺のパーティになってくれんのか?」


「運が良ければ…」


 やばいこの元魔王、やっぱり何も後先考えてない。全部、成り行きでなんとかなるとでも思っているのだろうか?


「…うーん、おはようございます。これ、転移成功したんですか?」


 今まで爆睡し、完全に空気と化していたミナミが、「ふぁ〜」と大きなあくびをし、起き上がった。


「二人起きたことだし、そろそろギルドに行こう。ここからちょっと歩くよ。私について来て」


「おーい、話はまだ終わってないぞ!!」


「残りのことは、後でゆっくり話すから」


  後というのは、十年後くらいだろうか? あまり、いや、全くすっきりしない心中、ミナミは能天気に、


「ギルド、楽しみですね!どんなところなんでしょうか?」


 なんてことを言っていた。自分の置かれている状況を少しは把握してもらいたいものだ。


 ていうか、「ユウマたちが協力してくれれば」と言っていたあたり、やはりこの3人で冒険するのは確定だろうが、本当にこんな後先考えない奴と、能天気な奴がパーティで大丈夫だろうか?


 嫌な予感しかしない。もしも、これからこのパーティが増えるのなら、もっとまともな奴が来て欲しいものだ。俺、イリヤユウマはそう心から願ったのだった。


   2


 歩いて数分、俺たちは出店が立ち並ぶ商店街のような場所にやってきた。商品を見てみると、野菜、果物、魚などから、薬品や薬草まで様々であった。


「本当、なんでもありそうだな、ここ」


「ですねー。あ、あれ見た事あります!バジルシードドリンクですよ!美味しそう!美味しそうですよ!お兄ちゃん!あれ、買ってきますね」


「ちょっとまて。俺たち、まだこの世界の通貨持ってないだろ。買いたくても買えねーよ」


「そっか、残念です…」


 ふと、今までミナミが言っていたバジルなんとかを見てみると、完全に見た目蛙の卵が、瓶に詰められていた。ていうか、あれ、なんか見たことある。
 どっかの国の郷土料理みたいな感じか。もしかしたら、俺ら以外にも、地球からやってきた人間がいるのかもしれない。


 ていうかあれ?ちょっとまて。あの瓶の中でなんかオタマジャクシみたいなものが泳いでるように見えるのだが、気のせいだろうか。


 いや、気のせいじゃない。これあれだ。見た目インパクト強すぎて、原材料知らないパターンのやつだ。見た目蛙の卵じゃなくてあれ、本物の蛙の卵だ。


 てか、この世界にも蛙はいたのか。とりあえず、少々店員に話を聞いて見た。


「あの、この瓶、何に使うんですか?」


「ああこれはな、ときどきアルケミストの人が買ってくんだよ。なにも、錬金術とかで使うらしくてね」


「そ、そうなんですか。ありがとうございます」


 結局、飲み物でもなかった。なら、なんで名前にドリンクとついているのだろう。てか、名前に悪意ありすぎだろ。


 見た目一緒で名前一緒でも、全然用途が違うじゃねーか。そんなことを考えていると、さっきの店員が話しかけてきた。


「なあ、にいちゃん。この街は初めてか?」


「ああ、はい。ついさっき来たばかりで…」


「そうかい、ならゆっくりしていきな。ここは小さな街だが、安全ではあるからな」


 そういうと、店員は、黒く焼けた肌とは、反対の真っ白な歯を見せてニカッと笑った。俺は、軽く会釈すると、少し先で待っていた二人と合流した。


「なあシュガー、この街の人は、気前がいいな」


「そうだね。私は来るのは初めてだけど」
 そうか、こいつもこの街に来るのは初めてなのか…。


 あれ、ちょっとまて。いまこいつ、とんでもないこと言ってなかったか?


「おい、シュガー。お前、この街初めて来るんだよな」


「うん、さっきそう言った」


 と、シュガーは「なに当たり前のこと言ってるの」とでも言いたいようだった。さすがに、今回ばかりはミナミも足を止めた。


「…えっと、地図とかで道覚えてるんですよね?」


「いや、ここそんなに有名な町じゃないし、地図もそんなに出回ってない」


 ミナミの表情が一瞬完全に凍った。


「な、なら、私たちはどこに向かってるんですか…?」


 ミナミの素朴な疑問に、シュガーは「はて?」と首を傾げた。


「お前も道分かんないのかよ!なにが私について来てだよ!!それ以前、なんで転移先にここ選んだんだよ!?」


「いや、あれランダムテレポートだから、自分で場所指定できないの。ドラゴンの胃袋じゃなかっただけマシ。それに、ギルドは適当に歩いてたら見つかると思って…」


『無責任すぎるし、見つかるわけないだろ(ですよ)!!』


 俺とミナミの声が、盛大に被った。


 3


 あれから、例の店員に、ギルドへの道を尋ねた結果、俺たちが歩いて行った方角の真反対の位置にあるということが判明。


 俺たちは、完全に骨折り損のくたびれ儲けだった。いや、実際は儲けなど一つもなく、ただくたびれただけである。


「いや、結構かかったね」


「誰のせいだ、誰の!」


 当の本人は、全く詫びる様子もなく、そんなことを言っていた。


「お、お兄ちゃん。落ち着いてください!」


 ミナミが俺を宥めていると、


「二人とも、言い争ってないで早く入るよ」


 俺たちの言い争いの元凶は、さっさと一人ギルドに入ろうとしていた。


 あれは、もう何を言っても無駄っぽいな。


 ちなみに、手続きに必要なルナはもうシュガーから貰った。
 ルナとは、いわば金貨のこと。シュガーの見解では、1ルナ=十円くらいだという。


「ギルドって、入るとなにかあるのか?」


「ギルドマスターから恩恵が受けられる。でも…、ここにはいないみたい」


「まぁ、とりあえずはってとこですね」


「うん、だからここには冒険者が少ない。血気盛んな人たちはみんな長い時間をかけて他のギルドの街まで引っ越すから」


 ふーん、現在ここは過疎化が進行中って訳か。なかなかハードなところにやって来てしまったかもしれない。


「お、おい。ギルドの手続きってマンツーマンでやるのか?専用の機械とかないのか?」


「そこまで進歩してない。魔具ならあるけど」


「シュガーちゃん、お兄ちゃんは、高度のコミュ障なんです。コンビニの店員さんともロクに顔も合わせられないんですよ」


「なら、どうして私とは話せたの?」


「さあ、どうしてでしょう?」


 ミナミはそういうと、うーんと考え込んだ。


「も、もうその話終わろうぜ?ほ、ほら、もう順番近いしさ、な!?」


「お次の方、どうぞー」


「はいぃ!」


 不意打ちで完全に声が裏返った。斜め後ろ辺りで二人が何やらひそひそと喋っているが、とりあえず呼ばれた席に腰掛ける。


「あ、あの…本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ふと、声をかけられた方をみると、受付嬢の人は、苦笑いを浮かべていた。やばい、超恥ずかしい。とりあえず、用件だけでも…。


「ぎ、ギルドカードを作りにきたんですが…」


 すると、一瞬会話の流れが止まった。そして、しばらくの沈黙の後、


「ああ、ギルドへの入会ですね?では、こちらのペンに、手を添えて頂けるだけで結構です」


 すると、俺には羽根ペンとわら半紙のようなものを渡された。言われた通り、羽根ペンに手を添える。


 すると、ひとりでにペンが動き出し、やがて止まった。


「あ、あの。終わったみたいです」


「…あぁ、では、しばらくお待ちください」


 すると、おねえさんは、受付の奥へと歩いて行った。「ふぅ」と、ため息をつくと同時に、全身の力が抜けて行く。


「お待たせしました!こちらがギルドカードになります。あとは、職業の方ですが、剣士、弓使い、魔法使いから選んでもらえますか?」


 少々肩をビクつかせたが、前回のように間抜けな声は出なかった。とりあえず、質問に答えておく。


「な、なら剣士で…」


「…はい、これで終了です。良きギルドライフを!」


「あ、はいどうも」


 俺はそういうと、さっさとシュガーのところへ戻った。


「どうだった?受付」


「マジで地獄だわ…」


 俺とシュガーが話していると、どっと大きな歓声と拍手が起こった。


「な、なんだ?」


「あそこ」


 シュガーの指差す方向を見ると、人だかりができていた。あそこは確か、ミナミが並んでいた受付カウンターだった筈だ。


 …嫌な予感しかしない。


 とりあえず、俺はシュガーを連れて、その人混みの方へ歩き出した。案の定、そこにはミナミが居た。


「お前、なんかやらかしたのか」


「違いますよ!これです、これを見てください!」


 ミナミは、ギルドカードを掲げて、自慢げに鼻をすすった。おれは、一瞬目を疑った。


「プリーストの才能があるらしく、なっちゃいました!かなりの上位職で、なれる人も極僅か。お兄ちゃん、私、凄くないですか?惚れちゃいましたか?」


 嘘だろ?そんな事ってあるのか?こんな能天気な奴に限って上位職なんて、神様が割り振ったパラメータってのは、至極適当なんだな。


「ミナミ、すごい。見直した」


 シュガーがミナミに、賞賛の言葉を送った。


「ありがとうございます、シュガーちゃん!」


 そういうと、ミナミはシュガーの頭を撫でくりまわした。二人はかなり気が合うのかもしれない。


「ちょっと待て、俺の選べる職業の中に、プリーストなんてなかったぞ?」


「プリーストは、本来なら魔法使いの上位職なんだけど、ごく稀にプリーストの才能があるひとがいるの」


「何それ理不尽!」


 というか、いつの間にやら、もう日が傾いていた。


「なあ、宿屋とかってあるのか?流石に野宿はごめんだ」


「それなら、ルナを払えば泊めてもらえる」


 シュガーはジャラジャラと金貨袋のようなものを見せた。


「それ使えば、この世界でも買い物とか、宿に泊まったりできる。クエストでも手に入るの」


「クエストとかもあるんですね。いってみましょう」


「また今度、な。まずは宿探しだ」


「あ、忘れてました!バジルシードドリンクを買いに行かなくちゃ!」


「それはやめとけ」


 俺は嬉々とカエルの卵を食しようとするミナミを引き止め、シュガーの後を追った。
 ん?こいつ、ここに来るの初めてなんじゃ…?


 4


「いや、宿に泊まることができてよかったですねー」


 三人部屋の宿を探すのに、かなり苦労した。なんせ、異世界で右も左も分からない状態で、シュガーはこの街の知識は全くない。


 その上こいつが、「元魔王とはいえ一人にさせて、何かあったらどうするんですか!?」と、などとうるさいため、二人は同じ部屋になった。


 なら、俺が一人部屋を使えばいいのだがミナミ曰く、「お兄ちゃんと一緒の部屋じゃないとヤダヤダヤダヤダヤ(略」とうるさかったので仕方なく、三人部屋のあるこの宿になったのだ。


「お兄ちゃん、大浴場一緒に入りましょう!」


 ミナミは、そんなバカなことを言い出した。


「この宿混浴無いだろ、あっても入らないけど。シュガー連れていってこい」


「む〜、釣れないですね。じゃ、行きましょうか、シュガーちゃん」


「うん、大浴場行く。楽しみ」


「おう、行ってこい。俺はお前らが上がって
 から入るから」


「女湯にですか?」


「男湯にだよ!」


「ミナミ、早く行こ?」


 またもやバカな発言をしているミナミを、シュガーが急かす。こいつのこういうところは、案外子供っぽい。


「あ、はーい、もう行きますよ。じゃ、いってきますね!」


「うん」


 ふう、これでゆっくりできる…。


「お風呂場の妹の残り香で興奮とか…」


「早く行け!残り香も何も、入る風呂が別だろ!」


 バタン、とドアが閉められた。今度こそゆっくりできる。絨毯に寝転び、天井を見上げる。
 そういえば、今まで、暇さえあればpcを触っていたが、本当に暇な時って、ほとんどなかったな。


 まあ、たまにはこんな何もしない時もありかなと思い、ふとギルドカードを眺めた。これから、俺たちの物語が始まるんだ。そう考えると、無性にわくわくしてきた。


 何の虫かはわからないが、夏の夜を感じさせる儚い虫の声が、俺の鼓膜を震わせる。
 しばらくすると、足音が聞こえてきた。


「ただいま帰りましたー!」


「ただいま」


 帰ってきた二人に、俺は、


「おかえり」


 と、返した。

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