スポットライト

三浦しがゑ

仲人⑩

「エイトナインの菅原でございます。いつもお世話になっております。昨日は…。」
 「君からの電話を待っていたよ。」
 菅ちゃんの会話を遮って会長の低い声が響いた。
 「悪いが、僕は2時間後には出かけなければならない。これからこちらに来れかるな?」
 「は、はい。すぐに伺います…。」
 菅ちゃんは、受話器を持ったまま深々と頭を下げると、静かに受話器を置いた。

 「僕からの電話を待っていらっしゃったようです。」
 消え入りそうな声だった。
 「その様だな。」
 僕たちは重い腰を上げると、部屋を後にした。
僕たちが出かけるのに気づくと、真奈美が顔を上げた。
 「お出かけですか?。」
 「ああ。小野瀬会長に会ってくる。」
 「そうですか、どうぞ宜しくお伝え下さい。」
 僕らは、真奈美の笑顔に送り出された。

 通りに出てタクシーをつかまえると、僕達は無言でタクシーに乗り込んだ。行先を告げると、タクシーはすべる様に走り出す。いつもならば渋滞するこの道も、何故だか今日はスムーズで、この分だと思ったよりもかなり早く目的地に着きそうだ。
 「ともすると、会社も立ちいかなくなるかも知れませんね…。」
 菅ちゃんがボソリと呟いた。
 「ああ…。」
 「通常であれば、真奈美を首にして、それをもってお詫びとするのでしょうが、僕にはそれはできません。」
 菅ちゃんは正面を見たまま、自分自身に言い聞かせるように、いや、僕に彼の決意を告げる様にそう言った。
 「真奈美は、エイトナインの立ち上げ以来のスタッフだ。菅ちゃんの思い入れも深いだろう。君の思う様にすればいい。」
 僕は全面的に菅ちゃんに同意したつもりでそう言った。しかし彼は、前を向いたまま、静かにこう言った。
 「先生、いつうちのスタッフになったかなんて問題ではありません。エイトナインの社員である以上、彼らは僕の家族です。彼らが望むなら、その全てにおいて、僕には彼らを守り通す責任があります。考えてもみて下さい。家族の不手際で、物質的に苦労する事はあっても、その事で家族の絆が揺るぐ事はないはずです。僕は、たとえこれが昨日入ったばかりのスタッフがした事であっても同じ事を思うはずです。」
 
僕は、組んでいた両手を静かにひざに置き、姿勢を正した。そして、この菅原という男と共に仕事ができる喜びを、今更の様にかみしめていた。


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