スポットライト

三浦しがゑ

仲人③

「仕事も増えてきたし、アルバイトを雇わないとな。」
と菅ちゃんが事務所前に張り紙を出したその日に、彼女はいきなり面接に現れたそうだ。聞けば、ある日突然、客室乗務員という職業に嫌気がさし、その日のうちに辞表を提出したそうだ。そしてフライトの調整も全て終え、晴れて退職となったその日に、たまたま通りかかって見つけたエイトナインの「アルバイト募集」の張り紙を見て、そのまま面接を受けたらしい。彼女は、面接時、エイトナインの業務内容を全く知らず、又もちろん、当時のエイトナインの中心業務であったイベントの企画に関しては全くの素人であった。彼女の経歴その他を聞いた後、菅ちゃんが、
「今までとは全く違う職種で、しかもアルバイトなのに、なぜうちに面接に来たのか?」
と問うた所、
「これも何かのご縁だと思いまして」
と答えたそうだ。そしてしばし雑談した後に、いきなり
「私、ここに決めましたから」
と言ったらしい。唖然とする菅ちゃんを前に
「だって社長、あなたはとても魅力的ですから」
と言い、いわゆる逆採用という形での採用となって、現在に至っている。僕はエイトナインと仕事を始めてしばらくして、この「逆採用物語」を菅ちゃんから聞いたが、大して驚きもしなかった。少しずつ彼女を知っていく中で、「真奈美ならあり得るだろうな」と思ったからだ。
僕が思うに、真由美は彼女なりの強い哲学を持っている。その一つが、「誰に対しても等身大でいる」という事だ。平たく言えば、役職や身分で人との関わりを変えない。もっと言うならば、彼女にとって「役職や身分」は「どこの誰がつけたか分からない呪文」にしかすぎず、彼女にとって最も重要な事は、名刺に書いてある「呪文以外の余白」つまりその人そのものである。彼女は特に、初対面の人に対して、彼女のその絶対的な哲学を通した。面白い事に、どんなに自信満々で、“ある職業のエキスパート”と呼ばれる人でも、腹にイチモツもニモツもありそうな人物は、何故か正面切って彼女と話せない。しばらく彼女と話をすれば、途端に目が泳ぎだし、逃げる様に帰っていく。
僕も菅ちゃんも、それなりにたくさんの人々と出会い、又少々痛い思いもしてきているので、自分達の人を見る目にある程度は自信があるが、それでも「この人物が、今後一緒に仕事ができる人物かどうかわからない」場合には、まず、真奈美と話をさせる事にしている。

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