スポットライト

三浦しがゑ

伴侶①

「監督さんがねぇ。」
 母は両膝に置いた手を組んだり外したりしながら僕と監督との再会の話を聞いていた。母は友人の息子さんの結婚式に招かれて昨日から東京に来ていたのだ。式の帰りに事務所でおち合って、これから食事に行く事になっていた。
 「昔から、“この世でやるべき事がなくなった人から順番に神様のもとに帰る”というけど、とおるちゃんにしろ監督さんにしろ、良か人からあちらに呼ばれていくのは、残された者にとったら、やっぱり辛かねぇ。」
 しんみりと独り言の様に言った。
 夕食まではまだ少し時間がある。
 「コーヒーでも入れましょう。」
 菅ちゃんが席を立った。
 僕が座っている位置からは丁度給湯室が見える。コーヒーを入れている菅ちゃんを何となく見ていた。
 「お疲れ様です。」
 事務所のドアが開いて、木田洋子が入って来た。給湯室の菅ちゃんと話し、僕達に気づくと近づいて僕と母に挨拶をした。母と洋子が会うのは今日が初めてである。洋子は挨拶を済ませると給湯室の菅ちゃんの所に行き、また二、三言、言葉を交わした。
 「彼女、事務員さんね?。」
 「いや、うちの専属のデザイナーたい。まだ若いけど、素晴らしか感性の持ち主ばい。」

 洋子のデザインセンスは誰もが評価している。確か7冊目の僕の写真集から彼女がデザイナーとして関わったはずだ。当初デザインは、もう他の人に任せる事でほぼ決定していた。写真集に関わる全ての人選も終えた時、彼女が飛び込みで彼女自身を売り込みに来た。大学でデザインに興味を持ち、親の反対を押し切って、大学を中退しデザインの専門学校に通ったそうだ。当時そのデザインスクールを卒業したばかりで、仕事という仕事は全くやった事がないとの事だった。彼女がエイトナインにやってきたのは、「僕の写真が好きだ」というただそれだけの理由だった。たまたま彼女が来た時僕もオフィスの別の部屋にいて、応対している菅ちゃんと彼女の姿が、少し開いていたドアの隙間から見えた。
 「悪いけどもう、他の人に決まっちゃってるし、それに君、こう言っては悪いけどついこの間まで学生だった訳でしょ。そんな素人同然の君がいきなりデザイナーとしてやれる程この世界は甘くはないんだよ。君がどんな作品を作るかも全くわからないし、とにかくもう少し他で勉強してきて、それでもどうしてもうちでやりたければ、又ここに来なさい。」
 世間知らずの学生に諭す様に言っていた。これで諦めて帰るだろうと思ったが、彼女はそれでも食い下がった。

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