スポットライト

三浦しがゑ

再会②

「そんなに邪魔なら、帽子を脱げはいいのに。」
そう思った時その男性が次の作品へと歩き始めた。右肩を少し下げ、右足を少しひきずる様にして歩いている。僕は息を呑んだ。忘れもしない、忘れるはずがない。この十年間片時も忘れる事のなかった人物だ。
「か、監督。和葉監督。」 
僕は夢中でかけ寄った。
「監督、ご無沙汰しております。監督…。」
驚いた顔をした監督の顔が涙で滲んで見えなくなった。
「僕は僕は…。」
そう言ったきり監督の手を握ったままただ涙を流した。監督が僕の肩を抱き、あの大きな手で僕の背中を二三度叩いた。この手の中で育てられたのだと今更ながらに思っていた。


「後のスケジュールは僕が調整しますので、ゆっくりとお時間をお取り下さい。」

いつもの事ながら菅ちゃんに助けられて監督と僕は外に出た。話したい事はたくさんあるのに何から話していいのか、まるで言葉が出てこない。
「やはり見つかってしまったな。」
監督がおどけて舌を出して見せた。
「僕が監督と気づかないはずはないじゃありませんか。」
 そうは言ったものの実際には監督はとても痩せていてひとまわりもふたまわりも小さくなった印象を受けた。彼の歩き方を見なければ監督とは気づかなかったかもしれない。
 「何年監督にしごかれたと思っているんですか?」
僕が笑ってそう言うと監督は照れくさそうに何度かうなづいた。
 「良かったよ。とにかく良かったよ。あの後私もずいぶん心配したんだがな。お前が野球ではないにしろ、自分の生きていく道を見つける事ができて本当に良かった。私も安心した。」
 そして道の向こうに向かって大きく手を上げた。初老の女性がベンチに座ってこちらを見ている。
 「家内だよ。覚えているか?せっかくだから3人で飯でも食おう。」

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