スポットライト

三浦しがゑ

日常②

それから2日後、菅ちゃんが僕の自宅兼スタジオにひょっこり顔を出した
 菅ちゃんは滅多にここに来ない。“ちょくちょく顔を出せよ”と言うと“ここには写真の神様が宿っていらっしゃいますから、ここば僕が来る様な場所ではありません”と冗談とも本気ともつかない顔で言っていた。その彼が何年かぶりにここに顔を出した。
 「先生、ちょっとよろしいですか?」
 二人ともスタジオの隅にある小さな丸テーブルに向かい合って腰を下ろした。
 「先日の件、僕なりに考えてみました。結論から言うと、あの写真の権利を5年間由香里さんに預けてみてはどうかと思うんです。」 
 そう言うと、いくつかの資料をかばんから取り出した。
 「仮にあの写真の権利を由香里さんに一時貸し出して地方やその他のホールなんかでイベントとして使った場合、どれくらいのニーズがあるのかまた、いくらくらいの使用料が由香里さんに入るのか調べてみました。」
 差し出された資料には、日時とホールやデパートの名と思われる名前がずらりと記入されており、その右側にそれぞれの貸し出し料と思われる金額が書いてある。
 「とりあえず、今から半年間のスケジュールを仮押さえしてみました。僕の知り合いや仕事関係者に問い合わせた所、皆さん喜んでイベントを組んで下さいました。とりあえず半年間しか組んでいませんが、この形をとれば長く見積もっても約5年間で由香里さんの必要な金額には届くと思います。むこう5年間のこれに関するスケジューリングその他は僕がやらせてもらいます。写真の権利そのものを由香里さんに譲渡するという件についても考えてみましたが、先生の出世作を由香里さんに差し上げるのは由香里さんにとっても重荷になるかと思いましたし、何よりも、自分の為に先生があの作品を手放す事をとおるさんが望まれないのではないかと思いまして。」
 菅ちゃんが顔を上げて僕の顔を見た。充血した赤い目、菅ちゃんには珍しく無精ひげを生やしている。ただでさえ写真集で忙しいこの時期にあれから寝ないで関係先に問い合わせてくれた違いない。僕は彼の顔をまじまじと見つめた。菅ちゃんの顔が急にこわばった。
 「出すぎた真似をしたのであれば謝ります。」
 僕は菅ちゃんの手を取って頭を下げた。
 「本当にありがとう。助かった…。」
 菅ちゃんが力強く、僕の手を握り返した。

 それから一週間と経たたないうちに、この件に関する契約書が由香里とエイトナインの間で交わされた。
 「すぐる君、ほんとにありがとう。もう、何て言っていいのか…。とおるさんも感謝してると思う。」
 泣きながら由香里から電話があった。
 「由香里、次にこの件の話をするのは全てが終わった5年後な。その間は菅ちゃんと連絡をとってやってくれ。あいつは俺が心底信頼しているやつだから、何かあったら菅ちゃんに相談すると良か。それから、一つお願いがあるとばってん、もし、とおるが夢に出てきたらとおるに“いつか一緒に飲みたかなー”って伝えておいてくれんかいな?。」
 二人とも笑って電話を切った。僕の心はすこやかに晴れわたっていた。

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