美少女は保護られる〜私の幼なじみはちょっと変〜【完】

邪神 白猫

君はやっぱり大切な人







 これは、花音が中学生になったばかりの頃のお話しーー。














『花音! ダメだよ、妊娠したらどうするの?!』




 昨日、学校の廊下でひぃくんが言い放った言葉。


 それを思い出し、沸沸ふつふつと怒りが込み上げてくる。


(あんなに大勢の人がいる前で……っ。私がどんなに恥ずかしかったか……。もう、ひぃくんとは口利かないんだからっ!)


 そう心に決めると、一階へ降りてリビングの扉を開いた。


 私の視界に入ってきたのは、お母さんと楽しそうに話しているひぃくんの姿。


(……なんで毎朝いるのよ)


 さっきだって、目が覚めたら私のベッドにはひぃくんがいた。
 小さな頃から当たり前だとはいえ、もう中学生なんだから流石に辞めて欲しい。


 ーーそれに今、私は怒っているのだ。


 数分前、お兄ちゃんに連れられて私の部屋から出て行ったひぃくん。
 てっきり自分の家へ帰ったと思っていた。


 私の姿を視界に捉えたひぃくんは、嬉しそうに微笑むと私に向けてヒラヒラと手を振ってくる。
 それをプイッと顔を背けて無視をすると、そのままダイニングへ行き空いている席へと着席する。


「……おはよう、お母さん。お父さん」
「おはよう」
「おはよう、花音」


 私の挨拶に笑顔で答えてくれるお母さん達。


「今日のご飯も美味しそうだねっ」


 そんなことを言いながら、私の隣に座り直したひぃくん。


(……なんて図々しい人なんだろう)


 毎朝当たり前のように我が家で朝食を食べるひぃくんに、呆れて小さく溜息を吐く。


 誰も、この状況をおかしいとは思わないのだろうか?


 チラリとお母さん達を見てみると、ひぃくんと楽しそうに会話をしている。
 その光景を見た私は、また小さく溜息を吐いた。


(お母さんもお父さんも、ひぃくんに甘すぎるんだよね……。二人共、絶対にひぃくんの見た目に騙されてるよ)


 どうやら、私の味方はお兄ちゃんしかいないらしい。


 ジッと目の前のお兄ちゃんを見つめていると、私の視線に気付いたお兄ちゃんは優しく微笑むと口を開いた。


「花音。早く食べないと遅刻するぞ?」
「……はい」


 私の気持ちに気付いてくれないお兄ちゃんにガックリと肩を落とす。


 仕方なく黙って朝食を食べ始めた私は、横から話しかけてくるひぃくんをその後もずっと無視し続けたのだったーー。
 











 ※※※












 その日のお昼休み、私は机の上に置かれた牛乳を見つめて溜息を吐いた。


(牛乳嫌いなのに……)


 私の学校では、昼食はお弁当なのに何故か牛乳だけは毎回配給される。
 私にとっては、もはや迷惑でしかないこのルール。


 幸い、残しても何も言われないので問題はないのだけど……。


(毎回必ず残すんだから、わざわざ配ってくれなくてもいいのに……)


 チラリと横を見ると、ニコニコと微笑むひぃくんと視線がぶつかる。


(……何でひぃくんが一年の教室にいるのよ)


 私が入学してからというもの、お昼になると必ずひぃくんは私の教室へやって来て一緒にお弁当を食べるのだ。


 問題ないとはいえ、そんな事をするのはひぃくんぐらいだ。
 一年生の教室に三年生がいるなんてあり得ない。


 朝からずっと無視しているというのに、相変わらずニコニコと微笑みながら隣にいるひぃくん。


 きっと、どこか頭のネジが緩んでいるんだと思う。


(顔だけ見ればイケメンなのにね……)


 私はひぃくんから視線を外すと、机に置かれた牛乳を持って席を立ち上がった。


「花音。いつも言ってるけど、ちゃんと牛乳飲まないとダメだよ?」


 心配そうな顔をしてそう告げるひぃくん。


 そんなひぃくんをチラリと流し見て無視をすると、牛乳を返却する為に教室を歩き出す。


(牛乳なんて飲まなくたって生きていけるもん。ひぃくん、心配しすぎ)


「花音!!」


 突然の大きな声に驚いた私は、ビクリと肩を揺らすと立ち止まって後ろを振り返った。


 教室中が、ひぃくんの発した大きな声に驚いて注目をしている。
 

「牛乳ちゃんと飲まないと、赤ちゃんが大きくならないよ?!」




 ーーー?!!




 ひぃくんの放った言葉に、教室中が一気にシーンと静まり返った。
 そんな中、教室の真ん中で呆然と立ち尽くす私。


 私の手から滑り落ちた牛乳は重力に逆らうことなく床へと落ち、静まり返った教室でボトッと鈍い音を響かせた。


(何を……っ言ってるの……? 赤ちゃん……?)


 呆然とひぃくんを見つめたまま立ち尽くしいると、クラスメイト達の視線が一斉に私へと向けられた。


「……っ……?!!」


(……そっ、そんな目で見ないで……っ。私っ、……私……っ赤ちゃんなんていないから……っ!)


 昨日の妊娠発言といい、たった今放たれた赤ちゃん発言に、皆んな私が妊娠中だとでも思ったのだろうか。


(なんて最悪なの……っ。……赤ちゃんて何よっ?!)


「……あっ、赤ちゃんが大きくならないって何?!!」


 皆んなの誤解を解こうとひぃくんに投げかけた質問。
 するんじゃなかったと、数秒後に私は後悔することになる。


「だって……。花音のおっぱい、大きくならないよ?!」




 ーーー?!!




(おっ、おおお、おっぱ……?!!)


 一気に真っ赤になる私の顔。


(なっ、何てこと言うのよ……っ?! おっぱいなんてっ……。おっぱいなんて大きな声で言わないでよぉ……っ!!!)


 周りの男の子達の顔もほんのりと赤く染まり、顔を俯かせながらもチラチラと私を見ている。


(し……死にたい……っ)


 教室の真ん中で、一人立ち尽くして公開処刑をくらう私。


(もう嫌だ……。ひぃくんのバカっ! もう絶対、ひぃくんとなんて口利かないんだからっ!!)


 私は涙目になった瞳をギュッと閉じると、羞恥に顔を俯かせたーー。 












 ※※※












 ーーその日の放課後、私はお兄ちゃんを待たずに学校を出た。


 だってひぃくんがいるから。


 登下校は必ず一緒にするようにとお兄ちゃんからは言われているけど……。
 今は、ひぃくんの顔も見たくなかった。


 ひぃくんのせいで私の中学校生活はめちゃくちゃだ。
 それでも、嫌いになれない自分が情けない。


 小さい頃からずっと一緒だったひぃくん。


 とっても変なひぃくんだけど、昔から私にとても優しくしてくれる。
 そんなひぃくんを知っているから、どんなに振り回されても嫌いにはなれないのだ。


 私は小さく溜息を吐くと、トボトボと一人で住宅街を歩いてゆく。


 足元に向けていた視線をチラリと上げてみると、道路脇に立つ一人の男の人が視界に入る。
 私はさほど気にも留めずに、すぐ横を通り過ぎようと歩みを進めた。
 ーー次の瞬間、横から伸びてきた手に突然腕を掴まれ、そのまま脇道へと連れ込まれた。




 ーーー?!!!




(……っ?!!)


 パニックで硬直してしまった私は、声を上げることも忘れてただ目の前の男の人を見上げた。


 ハァハァと息を荒げて不気味に微笑む男の人。
 その姿は、なんだかとても気持ちが悪い。


 背中にゾクリと嫌な空気が流れる。


「き、君……。凄く、可愛いね」


 私を見てニヤリと不気味に微笑む男の人。


(っ怖い……)


 ガタガタと震え始めた私の身体。
 恐怖で声すら出なくなってしまった喉は、小さく唾を飲み込むとコクリと音を鳴らした。


(に、逃げなきゃ……っ)


 そうは思うものの、私の足は地面にピタリと張り付いて動かない。


 ハァハァと息を荒げながら、私へ向けて手を伸ばしてくる男の人。


(やっ……ヤダッ!!)


 恐怖に思わずたじろいだその時、ヨロリとよろけた私の足は張り付いていた地面から一歩後ろへ後ずさった。
 その勢いのまま、クルリと背を向けて一気に走り出す。


(っ……怖いっ……怖い! 誰か助けて……っ!)


 通りに出る寸前、グイッと腕を引かれて再び捕まった私は、後ろへよろけるとそのまま男の人に抱きつかれた。
 

 ハァハァと息を荒げながら、私に腰を押し付けてくる男の人。
 何をされているのかよくわからない私は、ただただ恐怖に震えた。


 胸の前でギュッとかばんを抱きしめると、ただ黙って身体を縮こませる。


(怖いっ……怖いよ……っ)


 気付けば私の瞳からはポタポタと涙が溢れ、流れ落ちた涙は地面に点々とシミを作っていった。


「「ーー花音っ!!!」」


 微かに聞こえてきたその声にゆっくりと顔を上げてみると、お兄ちゃんとひぃくんが焦った顔をして走ってくる姿が視界に写る。


「……っ……ゔっ……」


 安堵感から大量に溢れ出てくる涙で視界がぼやけたその時、ひぃくんが男の人を掴んで私から引き離すとそのまま殴り飛ばした。


 すかさず、地面に転がる男の人をお兄ちゃんが押さえつける。


「……花音っ!! 大丈夫?!」


 クルリと私の方へと振り向いたひぃくんは、焦った顔をして私を見つめた。


 相変わらず上手く声が出せないままの私は、ギュッと鞄を抱きしめるとボロボロと涙を流した。
 そんな私を見て、悲しそうな顔を見せたひぃくん。


 ゆっくりと私に近付くと、フワリと優しく私を抱きしめてくれる。


「怖かったね……。よしよし、もう大丈夫だよ」


 そう言って、優しく私の頭を撫でてくれるひぃくん。


 私は堪らずひぃくんに抱きつくと大声を上げた。


「こわっ、がっ……だよぉ……っ!!」


 鼻水を垂らしながら泣き喚く私を嫌がるでもなく、ずっと優しく抱きしめてくれるひぃくん。


「うん、怖かったね。もう大丈夫……大丈夫だよ」


 私を安心させるようにして頭を撫でながら、何度も大丈夫だと優しく囁いてくれるひぃくん。


(ひぃくん……っひぃくん……。ごめんなさい……っ。無視して、ごめんなさい……っ)


 ひぃくんはいつだって優しい。
 私が無視していたって、こうして必ず助けに来てくれるのだ。


 だからどんなに振り回されたって、ひぃくんを嫌いにるなんて絶対にあり得ない。


 ちょっぴり変なひぃくん。
 だけど私にとっては大切な人。これはきっと、この先もずっと変わらない。




 ひぃくんは、昔から私の大切な人ーー。












 ー完ー








 


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