美少女は保護られる〜私の幼なじみはちょっと変〜【完】
君とハッピーバレンタイン パート3
ーーバレンタイン当日。
人もまばらになった放課後の教室で、彩奈の席の前で立ち止まった私は、一度小さく息を吐くと彩奈に向かって声を掛けた。
「ーー彩奈」
私の声に反応してゆっくりと顔を上げた彩奈。
心なしか、その表情は少し緊張して見える。
机の横に掛けられた紙袋をチラリと見ると、彩奈に向けて優しく微笑む。
「今から……渡しに行くんだよね?」
「……うん」
やはり緊張しているのか、彩奈はぎこちない笑顔を作ると小さく頷いた。
「そっか……。頑張ってね、彩奈」
「うん。ありがとう」
そう言ってニッコリと微笑んだ彩奈。
結局、私が彩奈にしてあげられる事といったら、こうして「頑張れ」と声を掛けてあげる事以外に何もないのだ。
(あとは、お兄ちゃんと彩奈が上手くいくように祈るだけ……)
目の前で可愛らしく微笑む彩奈を見て、心の中でそんな風に思う。
「ーーかのーんっ」
ーーー!?
突然ガバッと後ろから抱きしめられ、驚いた私はビクリと肩を揺らした。
背後から仄かに香る心地よい匂いに小さく安堵の息を漏らすと、振り返りざまに口を開く。
「……っもう。ひぃくん、驚かさないで」
「ごめんねー」
フニャッと笑って小首を傾げたひぃくんは、頬を膨らませて怒る私を見てクスクスと小さく声を漏らす。
「まだ帰らないの? 早く花音のチョコ貰いたいなー」
帰宅してから渡すと、予め伝えてある私のチョコ。
それが余程楽しみなのか、ひぃくんはニコニコと微笑みながら私の顔を覗き込む。
「うん。……もう少しだけ待ってて、ひぃくん」
「うんっ」
私の言葉にニッコリと笑って答えたひぃくん。
何も協力ができないなら、せめてお兄ちゃんのところへ行く彩奈を送り出してから帰りたい。
(きっと、今の彩奈は不安と緊張で一杯だろうから……)
ゴソゴソと紙袋を漁りだした彩奈を横目に、そんな事を思う。
紙袋から綺麗にラッピングされたチョコを取り出すと、それをひぃくんの目の前へ差し出した彩奈。
「ーーはい響さん、義理チョコ。花音にあげたのとは味違いだから、花音と半分こにしてあげてね」
「うんっ。ありがとー」
堂々と『義理チョコ』だと宣言する彩奈からチョコを受け取ると、私に向かって「半分コしようねー」と言ってフニャッと微笑むひぃくん。
「あっ……う、うん。そうだね……」
それどころではなかった私は、チラチラと彩奈を見ながら適当な相槌を打つ。
そんな私の視線を辿って彩奈を見たひぃくんは、ニッコリと微笑むと口を開いた。
「翔なら、まだ教室にいたよ?」
「……えっ?」
ひぃくんの発した言葉に、少しだけ瞳を大きく開かせて驚く彩奈。
紙袋からチラリと見える、ひぃくんの物とは明らかに違う豪華なラッピングのチョコ。
それを指差したひぃくんは、小首を傾げるとニコッと笑った。
「……それ、翔にあげるんでしょ?」
「えっ?!……あっ、うん」
「まだ教室にいると思うよ?」
少しばかり動揺を見せる彩奈に対して、いつもの様にニコニコと笑顔のまま話し続けるひぃくん。
「大丈夫だよ。渡しておいで?」
その言葉に、カーッと一瞬にして頬を赤らめた彩奈。
一度俯く素ぶりを見せると、すぐにパッと顔を上げてニッコリと微笑む。
「……うんっ。ありがとう」
(……えっ? ひぃくん、もしかして……。気付いて、るの? 彩奈の気持ち……)
間近で二人のやり取りを見ていた私は、驚きに見開かれた瞳でひぃくんを見上げる。
「私……。行ってくるね、花音」
「……えっ?! あっ……う、うんっ! 頑張ってね、彩奈っ!」
彩奈の声に反応した私は勢いよくその視線を彩奈の方へと移すと、勇気づけるようにして元気いっぱいの笑顔を向ける。
「行ってらっしゃーい」
私の横で、呑気な声を出してヒラヒラと手を振るひぃくん。
(やっぱり……気付いてる訳ないよね)
ニコニコと呑気に笑うひぃくんを見てそんな事を思う。
「じゃあ……またね。後で報告するね」
「うん。また後でね」
小さく手を振る私に向かって一度手を振り返した彩奈は、少し照れたようにはにかむとクルリと背を向けて歩き出す。
その後ろ姿に向かって、小さく手を振り続ける。
「頑張れ……彩奈」
私の口から、そんな言葉がポツリと小さく溢れた。
(大丈夫かな、彩奈……。お兄ちゃん、彩奈の事よろしくね)
「翔なら大丈夫だよ。ちゃんと大切に思ってるから、彩奈ちゃんの事」
「……へっ?!」
(……えっ? な、何……?! ひぃくん……やっぱり、気付いてる……の……? 彩奈の気持ち……。し、知ってるの?! お兄ちゃんなら大丈夫って、どういう事っ?! 大切に思ってるって……どういう意味っ?!)
驚きに見開かれた瞳で隣に立つひぃくんを見上げる。
相変わらずニコニコと呑気に微笑んでいるひぃくんからは、その真意は全く読み解く事ができない。
「……だっ、大丈夫って……何が?! 何が大丈夫なの?!」
(一体、ひぃくんは何を知っているというの?!)
焦る私を見て、ニッコリと微笑んだひぃくん。
「花音、早く帰ろう? 花音のチョコ楽しみだなー」
ーーー?!!
(……えっ?!! こっ、ここでまさかの、ドスルーなのっっ?!! 一体、何が大丈夫だっていうの?! ……ねぇ、ひぃくんっ! スルーなの?! そうなのっ?! 私の質問は、ドスルーなんですかっ……?!)
ひぃくんを見つめたまま、プルプルと震えて立ち尽くす。
そんな私を見てニコッと笑ったひぃくんは、ルンルンと上機嫌な様子で私の鞄を取り上げると、そのまま私の手を取って教室を後にする。
その後、何度か同じ質問をしてみるものの、もはやチョコの事しか頭にないひぃくん。
「花音のチョコ楽しみだなー」と何度も呪文のように告げるひぃくんの横で、私は一人悶々としながら帰宅するしかなかったのだったーー。
 
 
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