その歪な恋情は、血の匂いを纏ってあえかに微笑む【完】
2
「……茉莉。彼氏とは、もうキスした?」
「……っ……」
俺の質問に真っ赤になって身を固める姿を見て、嬉しさからクスリと笑い声を漏らす。
「……そっか、まだなんだ。じゃあ、練習だと思えばいいよ」
開いていた距離をグッと縮めれば、俺から逃れようと後ずさる茉莉。
その細腰をグイッと掴んで引き寄せれば、華奢な茉莉の身体はいとも簡単に俺の腕の中へと収まった。
「……っ蓮! 変な冗談はやめてよっ!」
「冗談……? さっきキスしたばっかりなのに、もう忘れた? ……冗談なわけ、ないだろ」
こんな状況でさえも、冗談として処理されてしまう、茉莉の中での”俺”という存在。
どこまでいったって、茉莉にとって結局俺はただの”幼なじみ”で、それ以下でもそれ以上でもない。
男としてすら、みてもらえていないのだ。
その事実が酷く苦しく、俺の気持ちは宙ぶらりんのまま激しさを募らせ激情した。
「……っ……ゃ……っ!」
逃げられないよう、ガッチリと茉莉の頭と腰を引き寄せると、噛みつくようなキスを何度も繰り返す。
どうにかして離れようともがく茉莉は、俺の胸を懸命に押しやるも男の力に敵うはずもない。
より深いキスへと変わる頃には、互いに息つく暇もなく呼吸は乱れ、その荒い呼吸音だけが、やけに官能的に脳内に響いていた。
腕の中にいる茉莉の手からは小刻みな震えが伝わり、その力はとても頼りなく脆弱で。
俺の胸を押しているのか、縋っているのか……。
もはや、それすらわからない。
妙な征服感と高揚感に酔ってきたせいか、これは茉莉が自ら俺に縋っているのだと。
そう、自分の都合のいいように錯覚してしまいそうになる。
「……っ!」
鋭い痛みに咄嗟に顔を離すと、噛まれた唇を拭いながら茉莉を見つめた。
先程俺がつけたばかりの傷痕はしとどに濡れそぼり、乾くことを許されない傷口からは、未だにじんわりと血が滲んでいる。
「……っ! やめてっ!! 蓮は……っ! 私の、一番大切な人なのに……っ!!」
涙に濡れる瞳で俺を睨みつけた茉莉は、それだけ告げると飛び出すようにして部屋を後にした。
(一番大切だっていうなら……。なんで、彼氏なんて作ったんだよ……)
俺の思う”大切さ”と、茉莉の思う”大切さ”は全く別のもので。
どこまでいっても重なり合うことのないその思いに、深い哀しみと絶望は更に膨らんでゆく。
ーーそれと同時に
この期に及んでもまだ、”大切”だと言ってもらえたことに嬉しさも感じる。
それはとても矛盾した感情で酷く歪なもので、ドロドロとしたものが全身を駆け巡っては俺を苦しめる。
「……っ茉莉……。茉莉……っ」
唇に付着した茉莉の血を舌で舐め取れば、それは俺の血と混ざって喉へと流れた。
茉莉の細胞は、こうも簡単に俺と混じり合うことができるというのに……。
決して手に入れることのできない”心”に激しく想いを募らせ、痛む心臓をギュッと抑えると、一人静かに涙を流したーー。
ーー中学三年の、初夏。
初めてのキスは、酷く鉄臭い血の味がした。
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