その歪な恋情は、血の匂いを纏ってあえかに微笑む【完】
1
嫌がる茉莉の頭をグッと引き寄せると、合意なく開かせた唇から口内へと舌を滑らせる。
徐々に荒くなる呼吸と共に、どちらのともわからない唾液が口端を伝って流れ出る。
欲望の赴くままに口内を蹂躙し尽くすと、これが終わりの合図だといわんばかりに、薄く柔らかな茉莉の唇を噛んだ。
「……ぃ……っ」
唇から薄っすらと滲み出た血を舐めとると、少しだけ距離をあけた体勢で涙目の茉莉を見下ろす。
荒い呼吸を繰り返す茉莉の顎を掴んで上へと向けさせると、赤く蒸気した頬を撫ぜて満足気に微笑む。
「……っ。なん、で……」
「……別に。ただ、してみたかったから」
「最っ……底」
血の滲む唇を拭いながら俺を睨みつけると、戸惑いに小さく揺れ動く瞳から涙が一雫、赤く色付く頬を伝って下へと落ちた。
「最低だよ……っ! 蓮……っ、彼女がいるでしょ?!」
これ以上涙は溢すまいと我慢しているのか、必死に何かを堪えているかのような表情をさせている茉莉。
「……だったら、何?」
そんな投げやりな言葉とともに責めるような瞳で射抜けば、萎縮したのか茉莉は押し黙った。
ーー確かに俺には、彼女がいる。
しかも、その彼女ができたのはつい六日前のこと。
だけど、そんなお飾りの”彼女”のことなんてどうだっていい。
「……中三にもなって、のこのこと男の部屋に来るお前が悪いんだよ。茉莉」
(ーーそう。これは全部、お前のせい)
唾液で濡れそぼったままの口端を親指で拭うと、それを見せつけるようにして舌で舐めとり堪能する。
すると、黒みの増した瞳を大きく開かせた茉莉は、その瞳で俺の仕草を追いながらコクリと小さく喉を鳴らした。
俺達は所謂、幼なじみというやつで。
物心がついた頃から、俺の隣には茉莉がいるのが当たり前で、それは茉莉にとっても同じだと思っていた。
親や友達に言えないことでも、俺にだけは何でも話してくれる。
それだけ、茉莉にとって俺の存在は特別なもので、俺以上の者など存在しうるはずはないのだと。
それは何の疑いの余地もなく、長年の月日の中で培われてきた自信でもあった。
それがーー
全て俺の勘違いだったと知ったのは、つい一週間前のことだった。
『私ね、彼氏ができたの』
頬を赤く染め、それは嬉しそうにそう告げた茉莉。
俺はこの瞬間まで、茉莉に好きな男がいたことさえ知らなかった。
どんなに小さなことでも、包み隠さず何でも相談してくれていた茉莉。
(なんで……。好きな男がいること、俺に隠してた……?)
そう思う以上に、他の誰かを好きになった茉莉のことが無性に許せなかった。
俺は激しい怒りと絶望に苛まれながらも、それを悟られないよう優しく微笑み『おめでとう』と一言、幸せそうに微笑む茉莉に向けて祝福の言葉を贈った。
ーーその翌日。
俺は保留にしていた告白の返事に快諾の意思を伝えると、好きでもなんでもない、ただのお飾りの彼女を作った。
茉莉への当て付けのため。
これで、俺の存在の大切さに気付いてくれれば。
そんな淡い期待もあった。
だけど、彼女が出来たと報告した俺に向かって茉莉が告げたのは、『おめでとう』という祝福の言葉だった。
満面の笑顔を浮かべ、それは嬉しそうに俺の報告を喜ぶ茉莉。
その姿は、哀しい程にとても美しくーー
なんの躊躇いもなく簡単に俺の心を抉り取る、とても残酷な悪魔のようだった。
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