オリジナルマスター
第0話 夜明けの王室。
終わり良ければすべて良しとは言えない。
王城の会議室で最悪の事態を回避できたと安堵した聖国王ローガン・エリューシオンは、続けてギルドマスターのガイからの報告に頭を抱えてしまう。
「カトリーっ……皆無事なのか?」
「カトリーナ様を含め全員命に別状はありません。ただ研究所の損害が酷くいくつか持ち去られてます」
思わず娘の名を口にしかけたが、己の立場を思い出し踏み止まる。そんな王の様子に気遣い他の者と共にカトリーナの無事を伝えるガイだが、一緒に被害についても伝える。
時刻は夜明け前であったが、一睡もせず王室でローガンは待機……いや、守られていた。
娘たちを含めギルドレットたちやリグラも動いていると、ガイの報告から知って以降。危険だと半ば無理やり自身の王室で厳重に守られていた。妻や下の娘たちにも警護が付けられていたが、娘たちに気付かれないように、面識のある慣れているSランク級のメイドたちに任せたので、騒動にはなっていない。
「主犯であるスベン・ネフリタス王子については、呪いの影響か意識が混濁している様子で、今は警護の者を付けて一室で眠られております。館で発見されたルカ・ネフリタス王女については、意識はあるものの記憶の方が曖昧なようで、どうやら長期間に渡り催眠状態だったようです。体中に呪いを埋め込まれており、現在は治療術師の方に回しております」
他にも数名、帝国より付き人としてやって来た者たちもいたが、その全員がルカと似たような催眠状態で記憶の空白が大きく、中には精神が乱れている者もおり現在そちらの治療も行われている。
帝国の関する騒動の報告を終えたガイを見ながら、ローガンは小さく息を吐く。
「今回の件について帝国への問い合わせるが、これは公には出来んどころの問題ではない。以前から不審には思ったが、これは各国にも協力を要請する必要がある案件だ」
と、控えていた者たちに目配せし言うと、各々立ち上がり王へ一礼し退室していく。
未だ夜中に起きた騒動の熱は冷めていない。こうして報告会には参加しているが、まだ皆事態の収拾に当たっているのだ。
なにより、それ以降の話は重役の者たちにも話せないこと。
最後の一人が立ち去ったところで、残ったのはガイと王のローガンのみとなった。
「クロイッツが裏切り……か。信じられん反面、可能性も捨て切れんな」
それこそ無闇に口には出来ない。
聖国でも伝説の一人であった老魔導師の裏切りは、国そのものを揺るがしかねない事実だ。
「他にも協力者がいたようですが、ガーデニアン以外に見覚えがあるのは、あの者しかいなかったと」
「シルベルト・オッカス。ワーカス────いや、ギルの弟子か」
王都の学園に在籍してギルドレットの弟子でもあったことから面識も少なくない。
師に似合わず女性問題で浮いた話がないと、何度か気になる女性はいないか聞いたことがあった。そのまま騎士になっておかしくない素質を持ち、師の名を恥じない立派な青年であったが。
「本人にも伝えてありますが、信じ難いとショックを受けてます」
「息子同然に育てた弟子だからな。それこそ翼の損傷と疲労がなければ街を出て探しに行っただろう。……今はそっとしておいた方がいいな」
もし全開であればたとえ街を出ても、探そうと思えば翼もあるギルドレットとって不可能ではなかった。だが、強敵でもあるジークとの戦いで、魔眼の連続使用で消耗しており翼もやれてしまって、自己修復には時間が掛かり過ぎる。
そう思うと本当にタイミングが悪いと感じずにはいられないが、それこそがガーデニアンの狙いでもあったのだろう。
「あとで見に行こうと思います。おそらく自室でやけ酒でもしてると思うので」
ギルドレットことを昔から知るガイが言う。
彼の性格上、本当に自棄になって荒れているとは思えないが、それでも自分を責めていないか心配なところがある。
さらにこういう時に頼りになるカトリーナは、重傷で現在治療中でそれどころではない。……もし意識があれば無理矢理にでも動きかねないので、麻酔をして眠らせている。
「彼らについても慎重にあたる必要がある。……それでシルバー……彼は?」
「学園が借りてる宿に戻ってます。ティア様たちも同じように」
「ガンダールには伝えたのか? 彼の正体を」
「彼のことをですか? いいえ、屋敷で接触されたそうですが、アヤメ・サクラがいたので必要以上は。……二人を合わせ続けるのは危険だと、怪我人も居たそうなのでそちらを優先したそうです」
彼の臨機応変な対応力に感謝すべきだろうな。内心ローガンはそう呟く。
リグラに伝えても良いのではと思わなくもないが、今回の掃討作戦の際にジークの師であるシィーナから条件で止められている。
こちらはSSランクの冒険者を筆頭に娘を含め、有能な者たちを借り出したが、長い間王都中で蠢いていた存在や、忍び込んでいた者たちの駆除に協力してもらった。
ただ、
「失礼かと思いますが、正直意外でした。いくら向こうが有力な情報を持ち戦力も提供してくれるとは言っても、陛下がこのような損害の多い案に賛成するとは思ってませんでしたので」
「確かにな。それは否定しない。私にも立場がある。そう簡単に私情で動くわけにはいかない」
国王という立場は決して軽くはない。
重く責任も重大だ。一つの事柄で大勢の人たちの生活を揺るがしてしまう。
「けどな。彼はそんな私の重荷を軽くしてくれた恩人でもあるんだ」
彼には大戦の時から大きな借りがあった。
返し切れない大きな借りが。
それに彼のおかげでリヴォルトたちの暴挙を止めることができた。
それらのことを思えば今回の件に手を貸すのも────否。
たとえこちらにとって不利益なことになったとしても、ローガンは彼を助ける為に全力を注いだに違いない。もちろん人々に被害を与えはしない。
亡き息子もそうだったが、ローガンもまた彼のことを気に入っていた。
だからこそ彼を追い詰めるように戦場に送り続け、やりたくもない後始末もさせてきた自分に強い自責の念を送り続けてきた。
「彼が助かったのなら今回のところはそれでいい」
「分かりました」
ガイもそれ以上言おうとしない。
彼自身もまたローガンと同じ心境であったから、彼の言葉を聞いて表情に出さなかったが嬉しく思った。
「ただなガイよ」
「……はい」
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
新たに告げられた問題にローガンも報告するガイも苦い顔になってしまう。
リグラの機転で超越者同士の衝突は回避できたが、一方の超越者のアヤメ・サクラは納得させる為に魔導杯を利用することにしたのだが……。
「確かにこのままでは騒動は隠せても、大会自体は中止になりかねないが……」
「準決勝戦の時点で色々と不正もあり、相手の方はほぼ失格でシルバーの不戦勝になりますが」
「「……」」
気まずそうにして二人は黙り込む。
先程とは違う独特の重苦しい空気の中。
「超越者同士の決闘は不味くないか?」
「ですね。特のあの二人は《鬼神》を除けば、超越者の中でも一番仕合わせたら危険な組み合わせかと」
二人の脳裏に荒れ狂い崩壊した闘技場と、その中心で二人の怪物を想像した。
一方は無数の殲滅級の魔法を。
もう一方はなんでも斬り裂く剣を持ち。さらに言うなら『古代原初魔法』の所持者でもある。
戦いが加速して血で満たされていく。
そんな戦いの風景を想像し、ブルッと肩を震わせた二人。
「二人とも夜中に戦闘して疲労はあると思うが、どう考えてもシルバーの方は消耗が残っているよな?」
「昔から回復が早い方だったと思いますが、どうでしょう?」
どちらにせよ、もう止めることはできない。
こうなれば成るように成るしかないのだ。
そうして夜明けて朝になり外が騒がしくなったところで、ローガンは王都全域に魔導杯の決勝戦の中止と代わりの超越者たちの決闘について伝えたのであった。
王城の会議室で最悪の事態を回避できたと安堵した聖国王ローガン・エリューシオンは、続けてギルドマスターのガイからの報告に頭を抱えてしまう。
「カトリーっ……皆無事なのか?」
「カトリーナ様を含め全員命に別状はありません。ただ研究所の損害が酷くいくつか持ち去られてます」
思わず娘の名を口にしかけたが、己の立場を思い出し踏み止まる。そんな王の様子に気遣い他の者と共にカトリーナの無事を伝えるガイだが、一緒に被害についても伝える。
時刻は夜明け前であったが、一睡もせず王室でローガンは待機……いや、守られていた。
娘たちを含めギルドレットたちやリグラも動いていると、ガイの報告から知って以降。危険だと半ば無理やり自身の王室で厳重に守られていた。妻や下の娘たちにも警護が付けられていたが、娘たちに気付かれないように、面識のある慣れているSランク級のメイドたちに任せたので、騒動にはなっていない。
「主犯であるスベン・ネフリタス王子については、呪いの影響か意識が混濁している様子で、今は警護の者を付けて一室で眠られております。館で発見されたルカ・ネフリタス王女については、意識はあるものの記憶の方が曖昧なようで、どうやら長期間に渡り催眠状態だったようです。体中に呪いを埋め込まれており、現在は治療術師の方に回しております」
他にも数名、帝国より付き人としてやって来た者たちもいたが、その全員がルカと似たような催眠状態で記憶の空白が大きく、中には精神が乱れている者もおり現在そちらの治療も行われている。
帝国の関する騒動の報告を終えたガイを見ながら、ローガンは小さく息を吐く。
「今回の件について帝国への問い合わせるが、これは公には出来んどころの問題ではない。以前から不審には思ったが、これは各国にも協力を要請する必要がある案件だ」
と、控えていた者たちに目配せし言うと、各々立ち上がり王へ一礼し退室していく。
未だ夜中に起きた騒動の熱は冷めていない。こうして報告会には参加しているが、まだ皆事態の収拾に当たっているのだ。
なにより、それ以降の話は重役の者たちにも話せないこと。
最後の一人が立ち去ったところで、残ったのはガイと王のローガンのみとなった。
「クロイッツが裏切り……か。信じられん反面、可能性も捨て切れんな」
それこそ無闇に口には出来ない。
聖国でも伝説の一人であった老魔導師の裏切りは、国そのものを揺るがしかねない事実だ。
「他にも協力者がいたようですが、ガーデニアン以外に見覚えがあるのは、あの者しかいなかったと」
「シルベルト・オッカス。ワーカス────いや、ギルの弟子か」
王都の学園に在籍してギルドレットの弟子でもあったことから面識も少なくない。
師に似合わず女性問題で浮いた話がないと、何度か気になる女性はいないか聞いたことがあった。そのまま騎士になっておかしくない素質を持ち、師の名を恥じない立派な青年であったが。
「本人にも伝えてありますが、信じ難いとショックを受けてます」
「息子同然に育てた弟子だからな。それこそ翼の損傷と疲労がなければ街を出て探しに行っただろう。……今はそっとしておいた方がいいな」
もし全開であればたとえ街を出ても、探そうと思えば翼もあるギルドレットとって不可能ではなかった。だが、強敵でもあるジークとの戦いで、魔眼の連続使用で消耗しており翼もやれてしまって、自己修復には時間が掛かり過ぎる。
そう思うと本当にタイミングが悪いと感じずにはいられないが、それこそがガーデニアンの狙いでもあったのだろう。
「あとで見に行こうと思います。おそらく自室でやけ酒でもしてると思うので」
ギルドレットことを昔から知るガイが言う。
彼の性格上、本当に自棄になって荒れているとは思えないが、それでも自分を責めていないか心配なところがある。
さらにこういう時に頼りになるカトリーナは、重傷で現在治療中でそれどころではない。……もし意識があれば無理矢理にでも動きかねないので、麻酔をして眠らせている。
「彼らについても慎重にあたる必要がある。……それでシルバー……彼は?」
「学園が借りてる宿に戻ってます。ティア様たちも同じように」
「ガンダールには伝えたのか? 彼の正体を」
「彼のことをですか? いいえ、屋敷で接触されたそうですが、アヤメ・サクラがいたので必要以上は。……二人を合わせ続けるのは危険だと、怪我人も居たそうなのでそちらを優先したそうです」
彼の臨機応変な対応力に感謝すべきだろうな。内心ローガンはそう呟く。
リグラに伝えても良いのではと思わなくもないが、今回の掃討作戦の際にジークの師であるシィーナから条件で止められている。
こちらはSSランクの冒険者を筆頭に娘を含め、有能な者たちを借り出したが、長い間王都中で蠢いていた存在や、忍び込んでいた者たちの駆除に協力してもらった。
ただ、
「失礼かと思いますが、正直意外でした。いくら向こうが有力な情報を持ち戦力も提供してくれるとは言っても、陛下がこのような損害の多い案に賛成するとは思ってませんでしたので」
「確かにな。それは否定しない。私にも立場がある。そう簡単に私情で動くわけにはいかない」
国王という立場は決して軽くはない。
重く責任も重大だ。一つの事柄で大勢の人たちの生活を揺るがしてしまう。
「けどな。彼はそんな私の重荷を軽くしてくれた恩人でもあるんだ」
彼には大戦の時から大きな借りがあった。
返し切れない大きな借りが。
それに彼のおかげでリヴォルトたちの暴挙を止めることができた。
それらのことを思えば今回の件に手を貸すのも────否。
たとえこちらにとって不利益なことになったとしても、ローガンは彼を助ける為に全力を注いだに違いない。もちろん人々に被害を与えはしない。
亡き息子もそうだったが、ローガンもまた彼のことを気に入っていた。
だからこそ彼を追い詰めるように戦場に送り続け、やりたくもない後始末もさせてきた自分に強い自責の念を送り続けてきた。
「彼が助かったのなら今回のところはそれでいい」
「分かりました」
ガイもそれ以上言おうとしない。
彼自身もまたローガンと同じ心境であったから、彼の言葉を聞いて表情に出さなかったが嬉しく思った。
「ただなガイよ」
「……はい」
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
新たに告げられた問題にローガンも報告するガイも苦い顔になってしまう。
リグラの機転で超越者同士の衝突は回避できたが、一方の超越者のアヤメ・サクラは納得させる為に魔導杯を利用することにしたのだが……。
「確かにこのままでは騒動は隠せても、大会自体は中止になりかねないが……」
「準決勝戦の時点で色々と不正もあり、相手の方はほぼ失格でシルバーの不戦勝になりますが」
「「……」」
気まずそうにして二人は黙り込む。
先程とは違う独特の重苦しい空気の中。
「超越者同士の決闘は不味くないか?」
「ですね。特のあの二人は《鬼神》を除けば、超越者の中でも一番仕合わせたら危険な組み合わせかと」
二人の脳裏に荒れ狂い崩壊した闘技場と、その中心で二人の怪物を想像した。
一方は無数の殲滅級の魔法を。
もう一方はなんでも斬り裂く剣を持ち。さらに言うなら『古代原初魔法』の所持者でもある。
戦いが加速して血で満たされていく。
そんな戦いの風景を想像し、ブルッと肩を震わせた二人。
「二人とも夜中に戦闘して疲労はあると思うが、どう考えてもシルバーの方は消耗が残っているよな?」
「昔から回復が早い方だったと思いますが、どうでしょう?」
どちらにせよ、もう止めることはできない。
こうなれば成るように成るしかないのだ。
そうして夜明けて朝になり外が騒がしくなったところで、ローガンは王都全域に魔導杯の決勝戦の中止と代わりの超越者たちの決闘について伝えたのであった。
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