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ルド@

第16話 呪いに満たされた肉体と現れた赤き巨人。

風が吹いて水浸しとなった床に波紋が走る。
従わせた傀儡たちも倒れ、スベンは完全に一人となって立ち尽くしていた。

「地獄へ落ちろ。外道」

アヤメは最後の標的として、冷たくスベンに言い放ち。
片手で持つ刀の刃先に手を添えた。

「!!」

スベンの頰に“死の微風”が掛かった。
ローブを着けていた為、顔色は見えないが、目を見開き。

アヤメの魔斬術『撫風ナデカゼ』を全身に受けてしまう。
カマイタチを受けたかのようにローブも所々裂けて、中で巻いている包帯も裂けていた。

「っーー!!」

そして目を見開いたまま、全身に走り抜ける風と逆に襲い来る激痛に、スベンは声を発することもできない。

崩れ落ちるように膝をついて、声にならない呻き声を漏らした。

「?」

しかし、その様を見てアヤメの顔に疑問の色が浮かぶ。距離を取って二人の戦いを見ていたリグラも同じく、不可解そうな表情で、崩れ落ちているスベンを凝視している。

痛みで苦しむ様子を見れば、アヤメが勝利したのだと素人目にも思えたが、ローブが裂けて微かに見える、中の白いままの包帯におかしいと警戒したのだ。

「血が出ない」

黙って様子を見ているアヤメに変わってか、難しい顔していたリグラが呟く。

アヤメの『撫風ナデカゼ』は確かに通っていた。裂けているローブと包帯、なによりスベンの様子を見れば演技とは考え難い。

「……」

アヤメもリグラと同じことを考えていた。
魔斬術で間違いなくスベンを斬っている。もし衣類のみであったのなら、たとえ直接斬っていなくてもすぐに気付いていた。

(手応えはあったが、……どういうこと?)

何かしら魔法で受け流したか。そう考えかけたが、すぐにそれはないと否定する。

なぜなら。

「魔力回路まで斬り裂くとは、厄介な剣ですね」
「! その顔は」

付いていた膝を立たせて、ひと息を吐きスベンが口にする。
まだ痛いが残っているのか、ふらついた様子で斬り裂かれたローブの中から、僅かに見える頰に汗が浮き出ている。

しかし、アヤメが目に止まったのは、被っていたローブが破けたことで僅かに露わになった彼の顔だ。

意図的に顔を隠している格好であったので、何かあるのは薄々感じていたが、その異様な姿に再度追撃しようとした足を止めて見入ってしまう。



だからこそ、その異形の奇襲に気付けたのは離れた場所にいたリグラのみ。


「っ、アヤメ君! 後ろだ!!」


叫ぶと背後にいるその物を指した。
アヤメに見えているか分からないが、自分の場所からではとても間に合わない。


突如発生したアヤメの背後に現れた黒き空間。
そして、そこから飛び出てきた、炎のように赤い巨大な右腕。

あまり予想外の乱入。気付いたリグラも巨大な腕を視認するが、思考が追いつかずコンマ数秒固まり、アヤメへの呼び掛けが遅れてしまった。


遅れて振り返ったアヤメがそれを目撃した時には、ゆっくりと動いていた巨大な鋼の腕が彼女の目の前まで伸びている。

「……っ!」

逃れようと横へ跳躍しようとしたアヤメだが、途端今度は自分自身の膝が折れて床に付いてしまう。

いや違う。
跳躍しようとした脚。

正確には全身の力が突然抜けてしまったのだ。
咄嗟に脚に力を入れようとしたが、沸き立ちそうになる端から萎んでしまう。

「言い忘れましたが、私の体は多くの呪いで満たされてまして……。不用意な攻撃はオススメしませんよ」

と言ってももう遅いが。
スベンは心の中で呟き、体に仕込まれている呪系統の一つを発動させた。

呪系統の原初魔法『人体不調バランス・エラー』。
術者に攻撃を加えた対象の肉体器官を、受けたダメージ分だけ・・・・・・・機能を落とす。

立ち上がることができず、剣を持つ手も力が入らずプルプルと震えて、遂に落としてしまったが、そこでアヤメも何が起きているのか気付いた。

(精神系でも魔力干渉でもない。これは……筋力が異常に落ちている)

一度に無数の斬撃を加えたことで、アヤメの返ってきた呪いも大きい。本来なら全身の力が入らず呼吸器官どころか、心臓まで鼓動できず動かせなくなってしまうが、超人である彼女はどうにか持ち堪えていた。


しかし、これで逃れることもできなくなる。
例の特殊移動も使用できず、ゆっくりと伸びてきた腕に対抗できない。

「っ」

そして呆気なく巨大な腕に捕縛されてしまった。
捕縛してきた手も大きく、体全体を握り締めるように捕まえてくると、鋼のような硬さを持ち体を締め上げてくる。

「ま、まさか、あの右手は……!」

そこでようやく事態を呑み込めることができた、リグラから驚きの声が上がる。
信じられないといった表情で目を大きく開いて、黒き空間から出てきた腕を凝視すると。

「《赤神巨人プロキオン》……」

驚きからか震える声でリグラは呟く。
リグラは王都の貴族ではない為、《赤神巨人プロキオン》については知っていることは少ない。

しかし、王都に来た際に集めた最新の情報に《赤神巨人プロキオン》のことも入っていた。

帝国が前から研究に手を貸して、リヴォルトとも繋がっていることも調べはついていた。だからリグラもガイも敵の目的に予想を立て、《赤神巨人プロキオン》が置かれた王城にある研究施設を封鎖。

その二人が信頼できる元SSランク級の魔導師とエリューシオンの総騎士団長の二人に頼み。侵入できないように厳重に保管していた。……筈だったが。



「ク、ククク……、お忘れですか《知将》? 我々は計画当初の時から、既に介入しているんですよ? 空間移動のマーキングなど、とうの昔に終えています」

そんなリグラの心情を察してか、嘲笑うスベンが言う。
破れてしまったローブを魔法で直して、再び深く被り顔を隠すと。

「さぁ、来なさい。《赤神巨人プロキオン》」

黒き空間に魔力を注いで空間を拡大。
出現している《赤神巨人プロキオン》の腕からさらに全体まで出させる。

「ここまで、完成されていたのか」

現れたその巨人を見てリグラは目を見張る。

全体が赤く特殊金属の『ヒヒイロカネ』で覆われ、骨組みとなっている部分は六王の一角。最強硬度の王でもある『海王』の骨。

ゴーレムのような巨体で全体が丸いイメージだ。
頭部は騎士の兜を被っており、目からオレンジ色の光が出てアヤメを見つめていた。

対六王戦の戦略魔導兵器《赤神巨人プロキオン》。
SSランクの冒険者にも匹敵すると言われるゴーレムが今。


アヤメの前に姿を現したのだ。


「さて、どうしますか? 《無双》!!」

スベンは高らかに叫ぶと同時に魔力操作で《赤神巨人プロキオン》に命令。

協力者でもあったリヴォルトも知らない間に、密かに操作権を手に入れていたスベン。長い間待っていたが、いよいよ、この巨体を動かせれることに内心興奮していた。

さっさと握り潰させて傀儡にしてしまえばいいところを、能力を確かめたいという欲求が優っていた。

「搾り取れ『全地吸収エナジー・ドレイン』!!」

スベンは《赤神巨人プロキオン》に取り込ませていた『古代原初魔法《ロスト・オリジン》』の能力を発動。


土系統の始まりの原初魔法。
大地の力を持ち最強の鎧の姿をしているが、《赤神巨人プロキオン》の姿からでは窺えない。

しかし、原初の魔法式はしっかりと刻まれている。
『全地を統べる神の鎧ガイア』の能力の一つ。『全地吸収エナジー・ドレイン』でアヤメの魔力を吸収し始めた。

「貴様……」

アヤメは苦しげな顔して身動ぎするが、当然動くことはできない。
分厚い鉄の壁に密着され、強化魔法で振り解こうと魔力を注ぐが、『全地吸収エナジー・ドレイン』の影響で一気に吸われていく。

吸収し続けた《赤神巨人プロキオン》の表面に魔法式の魔法陣が浮かび上がる。
見たこともない。読み取ることもできない複雑な魔法陣こそが、神の鎧ガイアの起動式なのだと思われる。

「っ、仕方ない」

とうとうリグラも黙って見ているわけにはいかなくなった。
このままではマズいと通信石を取り出して、外の者たちに突入させようとした。

「させない」
「────!!」

だが、そこで背後に立っていたトオル・ミヤモトの一振りを浴びる。

戦闘方面ではないリグラはその不意打ちに反応ができない。気配に気づくこともできず、声に反応して振り返ろうとしたが、既に背中を斬られて血飛沫を上げた。

「ト、トオル……!」

そんな彼の登場にアヤメは苦しむ顔から一変。
狼狽した表情をして徐々に悲痛な目で彼を見つめた。

かつては救えず、今度こそ助けようと誓った友の息子。
傀儡ではなく何かしらの魔法で支配された様子の彼を見つめると、まだ生きていると安堵し、次に落ちている愛刀へ視線を向けて。


睨みつけて愛刀の名を口にする。


「いい加減、起きなさい『ムラクモ・・・・』」


叱りつけるような声色のアヤメの呼び掛けに、彼女の愛刀『天叢雲の剣アマノムラクモノツルギ』は反応する。

主人の呼び掛けに答えるように、刀身から眩い程の強烈な光を発し始めた。

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