オリジナルマスター
第7話 揺らぐもう一人の彼女。
「『真紅の業炎槍』」
気を失いグッタリと首を掴まれ吊るされているバルトを一瞥したジークは、火の魔法を発動させる。
吊るし上げている方の手に先端が大きな刃になった深紅の槍が握れる。Aランク武器魔法で出現させた槍を構えて、狙いを───
「寝ていろデンさん」
「っ!!」
いつの間にか復活して背後から飛びかかろうとしたデンへ槍を振るう。不意をついたつもりが、逆に槍の刃を受けてしまい倒れるデンだが……。
「……! ……!」
「当たるかよ」
「───っ!」
すぐさま立ち上がり残っている方の腕で、大剣を振るおうとする。彼の姿は先程、ジークにやられた状態のまま。片腕を肘から焼き切られて、胸元には大きな風穴が開いて明らかに重傷どこか死傷状態である。
さらに体の節々もジークの攻撃で傷んでいるようで、剣戟も当たる様子が一切ない。紙一重でもない余裕な動きで、バルトを掴んで剣を避けるジークを必死に追うデンだが、傷んでいる体が思うように動かず、スピードも維持できずバランスを崩しそうになる。
「───!!」
しかし、デンはそもそも人間ではない。人の形をしているが、種族は竜族でしかもその王でもある蒼き《竜王》。
たとえこの姿で傷めつけられても、デンがその気になればこんな怪我など問題ない。人型で追いつくことができないのであれば、取る選択は二つのみ。
自然治癒、もしくは治癒系の魔法を発現させて治すか。
その作られた人の皮を破り本来の姿へとなり立ち上がるか。
「ーーーーッ!!」
いや、今この時選択すべき手は一つだけだ。仮初めの姿を消し去り本来の《竜王》の姿を現そうと追うのやめて気合いの咆哮を上げた。
抑えていた己の魔力を解放され、始めて纏っている鎧が軋み出した。
「させるか」
だが、『瞬殺戦火』を発現状態であるジークの反応速度が遥かに速かった。『危機予測』の事前警告に『神経伝達の加速』の即時反応と『透視眼』の視野が備わっている融合原初魔法だ。
「『再起復活』、『異次元の強襲撃』」
距離を取っていたが、デンが止まった瞬間に何をするか察知した。
後退した足を止めて、すぐに駆けるかと思えば、止まったまま腕を振るう。……その時には持っていた深紅の槍は消えていた。
原初魔法を二つ発現させたことで、起きた現象は“圧倒的な火力による包囲”である。
バルトに使用した空間系統の魔法で武器ではなく消失させた筈の『真紅の業炎槍』が出現した空間の渦から二十本以上出てくる。
「ッ!?」
「───行け」
合図と共に発射される深紅の槍たち。
力を解放させようとした所為で咄嗟に動くことができなかったデンは静止したままで見ているしかない。
「───ッッ!?」
発射されたAランクの槍を前にデンはただ立ち止まった状態で、すべて受けることとなる。直撃したことで激しい紅蓮の爆炎と爆音が噴き上がって、漆黒の世界が再び赤く染まった。
◇◇◇
「さすがにデカ過ぎるか、少し結界の方にも防止を施すか」
放出された紅蓮の爆炎と音が街の方に届かないように、ジークは張っている結界を操作している。
どう見ても即死レベルの過剰な攻撃魔法であったが、彼の脳裏にデンの死という結末はまったくと言っていいほど入っていなかった。
「で、そろそろ話してくれる気になったか? バルトさん?」
「…………やっぱバレてたか」
その代わりこの衝撃音で意識を戻っていたバルトの動向に注意しつつ、姿を見せない師の動きにも警戒していた。呼びかけに対してバルトはあっさりと鬼の眼を開いて笑った。
◇◇◇
「つまり今回の作戦の真の目的は、ジーくんの感情で左右されてしまう神の魔力を扱えれるようにすること、ということですか?」
『その通りです。そして現状、それを達成させる方法はないんです』
ようやく話がまとまりシィーナとアイリスの情報も共有することができた。だが、それで明らかになったのは攻略方法も見つかっていない無謀な答えだった。
『大戦の後、時間をかけて解析し神との対話を続けました。解決の糸口になるかもと思い彼を学園に入れるように仕向けて観察をしてきましたが、今日この日まで掴めた情報は先ほどあなたに明かした物だけなんです』
「そんな……」
「アリス……シィーナさんは何て?」
では、どうしようもないではないか。愕然として肩を落とす彼女の隣で、その様子からシィーナと会話していると気付いたサナが声をかける。
話を聞いて青ざめている彼女を見る限り、その内容には彼を救い出せれる策は含まれていなかったようだ。
「じゃあ……どうしたらいいですか。シィーナさんはわたしが重要だと言ってましたが、わたしにはとてもそんな」
なんとか保たせようとした自信が消えていく。
話の大きさに圧倒されたのもあるが、アイリスが衝撃を受けたのは限りなくジークが救えないという現実。
最初に会った時から何か惹かれるものを感じた。それが何なのか今もわからないが、その何かが彼を求めているのを感じて同時に救いたいとも思っていた。
アイリスはその感情を自分以外の何かではないか、そう予感した時もあったが、不思議と不快感はなく彼のためにと行動すると心の底から嬉しく思い満足している自分がいたのだ。
一年前に彼に振られた時、彼女は心の中で自分でも理解できない激しい騒めきに思考が定まらなくなり、何が口にしたかも忘れてしまうほど記憶がおかしくなって、気づいた頃には心に深い傷を負って部屋に篭ってしまった。
「っ! あ、く……!?」
「アリス!?」
そして、今再び彼女の心の奥で何かが激しく揺らいでいる。
その感覚は表現がし難く脳が揺れているような胸の奥が搔きむしられているような感覚に近い。
ついに頭を抱えて蹲ってしまう。足元が覚束ない、目眩で吐きそうになる彼女は背中を支えてくるサナの声にも気付けないでいた。
「うっうう……!」
救えない。救えない。助けれらない。
それを自覚すればするほど心が欠けていく。
どうすればいい。どうすれば彼を救い出せれる。それがアイリスには見つけることができない。
『大丈夫です。チャンスがない訳じゃありません。それに───こちらの準備が整いました』
そう。彼女には。
シィーナは知っている。仮に母である神以外に彼を助けれる存在がいるとすれば、それはもうただ一人だけ。
幸か不幸か親の実験でその魂の一部は、彼女の中に眠っている。
その魂はこの一年間に着実に目覚めかけているのをシィーナは知っている。
だからこそ彼の正体を話したのだ。
もう一人の彼女が知らないその秘密を。
◇◇◇ 
「『凍結時間』」
「今度はサナに化けたか」
捕まったままでいたバルトはまず試合の時のようにサナに化けた。
生憎服装は変えれないので男の冒険者姿のサナ。捕まった状態で氷結魔法を発動させてその身体強化を凍結させようとする。
発動と共に赤きオーラを纏うジークの体に氷結が発生する。ほぼゼロ距離であることから腕から少しずつ凍っていた。
そしてサナに化けたのは知り合いの女性であることからジークの動揺を誘うのが狙いだが、それをいつものパターンのように魔力を読み取ることもせず、耐性もなく凍りつく腕を眺める。
「ふ!」
「がっ!?」
一息に力を込めた。彼を中心に火吹きが上がってサナの姿をしたバルトは吹き飛ばされる。
氷結しかけていた腕は元に戻る。全身に纏っていた火炎のオーラのみで氷結魔法をはね退けたのだ。
「『燃える白き蔓の猛威』!!」
融合原初魔法を発現させるバルト。
彼の周囲から青き炎を帯びた白き氷の蔓が無数に出現する。
「ほう、原初の融合か。どんな効果だ?」
「受けてみたら分かるわよ?」
焦りも見せず尋ねるジークにサナの声と口調で答えるバルト。
それに対してジークは特に逃げようとせず、その燃える蔓があえて体に巻き付けて、燃える蔓を抱えるように掴むことで観察した。
「……なるほど、ただの燃える蔓だ」
呆気なく纏わりついていた蔓を引き千切った。
効果としておそらく対象を凍らせる。もしくは火系統を抑える効果があると思われるが、ジークの魔力層が強固である以上、その魔法効果は届くことはない。
「『凍氷の暴風』ッ!」
さらに重ねて氷結魔法を放つバルト。
放たれた氷の暴風は全部で七つ。ジークを捕らえようとして千切られていく蔓に続くように彼に迫る。
「今更通常魔法が効くわけないだろ。上位魔法でも原初でないのなら、たとえ魔力波長を弄っても俺の魔力層を貫くのは不可能だ」
手をかざすだけで迫ってくる暴風を遮る。決して威力が劣っているわけではないのに、まるで微風のように逸れていくのが見える。
原初魔法で生み出している燃える蔓もそうである。多少は持ち堪えているように見えるが、こちらはこちらで圧倒的な魔力層と強大な火属性のオーラに力負けてして次々と消失していく。
無駄に魔力の消耗なのは誰の目にも明らかだった。
「そのぐらいにしないと危ないぞ。手数は多くても魔力量が多いわけじゃないんだ。このまま無駄に出し続ければあと二分も保たない」
ジークもそれは分かっていた。だから仕掛けてきている相手あるのに注意を流した。
しかし、それでもバルトはやめようとしない。しかも防がれる端から氷結魔法を続けて発現させて攻撃の手を緩めようとしない。
いよいよ魔力が切れそうになるも、息を切らし出すまで魔法を行使し続ける。バルトの狙いが分からないジークはそれらの攻撃を引き千切るか手で防ぐが、意味のがない攻防に首を傾げそうになる。
と思考を巡らせていた。その時だ。
「?」
遮った暴風の一つから何かが出てきたのが見えたのは。
(アレは……アイリスが持ってた)
視野が広くなって思考が速くなっているジークは、それが何なのかすぐに気がつく。
(これを運ぶ為にわざわざ大技を連発したのか?)
先ほどまでアイリスが持ってバルトが引き継いだが、不発に終わってそれまでだった謎のアイテム、シィーナが用意したという十字架の形をした魔道具。
それが暴風の風に乗って緩やかにジークの側まで接近していた。
「ああ、そうだ。───そろそろ頃合いだぜ。ジーク!!」
「っ! そういうことか!」
最後の部分だけバルトは自身の声で言う。そのバルトの狙いを察知したジークは瞬時に動く。どんな効果がある魔道具か知らないが、みすみす発動させるつもりなどない。
氷結魔法を吹き飛ばしたように体の魔力を……。
「そう来るような!? なんの為に無駄撃ちしたと思ってんだ!? ───“雫を集い都なせ”『地獄氷河の都市』!!」
「貴様……ッ!」
対策を取る前にバルトの魔法が発現される。残った魔力で発現されようとしているのは、バルトが保存している氷結系統の原初の中でも、ダントツの魔法である。
(暴風も仕込みか! 発動の為に触媒を周囲に放つための……!)
だが、既に魔力残量が残り僅かである以上、発現できたとしてもたかがしてれている。ジークが何かする前に発動が間に合ったとしても、さっきまでのように払われるのがオチであった。
……筈だった。
発動と共にジークの周囲から『地獄氷河の都市』の煙が発生するまでは。
一体どうしてかと目を見開くジークだが、その発生源が千切れた蔓や蒸発した液体となった水。バルトが放った『燃える白き蔓の猛威』、『凍氷の暴風』の残骸から煙が発生して彼を包み込んだ。
「使い終えた氷も……触媒にしたのか」
「ただの氷じゃない。オレの魔力でできた物だということを忘れたか!?」
これが無駄に魔法を連発した狙いであった。
引き千切られた蔓は燃えているが氷結魔法でできた氷だ。『凍氷の暴風』もジークが纏う火のオーラの影響で蒸発しているが、そこにはまだ残っている。
大量の魔力を消費する『地獄氷河の都市』をそれらを利用することで発現させることに成功した。
発生した煙は触れただけで瞬間冷凍しまうほどの絶対零度効果を与える。
「良い原初魔法だ。効果も厄介そうだし動く煙だから防ぐのも難しそうだな。……だが」
それでも彼を凍りつかせることはない。
強固を誇る魔力層の厚みはバルトの『地獄氷河の都市』の効果を彼の体まで届かせない。
だが、そんなことは当然のことバルトも承知の上での行動である。彼の本当の狙いは別にあった。
「効かないぞ。その手には気付けなかったが、それでも俺には───」
「届くさ。氷漬けにはできないが動けないだろ?  ずっとじゃないが、それが発動するまでの間は逃げれない」
「……そういう来るか」
バルトの言葉が指した物は、意思でも持つかのように浮いて近づいてくる。
既に魔力を氷結系統に注いでいるバルドなのは間違いない。剥がさせれない布のように巻いてくる『地獄氷河の都市』の影響で、動けないジークは視界に魔道具が入る。誰が操作系の魔法を使用しているか、薄々感づいていたが、この時ばかりは彼にも止める術がなかった。
……否、間に合わなかった。
「外にいるかと思ったが、単純に本体が来ていないだけか。そうだろ? ───師匠」
『ようやく気付きましたか、あなたにしては随分遅かったですねジーク』
動けない彼は額に乗った十字架の魔道具に声をかけるとすぐに返事がきた。真面目な声音で感付かれたことに驚いた気配もない。その者こそこの事態を引き起こした張本人の声だった。
ジークがその者の名を呼ぶと、相手は待っていたように返事をした。
「しくじったか。相変わらず用心深いな」
『ふふ、それでは時間です───『惑星の門』』
魔道具に仕込まれた魔法式が起動させた。
するとジークを含めた結界内にいた者、全員が出現した巨大な黒き渦に飲まれた。
気を失いグッタリと首を掴まれ吊るされているバルトを一瞥したジークは、火の魔法を発動させる。
吊るし上げている方の手に先端が大きな刃になった深紅の槍が握れる。Aランク武器魔法で出現させた槍を構えて、狙いを───
「寝ていろデンさん」
「っ!!」
いつの間にか復活して背後から飛びかかろうとしたデンへ槍を振るう。不意をついたつもりが、逆に槍の刃を受けてしまい倒れるデンだが……。
「……! ……!」
「当たるかよ」
「───っ!」
すぐさま立ち上がり残っている方の腕で、大剣を振るおうとする。彼の姿は先程、ジークにやられた状態のまま。片腕を肘から焼き切られて、胸元には大きな風穴が開いて明らかに重傷どこか死傷状態である。
さらに体の節々もジークの攻撃で傷んでいるようで、剣戟も当たる様子が一切ない。紙一重でもない余裕な動きで、バルトを掴んで剣を避けるジークを必死に追うデンだが、傷んでいる体が思うように動かず、スピードも維持できずバランスを崩しそうになる。
「───!!」
しかし、デンはそもそも人間ではない。人の形をしているが、種族は竜族でしかもその王でもある蒼き《竜王》。
たとえこの姿で傷めつけられても、デンがその気になればこんな怪我など問題ない。人型で追いつくことができないのであれば、取る選択は二つのみ。
自然治癒、もしくは治癒系の魔法を発現させて治すか。
その作られた人の皮を破り本来の姿へとなり立ち上がるか。
「ーーーーッ!!」
いや、今この時選択すべき手は一つだけだ。仮初めの姿を消し去り本来の《竜王》の姿を現そうと追うのやめて気合いの咆哮を上げた。
抑えていた己の魔力を解放され、始めて纏っている鎧が軋み出した。
「させるか」
だが、『瞬殺戦火』を発現状態であるジークの反応速度が遥かに速かった。『危機予測』の事前警告に『神経伝達の加速』の即時反応と『透視眼』の視野が備わっている融合原初魔法だ。
「『再起復活』、『異次元の強襲撃』」
距離を取っていたが、デンが止まった瞬間に何をするか察知した。
後退した足を止めて、すぐに駆けるかと思えば、止まったまま腕を振るう。……その時には持っていた深紅の槍は消えていた。
原初魔法を二つ発現させたことで、起きた現象は“圧倒的な火力による包囲”である。
バルトに使用した空間系統の魔法で武器ではなく消失させた筈の『真紅の業炎槍』が出現した空間の渦から二十本以上出てくる。
「ッ!?」
「───行け」
合図と共に発射される深紅の槍たち。
力を解放させようとした所為で咄嗟に動くことができなかったデンは静止したままで見ているしかない。
「───ッッ!?」
発射されたAランクの槍を前にデンはただ立ち止まった状態で、すべて受けることとなる。直撃したことで激しい紅蓮の爆炎と爆音が噴き上がって、漆黒の世界が再び赤く染まった。
◇◇◇
「さすがにデカ過ぎるか、少し結界の方にも防止を施すか」
放出された紅蓮の爆炎と音が街の方に届かないように、ジークは張っている結界を操作している。
どう見ても即死レベルの過剰な攻撃魔法であったが、彼の脳裏にデンの死という結末はまったくと言っていいほど入っていなかった。
「で、そろそろ話してくれる気になったか? バルトさん?」
「…………やっぱバレてたか」
その代わりこの衝撃音で意識を戻っていたバルトの動向に注意しつつ、姿を見せない師の動きにも警戒していた。呼びかけに対してバルトはあっさりと鬼の眼を開いて笑った。
◇◇◇
「つまり今回の作戦の真の目的は、ジーくんの感情で左右されてしまう神の魔力を扱えれるようにすること、ということですか?」
『その通りです。そして現状、それを達成させる方法はないんです』
ようやく話がまとまりシィーナとアイリスの情報も共有することができた。だが、それで明らかになったのは攻略方法も見つかっていない無謀な答えだった。
『大戦の後、時間をかけて解析し神との対話を続けました。解決の糸口になるかもと思い彼を学園に入れるように仕向けて観察をしてきましたが、今日この日まで掴めた情報は先ほどあなたに明かした物だけなんです』
「そんな……」
「アリス……シィーナさんは何て?」
では、どうしようもないではないか。愕然として肩を落とす彼女の隣で、その様子からシィーナと会話していると気付いたサナが声をかける。
話を聞いて青ざめている彼女を見る限り、その内容には彼を救い出せれる策は含まれていなかったようだ。
「じゃあ……どうしたらいいですか。シィーナさんはわたしが重要だと言ってましたが、わたしにはとてもそんな」
なんとか保たせようとした自信が消えていく。
話の大きさに圧倒されたのもあるが、アイリスが衝撃を受けたのは限りなくジークが救えないという現実。
最初に会った時から何か惹かれるものを感じた。それが何なのか今もわからないが、その何かが彼を求めているのを感じて同時に救いたいとも思っていた。
アイリスはその感情を自分以外の何かではないか、そう予感した時もあったが、不思議と不快感はなく彼のためにと行動すると心の底から嬉しく思い満足している自分がいたのだ。
一年前に彼に振られた時、彼女は心の中で自分でも理解できない激しい騒めきに思考が定まらなくなり、何が口にしたかも忘れてしまうほど記憶がおかしくなって、気づいた頃には心に深い傷を負って部屋に篭ってしまった。
「っ! あ、く……!?」
「アリス!?」
そして、今再び彼女の心の奥で何かが激しく揺らいでいる。
その感覚は表現がし難く脳が揺れているような胸の奥が搔きむしられているような感覚に近い。
ついに頭を抱えて蹲ってしまう。足元が覚束ない、目眩で吐きそうになる彼女は背中を支えてくるサナの声にも気付けないでいた。
「うっうう……!」
救えない。救えない。助けれらない。
それを自覚すればするほど心が欠けていく。
どうすればいい。どうすれば彼を救い出せれる。それがアイリスには見つけることができない。
『大丈夫です。チャンスがない訳じゃありません。それに───こちらの準備が整いました』
そう。彼女には。
シィーナは知っている。仮に母である神以外に彼を助けれる存在がいるとすれば、それはもうただ一人だけ。
幸か不幸か親の実験でその魂の一部は、彼女の中に眠っている。
その魂はこの一年間に着実に目覚めかけているのをシィーナは知っている。
だからこそ彼の正体を話したのだ。
もう一人の彼女が知らないその秘密を。
◇◇◇ 
「『凍結時間』」
「今度はサナに化けたか」
捕まったままでいたバルトはまず試合の時のようにサナに化けた。
生憎服装は変えれないので男の冒険者姿のサナ。捕まった状態で氷結魔法を発動させてその身体強化を凍結させようとする。
発動と共に赤きオーラを纏うジークの体に氷結が発生する。ほぼゼロ距離であることから腕から少しずつ凍っていた。
そしてサナに化けたのは知り合いの女性であることからジークの動揺を誘うのが狙いだが、それをいつものパターンのように魔力を読み取ることもせず、耐性もなく凍りつく腕を眺める。
「ふ!」
「がっ!?」
一息に力を込めた。彼を中心に火吹きが上がってサナの姿をしたバルトは吹き飛ばされる。
氷結しかけていた腕は元に戻る。全身に纏っていた火炎のオーラのみで氷結魔法をはね退けたのだ。
「『燃える白き蔓の猛威』!!」
融合原初魔法を発現させるバルト。
彼の周囲から青き炎を帯びた白き氷の蔓が無数に出現する。
「ほう、原初の融合か。どんな効果だ?」
「受けてみたら分かるわよ?」
焦りも見せず尋ねるジークにサナの声と口調で答えるバルト。
それに対してジークは特に逃げようとせず、その燃える蔓があえて体に巻き付けて、燃える蔓を抱えるように掴むことで観察した。
「……なるほど、ただの燃える蔓だ」
呆気なく纏わりついていた蔓を引き千切った。
効果としておそらく対象を凍らせる。もしくは火系統を抑える効果があると思われるが、ジークの魔力層が強固である以上、その魔法効果は届くことはない。
「『凍氷の暴風』ッ!」
さらに重ねて氷結魔法を放つバルト。
放たれた氷の暴風は全部で七つ。ジークを捕らえようとして千切られていく蔓に続くように彼に迫る。
「今更通常魔法が効くわけないだろ。上位魔法でも原初でないのなら、たとえ魔力波長を弄っても俺の魔力層を貫くのは不可能だ」
手をかざすだけで迫ってくる暴風を遮る。決して威力が劣っているわけではないのに、まるで微風のように逸れていくのが見える。
原初魔法で生み出している燃える蔓もそうである。多少は持ち堪えているように見えるが、こちらはこちらで圧倒的な魔力層と強大な火属性のオーラに力負けてして次々と消失していく。
無駄に魔力の消耗なのは誰の目にも明らかだった。
「そのぐらいにしないと危ないぞ。手数は多くても魔力量が多いわけじゃないんだ。このまま無駄に出し続ければあと二分も保たない」
ジークもそれは分かっていた。だから仕掛けてきている相手あるのに注意を流した。
しかし、それでもバルトはやめようとしない。しかも防がれる端から氷結魔法を続けて発現させて攻撃の手を緩めようとしない。
いよいよ魔力が切れそうになるも、息を切らし出すまで魔法を行使し続ける。バルトの狙いが分からないジークはそれらの攻撃を引き千切るか手で防ぐが、意味のがない攻防に首を傾げそうになる。
と思考を巡らせていた。その時だ。
「?」
遮った暴風の一つから何かが出てきたのが見えたのは。
(アレは……アイリスが持ってた)
視野が広くなって思考が速くなっているジークは、それが何なのかすぐに気がつく。
(これを運ぶ為にわざわざ大技を連発したのか?)
先ほどまでアイリスが持ってバルトが引き継いだが、不発に終わってそれまでだった謎のアイテム、シィーナが用意したという十字架の形をした魔道具。
それが暴風の風に乗って緩やかにジークの側まで接近していた。
「ああ、そうだ。───そろそろ頃合いだぜ。ジーク!!」
「っ! そういうことか!」
最後の部分だけバルトは自身の声で言う。そのバルトの狙いを察知したジークは瞬時に動く。どんな効果がある魔道具か知らないが、みすみす発動させるつもりなどない。
氷結魔法を吹き飛ばしたように体の魔力を……。
「そう来るような!? なんの為に無駄撃ちしたと思ってんだ!? ───“雫を集い都なせ”『地獄氷河の都市』!!」
「貴様……ッ!」
対策を取る前にバルトの魔法が発現される。残った魔力で発現されようとしているのは、バルトが保存している氷結系統の原初の中でも、ダントツの魔法である。
(暴風も仕込みか! 発動の為に触媒を周囲に放つための……!)
だが、既に魔力残量が残り僅かである以上、発現できたとしてもたかがしてれている。ジークが何かする前に発動が間に合ったとしても、さっきまでのように払われるのがオチであった。
……筈だった。
発動と共にジークの周囲から『地獄氷河の都市』の煙が発生するまでは。
一体どうしてかと目を見開くジークだが、その発生源が千切れた蔓や蒸発した液体となった水。バルトが放った『燃える白き蔓の猛威』、『凍氷の暴風』の残骸から煙が発生して彼を包み込んだ。
「使い終えた氷も……触媒にしたのか」
「ただの氷じゃない。オレの魔力でできた物だということを忘れたか!?」
これが無駄に魔法を連発した狙いであった。
引き千切られた蔓は燃えているが氷結魔法でできた氷だ。『凍氷の暴風』もジークが纏う火のオーラの影響で蒸発しているが、そこにはまだ残っている。
大量の魔力を消費する『地獄氷河の都市』をそれらを利用することで発現させることに成功した。
発生した煙は触れただけで瞬間冷凍しまうほどの絶対零度効果を与える。
「良い原初魔法だ。効果も厄介そうだし動く煙だから防ぐのも難しそうだな。……だが」
それでも彼を凍りつかせることはない。
強固を誇る魔力層の厚みはバルトの『地獄氷河の都市』の効果を彼の体まで届かせない。
だが、そんなことは当然のことバルトも承知の上での行動である。彼の本当の狙いは別にあった。
「効かないぞ。その手には気付けなかったが、それでも俺には───」
「届くさ。氷漬けにはできないが動けないだろ?  ずっとじゃないが、それが発動するまでの間は逃げれない」
「……そういう来るか」
バルトの言葉が指した物は、意思でも持つかのように浮いて近づいてくる。
既に魔力を氷結系統に注いでいるバルドなのは間違いない。剥がさせれない布のように巻いてくる『地獄氷河の都市』の影響で、動けないジークは視界に魔道具が入る。誰が操作系の魔法を使用しているか、薄々感づいていたが、この時ばかりは彼にも止める術がなかった。
……否、間に合わなかった。
「外にいるかと思ったが、単純に本体が来ていないだけか。そうだろ? ───師匠」
『ようやく気付きましたか、あなたにしては随分遅かったですねジーク』
動けない彼は額に乗った十字架の魔道具に声をかけるとすぐに返事がきた。真面目な声音で感付かれたことに驚いた気配もない。その者こそこの事態を引き起こした張本人の声だった。
ジークがその者の名を呼ぶと、相手は待っていたように返事をした。
「しくじったか。相変わらず用心深いな」
『ふふ、それでは時間です───『惑星の門』』
魔道具に仕込まれた魔法式が起動させた。
するとジークを含めた結界内にいた者、全員が出現した巨大な黒き渦に飲まれた。
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