オリジナルマスター

ルド@

第20.5話 集う者たちと決意の師。

「彼の怒りを解放させること。それが彼を救う唯一の方法です。それも感情の抑制が効かなくなるほど、巨大な激情モノを」

ジークが試合会場の観戦席で考え込み、立ち去っていた頃である。
彼の師は彼の予感通り、密かに計画を立てていた。

「内容はきわめて単純ですが、同時に困難でもあります。……これから行うことは私だけでは不可能です。皆さんのお力が必要になります」

会場内にある王族のみが入れる特別室。そこで集まるのは説明役として話しているシィーナを含め、聖国の大物たちが集まっている。


まずシィーナを含めた仲間たち《星空の劔》。

変幻自在の戦闘術を扱う《無限の夜叉》バルト。
世界でも五本の指に入る職人《極・匠の職人導》のカム。
気術・妖術に長けた術者《死相の占い師》ホロウ。
精霊を使役する《紅蓮の巫女》のカグヤ。
人の姿に擬態する蒼き竜王デン。

冒険者ギルドからは王都ギルドマスターであるガイとウルキアのギルドマスターである《妖精魔女》シャリア。そしてシャリアの懐刀でもある秘書のキリア。

ウルキア側としてサナの父であり『古代原初魔法ロスト・オリジン』でもある《金狼》ゼオも参加していた。

自身も狙われている対象の一人である以上、この話し合いに参加して当然。そう口にして出席しているが、その真意は別にあるのはシィーナには分かっていた。……娘のことを思う父。顔つきがまさにそれであった。

王族側から第一王女のカトリーナ、第二王女のティアが出ている。
本来であれば国王陛下のローガンが出席する筈であったが、彼はリヴォルトとグレリアの一件を優先したいとのことで、代わりに彼女ら二人が参加している。

それぞれ専属を二人までは出席を許しているがカトリーナの方は下がらせて、ティアの専属であるフウとリンだけが控えていた。

そしてジークと同格SSランク冒険者である《天空界の掌握者ファルコン》のギルドレット。立場としては王都ギルド側でもあるが、今回の作戦に参加するのであれば、一番苦境に立たされる彼である。そのためギルド側の戦力としてではなく、個別のメンバーとしている。


───最後に…………

「なんでジーくんを怒らせる必要が……というより、どうやってやるんですか? わたしジーくんが怒っているところって、見たことないんですが……」
「───! そういえば学園で私も含めてみんなから毎回られた時も、逃げ回ってるだけで迎え撃とうとか、激昂して暴れるようなことはなかったわね」

ゼオの娘であり明日の決勝ジークと試合するサナ。そしてジークのことを想うアイリスである。

当初は学生でまだ子供である彼女たちを巻き込むなどあり得ないと、サナの父であるゼオを含め皆から反対されていたが、シィーナの強い申し出により彼女たちも、今回の作戦に参加することとなった。

その二人ともシィーナの説明を聞いていたが、彼の激昂した姿というのがイマイチイメージがつかないでいる。サナの方は以前一度だけ、ジークに警告混じりに睨まれたことがあったが、あれも逆鱗とは少し違う。少なくとも我を忘れるほどではなかった。

「ええ、そうでしょう。私がキツく言い聞かせましたし、彼自身その結果起こる災厄を恐れていますから。簡単には無理ですよ」
「災厄?」
「……?」

それはどういう意味なのか、シィーナが口にした単語を呟くアイリス。サナの方もわからない様子でふと自分の父に視線を送ってみる。

「シィーナ…………まさかとは思うが、この街……いや国を滅ぼすつもりなのか?」

その父の表情をサナは知らない。いつものような貴族としての貫禄があり騎士としての風格を兼ね備えた父ではない。

いくつもの危険な戦場を生き抜いてきた戦士───狼がだからこそ知っている顔だ。
ゼオはシィーナが口にしたその災厄に心当たりがあった。───いや、彼だけではない。

「「「……」」」

少女二人を除き、シィーナの仲間以外の者たちから発せられる空気が鋭くなっている。
ゼオのように口にはしていないが、その視線には強い拒絶の色があった。

だが、それも無理もなかった。
あの戦場を知っている彼らからしたら、彼女が告げた内容はとても受け入れ難いものがあった。

「我々が今回の作戦に手を貸すことにしたのは、現在街に潜んでいる帝国の危険人物を捕らえることに貴様が手を貸すと言ったからだ。提供してくれた情報も確かなものがあり、こちらにも利があると分かったのも理由の一つだ。……だが、もしその解決策がそんな馬鹿げたことなら────残念だが、協力はできない。かの魔導王は確かに英雄だが、同時に触れてはならない災いそのモノだ。トラキサムで起きた災害は無視できない」

───トラキサム。
それはかつてシルバー・アイズ、ギルドレット・ワーカス、デア・イグス。
三名のSSランク冒険者が死合った地であり、完全封鎖された黒き歴史の象徴となった聖国の街……人も住んでいた街であった。

当時聖国に攻め入っていたデア・イグスを駆けつけたシルバーとギルドレットが止む無くその街で戦ったが、その結果、街が地獄絵図へと変わっていたのは言うまでもなかった。
ジークもギルドレットも街の住人や兵士たちを守っている余裕などなく、一緒に来ていたラインもどうすることもできず無惨にも散ってしまった。

人質となっていたジークのもっとも大切な存在であるアティシアも、その戦いの果てに命を落としてしまう。……しかもそれはデア・イグスによって、死にかけていた彼を助けたこの原因であった。

仲間を無くしたこと、なにより大切であった存在の喪失、己の弱さによって起きた結末。

その時初めてジークは自分の弱さを恨み、後悔して───相手を、世界を、殺したいほど憎んだ・・・・・・・・・

彼は最強の超越者に勝利したが、街一つを完全に破壊し尽くした。
それも街の復興はおろか、立ち入ることすらできないほど徹底的に、自分の魔力を致死性の雨の毒のように振り撒き尽くしてしまったのだ。

だからこそシィーナが告げたものはどうしても容認できない。
受け入ればまた災厄を起こしてしまうかもしれない。しかも今度は聖国の中心地でもある王都で。

そのことに街を守っているガイ、カトリーナ、その惨劇を実際に見ているギルドレットは絶対に受け入れられないと厳しい視線を彼女に送るが。

「シィーナさん。……一つだけご確認させてください」

その三名に比べて、そこまで否定的な目つきではなかったティアがシィーナに問いかける。

彼女と当然、あの惨劇について知っているため、シィーナの作戦を受け入れることは王族、そして騎士として国を守る立場として了任はできない。

だが、それよりも彼女には気になることがあった。
僅かな感情の揺らぎも見逃さない瞳でシィーナを捉えて口を開いた。

「仮にその作戦が実行されて、もし……失敗した場合、我々の街は一体どれほどの被害を被ることになりますか?」
「姫様!」

何を言い出すのかという驚いた顔でガイが口を開くが、ティアはそれを視線だけで制止させ、視線を戻してシィーナの返答を待つ。彼女にとってこれは重要な問題であった。もし協力するのであれば……。

「例の侵入者の件については保証はできません。ですが……」

ティアの表情を見てシィーナも視線を彼女に合わせる。一度言葉を紡ぐと決意を胸に───

「たとえ失敗しても街には一切被害を与えません。殺されるとしても私───か、バルトだけでしょう」
「…………やっぱオレも含まれてるんだな」

その際、作戦内容を知っているバルトから深い溜息が溢れる。
実行に移れば自分の身がシィーナと同じくらい、危ういことになるのは明らかであった。己の力量にはそれなりの自信があったが、相手が教え子のようで既に自分を超えているジークでは無茶があった。

「ま、それでも引くつもりはない。仮にアンタたちの協力が得られなくても、オレらでやらせてもらう。もちろん被害は出さないようにするが」
「なぜそんなに急ぐんだバルト。別に今回じゃなくてもまた機会を狙って……」

シィーナと同じく己の決意を告げるバルトに対して、知り合いでもあるギルドマスターのガイが首を傾げつつ疑問を口にするが。

「それじゃ遅過ぎるんだ。今まではアイツのことを考えて様子見してきたが、それも今夜中に決着をつけないとその侵入者が───」
「バルト」

その返答は途中で遮られる。
バルトとガイの会話に割り込んで、《占い師》のホロウが皆に伝わるように自分たちが危惧している最悪の展開を告げる。

「それだけ危険なんですよ、彼の力は。ここで我々が動かなければ、あの者が彼の力を狙ってくるんです」
「さらに言うなら、その侵入者の捕獲も難しいと思ってください。時空系統の中でも最強『《《クロノス》》』を所持しているという情報がある。同じ空間系を操れるジークを除いて、ギルドレットであっても捕まえるのは不可能でしょう」

ホロウに続くようにシィーナも困難であることを告げる。『古代原初魔法ロスト・オリジン』の一つ『クロノス』のことは以前から調べていたが、それが最悪なことにもっとも厄介な相手の元にあると知り、自身のオリジナル魔法で対策を立てたが、そのすべてが潰されてしまったのだ。

「そ、それでは……」
「明日……警備を厳重にして待ち構えたとしても、彼の計画を阻めないと思います。このまま何もしなければ、高確率で滅びの世界が誕生します」

『予知』の魔法を使える二人を見て、彼らの脳裏にはすべてが失敗に終わり、災厄に飲まれてしまった王都が浮かび上がる。冗談だと笑ってしまいたいが、笑うには話の規模が大き過ぎて、あまりに急な展開に言葉を失っている。どうすべきなのか彼ら自身も迷いを隠せずにいた。

「なるほど、分かりました」
「…………」

ただし、異なる立場に立つティアとアイリスを除いて。
二人とも告げられた内容よりも、ただシィーナが最初に告げた無謀にしか聞こえない作戦にしか意識を向けていなかった。

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