オリジナルマスター
第15話 試合を支配する氷の女王。
「まだです!」
「……」
────突き刺さったように見えたが、と同時にその箇所が白き霧で覆われる。
まるで彼女の体をすり抜けたかのように貫通した刃を見て、サナが感心したように呟く。
「なるほど……『一体化』ですか。良い魔力コントロールですね」
「そう簡単には……やられません!」
サナの呟きが聞こえる中、シズクが突き刺さった刃を無視して、剣を構えて前へと踏み込んだ。
その結果、突き刺さった刃がさらに抉れて腹部を突くが、霧へと変化して流していく。
Sランク技法『一体化』。属性や魔法をその身と一つにする高等技法。
その技法を使用して、シズクは体の一部を属性化させて受け流した。
「『霧の千本刀』……!」
シズクは無数の小さな霧の刃を作り出す。空中で構えて同じく白い霧を纏った細剣と、ほぼ同時に放つ。
「『朝霧・突』っ!」
先にナイフを発射させて、細剣でサナを鋭く突きにいく。
「ふふふ……水の派生属性『霧』ですか」
至近距離からの無数のナイフとトドメの突き。
とくに構えてないサナはただ立っているだけで、躱せれるようには見えない。
普通に考えても間に合わない。
「『氷の千本刃』」
しかし、サナの対応力は《冥女》並みに早かった。
シズクが放った霧のナイフをサナは、まったく同じ数の氷のナイフで相殺させた。
「『氷軍の護り盾』」
さらに左腕に作り出した、分厚い氷の盾を作り出す。
霧のオーラを帯びた突きであったが、強固な魔力層で出来ているのか、傷ひとつ付かずはね返りオーラも弾けた。
「か、硬い……それに」
強過ぎる。そう呟きたくなるのを堪えて、彼女の動きに注意するシズク。
ほんの数手の攻防であったが、シズクはそれだけで勝ち目がないことを理解してしまう。
(攻めも守りも底がまったく見えない……! こんな相手、師匠以外にはいなかった……!)
勝利の意図が掴めない。このままいけば、先ほどのシオンのように瞬殺される。
たとえSランク技法の『一体化』を用いて、奥義を使用しても。
(ダメです……完全に詰みですこれは)
相手が師匠クラスに近い者だと感じ、勝機が乏しくなったことを自覚する。
決して諦めた訳ではないが、自分がその領域に立っているなどとは思ってなかった。
「勝ち目がないことは、理解できましたか」
「───っ」
その動揺は相手からも看破されていた。
見透かすようなサナの瞳がシズクの体を拘束したが、サナは攻めようとはしなかった。
「どうやら頭も冷えたみたいですね」
それどころか持っていた氷の刃を消して、シズクの元に歩み寄ろうとする。
「く……っ」
咄嗟に硬直が解けてシズクが剣で牽制し止めるが。
ある程度、内緒話ができるだけの距離は稼げた。
「ちょうどよかったです。彼女にも参加を要請するつもりでしたし、どうせならあなたからお願いしてもらえませんか?」
「? 何のことですか?」
少しでも距離を取っている中、サナはシズクにのみ聞こえる声で話を切り出した。
◇◇◇
『シズク・サカモト選手、棄権を確認しました!』
「なっ!?」
審判の宣言が《復讐の壊滅者》の思考を乱し、会場内にさらなる混乱を生んだ。
(いったい何を話したというのですか? 二、三度会話をしたと思えば、突然の棄権ってなんですかっ。明らかに言われて従ったように見えますねっ?)
半ば怒気を心の内で吐き捨てる《復讐の壊滅者》。
《霜剣》のシズクの途中棄権。
勝機がまったくないという言い分であったが、とても納得できるものではない。SSランクの弟子が簡単に棄権とは考え難い。
何か裏あるのは明らかである。
「っ」
しかし、どちらにしろ試合は当然であるが、止まるはずもない。
気づけば参加者は残り三名となっていた。
しかも、うち一人は既に拘束されて動けそうない。
そして、まともに動けるのはサナを除きただ一人、狙われていなかったクロウだけであった。
視線は当然彼に移る。
だが、《復讐の壊滅者》は手が出すことができなかった。
「あなたは……何者ですか? サナ・ルールブではありませんね?」
見た限りでも相手の力量は、憑依中の自分を上回っている可能性があった。
(実力は間違いなくSランク級を凌駕している、と考えるべきのようだ)
想定にない思わぬ強敵の登場に顔から冷汗が出てくる。
大会で彼がもっとも警戒すべきは、ジーク・スカルスだと思っていたが、それは浅はかだった。
(サナこそ……いや)
考えてもしょうがないと切り捨てていると、サナからまた厄介な魔法が展開される。
「『凍結された幽閉世界』」
「考えるべきでした。私と同じゲストの存在を」
もうここまでくれば、笑うしかない。
ジーク・スカルスが使用した白銀の世界と同じように、試合場全体を包み込むのは、オリジナル魔法の無限にも思える氷の山だった。
観客達の視線を遮り、舞台の上に設置してある水晶型の魔石の映像のみとなった。
しかし、不思議なことに不満の声はなく、ただ予期せぬ試合の流れに戸惑うばかりだった。
「もう一度聞きますが、あなたは何者ですか? どんな魔法か分かりませんが、化けるにしてもやり過ぎでは?」
「さぁ? それはどうでしょうか?」
慎重に相手の動向を探るような瞳で問い掛ける《復讐の壊滅者》に、サナは一切動揺の色を見せず、にこりと微笑んで周囲の氷を操り出した。
「それにお互い様……いえ、そちらは幽体ではありませんか?」
彼を包囲するように、何十本もの氷柱が宙に浮いている。そのすべてがサナが支配する氷柱。
継続している氷結系のフィールド魔法。
同じくカルマ拘束し続けるオリジナル魔法。
そして最後には試合場をすべてを飲み込んむ程の巨大な氷山。
本来の彼女─────サナ・ルールブが扱えれる筈もない魔法ばかりである。
たとえ《復讐の壊滅者》でなかろうと、同じ学園、クラスの者であれば絶対に気づくほど──────規格外な強さであった。
「この結界…………はぁ」
閉じ込められた結界の表面を眺めながら、《復讐の壊滅者》は吐息をつく。
相当頑丈にできた氷の結界のようであるが、オリジナル魔法である以上、それだけではないことに気付いた。ふと自身の手を見ながら口を開いた。
「また厄介な能力のですね。この魔法も中にいる者の魔力を奪っている訳ですか、そちらの方の蔓のように」
氷の薔薇の蔓に縛られるカルマを指して、嫌そうな顔をする。
「ええ、審判員は対象外ですが、あなたとあちらの男性の魔力は吸ってますよ? それに徐々にですが、空気も薄くなるようにしてますし」
「みたいですね。魔力体の端から魔力が吸われているのが分かります。それでより強固にして維持させているんですか」
しかも対象を指定できるとは、なんとも魔法師には厳しい嫌がらせのような魔法である。
「では、はじめますか」
さらに四方には大量の氷柱が控えている。
絶望的な状況なのは明らかであった。
「そうですね。私も改める必要があるようです……」
だから、そこ彼も自身の力を使うことに躊躇いを捨てたのだ。
クロウだけの魔法だけではなく、どうやらこちらも全力で挑まねばならない。
《復讐の壊滅者》は肩をすくめられると、右手から歪んだ黒きオーラが漏れ出す。
「その力もまた彼と同じように罪だ。ならば清算して頂くのが通りです」
すると指先から黒き淀んだ、小さな雫が出現した。
「重みを知りなさい『矛盾な罪の一滴』……」
ここで乗っ取っているクロウではなく、彼自身のの原初の力を解放させる。
闇系統にも見えるが、出現した黒き雫。それは七属性には含まれていない濁り───呪であった。
それこそが呪属性の原初魔法。
ありとあらゆる悪意が込められた小さな雫。
「だからこれまでのあなたの罪を、この雫が測りましょう」
サナに見えるように指先にある雫を掲げると、彼は不敵な笑みと共に軽く指を下ろした。
原初の一滴はその地に落ちた。
─────ドクン
そして零れ落ちた瞬間、氷の世界が脈動を打った。
「これは……」
「私の妹の邪眼に似ていますが、こちらの方が実に使いやすい」
「? ごぼっ……」
彼が妙なこと呟いたが、サナの耳には入っていない。
試合場全体の氷の変化に不思議そうな顔をする。
だが、《復讐の壊滅者》が呟いたところで自身の体の異常に気付いた。
しかし、同時に胸の奥から激しい嘔吐感に襲われてしまい、吐くことはなかったが咳き込んでしまった。
「氷の魔力を通して私自身の魔力体を……」
「はい、呪わせてもらいました。これまでのあなたが放出した、魔力の分だけ濃い毒を」
口元を手で押さえるサナに《復讐の壊滅者》が告げる。
魔力体を乱して本人にも負荷を与える、呪属性の魔法のようだ。そこまでは《冥女》の邪眼と同じタイプである。
口振りからして放出された量の分だけ、威力を上げていく魔法であるようだ。
「ですが、それだけはありません。あなたなら気付くと思うのでお話しますが……」
「ただの毒ではなく、対象の魔力を無価値にしてしまう毒ですね」
だが、彼が告げる前にサナが答えてみせる。
嘔吐感が強いのか、口元を押さえたままであるが、どうにか氷柱の操作を維持する。
そして、その内の数本を《復讐の壊滅者》に向かって放った。
スピードもあり、威力も高そうな氷柱。
中級の槍タイプの魔法に匹敵するが。
「無駄です」
「分かってます。確認しただけですよ」
的である《復讐の壊滅者》に直撃した瞬間、霧散してしまい消失してしまった。
「つまり耐性が付いたということですね。あなた自身の魔力体が」
「その通り、魔力の抗体と言えばいいでしょうが、こちらが毒を放ったのに、あなたの魔法すべてに対して耐性が付いたんですよ」
両手を広げて無防備に体を晒す。彼女ではもう仕留めれないことが理解しているからだ。
オリジナル魔法が成功した時点で、《復讐の壊滅者》は勝利を確信した。
なぜなら。
「すべて……ですか」
もし《復讐の壊滅者》の言う通り、魔力そのものに耐性ができたとすれば、それはジークと同じような存在になったということだ。
これでサナが扱う魔法はすべて通じなくなったのだ。
張っている氷のフィールド魔法と氷結結界も、彼に対し効果をなくしてしまった。
「ええ、すべてです。それでは……」
しかし、《復讐の壊滅者》も自分の力を発現するのはここまでにする。能力こそ解除しないが、ここからは乗っ取っている肉体。
「お覚悟を……『魂狩りの罠区域』」
クロウのオリジナルで十分であろう。
彼はクロウの魔力体に刻まれた、原初魔法を解放させる。
「その体の魔法ですか」
「はい、効果は説明しなくてもいいですよね? 踏み込めばその瞬間、餌食になりますよ?」
彼複数の不透明な赤き円が、彼女を囲むように試合場全体に形成される。
そのエリアが何を意味するか、サナは踏み込まなくても分かる。危険な魔力を帯びていた。
「…………ふ」
しかし、危機的状況あるにも関わらず、サナの笑みを溢すだけ。
いつの間にか吐き気を抑える為に押さえていた手で、笑いそうになる口元を隠していた。
それが《復讐の壊滅者》には不気味に見える。
殺気が感じたわけや悪寒が走ったわけでもない。
ただ、どうしようもないほど、浮かべている彼女の笑みが歪で不気味であった。
「何が可笑しいですか……」
「いえ、まだ、まだ…………甘いと思いまして」
そこも見えていれば、絶対におかしいと思った筈であろう。
歪んでいた笑みがさらに深みを増す以上に、サナの表情は普段の彼女や先程までの彼女にもなかった。
「────」
「ごぉ!?」
だが、それを確認する機会は彼に来ることはない。
仕掛けた罠をすり抜けて悪あがきにも見える。迫るようなサナの疾走によって失われた。
「この程度の原初の力で……私を止められると思っているとは」
原初魔法により無効にしていた魔法。
通じる筈もないと警戒も緩んでいたのだろう。
「ど、どうして……」
それなのに胸に突き刺さった氷の剣により、苦悶の声を出すこととなる《復讐の壊滅者》。
「どんな罠を張ったところで、凍結してしまえば無力と化す。この毒もそうです。手の内を晒したタイミングを間違えましたね」
本来消滅して通ることのない、彼女の魔法で出来た剣だ。
だが、起きてしまった現実は違った。サナの疾走と一緒に襲ってきた剣は、突き刺さる直前であっても、剣先から消える様子を一切見せず、その体を容易く貫いたのだ。
「わたしの本来の能力を見極めれなかった。あなたの敗因ですね」
その彼を冷めたような眼差しで見上げるサナ。
先程まで笑みもない。呆れたように首を振って、右手で掴んでいる氷剣の柄に力を込める。
「過信軽率……ホントに残念な終わりでしたね。王子」
「─────ガハッ!? あ、あなたは……!」
突き刺したまま袈裟斬りのように斬り捨てる。
精神ダメージに変換される為、実際は傷もなく血も出ない。
だが、その結果発生した精神ダメージは、致命傷に近いものであるのは明らかである。
振り切ったところで糸が切れたように、ガクリと膝つく《復讐の壊滅者》。
まったく理解が追い付かない狼狽した表情で、抵抗も反応すらなく。
呆気ない最後としてサナの前で倒れ伏せるのであった。
「……」
────突き刺さったように見えたが、と同時にその箇所が白き霧で覆われる。
まるで彼女の体をすり抜けたかのように貫通した刃を見て、サナが感心したように呟く。
「なるほど……『一体化』ですか。良い魔力コントロールですね」
「そう簡単には……やられません!」
サナの呟きが聞こえる中、シズクが突き刺さった刃を無視して、剣を構えて前へと踏み込んだ。
その結果、突き刺さった刃がさらに抉れて腹部を突くが、霧へと変化して流していく。
Sランク技法『一体化』。属性や魔法をその身と一つにする高等技法。
その技法を使用して、シズクは体の一部を属性化させて受け流した。
「『霧の千本刀』……!」
シズクは無数の小さな霧の刃を作り出す。空中で構えて同じく白い霧を纏った細剣と、ほぼ同時に放つ。
「『朝霧・突』っ!」
先にナイフを発射させて、細剣でサナを鋭く突きにいく。
「ふふふ……水の派生属性『霧』ですか」
至近距離からの無数のナイフとトドメの突き。
とくに構えてないサナはただ立っているだけで、躱せれるようには見えない。
普通に考えても間に合わない。
「『氷の千本刃』」
しかし、サナの対応力は《冥女》並みに早かった。
シズクが放った霧のナイフをサナは、まったく同じ数の氷のナイフで相殺させた。
「『氷軍の護り盾』」
さらに左腕に作り出した、分厚い氷の盾を作り出す。
霧のオーラを帯びた突きであったが、強固な魔力層で出来ているのか、傷ひとつ付かずはね返りオーラも弾けた。
「か、硬い……それに」
強過ぎる。そう呟きたくなるのを堪えて、彼女の動きに注意するシズク。
ほんの数手の攻防であったが、シズクはそれだけで勝ち目がないことを理解してしまう。
(攻めも守りも底がまったく見えない……! こんな相手、師匠以外にはいなかった……!)
勝利の意図が掴めない。このままいけば、先ほどのシオンのように瞬殺される。
たとえSランク技法の『一体化』を用いて、奥義を使用しても。
(ダメです……完全に詰みですこれは)
相手が師匠クラスに近い者だと感じ、勝機が乏しくなったことを自覚する。
決して諦めた訳ではないが、自分がその領域に立っているなどとは思ってなかった。
「勝ち目がないことは、理解できましたか」
「───っ」
その動揺は相手からも看破されていた。
見透かすようなサナの瞳がシズクの体を拘束したが、サナは攻めようとはしなかった。
「どうやら頭も冷えたみたいですね」
それどころか持っていた氷の刃を消して、シズクの元に歩み寄ろうとする。
「く……っ」
咄嗟に硬直が解けてシズクが剣で牽制し止めるが。
ある程度、内緒話ができるだけの距離は稼げた。
「ちょうどよかったです。彼女にも参加を要請するつもりでしたし、どうせならあなたからお願いしてもらえませんか?」
「? 何のことですか?」
少しでも距離を取っている中、サナはシズクにのみ聞こえる声で話を切り出した。
◇◇◇
『シズク・サカモト選手、棄権を確認しました!』
「なっ!?」
審判の宣言が《復讐の壊滅者》の思考を乱し、会場内にさらなる混乱を生んだ。
(いったい何を話したというのですか? 二、三度会話をしたと思えば、突然の棄権ってなんですかっ。明らかに言われて従ったように見えますねっ?)
半ば怒気を心の内で吐き捨てる《復讐の壊滅者》。
《霜剣》のシズクの途中棄権。
勝機がまったくないという言い分であったが、とても納得できるものではない。SSランクの弟子が簡単に棄権とは考え難い。
何か裏あるのは明らかである。
「っ」
しかし、どちらにしろ試合は当然であるが、止まるはずもない。
気づけば参加者は残り三名となっていた。
しかも、うち一人は既に拘束されて動けそうない。
そして、まともに動けるのはサナを除きただ一人、狙われていなかったクロウだけであった。
視線は当然彼に移る。
だが、《復讐の壊滅者》は手が出すことができなかった。
「あなたは……何者ですか? サナ・ルールブではありませんね?」
見た限りでも相手の力量は、憑依中の自分を上回っている可能性があった。
(実力は間違いなくSランク級を凌駕している、と考えるべきのようだ)
想定にない思わぬ強敵の登場に顔から冷汗が出てくる。
大会で彼がもっとも警戒すべきは、ジーク・スカルスだと思っていたが、それは浅はかだった。
(サナこそ……いや)
考えてもしょうがないと切り捨てていると、サナからまた厄介な魔法が展開される。
「『凍結された幽閉世界』」
「考えるべきでした。私と同じゲストの存在を」
もうここまでくれば、笑うしかない。
ジーク・スカルスが使用した白銀の世界と同じように、試合場全体を包み込むのは、オリジナル魔法の無限にも思える氷の山だった。
観客達の視線を遮り、舞台の上に設置してある水晶型の魔石の映像のみとなった。
しかし、不思議なことに不満の声はなく、ただ予期せぬ試合の流れに戸惑うばかりだった。
「もう一度聞きますが、あなたは何者ですか? どんな魔法か分かりませんが、化けるにしてもやり過ぎでは?」
「さぁ? それはどうでしょうか?」
慎重に相手の動向を探るような瞳で問い掛ける《復讐の壊滅者》に、サナは一切動揺の色を見せず、にこりと微笑んで周囲の氷を操り出した。
「それにお互い様……いえ、そちらは幽体ではありませんか?」
彼を包囲するように、何十本もの氷柱が宙に浮いている。そのすべてがサナが支配する氷柱。
継続している氷結系のフィールド魔法。
同じくカルマ拘束し続けるオリジナル魔法。
そして最後には試合場をすべてを飲み込んむ程の巨大な氷山。
本来の彼女─────サナ・ルールブが扱えれる筈もない魔法ばかりである。
たとえ《復讐の壊滅者》でなかろうと、同じ学園、クラスの者であれば絶対に気づくほど──────規格外な強さであった。
「この結界…………はぁ」
閉じ込められた結界の表面を眺めながら、《復讐の壊滅者》は吐息をつく。
相当頑丈にできた氷の結界のようであるが、オリジナル魔法である以上、それだけではないことに気付いた。ふと自身の手を見ながら口を開いた。
「また厄介な能力のですね。この魔法も中にいる者の魔力を奪っている訳ですか、そちらの方の蔓のように」
氷の薔薇の蔓に縛られるカルマを指して、嫌そうな顔をする。
「ええ、審判員は対象外ですが、あなたとあちらの男性の魔力は吸ってますよ? それに徐々にですが、空気も薄くなるようにしてますし」
「みたいですね。魔力体の端から魔力が吸われているのが分かります。それでより強固にして維持させているんですか」
しかも対象を指定できるとは、なんとも魔法師には厳しい嫌がらせのような魔法である。
「では、はじめますか」
さらに四方には大量の氷柱が控えている。
絶望的な状況なのは明らかであった。
「そうですね。私も改める必要があるようです……」
だから、そこ彼も自身の力を使うことに躊躇いを捨てたのだ。
クロウだけの魔法だけではなく、どうやらこちらも全力で挑まねばならない。
《復讐の壊滅者》は肩をすくめられると、右手から歪んだ黒きオーラが漏れ出す。
「その力もまた彼と同じように罪だ。ならば清算して頂くのが通りです」
すると指先から黒き淀んだ、小さな雫が出現した。
「重みを知りなさい『矛盾な罪の一滴』……」
ここで乗っ取っているクロウではなく、彼自身のの原初の力を解放させる。
闇系統にも見えるが、出現した黒き雫。それは七属性には含まれていない濁り───呪であった。
それこそが呪属性の原初魔法。
ありとあらゆる悪意が込められた小さな雫。
「だからこれまでのあなたの罪を、この雫が測りましょう」
サナに見えるように指先にある雫を掲げると、彼は不敵な笑みと共に軽く指を下ろした。
原初の一滴はその地に落ちた。
─────ドクン
そして零れ落ちた瞬間、氷の世界が脈動を打った。
「これは……」
「私の妹の邪眼に似ていますが、こちらの方が実に使いやすい」
「? ごぼっ……」
彼が妙なこと呟いたが、サナの耳には入っていない。
試合場全体の氷の変化に不思議そうな顔をする。
だが、《復讐の壊滅者》が呟いたところで自身の体の異常に気付いた。
しかし、同時に胸の奥から激しい嘔吐感に襲われてしまい、吐くことはなかったが咳き込んでしまった。
「氷の魔力を通して私自身の魔力体を……」
「はい、呪わせてもらいました。これまでのあなたが放出した、魔力の分だけ濃い毒を」
口元を手で押さえるサナに《復讐の壊滅者》が告げる。
魔力体を乱して本人にも負荷を与える、呪属性の魔法のようだ。そこまでは《冥女》の邪眼と同じタイプである。
口振りからして放出された量の分だけ、威力を上げていく魔法であるようだ。
「ですが、それだけはありません。あなたなら気付くと思うのでお話しますが……」
「ただの毒ではなく、対象の魔力を無価値にしてしまう毒ですね」
だが、彼が告げる前にサナが答えてみせる。
嘔吐感が強いのか、口元を押さえたままであるが、どうにか氷柱の操作を維持する。
そして、その内の数本を《復讐の壊滅者》に向かって放った。
スピードもあり、威力も高そうな氷柱。
中級の槍タイプの魔法に匹敵するが。
「無駄です」
「分かってます。確認しただけですよ」
的である《復讐の壊滅者》に直撃した瞬間、霧散してしまい消失してしまった。
「つまり耐性が付いたということですね。あなた自身の魔力体が」
「その通り、魔力の抗体と言えばいいでしょうが、こちらが毒を放ったのに、あなたの魔法すべてに対して耐性が付いたんですよ」
両手を広げて無防備に体を晒す。彼女ではもう仕留めれないことが理解しているからだ。
オリジナル魔法が成功した時点で、《復讐の壊滅者》は勝利を確信した。
なぜなら。
「すべて……ですか」
もし《復讐の壊滅者》の言う通り、魔力そのものに耐性ができたとすれば、それはジークと同じような存在になったということだ。
これでサナが扱う魔法はすべて通じなくなったのだ。
張っている氷のフィールド魔法と氷結結界も、彼に対し効果をなくしてしまった。
「ええ、すべてです。それでは……」
しかし、《復讐の壊滅者》も自分の力を発現するのはここまでにする。能力こそ解除しないが、ここからは乗っ取っている肉体。
「お覚悟を……『魂狩りの罠区域』」
クロウのオリジナルで十分であろう。
彼はクロウの魔力体に刻まれた、原初魔法を解放させる。
「その体の魔法ですか」
「はい、効果は説明しなくてもいいですよね? 踏み込めばその瞬間、餌食になりますよ?」
彼複数の不透明な赤き円が、彼女を囲むように試合場全体に形成される。
そのエリアが何を意味するか、サナは踏み込まなくても分かる。危険な魔力を帯びていた。
「…………ふ」
しかし、危機的状況あるにも関わらず、サナの笑みを溢すだけ。
いつの間にか吐き気を抑える為に押さえていた手で、笑いそうになる口元を隠していた。
それが《復讐の壊滅者》には不気味に見える。
殺気が感じたわけや悪寒が走ったわけでもない。
ただ、どうしようもないほど、浮かべている彼女の笑みが歪で不気味であった。
「何が可笑しいですか……」
「いえ、まだ、まだ…………甘いと思いまして」
そこも見えていれば、絶対におかしいと思った筈であろう。
歪んでいた笑みがさらに深みを増す以上に、サナの表情は普段の彼女や先程までの彼女にもなかった。
「────」
「ごぉ!?」
だが、それを確認する機会は彼に来ることはない。
仕掛けた罠をすり抜けて悪あがきにも見える。迫るようなサナの疾走によって失われた。
「この程度の原初の力で……私を止められると思っているとは」
原初魔法により無効にしていた魔法。
通じる筈もないと警戒も緩んでいたのだろう。
「ど、どうして……」
それなのに胸に突き刺さった氷の剣により、苦悶の声を出すこととなる《復讐の壊滅者》。
「どんな罠を張ったところで、凍結してしまえば無力と化す。この毒もそうです。手の内を晒したタイミングを間違えましたね」
本来消滅して通ることのない、彼女の魔法で出来た剣だ。
だが、起きてしまった現実は違った。サナの疾走と一緒に襲ってきた剣は、突き刺さる直前であっても、剣先から消える様子を一切見せず、その体を容易く貫いたのだ。
「わたしの本来の能力を見極めれなかった。あなたの敗因ですね」
その彼を冷めたような眼差しで見上げるサナ。
先程まで笑みもない。呆れたように首を振って、右手で掴んでいる氷剣の柄に力を込める。
「過信軽率……ホントに残念な終わりでしたね。王子」
「─────ガハッ!? あ、あなたは……!」
突き刺したまま袈裟斬りのように斬り捨てる。
精神ダメージに変換される為、実際は傷もなく血も出ない。
だが、その結果発生した精神ダメージは、致命傷に近いものであるのは明らかである。
振り切ったところで糸が切れたように、ガクリと膝つく《復讐の壊滅者》。
まったく理解が追い付かない狼狽した表情で、抵抗も反応すらなく。
呆気ない最後としてサナの前で倒れ伏せるのであった。
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