オリジナルマスター

ルド@

第8話 暴王の目覚めと逆鱗。

「じゃあ、あなたにも消えてもらう」
「っ」

そしてジークとの決着を終えて、残りの一人であるミルルに向くルカ。
掛けていた身体強化の脚で背後に回っていたミルルに気付いていたルカは、振り向きつつ軽く手を振るう。

「───!」

瞬間、ミルルの周囲に『闇の捕縛ダーク・バインド』の鎖が凄まじい速さで出現して彼女を包囲する。
ルーシーやジークとの戦いで、魔力量が残り少なくなった為、低級の捕縛魔法を選んだが、これだけでもこと足りていた。

「く……ああっ!?」
「最初からジークあの人以外は取るに足らないわ。さっさと沈みなさい」

自身へと伸びてきた鎖を躱して、ルカにナイフを投げたミルルだが、さらに伸びくる鎖によって弾かれてしまう。
そうしてスピードも上げて動き回る鎖に対応できず、あっさりと捕縛されてしまったミルル。

そのまま、ルカの闇の鎖によって拘束されてしまった。

────ように見えた。

「はっ!」

ルカの真横から突然姿を現したミルル。
鎖が覆うとした方のミルルは霧のように消失して、もう一方はまるで姿を霧で覆い隠れていたのが、晴れて現れたようだった。

そして水のナイフ『水の千本刀アクア・ナイフ』を辺りにまとわせて、両手のナイフを振るってみせようとした───ところで。

「気付かないと思った? ────“イービ”、“カルバ”」

ルカは真横から迫ってきたミルルに動揺した様子もなく、つまらないものを見るような瞳で吐き捨てると、足下と頭上に召喚魔法陣を展開させる。

すると上の魔法陣から大人ぐらいの太さと五メートル以上長い赤い蛇の精霊が、足下の魔法陣からは無数の小型の緑色の蛇の精霊が出てきた。

足下から出てきた無数の小型蛇は、その小柄な姿を利用して飛んできた水のナイフに喰らいつく。

大量に飛んできたナイフすべて喰らい付いた蛇の群れは、何度も噛み付いたことで刃こぼれしたように崩れ出す水のナイフを、欠けらも残さないつもりで喰らい尽くした。

「───っ!」

その様子に驚きつつ、突撃するのをやめて足を止めるミルル。
まさかまだ精霊を隠していたとは考え付かなかったといった様子で、目を見開いている彼女にルカがもう一匹の赤い蛇に指令出して襲わせに掛かる。

赤い蛇は身体全体の鱗から火を噴いて、地面を溶かすように進んでくる。
動きは先ほどの紫の蛇や緑の蛇より遅いが、あの蛇達よりも近寄り難い存在であった。

(あの蛇は危険! 勿体ないけど魔法紙の魔法で────)

そしてこのままではやられてしまうと、危機感を感じたミルルが奥の手を取り出そうとする。
予選会の時にも出した、魔法紙に描かれた魔法式による攻撃。

派生属性もオリジナル魔法も持たない彼女の唯一奥の手であった。

「『赤風の乱風炎フレイム・ストリーム・起────っ?」
「……え?」

だが、その魔法は発現されなかった。

ミルルの術式に不備があったわけでない。
魔力不足でもなくミルルに不備は一切なかった。

また、ルカが妨害した訳でもない。
彼女は彼女で繰り出されようとしている魔法に、気付きはしたが、、蛇を身代わりにするか、避けるか検討していたのだ。

なので二人とも突然、魔法が発現が途絶えたことに戦闘も忘れて、呆然としてしまっていた。


──────ドクン……

「───っ!!」

先に事態に気付いたのはルカであった。

慌てた彼女はミルルを無視して、背後へと振り返る。
冷静な判断力も鈍らせてしまっていたが、それよりも気付くべきことが彼女にはあった。

──────ドクン……

動揺によって視野が狭まったのだろう。
すぐ側にいる蛇の精霊達が異常なほど、身体を震わせて怯えている姿を彼女は見ていなかった。

──────ドクン……

「あ、あ……」

振り返った先の光景に言葉を失っていた。

──────ドクン……

───ありえない、確かに倒したした筈。
その気持ちからか焦り出す自身の呼吸、恐怖からなのか額に溜まる冷や汗。





「危なかった」

いつの間にか倒れていた筈の彼は、上体だけ起こし膝立ちの状態で背を向けていた。



───《復讐の壊滅者リベンジャー》に何度も注意されていた。警戒して今度こそ倒した筈。それなのに……。

復讐の壊滅者リベンジャー》から頼まれたことはしっかりとこなしているルカであったが、その最低限の期待さえも裏切ってしまった。


「不思議だよ。使用魔力がゼロになったっていうのに、気分がいい。普段なら少なからず虚脱感があるのにな」

まぁそれも滅多にない体験だがな。と苦笑気味に呟くと彼はゆっくりと起き上がる。

(はやく……はやく動いて私っ! あの男がこっちに振り返る前にっ、はやく倒さないと……!!)

表情が見えないルカにはこの動作だけでも不気味でしかなく、すぐに仕留めないと駄目だと懸命に自分に訴えていた。

だが。

(ど、どうして……? どうして動けないの……っ?)

まるで身体が石にでもなったかのように、固まってしまった自分の身体に落ち込んだ。
仕掛けることも逃げることもできなくなってしまっていたルカ。

「これがなかったから負けてたかもしれない」

そんなルカの様子を知ってか知らずか、振り返らず腰に付けていたあるモノを、彼女に見せるように取り出した。

「「た、タヌキ……?」」

その取り出されたモノを見てルカ、そしてミルルが呆けた様子でつい重なる呟き声。
一体何を見せるのかと心の中で身構えていた二人にとって、この狸の置物は想定外であった。

あとそれをなんで腰に付けていたのかも、ルカほど動揺していないミルルには不思議でならなかったが、ジーク本人からしっかり説明があった。

「こいつは『奈落』っていう古代の魔道具でな。見た目はぜんぜん迫力はないが、こいつには物などを保管できる空間魔法が備わってるんだ。─────ただ」

そう言って狸を振ってジークは本題とばかりに言葉を止めると、見せていた狸を腰に戻してゆっくりとルカの方へと振り返る。

「この『奈落』が取り込めれるのは物だけじゃない。他の者のも可能だが、スイッチさえ押せば、持ち主の魔力を勝手に・・・吸収するんだ」
「へ、へぇ……え? っ────ていうことは……!!」

ジークの説明を聞いていたミルルが驚いた顔で、ハッと彼のことを二度見した。

同じく聞いていた────というか聞かされていたルカは、これでもかと冷や汗を流して、これからやってくる絶望を予知したのか顔色はすっかり真っ青であった。

さらに振り返った彼の表情が余りにもアレであったこともあり、その恐怖心は一層に増していた。
彼女に心臓の病があれば、確実に止まっているであろう衝撃である。

「ああ、攻撃を受けるギリギリだったが、なんとか間に合ったよ。ほら?」

証拠ばかりにカチっと狸のスイッチを押して見せる。
狸の口から濃い紫のオーラが漏れ出して、浄化されたように消えていく。

その光景を見ていたミルルからは、安心したような声音が漏れる。

「あーー本当だ。すっごいねそれ」
「まぁ、そのお陰で魔力が空になったがなぁ?」
「それって……不味いんじゃないの? なんで平気そうに動けるの?」

魔力ゼロと聞いて頰をピクピク震わせるミルル。

普通魔力が空になった魔法使いは貧血を起こしたように動けなくなるか、気絶するのが常識であり当たり前である。……最悪の場合は死ぬことだってある。

なのに説明しているジークは平気そうな足取りで近付いてくる。
顔色も悪くなく、寧ろさっきよりも良くなっているようにも見えた。

刺された筈なのに立ち上がったことや、見た目に反して凄い狸の登場、さらには魔力が空であるのに平気な本人の表情や足取りに、ミルルの疑問は尽きることなく増えるばかりであった。

だが、そんな疑問の数々よりも先に、ミルルには聞いてみたいことがあった。

「そうなんだよな?」
「なんで疑問系?  ……あとジーク君さぁ─────なんで笑顔なの・・・・?」

満面な笑みで説明しながら近付いてくるジークの姿に、ミルルは謎の悪寒に背筋を強張らせていた。

「うん? さぁ? なんでだろうな?  ───冥女さん?」
「ヒッ」

その素晴らしい影もない笑みで直視され、声をかけられたルカから小さな悲鳴が漏れる。

仕掛けるだけ仕掛けた彼女であったが、そんな彼女にも一つ、大きな誤算があった。

(そんな、嘘でしょう……!? こ、こんなの……! ば、化け物だ……!)

それはジークの魔力を少しであっても、身体に宿したことが関係している。

ジークの魔力を体に宿すことで、彼女はジークのチカラであるその脈動を感じ取れるようになっていた。

─────ドクン!! ドクン!! ドクン!!
─────ドクン!! ドクン!! ドクン!!
─────ドクン!! ドクン!! ドクン!!

その結果、たとえ精霊でなくても彼の機嫌─────真奥に眠っているアレの機嫌も・・・・・・敏感に感じ取れてしまっていたこと。


「───さてと」

彼はコキっと首を軽く鳴らすと満面な笑みで、

「じゃあ、覚悟はいいか冥女? ここからはただの一方的なお仕置きの時間だ」
「っっっ!?」

側まで近付いたルカを見下ろすようにして告げた。
最後の部分だけは、やたら強調的にして。

(アレは……生きてるの?)

─────彼女にはハッキリと分かる威嚇の仕方で。

ちなみに蛇達も怯えて切ってしまい、ビクビクと一匹ずつこっそりと消えていって、ジークが側まで着いた時にはもう一匹もいなかった。

そしてその言葉と仕草に硬直が解けたのか、もしくは衝動的にルカは自分の身体を抱きしめて、合わせるのも怖いのか、怯えた目でジークの視線から逸らそうとしていた。

消えてしまった蛇達のことも失敗してしまった焦りも忘れて、ただただ怯えるルカ。

度々浮かべていた不敵な笑みも消え去り、彼女の感情には目の前にいる男からの逃避でいっぱいだった。



「こ、これって止めなくても、いいのかな……?」

とそんな二人の様子を見ていたミルルが、悩んでいるような困ったような顔で見守っていた。
絶望的な状況から一転、二転と変化していく試合にもう着いていけなくなっていた。

「なんだか、急にジーク君のことが悪魔に見えてきたな……私。はははは……もう訳わかんないや」

結局どっちに付く気にもなれず、だからといってこれ以上戦える気にもなれなくなったミルル。……決して最終的に戦うかもしれない、今のジークと戦いたくないからではなく。

ミルルは二人に気付かれないまま、密かに審判に目線を送った後、疲れたような溜息をつき試合場から降りていった。


こうしてジークもルカも気付かない間に、最終対決へと移行していた。

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