オリジナルマスター
第2話 密談と憤りと隠していた出来事。
「暗いな。明かりくらい付けたらどうだ?」
ティアが居る部屋に入ったジーク。
明かりのない薄暗い部屋を見て不思議気に呟く。
「ここでの事が外部に漏れるのは避けたい。そうでしょう?」
部屋の主であるティアが薄暗い中、ジトとした目でジークを睨む。
暗かったこともあって気付くのに遅れたが、目の前に立つティアの格好は、薄い白のリジェ姿であった。僅かにさす月の光と相まって、どこか女神の印象を受けさせる姿だ。
「まあ……そうだが」
その姿に苦虫を噛み潰したような顔するジーク。
ティアの常人離れした魅惑の体と薄い布地の所為で、意識してなくても大変目に毒過ぎる光景なのだ。
「ならいいではありませんか。さぁ、昼の一件、わたくしも分かるように説明を頂けませんか?」
ジークの反応のなど無視して、ティアが月の光に照らされながら迫る。もしこの場にこの者達の事情を知らない第三者がこの光景を目撃したら、間違いなく勘違いされるであろう。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。その前に上着か何か羽織る物を着てくれないか? さすが目のやり場に困るんだよ」
ギョッとした顔でジークが手で制止を促した。せめてものお願いだと頼み込むが。
「お断りします。わたくしの就寝前の部屋での服装はこれですから。それに最近暑くなってきましたしね。無しの方向でお願いします」
彼の願いをあっさりと断り、素っ気ない態度で軽くお辞儀をしてみせた。……不機嫌な証拠である。
「いや良くないわ。男性が居れば肌も隠すものだろ。淑女の嗜みとかはいいのか?」
「ご安心をしっかり身は清めた後ですから。良ければ確かめてみますか?」
「そういう問題じゃないだろう。というか確かめるってなんだ────おい、なに服を脱ごうとしてるんだ? 脱がなくていいから、分かったからやめてくれ!」
とそんなやりとりの後。
「じゃあ、聞かせてもらえますかシルバー? あのアイリスという女性について」
「あ、ああ……」
明かりがついてない薄暗い部屋、僅かに差す月の光を背にしたまま、ティアとジークの会話は始まったのだった。
(結局こうなるのかよ)
ティアの服装は変わらず、ジークの方は暗い顔で疲れたような息を吐いていた。
「まず最初に言っておきますが、偶然だと言って逃げるのはやめてくださいね? あそこまで瓜二つな顔立ちであなたの側にいるなんてあり得ません」
前置きとして忠告するティア。冷たい目をして逃さないとジークを視線で射抜いていた。
今更誤魔化しなどしたら容赦はしない。言葉にしてないが、目がそう言っているのをジークはちゃんと理解していた。
「分かってるよ。その為に来たんだからさ」
だからジークももうあまり誤魔化そうとしない。
彼に出来る抵抗があるとすれば、どこまで最小限に情報を抑えておけるか、諦め悪く小細工する程度だった。
(偶然……それも考え直すことかもしれない)
彼女が口にした言葉の中に彼の心の内で引っ掛かるものがあった。
(あんまり言うのもどうかと思ったが、……仕方ない)
だが、まず明確な事実を。ジークはティアに伝えることにした。
「ティアの考えてる通り、彼女はアティシアの関係者だ」
「……」
彼の言葉にティアはしばらく黙り込む。
だがそれは驚いて言葉を失ってる訳ではない。
予想と事実が一致したことで、新たな疑問が彼女の中で生まれ出しているからだ。
「…………一応確認しておきますが、本人じゃないんですよね? 若返ったとか見た目だけ幼くした姿ではなく?」
しばし黙考後、ティアは確認のつもりでジークに訊いてみる。ジークの方もそんな質問が来る気はしていたので、苦笑を浮かべながら否定する。
「違う。彼女はアティシアじゃない。アイツは……」
言い掛けたところで口を紡ぐジーク。
いざ告げようとやはり口が重くなっしまうが、
「アイツは─────────アティシアの妹だ。……良くも悪くもな」
喉奥から絞り出すようにして、ティアに事実を口にした。
(嗚呼、言ってしまった)
返ってくるであろう蔑むような反応を予期しながら、ジークは肩を落としていた。
現在のアティシアに関することを知らないティアからしたら、なに友人の妹に手を出しているんだと思われていてもおかしくない。
「それは……変ですよ」
しかし、ジークの予想とティアの返事は大きく異なっていた。
難しげな表情でジークの言葉に異議を唱えたのだ。
「……なに?」
心の中で少々身構えていたこともあって、予想外の流れで反応に少し遅れたジーク。
呆然とした様子でティアを見つめた。
「ですから変ですよそれは。わたくしは彼女と会った時、アティシアさんを知ってるか問い掛けました」
─────そういえば自分が到着した時。
ティアが何か喋っていたことを思い出したジーク。
同時に重要な情報が洩れていたことを知って、若干頰が強張ってしまう。彼女の側には面倒な親友とその妹がいるのだ。厄介ごとにならないか少々不安である。
「ですが彼女はアティシアさんの名を知ってる風ではありませんでした。もし彼女がアティシアさんの妹であれば姉の名を知らない筈がありません」
しかし、続けて口にしたティアの説明を聞いて心配なかったと分かり、安堵の息を密かに吐いた。
……もしかしたらアイリスの方は知っていたかもしれなかったが、どうやら彼女はまだなにも聞かされてないのだと、彼は心中なんともいえないものがあった。
「知らないさ。ま、当然だな」
首を傾げるティアにジークは、哀しげな顔をして首を左右に振るうと。
困惑した様子のティアに説明してみせた。
「? 当然とは……?」
「さっき言っただろう。良くも悪くもっとな」
薄暗い所為でティアからは、ジークの顔色がよく見えない。
だが、彼の声音には何か彼女も分からない複雑な感情が混じっていた。
「あのな、ティア。アイツとアティシアは───────」
そうして彼から告げられた事実を聞くと、ティアは両目を大きく開け驚愕し。
「それは……本当なんですか……!」
「アティシアのオリジナル、知ってるだろう? 生命を吹き込む癒しの魔法を」
「そ、そんな……ことって……!」
少し間を置いて、徐々に徐々に殺気を混じわせ、怒りの表情へと変貌していった。
理解してしまったのだ。アティシアという女性の生い立ちを。
なぜ彼女が─────
「ああ、そうだ。だからアイツはフォーカスじゃなかったんだ」
「……それは人が……親がする行いなんですか……!」
「さぁな、親がいない俺には心情すら理解出来なかったよ」
ジークの瞳には月に照らされた、怒りの闘気を放つ剣姫が映っていた。
(これも運命なのか? だとしたら……残酷すぎないか?)
対象としてジークから怒りとは全く違う、やり切れない悲嘆がそこにはあった。
◇◇◇
────と話の幕が閉じる筈だったが。
思うことがあったのか、怒りを収めたティアがジークに問い掛けた。
「彼女があなたが振ったという女性ですよね?」
「ん? そうだが」
「で、それで最低男と呼ばれるようになったと?」
「そ、そうだが……」
ティアからはそんな質問がきて戸惑ってしまう。
アイリスの話をすればその話がくるも当然かもしれないが、今さらそれがどうしたというのか。
「付き合えない理由はなんとなく分かります。彼女がアティシアの妹さんでは……」
「まあ……」
曖昧なのはそれだけが理由ではないからだが、生憎ティアの方はそこまで気付いてないので、特にジークも彼女の言葉に付け足そうとはしない。
「でもシルバー、あなたが酷い具合女心に疎くポンコツであっても、最悪友達までに抑えることはできたんじゃないですか? ……なぜ弁解しなかったのですか? しかも最後には相手が深く傷つくようなことをして……何をしたかまでは知りませんが、そこまでしなくても丸く収まったのではないですか?」
「……」
ティアから疑問を問い掛けられ、ジークは一瞬だけどう答えるか逡巡する仕草を見せる。
(ティアもこの街に来て俺の噂はある程度知ったみたいだし、できればその誤解だけは解きたい。ただなぁ……)
相手は自分の事情を少なからず知る数少ない戦友だ。可能であれば真実と誤解が入り混じったその噂だけはどうにか解きたいが、事情が事情なので……ジークも慎重に言葉を選んでティアに説明を試みた。
「俺も予想外だったんだ」
「彼女があなたを好きだったということですか?」
「違う。いくら俺でもそこまで鈍くはない。半信半疑だったが、厄介になる前に距離を取ろうとした。それに仮に告白されてもなるべく傷つけないように、友人という関係に留めるつもりだった」
言い訳だがアイリスからの告白の際、かなり戸惑っていた。いくら距離を取っていたとはいえ、急過ぎないかと。
勿論事前に予想はしていたので、いざという時はなんとかしてみせようとしていた。相手がアティシアの妹であるなら尚更だった。
「そう、一番の計算外だったのは、────アイリスの本気だ」
その時のことを思い出したのか、何故か遠い目をしながらジークは口にする。本人に自覚が知らないが、アイリスの方はその時の告白は、ごく自然なものだったと思っている。
自分がジークに告白して彼が振った。その程度にしかアイリスの方は認識してない。
それはサナやリナも同じであり、噂だけを知っているティアも少しの誤差こそあると考えているが、同じ認識であった。
「アイツの本気度を甘く見過ぎてた。焦って踏み込んでは来ないと思ってた」
真実を口にすることだけは、どうしてもできなかった。
サナやトオルにも相談しようか何度も悩んだが、アイリスの世間体を気にしてしまい言うことができず、そのままジークは『最低男』などと不名誉な名で呼ばれるようになった。
だが、目の前の戦友であって、学園とは全くの部外者であるティアが相手なら、彼も心の中で仕舞っていた悩みを打ち明けられる。
「女性の本気を甘く見ていたと? 自業自得では?」
何を言うかコイツはみたいな冷たい眼差しをしてティアは言うが、ジークの方は大変不服だと言いたげに顔をして、遂に腹の内に押し込めていたモノを口から吐き出した。
「本気たっておまえ……! いくら何でも予想できるかっ! 人の部屋で入ってたと思えば、突然告白して服を脱ぎ出したら! 冷静な判断か出来るかよっ!」
「……」
ジークが溜め込んでいた悩みを吐き出すと──────ティアは思考を停止した。
「相手がアティシアの妹じゃ余計に無理だったよ!」
「………………」
ジークの言葉が遠く聞こえる。
瞳から光が消えて、感情というものが薄れてしまったティア。
「全裸デ、告白? サレタと?」
棒読み口調でティアが尋ねる。
コテンと首を傾げて、口元だけ笑みを浮かべ光のない瞳で彼を見詰めた。
「え、え!? ティ、ティア……さん?」
言い切ったスッキリしたところで、ジークも異変に気付いてギョッと目を開いた。
「ソレで?」
「え、あとその、お、押し倒されました」
ティアの変貌に冷や汗を流しながら、ジークはオロオロしつつ答える。
彼の予想では同情的な眼差しで向け、呆れられるかアイリスのことを痴女とでも言って蔑むのかと思っていたが。
「……」
正直怖いので少し後ずさる。
何故だか分からないが、自分の命の危機に立たされている気がしてしまった。
「で、流石にマズいと思ってちょっと強引に引き剥がしたんだが、それが彼女には逆効果だったらしく─────思いっきり泣かれた」
もう勢いであった。ジークは感情のない瞳に見詰められる中、その後のことも全て話していた。
騒ぎに気付いた寮の男子生徒達と寮長が部屋の中に突撃すると、ジークに無理矢理服を着されて泣きじゃくってるアイリスを目撃したのだ。
……今にして思うとよく街の警務隊に突き出されなかったものだったと、ジークは乾いた笑みを漏らした。
結局その場は女子を男子寮に連れ込んだ罰のみとなったが、その話を聞いてさらに本人であるアイリスの状態を知って激情したサナがジークに鉄槌を下したのだ。
そして彼女の怒りに賛同した女子生徒の軍団がジークを締め上げて、それによって噂が本当だと知った関係のない男子達からも狙われるようになった。
ただ一度締められて以降、ジークも懲りたのか狙ってくる相手から本気で逃げるようになって、一部の者達に逃げ足の達人などとも呼ばれた。
「そのことを周りには……」
「言える訳ないだろう。多分あいつもショックのせいで当時の記憶が曖昧だから、もし自分の仕出かした行為を明確に認識でもしたら……最悪の自殺しかねないぞマジで」
とても冗談とは思えない声音で冗談に思えることを口にするジーク。
彼として冗談で済むのなら幾らでも非道な人間に見られても構わなかった。
───アイリスはアティシアの形見なのだ。たとえ周りから蔑まれても彼女の名誉を守りたかった。
不器用なこの男なりの行動だった。
「……そうですか」
いつの間にか浮かべていた怖い笑みを消してティアは、彼から視線を外し黙り込んでしまった。
ティアが居る部屋に入ったジーク。
明かりのない薄暗い部屋を見て不思議気に呟く。
「ここでの事が外部に漏れるのは避けたい。そうでしょう?」
部屋の主であるティアが薄暗い中、ジトとした目でジークを睨む。
暗かったこともあって気付くのに遅れたが、目の前に立つティアの格好は、薄い白のリジェ姿であった。僅かにさす月の光と相まって、どこか女神の印象を受けさせる姿だ。
「まあ……そうだが」
その姿に苦虫を噛み潰したような顔するジーク。
ティアの常人離れした魅惑の体と薄い布地の所為で、意識してなくても大変目に毒過ぎる光景なのだ。
「ならいいではありませんか。さぁ、昼の一件、わたくしも分かるように説明を頂けませんか?」
ジークの反応のなど無視して、ティアが月の光に照らされながら迫る。もしこの場にこの者達の事情を知らない第三者がこの光景を目撃したら、間違いなく勘違いされるであろう。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。その前に上着か何か羽織る物を着てくれないか? さすが目のやり場に困るんだよ」
ギョッとした顔でジークが手で制止を促した。せめてものお願いだと頼み込むが。
「お断りします。わたくしの就寝前の部屋での服装はこれですから。それに最近暑くなってきましたしね。無しの方向でお願いします」
彼の願いをあっさりと断り、素っ気ない態度で軽くお辞儀をしてみせた。……不機嫌な証拠である。
「いや良くないわ。男性が居れば肌も隠すものだろ。淑女の嗜みとかはいいのか?」
「ご安心をしっかり身は清めた後ですから。良ければ確かめてみますか?」
「そういう問題じゃないだろう。というか確かめるってなんだ────おい、なに服を脱ごうとしてるんだ? 脱がなくていいから、分かったからやめてくれ!」
とそんなやりとりの後。
「じゃあ、聞かせてもらえますかシルバー? あのアイリスという女性について」
「あ、ああ……」
明かりがついてない薄暗い部屋、僅かに差す月の光を背にしたまま、ティアとジークの会話は始まったのだった。
(結局こうなるのかよ)
ティアの服装は変わらず、ジークの方は暗い顔で疲れたような息を吐いていた。
「まず最初に言っておきますが、偶然だと言って逃げるのはやめてくださいね? あそこまで瓜二つな顔立ちであなたの側にいるなんてあり得ません」
前置きとして忠告するティア。冷たい目をして逃さないとジークを視線で射抜いていた。
今更誤魔化しなどしたら容赦はしない。言葉にしてないが、目がそう言っているのをジークはちゃんと理解していた。
「分かってるよ。その為に来たんだからさ」
だからジークももうあまり誤魔化そうとしない。
彼に出来る抵抗があるとすれば、どこまで最小限に情報を抑えておけるか、諦め悪く小細工する程度だった。
(偶然……それも考え直すことかもしれない)
彼女が口にした言葉の中に彼の心の内で引っ掛かるものがあった。
(あんまり言うのもどうかと思ったが、……仕方ない)
だが、まず明確な事実を。ジークはティアに伝えることにした。
「ティアの考えてる通り、彼女はアティシアの関係者だ」
「……」
彼の言葉にティアはしばらく黙り込む。
だがそれは驚いて言葉を失ってる訳ではない。
予想と事実が一致したことで、新たな疑問が彼女の中で生まれ出しているからだ。
「…………一応確認しておきますが、本人じゃないんですよね? 若返ったとか見た目だけ幼くした姿ではなく?」
しばし黙考後、ティアは確認のつもりでジークに訊いてみる。ジークの方もそんな質問が来る気はしていたので、苦笑を浮かべながら否定する。
「違う。彼女はアティシアじゃない。アイツは……」
言い掛けたところで口を紡ぐジーク。
いざ告げようとやはり口が重くなっしまうが、
「アイツは─────────アティシアの妹だ。……良くも悪くもな」
喉奥から絞り出すようにして、ティアに事実を口にした。
(嗚呼、言ってしまった)
返ってくるであろう蔑むような反応を予期しながら、ジークは肩を落としていた。
現在のアティシアに関することを知らないティアからしたら、なに友人の妹に手を出しているんだと思われていてもおかしくない。
「それは……変ですよ」
しかし、ジークの予想とティアの返事は大きく異なっていた。
難しげな表情でジークの言葉に異議を唱えたのだ。
「……なに?」
心の中で少々身構えていたこともあって、予想外の流れで反応に少し遅れたジーク。
呆然とした様子でティアを見つめた。
「ですから変ですよそれは。わたくしは彼女と会った時、アティシアさんを知ってるか問い掛けました」
─────そういえば自分が到着した時。
ティアが何か喋っていたことを思い出したジーク。
同時に重要な情報が洩れていたことを知って、若干頰が強張ってしまう。彼女の側には面倒な親友とその妹がいるのだ。厄介ごとにならないか少々不安である。
「ですが彼女はアティシアさんの名を知ってる風ではありませんでした。もし彼女がアティシアさんの妹であれば姉の名を知らない筈がありません」
しかし、続けて口にしたティアの説明を聞いて心配なかったと分かり、安堵の息を密かに吐いた。
……もしかしたらアイリスの方は知っていたかもしれなかったが、どうやら彼女はまだなにも聞かされてないのだと、彼は心中なんともいえないものがあった。
「知らないさ。ま、当然だな」
首を傾げるティアにジークは、哀しげな顔をして首を左右に振るうと。
困惑した様子のティアに説明してみせた。
「? 当然とは……?」
「さっき言っただろう。良くも悪くもっとな」
薄暗い所為でティアからは、ジークの顔色がよく見えない。
だが、彼の声音には何か彼女も分からない複雑な感情が混じっていた。
「あのな、ティア。アイツとアティシアは───────」
そうして彼から告げられた事実を聞くと、ティアは両目を大きく開け驚愕し。
「それは……本当なんですか……!」
「アティシアのオリジナル、知ってるだろう? 生命を吹き込む癒しの魔法を」
「そ、そんな……ことって……!」
少し間を置いて、徐々に徐々に殺気を混じわせ、怒りの表情へと変貌していった。
理解してしまったのだ。アティシアという女性の生い立ちを。
なぜ彼女が─────
「ああ、そうだ。だからアイツはフォーカスじゃなかったんだ」
「……それは人が……親がする行いなんですか……!」
「さぁな、親がいない俺には心情すら理解出来なかったよ」
ジークの瞳には月に照らされた、怒りの闘気を放つ剣姫が映っていた。
(これも運命なのか? だとしたら……残酷すぎないか?)
対象としてジークから怒りとは全く違う、やり切れない悲嘆がそこにはあった。
◇◇◇
────と話の幕が閉じる筈だったが。
思うことがあったのか、怒りを収めたティアがジークに問い掛けた。
「彼女があなたが振ったという女性ですよね?」
「ん? そうだが」
「で、それで最低男と呼ばれるようになったと?」
「そ、そうだが……」
ティアからはそんな質問がきて戸惑ってしまう。
アイリスの話をすればその話がくるも当然かもしれないが、今さらそれがどうしたというのか。
「付き合えない理由はなんとなく分かります。彼女がアティシアの妹さんでは……」
「まあ……」
曖昧なのはそれだけが理由ではないからだが、生憎ティアの方はそこまで気付いてないので、特にジークも彼女の言葉に付け足そうとはしない。
「でもシルバー、あなたが酷い具合女心に疎くポンコツであっても、最悪友達までに抑えることはできたんじゃないですか? ……なぜ弁解しなかったのですか? しかも最後には相手が深く傷つくようなことをして……何をしたかまでは知りませんが、そこまでしなくても丸く収まったのではないですか?」
「……」
ティアから疑問を問い掛けられ、ジークは一瞬だけどう答えるか逡巡する仕草を見せる。
(ティアもこの街に来て俺の噂はある程度知ったみたいだし、できればその誤解だけは解きたい。ただなぁ……)
相手は自分の事情を少なからず知る数少ない戦友だ。可能であれば真実と誤解が入り混じったその噂だけはどうにか解きたいが、事情が事情なので……ジークも慎重に言葉を選んでティアに説明を試みた。
「俺も予想外だったんだ」
「彼女があなたを好きだったということですか?」
「違う。いくら俺でもそこまで鈍くはない。半信半疑だったが、厄介になる前に距離を取ろうとした。それに仮に告白されてもなるべく傷つけないように、友人という関係に留めるつもりだった」
言い訳だがアイリスからの告白の際、かなり戸惑っていた。いくら距離を取っていたとはいえ、急過ぎないかと。
勿論事前に予想はしていたので、いざという時はなんとかしてみせようとしていた。相手がアティシアの妹であるなら尚更だった。
「そう、一番の計算外だったのは、────アイリスの本気だ」
その時のことを思い出したのか、何故か遠い目をしながらジークは口にする。本人に自覚が知らないが、アイリスの方はその時の告白は、ごく自然なものだったと思っている。
自分がジークに告白して彼が振った。その程度にしかアイリスの方は認識してない。
それはサナやリナも同じであり、噂だけを知っているティアも少しの誤差こそあると考えているが、同じ認識であった。
「アイツの本気度を甘く見過ぎてた。焦って踏み込んでは来ないと思ってた」
真実を口にすることだけは、どうしてもできなかった。
サナやトオルにも相談しようか何度も悩んだが、アイリスの世間体を気にしてしまい言うことができず、そのままジークは『最低男』などと不名誉な名で呼ばれるようになった。
だが、目の前の戦友であって、学園とは全くの部外者であるティアが相手なら、彼も心の中で仕舞っていた悩みを打ち明けられる。
「女性の本気を甘く見ていたと? 自業自得では?」
何を言うかコイツはみたいな冷たい眼差しをしてティアは言うが、ジークの方は大変不服だと言いたげに顔をして、遂に腹の内に押し込めていたモノを口から吐き出した。
「本気たっておまえ……! いくら何でも予想できるかっ! 人の部屋で入ってたと思えば、突然告白して服を脱ぎ出したら! 冷静な判断か出来るかよっ!」
「……」
ジークが溜め込んでいた悩みを吐き出すと──────ティアは思考を停止した。
「相手がアティシアの妹じゃ余計に無理だったよ!」
「………………」
ジークの言葉が遠く聞こえる。
瞳から光が消えて、感情というものが薄れてしまったティア。
「全裸デ、告白? サレタと?」
棒読み口調でティアが尋ねる。
コテンと首を傾げて、口元だけ笑みを浮かべ光のない瞳で彼を見詰めた。
「え、え!? ティ、ティア……さん?」
言い切ったスッキリしたところで、ジークも異変に気付いてギョッと目を開いた。
「ソレで?」
「え、あとその、お、押し倒されました」
ティアの変貌に冷や汗を流しながら、ジークはオロオロしつつ答える。
彼の予想では同情的な眼差しで向け、呆れられるかアイリスのことを痴女とでも言って蔑むのかと思っていたが。
「……」
正直怖いので少し後ずさる。
何故だか分からないが、自分の命の危機に立たされている気がしてしまった。
「で、流石にマズいと思ってちょっと強引に引き剥がしたんだが、それが彼女には逆効果だったらしく─────思いっきり泣かれた」
もう勢いであった。ジークは感情のない瞳に見詰められる中、その後のことも全て話していた。
騒ぎに気付いた寮の男子生徒達と寮長が部屋の中に突撃すると、ジークに無理矢理服を着されて泣きじゃくってるアイリスを目撃したのだ。
……今にして思うとよく街の警務隊に突き出されなかったものだったと、ジークは乾いた笑みを漏らした。
結局その場は女子を男子寮に連れ込んだ罰のみとなったが、その話を聞いてさらに本人であるアイリスの状態を知って激情したサナがジークに鉄槌を下したのだ。
そして彼女の怒りに賛同した女子生徒の軍団がジークを締め上げて、それによって噂が本当だと知った関係のない男子達からも狙われるようになった。
ただ一度締められて以降、ジークも懲りたのか狙ってくる相手から本気で逃げるようになって、一部の者達に逃げ足の達人などとも呼ばれた。
「そのことを周りには……」
「言える訳ないだろう。多分あいつもショックのせいで当時の記憶が曖昧だから、もし自分の仕出かした行為を明確に認識でもしたら……最悪の自殺しかねないぞマジで」
とても冗談とは思えない声音で冗談に思えることを口にするジーク。
彼として冗談で済むのなら幾らでも非道な人間に見られても構わなかった。
───アイリスはアティシアの形見なのだ。たとえ周りから蔑まれても彼女の名誉を守りたかった。
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