オリジナルマスター
第0話 王都と空の監視者(覗き魔)。
予選会から一月が経った。開催される魔導杯前の朝。
ジークは学園に集まり、開催される王都に向けて出発の準備をしていた。
「……眠い」
「だろうな。眠たそうだ」
「……帰りたい」
「いや、帰ったらダメだろう。なんの為にメンバーに入ったんだよ」
「……あー、悪い。つい、本音が」
「本音かよ! 寝ぼけてるから冗談に聞こえない!」
眠たそうに呟くジークの隣にいたトオルが苦笑を浮かべる。眠い気持ちは分からなくもないが、後半は絶対同意できない。
二人共大きめのカバンを持っている。大会場所の王都でしばらく泊まる為、私物が入っているカバンだ。
他にも生徒が数十名集まっている。全員が魔道杯の参加者、一年から三年までが集まっていた。
「普段遅刻とか平気でしてるお前には結構厳しいか。いや、それ以前に来れたことに驚くべきか」
当然教員も集まっており、顔見知りのグラサンが感心したような呆れたような眼差しを彼に向けていた。
言われて少し眠気が晴れたか、寝ぼけた顔から悔しげに顔に変わって、何故か唸り出した。……間違いなくしょうもない理由である。
「くっ、せめて現地集合なら良かったのに……!」
本当にしょうもなかった。聞いこえたトオルもガーデニアンも呆れた顔でため息を吐いた。
「王都のエイオンまで街一つ越さないと着けないんだぞ? 正規のルートでも一日掛かるんだ諦めろ」
(俺だけなら移動手段があるのに……! 試合直前まで寝ていられるのに……!)
正規のルートとは危険地帯のない保護が掛かっている安全な道のことだ。
移動方法は馬、馬車か徒歩。使い魔持ちなら飛行タイプの魔物に乗って、空から移動するなどある。
しかし、今回に限ってはそれらは不要であった。生徒達の安全を考慮した学園側が予算持ち、特急ルートを用意したのだ。
「わざわざ地点移動型魔法陣で移動させてもらえるんだ。それもクソ高いのに学園が使用費を払ってくれる。現地集合とか贅沢言うな」
「む……」
地点移動型魔法陣とは街に設置してある空間移動の魔法が備わっている魔道具である。
場所は多くの者が行き来する広場。その近くに魔道具で出来た六の柱が円を描くように建っており、中心の地面には大きめの魔法陣が描かれている。
広さは二十人〜三十人近くが円内に入れる程であり、側には小さな建物が存在して中にいる政府の役所と魔法師が居るのだ。
そして役所の者に金を払い、魔法師達が魔法陣を起動させる。
今回は学園がその使用料を支払うこととなったが、代わりに移動は一度に全員なのだ。……多少狭いがなんとか一度に移動が可能だ。
「一日の移動の回数は決まってる。時間もな」
「だから後からだと費用が余計に掛かる……か。まぁ事情は分かるけどな……」
「どうしても嫌なら独自の移動方法を教員に伝えて納得してもらうしかないが、たった一日前じゃ馬とか飛行の魔物でも無理だろう?」
「あー、ソウダナァー」
どうしようもないと諦めたように肩をすくめた頃には、集合時間となって皆集まっていた。
「よし! 皆集まっているか!?  確認を取るぞ!」
(朝から煩いわっ! あのグラサンが!)
朝から元気が良さ気なガーデニアンの声が若干眠気が残っているジークの耳にやたら響いた。
◇◇◇
そして場所は王都エイオンへ移る。
ウルキアと違い広々とした街並みと並ぶ建物の数々。なにより圧倒的な人口の多さに来たことがない生徒達から驚きの声が上がっていた。……普通に騒がしいと教員から注意を受けた。
(まぁ、初めての人たちからしたら、ウルキアとは規模が違い過ぎてしょうがないけどな。……アイツも結構驚いてたしな)
武器専門店や商店の多さもそうだが、街で歩く冒険者や騎士や傭兵など強者揃い。普段住んでいる街とは比較すること自体が間違っていた。
「ははは、来てしまったなー」
地点移動型魔法陣で王都まで移動したジークは降りて早々、周囲の光景など気にした様子もなく、後悔顔でグッタリしていた。……可能なら今すぐ帰りたいのだ。
「やけに嫌そうだな? らしくなくあんなに頑張ってたのによ」
先程と同じような呆れたトオルが会話相手をする。予選会でのジークと戦いやその後の試合も知っているので、帰りたそうにしている彼が不思議なのだ。
特に興味を引いたのは王女との試合。トオルは誰かは知らないが、ミルルに化けた王女と戦った時のジークの姿は、明らかに勝つ為の戦いであった。……とても普段やる気ない彼からは想像できない姿だったが、そこまでして勝利を掴み、結果メンバーに選ばれたのだ。
「というか、一体何が目的なんだ? 成績どころか誹謗中傷も気にしないくせに、思いっきり目立ってまで勝ち取ってよ?」
「いやぁ、あの時は色々とあってなぁ……」
言われて口籠るのは、目的の為と思って後先全然考えなかった所為である。
一応ギルドマスターに頼んで保険だけは掛けておいたが、こういう状況だとあまり意味がなかった。
(はぁ、もう開き直るしかないか? ……一応バレないように気をつけるけど)
軽く溜息を吐くと、移動し始める他の学生と共に泊まる宿へ向かう。惚けるように質問の返答はしなかったが、すぐ興味が失せたかトオルから別の話が振られた。
「しかし、これだけ人とか沢山だと、やっぱ治安とかも悪いと思ったが、意外と普通みたいだな?」
歩く中、ふと街に来たのが初めなトオルが呟いた。
どうやら思ったより治安が良さげで、賑わいのある光景が少し想像と違っていたようだ。……話を戻されても面倒なので、疑問そうにするトオルへジークも話を合わせた。
「まあ裏路地とかは少しは悪いとは思うが、それも最低限だろうな。賊とかの組織は真っ先に潰されてるだろうなぁ……あの人に」
言ってみてやはり来たのは間違いな気がしてきた。
彼が口にしたあの人の眼は、街全体に届いている。こうして街に来た時点でバレているかもしれないのだ。
「あの人? 知っている奴か?」
「いや、この街に来たことある人なら全員知ってる。……いや、通り名ならお前でも知ってるだろうな」
誰のことなのか分からず首を傾げているトオル。
ジークもさすがに言葉足らずだと、彼でも絶対知っている通り名を口にした。
「────《天空界の掌握者》」
「───っ!! SSランク……!」
ジークの一言にトオルの表情は一変。驚愕の表情で叫びそうなるが、どうにか押し殺した声で口にした。
そう。トオルが今言ったようにジークが口にした奴とは《天空界の掌握者》《翼斬の騎士》《四色羽の聖鳥》……《救いようのない誑し》《世界中の女に嫌われた男》などなどの異名を持つジークと同じSSランク冒険者の一人。
エリューシオンの王都エイオンを拠点としている王族直属の冒険者。
キザで可愛ければ誰でいいと宣言するほどの最低な男。そして残念なくらい全然モテない男。
ギルドレット・ワーカス。
「奴の監視網は街全体だからなぁ。街中で堂々と悪さしたら飛んで来るんだ」
「やけに詳しいな?」
「普通だ。前にも来たことがあるから自然と耳に入るんだよ」
あとこれは気を遣って言わないことだが、その監視の眼を使用して以前、表では言えないことをしてきたことがあった。……主に覗きなど。
しかもそれが切っ掛けとなってジークとギルドレットは出会い。
そして一度だけ本気に近い戦いをしたことがあった。……途中で有耶無耶になったが。
(でも懐かしいな。アティシア達の入浴を覗こうとしたギルさんと流れで戦うことになって、必死に逃げ回るから大騒ぎになったもんな)
若い頃から色々とやらかしてきたらしく、SSランクになった時に一緒に大変変態なことも知れ渡ったそうだ。ジークが初めて王都に来た時には、男性からは超越者として尊敬の念を抱かれていたが、女性からは酷く避けられており、子供の女の子からも近寄られなかったそうだ。
(だがまあ、当の本人は『寧ろ遠くから女の子達を見られるからこれはこれでありだよっ!』とか言ってたから、この対策もどうかなと思うけどな)
────まあ俺には関係ない話だな。
ジークは思考にキリをつけると、見えてきた泊まる宿と思われる建物に目を向けた。
◇◇◇
「へぇ〜、思ったより住み易いな」
学園側がのサービスか泊まる宿は、大きめなので全学年が泊まれる建物であった。
宿に着いてすぐ部屋割りが行われて、ジークは一人部屋に入ることとなった。
「妥当だな」
部屋割りの際トオルと同じ部屋になるのではと、内心思っていたが、寮の時のようにトオルの方が嫌がった為、トオル以外ジークと相部屋になりたい者もおらず余り部屋な感じでこの一人部屋となった。
「まあその方がいいな…………ところで」
一度に間を空けてカバンをベットに置くと、疲れたような顔で現実逃避したくなった。
「どうしてお前がいるんだ?」
背後を振り向いて外に通じる窓の方へ視線を向けた。
隠す気が全くないのか、居るはずなのないそこにいる人物へ声を掛けた。
「説明してくれるよな? シャリア」
「フフフっ!」
窓の背にして座るシャリアが得意気な顔で笑いを零していた。
「ギルドはいいのか? まさかキリアさんに───」
口にしながらジト目となるジークは、脳裏で雑務に追われる苦労人の受付嬢の姿が過ぎる。……もしそうなら速攻で帰そうと思ったが、珍しく素直なシャリアの返答は予想外なものだった。
「その心配はないぞ。なにせキリアの奴も王都に来てるからな! こことは違う宿に先に行っているぞ!」
「それはそれで大丈夫なのかギルド会館は?」
シャリアが真っ平らな胸を張って言う中、苦笑気味にジークは不安気に述べた。……どっちにしても色んな意味でヤバいと思ったからだ。
「ま、本当に心配はないぞ。向こうはクローネに任せた」
「……ああ、あのおっかない受付嬢か。……て、だからなんで居るんだよここに」
「フフ、実は毎年大会側から招待状を貰っていたが、億劫だったのでな。断ってばかりだったが、今回はそれのお陰で合法的に来ることができたのだっ!」
「今回も断れよ」
シメシメと嬉し気に口にするシャリア。付き添いとしキリアも連れてこれたので満足そうだ。……きっとキリアの方はギルドを空けることに多少の抵抗があったと思うが、キチンとした招待形式であることと、クローネを含むギルド職員からの勧めもあって着いて来ることにしたそうだ。
やはり招待がある以上、行くべきであるという意見も前から多かったのだ。
……ただ、もう一人の受付嬢のメルから代わりについて行くなどと言い出して、代理を任されたクローネに睨まれたという小さな事件があったが。
「はぁ、で、俺の部屋を割り出して来たと?」
「というか見てたぞ? 部屋割りの時、泊まる宿は知っていたからな。部屋番号が聞こえたから先回りさせて貰った」
なんでもない風に言ってジークに近寄って近くにあるイスに腰掛ける。……長いする気満々の様子だ。
「それだけの行動力をもう少しギルドの雑務に回せればな」
普段慌てた様子で仕事をしているシャリアを知っているので、なんとも苦笑顔で呆れ声を漏らしてしまうジーク。
その結果、下の者であるキリアが大変な目に合うと思うと、酷い負の量産図が頭に浮かんでしまった。
「そなたも悪いんだぞジーク。予選会以降、一度もギルドに来なかったんだ」
次第に呆れ顔になっていくジークにカチンときたのか、何気ない不満を漏らすシャリア。
予選会の合間にあったお泊まり会以降、何故か一度もギルド会館に来なかったジークに、多少なりとも不満を抱いていたのだ。
「あ、あー……それな」
ジークが滅多にギルドに来ないのよく分かっているが、あの話をしたこともあって色々と気になっていた。
「いったい何をしていたんだ、友よ? まさか王女乱入戦の騒動でも起こしたのか?」
「グっーーー!」
「ちょ、友よっーーー!?」
本当に何気なくシャリアが質問した瞬間、膝をついてしまうジーク。
無意識に核心を突いた言葉に、何もかも終わったような青ざめた顔で挫折感を滲ませていた。
もっともシャリアの方は突然のジークの反応に、素っ頓狂な顔と声音で慌てて彼に寄り添ったが。
「は、はははは……」
「じ、ジーク?」
俯いて顔を見せないジークから聞こえる乾いた笑い。シャリアは薄気味悪いモノを背筋に感じてブルッと体を震わせた。
「……聞きたいか?」
「え?」
「何があったか……知りたいか?」
「……」
しばらくして小さくコクリとシャリアが頷いた。
するとジークはこの一ヶ月ほど何があったのか、淡々とした口調で語り出した。
ジークは学園に集まり、開催される王都に向けて出発の準備をしていた。
「……眠い」
「だろうな。眠たそうだ」
「……帰りたい」
「いや、帰ったらダメだろう。なんの為にメンバーに入ったんだよ」
「……あー、悪い。つい、本音が」
「本音かよ! 寝ぼけてるから冗談に聞こえない!」
眠たそうに呟くジークの隣にいたトオルが苦笑を浮かべる。眠い気持ちは分からなくもないが、後半は絶対同意できない。
二人共大きめのカバンを持っている。大会場所の王都でしばらく泊まる為、私物が入っているカバンだ。
他にも生徒が数十名集まっている。全員が魔道杯の参加者、一年から三年までが集まっていた。
「普段遅刻とか平気でしてるお前には結構厳しいか。いや、それ以前に来れたことに驚くべきか」
当然教員も集まっており、顔見知りのグラサンが感心したような呆れたような眼差しを彼に向けていた。
言われて少し眠気が晴れたか、寝ぼけた顔から悔しげに顔に変わって、何故か唸り出した。……間違いなくしょうもない理由である。
「くっ、せめて現地集合なら良かったのに……!」
本当にしょうもなかった。聞いこえたトオルもガーデニアンも呆れた顔でため息を吐いた。
「王都のエイオンまで街一つ越さないと着けないんだぞ? 正規のルートでも一日掛かるんだ諦めろ」
(俺だけなら移動手段があるのに……! 試合直前まで寝ていられるのに……!)
正規のルートとは危険地帯のない保護が掛かっている安全な道のことだ。
移動方法は馬、馬車か徒歩。使い魔持ちなら飛行タイプの魔物に乗って、空から移動するなどある。
しかし、今回に限ってはそれらは不要であった。生徒達の安全を考慮した学園側が予算持ち、特急ルートを用意したのだ。
「わざわざ地点移動型魔法陣で移動させてもらえるんだ。それもクソ高いのに学園が使用費を払ってくれる。現地集合とか贅沢言うな」
「む……」
地点移動型魔法陣とは街に設置してある空間移動の魔法が備わっている魔道具である。
場所は多くの者が行き来する広場。その近くに魔道具で出来た六の柱が円を描くように建っており、中心の地面には大きめの魔法陣が描かれている。
広さは二十人〜三十人近くが円内に入れる程であり、側には小さな建物が存在して中にいる政府の役所と魔法師が居るのだ。
そして役所の者に金を払い、魔法師達が魔法陣を起動させる。
今回は学園がその使用料を支払うこととなったが、代わりに移動は一度に全員なのだ。……多少狭いがなんとか一度に移動が可能だ。
「一日の移動の回数は決まってる。時間もな」
「だから後からだと費用が余計に掛かる……か。まぁ事情は分かるけどな……」
「どうしても嫌なら独自の移動方法を教員に伝えて納得してもらうしかないが、たった一日前じゃ馬とか飛行の魔物でも無理だろう?」
「あー、ソウダナァー」
どうしようもないと諦めたように肩をすくめた頃には、集合時間となって皆集まっていた。
「よし! 皆集まっているか!?  確認を取るぞ!」
(朝から煩いわっ! あのグラサンが!)
朝から元気が良さ気なガーデニアンの声が若干眠気が残っているジークの耳にやたら響いた。
◇◇◇
そして場所は王都エイオンへ移る。
ウルキアと違い広々とした街並みと並ぶ建物の数々。なにより圧倒的な人口の多さに来たことがない生徒達から驚きの声が上がっていた。……普通に騒がしいと教員から注意を受けた。
(まぁ、初めての人たちからしたら、ウルキアとは規模が違い過ぎてしょうがないけどな。……アイツも結構驚いてたしな)
武器専門店や商店の多さもそうだが、街で歩く冒険者や騎士や傭兵など強者揃い。普段住んでいる街とは比較すること自体が間違っていた。
「ははは、来てしまったなー」
地点移動型魔法陣で王都まで移動したジークは降りて早々、周囲の光景など気にした様子もなく、後悔顔でグッタリしていた。……可能なら今すぐ帰りたいのだ。
「やけに嫌そうだな? らしくなくあんなに頑張ってたのによ」
先程と同じような呆れたトオルが会話相手をする。予選会でのジークと戦いやその後の試合も知っているので、帰りたそうにしている彼が不思議なのだ。
特に興味を引いたのは王女との試合。トオルは誰かは知らないが、ミルルに化けた王女と戦った時のジークの姿は、明らかに勝つ為の戦いであった。……とても普段やる気ない彼からは想像できない姿だったが、そこまでして勝利を掴み、結果メンバーに選ばれたのだ。
「というか、一体何が目的なんだ? 成績どころか誹謗中傷も気にしないくせに、思いっきり目立ってまで勝ち取ってよ?」
「いやぁ、あの時は色々とあってなぁ……」
言われて口籠るのは、目的の為と思って後先全然考えなかった所為である。
一応ギルドマスターに頼んで保険だけは掛けておいたが、こういう状況だとあまり意味がなかった。
(はぁ、もう開き直るしかないか? ……一応バレないように気をつけるけど)
軽く溜息を吐くと、移動し始める他の学生と共に泊まる宿へ向かう。惚けるように質問の返答はしなかったが、すぐ興味が失せたかトオルから別の話が振られた。
「しかし、これだけ人とか沢山だと、やっぱ治安とかも悪いと思ったが、意外と普通みたいだな?」
歩く中、ふと街に来たのが初めなトオルが呟いた。
どうやら思ったより治安が良さげで、賑わいのある光景が少し想像と違っていたようだ。……話を戻されても面倒なので、疑問そうにするトオルへジークも話を合わせた。
「まあ裏路地とかは少しは悪いとは思うが、それも最低限だろうな。賊とかの組織は真っ先に潰されてるだろうなぁ……あの人に」
言ってみてやはり来たのは間違いな気がしてきた。
彼が口にしたあの人の眼は、街全体に届いている。こうして街に来た時点でバレているかもしれないのだ。
「あの人? 知っている奴か?」
「いや、この街に来たことある人なら全員知ってる。……いや、通り名ならお前でも知ってるだろうな」
誰のことなのか分からず首を傾げているトオル。
ジークもさすがに言葉足らずだと、彼でも絶対知っている通り名を口にした。
「────《天空界の掌握者》」
「───っ!! SSランク……!」
ジークの一言にトオルの表情は一変。驚愕の表情で叫びそうなるが、どうにか押し殺した声で口にした。
そう。トオルが今言ったようにジークが口にした奴とは《天空界の掌握者》《翼斬の騎士》《四色羽の聖鳥》……《救いようのない誑し》《世界中の女に嫌われた男》などなどの異名を持つジークと同じSSランク冒険者の一人。
エリューシオンの王都エイオンを拠点としている王族直属の冒険者。
キザで可愛ければ誰でいいと宣言するほどの最低な男。そして残念なくらい全然モテない男。
ギルドレット・ワーカス。
「奴の監視網は街全体だからなぁ。街中で堂々と悪さしたら飛んで来るんだ」
「やけに詳しいな?」
「普通だ。前にも来たことがあるから自然と耳に入るんだよ」
あとこれは気を遣って言わないことだが、その監視の眼を使用して以前、表では言えないことをしてきたことがあった。……主に覗きなど。
しかもそれが切っ掛けとなってジークとギルドレットは出会い。
そして一度だけ本気に近い戦いをしたことがあった。……途中で有耶無耶になったが。
(でも懐かしいな。アティシア達の入浴を覗こうとしたギルさんと流れで戦うことになって、必死に逃げ回るから大騒ぎになったもんな)
若い頃から色々とやらかしてきたらしく、SSランクになった時に一緒に大変変態なことも知れ渡ったそうだ。ジークが初めて王都に来た時には、男性からは超越者として尊敬の念を抱かれていたが、女性からは酷く避けられており、子供の女の子からも近寄られなかったそうだ。
(だがまあ、当の本人は『寧ろ遠くから女の子達を見られるからこれはこれでありだよっ!』とか言ってたから、この対策もどうかなと思うけどな)
────まあ俺には関係ない話だな。
ジークは思考にキリをつけると、見えてきた泊まる宿と思われる建物に目を向けた。
◇◇◇
「へぇ〜、思ったより住み易いな」
学園側がのサービスか泊まる宿は、大きめなので全学年が泊まれる建物であった。
宿に着いてすぐ部屋割りが行われて、ジークは一人部屋に入ることとなった。
「妥当だな」
部屋割りの際トオルと同じ部屋になるのではと、内心思っていたが、寮の時のようにトオルの方が嫌がった為、トオル以外ジークと相部屋になりたい者もおらず余り部屋な感じでこの一人部屋となった。
「まあその方がいいな…………ところで」
一度に間を空けてカバンをベットに置くと、疲れたような顔で現実逃避したくなった。
「どうしてお前がいるんだ?」
背後を振り向いて外に通じる窓の方へ視線を向けた。
隠す気が全くないのか、居るはずなのないそこにいる人物へ声を掛けた。
「説明してくれるよな? シャリア」
「フフフっ!」
窓の背にして座るシャリアが得意気な顔で笑いを零していた。
「ギルドはいいのか? まさかキリアさんに───」
口にしながらジト目となるジークは、脳裏で雑務に追われる苦労人の受付嬢の姿が過ぎる。……もしそうなら速攻で帰そうと思ったが、珍しく素直なシャリアの返答は予想外なものだった。
「その心配はないぞ。なにせキリアの奴も王都に来てるからな! こことは違う宿に先に行っているぞ!」
「それはそれで大丈夫なのかギルド会館は?」
シャリアが真っ平らな胸を張って言う中、苦笑気味にジークは不安気に述べた。……どっちにしても色んな意味でヤバいと思ったからだ。
「ま、本当に心配はないぞ。向こうはクローネに任せた」
「……ああ、あのおっかない受付嬢か。……て、だからなんで居るんだよここに」
「フフ、実は毎年大会側から招待状を貰っていたが、億劫だったのでな。断ってばかりだったが、今回はそれのお陰で合法的に来ることができたのだっ!」
「今回も断れよ」
シメシメと嬉し気に口にするシャリア。付き添いとしキリアも連れてこれたので満足そうだ。……きっとキリアの方はギルドを空けることに多少の抵抗があったと思うが、キチンとした招待形式であることと、クローネを含むギルド職員からの勧めもあって着いて来ることにしたそうだ。
やはり招待がある以上、行くべきであるという意見も前から多かったのだ。
……ただ、もう一人の受付嬢のメルから代わりについて行くなどと言い出して、代理を任されたクローネに睨まれたという小さな事件があったが。
「はぁ、で、俺の部屋を割り出して来たと?」
「というか見てたぞ? 部屋割りの時、泊まる宿は知っていたからな。部屋番号が聞こえたから先回りさせて貰った」
なんでもない風に言ってジークに近寄って近くにあるイスに腰掛ける。……長いする気満々の様子だ。
「それだけの行動力をもう少しギルドの雑務に回せればな」
普段慌てた様子で仕事をしているシャリアを知っているので、なんとも苦笑顔で呆れ声を漏らしてしまうジーク。
その結果、下の者であるキリアが大変な目に合うと思うと、酷い負の量産図が頭に浮かんでしまった。
「そなたも悪いんだぞジーク。予選会以降、一度もギルドに来なかったんだ」
次第に呆れ顔になっていくジークにカチンときたのか、何気ない不満を漏らすシャリア。
予選会の合間にあったお泊まり会以降、何故か一度もギルド会館に来なかったジークに、多少なりとも不満を抱いていたのだ。
「あ、あー……それな」
ジークが滅多にギルドに来ないのよく分かっているが、あの話をしたこともあって色々と気になっていた。
「いったい何をしていたんだ、友よ? まさか王女乱入戦の騒動でも起こしたのか?」
「グっーーー!」
「ちょ、友よっーーー!?」
本当に何気なくシャリアが質問した瞬間、膝をついてしまうジーク。
無意識に核心を突いた言葉に、何もかも終わったような青ざめた顔で挫折感を滲ませていた。
もっともシャリアの方は突然のジークの反応に、素っ頓狂な顔と声音で慌てて彼に寄り添ったが。
「は、はははは……」
「じ、ジーク?」
俯いて顔を見せないジークから聞こえる乾いた笑い。シャリアは薄気味悪いモノを背筋に感じてブルッと体を震わせた。
「……聞きたいか?」
「え?」
「何があったか……知りたいか?」
「……」
しばらくして小さくコクリとシャリアが頷いた。
するとジークはこの一ヶ月ほど何があったのか、淡々とした口調で語り出した。
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