オリジナルマスター

ルド@

第3話 憎しみと女心。

止めることもできずラインの気迫に負け、戦地へ連れて行くことにしたジークとギルドレット。
そのことをジークは今でも後悔してしょうがなかった。

だが、それでも当時のジークは少しであれ思っていた。
あちらは最強の冒険者であっても、一人だけの《超越者》でこちらは二人の《超越者》なのだ。
実力的に同じくらいの領域同士なら数で勝っているこちらが有利だと……上手くいけば被害もそんなに出ず勝てると。

……だが、その考えが余りにも甘かったのだと痛感するのも、戦いが始まってすぐであった。

「やはり強敵でしたか」
「ああ、魔法が全然通じなかったんだ。『絶対切断ジ・エンド』で切れないどころか、『イクスカリバー・・・・・・・』でも致命傷にならなかった。ギルさんも最初は善戦してたけど、後半に掛けて押されてな……ハッキリ言ってこっちが死んでもおかしくない戦いだった。────だから放棄したんだ。勝てる可能性を上げる為にラインの命を……!」

思い出せば、思い出すほど、情けなく、……後悔しか胸に残らない。
僅かな差を埋める手段として、戦いが始まってからずっと支援していたラインの護りを放棄して倒そうとした。

その結果、ティアの兄、ラインは命を落とした。

「本当に馬鹿だよ俺は。無理矢理、それこそ転移を使ってでもあの人を置いていけば死なせずに済んだのによ」
「いいえ、それでも兄様は止まらなかったと思います。あらゆる手段を使ってでも追い付こうとしてたでしょう。シルバーも共に戦ったんですから知ってる筈です。それが……わたくしの兄なんです!」

自虐的に自分を責め、もしもの可能性を口にするジークに、ティアは首を左右に振って否定し力強く兄について語る。
自分の兄だ。性格はよく知っている。たとえ置いてかれても他の手段を取って戦地へ赴いていた筈なのだと、ティアは信じていた。

「……ティア」

ティアの言葉の内になる想いはジークにも届いていた。

(この気迫は…………ライン)

先ほどまでの冷たい殺意が嘘のように消えており、彼女から発せられている気迫はまるで当時の彼女の兄のようだと、ジークは正面から受け止めながら感じていた。

(変わったな、ティア)

そうして強く主張する彼女にジークが見入っていると、ティアが胸を張ってジークに自分の想いを言ってみた。

「ですのでシルバー。わたくしはもう兄様の死について、もうなにも言いませんし責めたりしません。憎しみも、あるとすればあの時、兄の死で情けなく塞ぎ込んでしまい、つらくても、必死に向き合おうとしていたあなたに、全く向き合おうとしなかった自分。……わたくしは、そんなかつての自分が、憎いんです!」
「……」

ティアは心の中で溜まりに溜まっていた物を吐き出した。
そんなティアにジークはやはり悔いしかないと、あの時のラインの行動を……そしてティアと向き合って、逃げ出したあの時のことを何度も心の内で後悔するであった。


─────そしてもう一つ。

(今のティアにアティシア・・・・・のことは絶対言えないな)

ジークがあの時、デア・イグスと戦ったのはなにも国のためだけではなかった。

彼は奪われたものを取り返したかった。
彼にとって何ものにも変えられない大切な存在であり、誰よりも強い絆で繋がっていた彼の心の拠り所を。

(ティア、俺はな? あの日から死んでるんだよ。あいつを失ったあの日から……)

……だが、それは今のティアに知らせるのは酷であると、ジークは決して話そうとはしなかった。
これは自分自身の問題だと心の奥に押し込めるのだった。


◇◇◇


「フゥ〜、さっぱり!」
「いやいや、さっぱりって、自分家じゃないんだからもう少し、あのさぁ?」

会話を終えてからすぐのことだった。
試合で汗をかいたと口にしたティアが『ハァ?』と口をポカンとしているジークをよそに、パッパと備えられているシャワー室へ入っていた。

だが、浴び終えてティアが帰ってきたところで、──────問題発生。

「……服はどうした?」
「ん?」
「服」

バスタオルを巻いただけでジークの前に現れたティアをジークはジトとした目で睨む。
服越しからでも隠しきれてなかった膨らみが、タオル一枚越しでジークの前に。ほっそりとしたお腹周り、タオルの下から出ている長くスラーとした足。シャワーを浴びたことで湿った緋色の髪。

子供でも大人でも、年層関係なく男性には毒過ぎる光景であった。
───が、目の前にいるジークの反応は……辛辣であった。

「色気醸し出してないで、とっとと着ろ。この駄姫が」

呆れ眼でティアを一瞥すると吐き捨てるように言う。
ティアの残念振りを知っているジークにティアの色気や色香などは通じない。

……時と場合にもよるが。

「じゃ、服を貸してください」
「……」

────じゃ、ってなに?
ティアから発言に僅かに困惑してしまった。

「あ〜……服はどうした?」

まさかと思いながらも念のため聞いてみる。
自らシャワーを浴びた行ったのだから、着替えくらいは用意している筈と信じながら……。

「汗まみれの制服を着ろというのですか?」
「……」

彼女の返答に眉間あたりに頭痛を覚え出す。
話の流れからまさかとは思っていたが、本当に服を持ってないとは思ってなかった。

(まさかとは思ったが、やっぱり、あの制服しかないのかよ。ハァー、道具や衣類を仕舞える魔道具や魔法をティアが持っていれば……いや、ちょっと待て?)

ふと考えてみるが、途中でジークはあることに気付く。

「ティアおまえ、あの制服はミルルのだったろう? おまえの服はどうした?」
「……」
「おい」

よく考えてみればおかしい話だ。
制服をどこかで盗んだと考えるなら、ミルルに化けるため彼女を気絶など、させた時だと思ったが、だとすればその際、自分の服を着ていて脱いだ筈。そしてその服をどこかに仕舞った筈なのだ。

「……」

そう考え着くとジークはさりげなく、魔力探知を使用してティアの持ち物を視てみた。

「おやぁ? なにやら手荷物から魔道具特有の魔力が感じれるんだがなー?」
「……ちっ」
「おい、今の舌打ちなんだ? やっぱあるのか」

────というか王女が舌打ちなどするな。
ティアの王女としてあるまじき対応に、色々と文句を言いたくなるが。

「してませんよ? それより早く服を!」
「はぁ? ……まあいいけど」

面倒くさいのか知らないが、なぜか魔道具に仕舞っている服を出そうとしないティアを怪訝そうに見るが、そのまま裸に近い状態でいられても困るので、適当に服を選んで渡した。

「黒ワイシャツに黒ズボン……」
「なんだよ、文句あるなら自分のを着ろ。あとその制服を寄越せ。洗濯してやるから後で学園側に返せよ」

ジークが提供した服を見て、ブツブツ呟くティアに言い捨てて制服を渡すように言う。
女子の制服を洗うのは気が引けるが、王女のティアに洗濯ができるとは到底思えないので、仕方なく自分がやることに決めた。

ところが、当のティアが心配無用とばかりに首を振ってきた。

「そこは大丈夫です。護衛としてリンとフウを連れてます。リンなら家事スキルは知ってますよね」

─────リンとフウ。

その名を聞いたところで、ジークは嫌気交じりな表情をしてしまう。

「うわ、マジか……。ていうか、あいつらも来てるのか? あの堅物騎士……ついでに無情娘も」
「あ、あなたは……もう」

ジークの発言に溜息を吐くティアをよそに、ジークは脳裏で大戦時、常にティアの側に引っ付いて、よく衝突してきていた年上の女性と、やたら興味津々に近寄ってくる年下の女の子を思い出す。

リンの方は堅物騎士。
ジークとは水と油ぐらい相容れない関係であり、ジークから仕掛けることはなかったが、リンの方からティア関連でよく剣をぶつけられていた。

無情娘のフウは言葉通り感情の薄い女の子で、どう思ってるのか表情からはよく分からなかった。

しかし、ジークが凄腕の魔法使いだと知るとジークの魔法に興味が湧いて、共に行動する際よく小動物のように引っ付いてきた。

「フウはともかく、リンはなぁ……。あいつ、頭硬すぎるんだよな」
「彼女も決して悪い人じゃないんですけど、若干神経質なところがあって」
「若干なのか……て、ここで着るなよ!」

少しジークが過去を振り返っている間にティアが着替え始めていた。……ジークの目の前で全く隠さず。

「ふぅ〜、少しぶかぶかです」
「おまえなぁ……」

手首のあたりの袖をプラプラさせティアが口にする中、ジークは疲れたような息を吐く。

「せめて、俺がいないところで着替えろよ。なんなら部屋の外に出るからさ」
「別に気にしません。シルバーですから」

ティアはそう言うが、特に深い意味はないだろう。
共に戦った冒険者の中でも信頼できる人物であると、同時に同世代の人間である彼に対して遠慮や羞恥心が薄いのであろう。

「俺は男性として見られてないのか? 俺も一応男だぞ」

ジークからしたら、溜まったものではなかった。
頼むので少しでいいから自分に対する心の壁というか、男性に対するそういった遠慮を覚えて欲しかった。

「ムラムラするのですか?」
「するかッ!」

僅かに濡れた状態で妖艶な笑みを浮かべ、問い掛けるティアに断固して否定する。

(まあ、攻められた大変だけど。自分からは……ないな!)

イタズラ的な視線のティアを無視する。そんな彼にふと思い出したように、あっとした顔をする。

次に意地の悪そうなニヤリ顔を浮かべて、ジークを見つめだしたティア。……その顔を見てなにか嫌な予感を感じたジークは、話の流れを掴もうと話を切り出そうとするが。

「ところでティア、おまえって───」
「シルバー、あなた自分のお師匠さんに学園でのこと、一切話してないですよね?」
「……」

回避がやや遅かったか、ジークの言葉に被せるようにしてティアが厄介な事柄を割り込ませてきた。ティアの言葉を聞いてギクリとした顔したジーク。微かに額に焦りの汗を流していた。

「……さ、さあ、なんのことだ?」
「何も誤魔化せてないので、その惚けた顔と返答は流しますよ。この街や学園中でもそうですが、あなたの噂を聞いてると……酷いのばかりですね。サボリ魔であることもそうですが────特に女性を泣かしたという話は」

ジークの言葉をあっさり流したティアは、街に来て、学園内で聞いた彼の噂に驚くばかりであった。
大戦時、決して行儀のいいとはいえないジークであったが、それでもまさかここまでとは……と思うほど酷い噂ばかりが広まっていた。

「いつからそんな誑しのような人間に堕ちたんですか?」
「噂は、あくまで噂─────と言いたいが、……まあ半分くらいは合ってると思うぞ? ……振ったのも事実だし。あとサボリ魔なのも」
「可愛らしい子だったそうですね? ハァーーー、アティシアさんというお嫁さんがいるのに、なんて人ですか。……一度会って見たいですね。少し興味あります」
「嫁……って、別に会わなくていいから」

半分冗談、半分本気の具合で言うティア。
しかし、言われてる方の身である彼からしたら、冗談でも絶対にやめてほしい。

(あと、アイリスに会われるのは、本当に色々と面倒になるから、それだけは絶対に回避しないとな)

「別にいいんだよ。師匠には別にしっかり授業を受けてこいとは言われてないし」
「入れなかった子達の分まで頑張ろうとは思わないのですか?」
「それも師匠が話したのか?」

ティアが言う子達というのは、おそらくジークの故郷、師に拾われて育った村に住む同年代の子達のことであろう。

修業時代によく絡まれていたので、ジークとしては苦手な子達である。
頼りになる師匠やその仲間達もその時だけは一切助けようとせず、微笑ましそうな笑みや愉しげな顔で遠目で見ているだけであったのが、苦い記憶である。

「モテモテだったみたいですね? お師匠さんが言ってましたよ? あと一緒に学園に行けなくて寂しがってるそうなので、今度会いに行ってあげたらどうですか?」
「そう言われてもなぁ。師匠が言ったかどうか知らないが、俺が村を出る前、行きたそうにしてたから一応誘ったんだぞ? そしたら────」

全員に、にべもなく断られてしまったのだ。
正直彼でも分かるくらい行きたそうにしていたので、キッパリと断られた際には、不思議で仕方なかった。

「……ちなみに全員女の子だったんですよね? どう言って誘ったんですか?」

何やら思案顔でジークに質問するティア。ジークの方は彼女の質問の意図が掴めず、訝しげに首を傾げなんでもない風に口にした。

「いや、ごく普通に誘っただけだが、……ああ、親に学費関係で揉めてるって聞いてたから、金とかはこっちで払うって言ったけど……」

なにせ、ジークが住んでいた村は田舎だ。誘った女性達は……四人だが、ジークと違い本当に普通の子達であった。彼のように冒険者稼業に務めていたわけでなく、村で師匠の仲間から少しばかり鍛えられた程度だったため、金銭面は当然親が管理していた。
村から離れている街で学生生活を送らせるのは、とても難しかった。

当然のように反対されてしまい、四人ともジークと一緒に行けずにいた。
そこで修業時代からこれまで、SSランクなってからも大量に稼ぎ続けたジークが皆に相談してみたのだ。

「結果はさっき言った通り、全員から断られたんだ。……なんでだろう?」

本当に不思議そうに呟くジーク。ちなみにこの金銭援助の話であるが、ジークは一応彼女らの親にも話をしてみたのだが、こちらこちらでそれでは立つ瀬がないと言われてしまい、親を説得するという方法も失敗に終わったのである。

だがそれ以上に行きたそうにしていた彼女らが、何故揃って拒否を示した。
どう考えても理解できず、摩訶不思議な女心が干渉したのかと、諦めの心境で彼は深くは考えなかった。

「はぁ、なるほど……」

ただ、そういった事情を聞いたティアは違ったようだ。
ジークからの少ない情報だけ、彼女らの心境を理解したのか、なんとも言えない困ったような笑みを浮かべて彼を見ていた。

「それは……色々とダメだと思います。主にあなたの頭が……」
「ん? 何がダメって?」

思い出してみても分からずにいるジークに対し、ティアが疲れたような声音で呟いたが、後半の部分がよく聞き取れなかったため、聞き返した。

だが、答えてもらえず、結局ティアからの女性問題については回避できたと考え、少々分からない箇所もありながら、この話題から離れることには成功した。

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