オリジナルマスター

ルド@

第3話 お願い。

───リナ・ルールブは、姉のサナと違い魔法の才が乏しかった。
別にまったく才能がない訳ではないが、一部の分家の貴族から陰で言われ続けていた

理由は、貴族界でも有名な才溢れる姉がいたからだ。必然的に比較されて魔法の才があまりにも無かった。

彼女の体内魔力量は、一般魔法使いの平均より少し下である。……しかし、それも一般的な許容範囲であった。
魔力操作技術や取得技術も、伸び伸びと成長する姉と比べても劣っていたが、それでも一般の魔法使いレベルだった。

そして、比較される度に周囲から落胆的と、軽蔑的な視線を何度も浴びることになった。

もっとも父であり当主であるゼオ伯爵の顔がある。
表向きには好意的に振る舞う者達であるが、それも伯爵にはお見通しであった為、必要以上に娘を彼等の視界に晒さなかった。同じように表面だけは取り繕い、彼らとは心の距離を置いていた。

しかし、環境を変えれない以上、リナへの周囲の扱いは変化しない。幼い頃からサナは周囲から褒め称えられ、妹のリナはそのおまけでしかなかったのだ。

今では真に彼女が心を開いているのは家族のみ。父と母と姉、可愛がってくれる祖父と祖母、暮らしていた屋敷に居る一部の使用人の人たちだけ。外部者や分家、寮から通う学園のクラスメイトの中でも、彼女が心を許せるのは極少数の人だけだった。

積み重なった負による精神的な負荷。他人に対して自分の心を曝け出せず、この頃には心を閉ざすことが多くなっていた。

だが、そんな嘲るような視線を浴び続けても、ちゃんと自分らしく生きてきたとはっきりと言える。確かに周囲の悪意から参って距離を取っていたが、幼い頃からそんな負の視線よりも追究していきたい、探求していきたいものがあった。


───それは『魔法』。
魔法の才が姉より乏しくても、魔法に対する好奇心は誰にも負けていなかった。


それこそ知恵熱が出て倒れてしまう程。深く探求していく意欲を持ち、かつて《金狼》と呼ばれた父と魔法師として有名であった母から、何度も感心されて呆れさせる程に。 

その意欲は家にある魔法文書を全て読み尽し、学園での周囲との交流の時間の大半も魔法に費やしてきた。

そして、彼女は新たな発見をする。突如現れたローブを着た魔法師。冒険者を名乗り自分を捕らえようしていた犯罪協会の《魔境会》を退かせた謎の魔法師。

フードの奥から見える赤い髪と赤い瞳。その二つのみで噂で聞いた赤髪の魔法師───《真赤の奇術師》と呼ばれる人物であろうと予想する。

というかタイミングを考えればそれしかない。すぐにリナは直感で察したが、それよりも震えるような戸惑いが生まれた。恐怖で震えていた筈の身体の震えが消え、急に胸の中心でドクンドクンと込み上げてくる熱い鼓動を感じたからだ。


暑くなる程のこの鼓動を、……彼女は知っている。


今、《奇術師》は隣で共に歩いている。
彼女は悩んだ。このままギルドまで連れて行って貰ってそれで良いのかと。話を聞けば彼は護衛として姉と自分の守っているそうだが、それはあくまで影としてであり、表に出てくることはまずないとのことだ。

つまりここで動かねば話をする機会は二度と訪れないと考えるべきだ。
悩みに悩み、引き込みで人見知りな自分の体と心にこっそり喝入れると、重くなっていた口をゆっくりと開いた。


◇◇◇


(ハァ〜、ギルド会館まであと少しなのになぁ)

何故か足止めをくらうことになった。その原因である小柄な護衛対象のリナに心の眼でジト〜と睨んだ。……心の眼のなので当然彼女には見えていないが。

「あ、ゴメン。堅っ苦しいのはどうも苦手で……ジョドって呼び捨てでいい?」

(呼び捨てか。意外と砕けた子だ)

すっかり自分のペースを取り戻したのか。普段の口調と思われる名家の貴族とは思えない硬さが抜けた対話をするリナ。
どうも妹の方は、姉と違って貴族の中性的な口調が苦手らしい。僅かなやり取りでもその部分はちゃんと理解出来た。

(臆病な性格か引っ込み思案な子だと思ったが)

庶民風と言ったら聞こえが悪いが、どうも同年代の女性と同じ印象を彼女から感じる。「姉妹揃って苦手だが、姉よりかはマシだなぁー」と姉と比べて思った。

「構いません。私も所詮冒険者ですから、堅苦しい雰囲気は苦手ですね」

呼び捨ての案も普通に有難いと思った。いきなりの呼び捨て宣言や口調の変化も少なからず驚いたが、それでも悪い提案ではなかった。拒否する必要はないと思ったので、丁寧に返したが。

「ふ〜ん? 所・詮・ねぇ?」

何か気になる部分でもあったのか? 何やら意味深な表情で下から覗き込む彼女に訝しげる。気付けばさっきまでの清々しい清楚な雰囲気は消えている。雰囲気からも貴族らしい鋭いものはなく、年相応の好奇心が刺激されている女性の顔をしていた。……簡潔に述べると嫌な予感である。

「単刀直入に聞くけど、ジョド…あなたは何者?」
「唐突ですねぇー? ……何者とは? どういう?」

意味があるのか。問いかけに軽く小首を傾げるとフードで見え難いが、彼は不思議そうな顔をしていた。

「言葉の通りあなたが何者かということを。……ボクは知りたいの」

覗き込むように見上げて、被っていたフード内に隠れる彼の瞳と視線を合わせる。まるで瞳の奥を見透かされているようだと、ジークは感じた。

(一人称ボクなのか)

どうでもいいことにも気付いた。

「ねぇ? 聞いてる?」

微かに苛立った表情でリナは、近付けていた顔をさらに接近させる。明らかに遠慮がなくなっており、少し違うかもしれないが、心を開いているようだった。

「そう言われましても、先程説明した通り私はしがない冒険者ですから。知りたいと言われても困りますよ」

小柄な少女でも美少女である以上、普通ならドキマギしてもおかしくない距離だが、ジークの耐性力も脆くはない。声音の中にも動揺が含まれずペースも乱さず受け答えを決めた。
その表情も“本当に意味が分からない”といった印象を醸し出していた。

ただ、その内心では。

(毎回のことだが、なんでこうなるのかねぇ?)

この展開はいつも備えていたことである。嫌な備えであるが第三者との交流があると必ずこのような展開になってしまう。で、リナに接触した時点から警戒していた一つでもあった。

(キリアさんやシャリア、ミーアの時もそうだけど、なんでみんな質問際、最初にそれが高確率に来るんだ?)

それ以外にも訊きたいことがあるだろう、普通は……と、過去のことを思い返し呆れてしまった。
ジークの素性を調べようとして来たのはリナだけではない。本当にウンザリするほど沢山いたのだ。

(俺は幻の魔物か何かか? いちいち同じことばかり言われて、もう耳にタコなんのに)

その時の姿によって様々であったが、シルバー時代の彼にしろ、現在の顔であるジョドこと《真赤の奇術師》にしろ、……あとおまけで普段のジークにしろ───「お前は何者だ?」「何処の魔法師だ?」「何処の出身だ?」などなど、キリがなかった。

(一番面倒くさかったのは、やっぱりの王宮の連中と陛下……───あと姫さんだったなぁー)

思い返すと悪いことばかりではなかった。その辺りで思考にふけるのを止めると、思い返す要因となった目の前の彼女に視線を向けた。

「あのリナ様」
「様はいらない、リナでいい。あと敬語もいらないから」
「ではリナ・・。どうしてそんなに私のことを知りたがるのかな? 何か理由があるなら先に聞かせてくれないか?」

気になっていたのは興味を持った理由である。先程、執事率いるロリコン共を追っ払った際も、一度も目立つような魔法を行使していない筈。リナが興味を抱くような行動も取ってはいなかった。

牽制として自身の体内魔力を奔流させ敵を追い詰めたが、リナには気付かれてないと思われるが。

それ以外とするとジークでも見逃している何かを、彼女は掴んでいると言うことになる。目の前に映る女性に対して思案気味にそう推測するが。


「……《真赤の奇術師・・・・・・》」
「────」

ぼそりと囁かれた単語に平静を装うのも忘れ、うっかり……ほんの僅かにであるが。

少しだけ眼を見開いてしまった。

この街に来て一年程。
数々の極秘依頼を引き受けていく内に広まっていた彼の通り名。
自分で付けたわけではないが、それでも今のジョドである彼にとって、その名には大きな意味があった。

そして、至近距離で揺れた彼の表情を、リナは当然見過ごさなかった。

「やぱりそうなんだ」
「……だとしたら? 君はどうする?」

自分のミスで出来た隙である以上、ヘタに誤魔化してもしょうがないが、出来れば穏便に済ませたい。
遂には作り笑みも止めて、自分がよく見せている悪戯ぽい相手を試すような笑みで、上目遣いのリナに問いて見せた。

「ボクは……探していたの!」
「……?」

その返答は想定していたどれとも違っていた。

(探していた? 一体どういうことか?)

さっきとは違い本当に意味が理解出来なかった。出来るとすれば、リナの瞳から本心を探るくらい。
しかし、幾ら彼女の表情を読み取ろうとしても答えは見つからない。分かるのは何故か彼女の瞳が潤み頬が赤く染まっているということ。……この時点で別の可能性に気付かないだけマシだったかもしれないが、深く考える必要もなく答えはすぐに帰って来た。


「貴方しかないの! お願いジョド! ───ボクの魔法の先生になって!」


解消されたかは微妙なラインの答えではあったが。
思い掛けないリナのお願いに、頼まれたジークは……。

「……………………」

ただただ、黙り込むしかなかった。
沈黙の中、解消はされたことは確かに分かったが、さらに問題が増えた気がした。

「え、いや……なんで?」

しかし、その時点で彼の思考は追い付いていなかった。

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