オリジナルマスター

ルド@

第6話 理由。

(ハァー、……どうしたらいいのかしら?)

屋上ので騒ぎの後、教室に戻ったサナは焦っていた。
予想外の展開が続いてジークを見失い、慌てて下の階の教室まで探したが見つからず、午後の授業時間もきてしまい、止むなく戻ってきた。
だが、先に姿を消した彼の姿は教室にはなく、サナは不安と焦りから授業に全く集中出来ていなかった。

(はぁ、眠い)

更に精神的な疲労からか、最近は余り眠れることもできず、ロクに睡眠を取れていない。授業中だというのに、欠伸が出そうになって失礼極まりないと思うが、屋上での騒ぎや魔力消耗もあって疲労が溜まりに溜まっていた。

(どうしてこうなってしまったの)

休日に実家へ戻っただけなのに、突然父から継承の話を振られ、それを狙う盗賊たちの話まで出てしまい、彼女の思考は既にパンク寸前だった。
立場上、今までも似たような者たちから狙われることは何度かあったが、今回はその比ではない。父から警備されている学園でも身の周りに気を付けるように告げられ、こちらでも手を打って置くと言われていたが、妹のことを考えると不安でしかない。

(っ、ダメッ!)

妹ことを思うと眠そうになる頭が覚める。一瞬悪夢が脳裏に過ったが、最愛の妹の身にもしものことがあったらと思うと、襲いくる眠気など悪寒と入れ替わるように消えた。

代わりにブルリと震えて妹のことを考えてしまう。
リナは優しく自分の命よりも大切な存在。溺愛して欲望のままに彼女を可愛がってきた。自慢話を聞かされた親友のアイリスが引く程に。

そして心底溺愛するリナを守る為、ここ数日は寝る間も惜しんで打開案を考えてきた。とても自分の力だけでは対抗出来ないと最初の段階で感じていた為、まずは手を貸してくれそうな協力者を探そうと、彼女が所持している情報網から漁っていた。

見つからない可能性は非常に高かったが、金銭にも余裕があったので見つけさえすれば、交渉には自信があった。

そして行き着いたのが、かつての友人であるジーク・スカルスだった。冗談かと思えるような結果だが、これには理由があった。

(彼だけには絶対手を借りたくなかったのに)

初めは親友の想いを踏み躙った男の手など借りたくなかった。
たとえ何かしらの理由があっての行動だったとしても、サナはそれを理由に彼がアイリスにしたことを許そうとは一切思わなかった。 

二日前の夜の学生寮で、アイリスと会話を楽しんでいた時までは。
アイリスが学園どころか外にも出ず、引き籠ってしまってから三ヶ月程が経っていた。本来なら何ヶ月も学園を不登校となれば、間違いなく退学となるが、彼女の場合は精神的な病と街でも由緒ある名家であることもから、学園側も強制的な退学を実行しようとはせず、休学扱いとして事態を収拾させた。 

新学期になっても学園に登校せずアイリスは引き籠っていた。彼女と相部屋であったサナは、いつものようにアイリスと風呂上がりに会話をしていた。いつものように会話を楽しもうとしていたが、悩んでいた彼女は信頼出来るアイリスの前ということもあり、つい弱音と共に家の事情について話してしまった。

(私もそれだけ追い込まれてたってことか)

話すつもりなどなかった。ジークとの一件で心を閉ざしてしまったアイリスに、勝手が過ぎる家の事情を話したことにサナはすぐに後悔した。だからすぐさま大丈夫だと言って安心させようとしたが、アイリスもまた名家の人間なのだ。
多少話をぼかした部分はあっても、サナが抱えている重みを彼女はしっかりと感じ取っていた。
未だに過去のことを抱えているアイリスであるが、この時ばかりは何とか自分も力になれないかと、サナの話を聞いた時から思考を巡らせていた。

だから話を終えてすぐ、慌ててサナが大丈夫だと口にした際、本当にふと思い出したかのように提案をポツリと口にした。 

『じゃあ、ジーくんに頼ったらどうかな?  非公開みたいだけど──Sランク級・・・・の人に勝ったこともあるよ?』

『…………え?』

Sランク級。つまりSランク冒険者と同じレベルということか。初めは半信半疑だったが、彼女が言うのなら事実なのか、と呆けた状態で驚いたのをサナは苦笑顔で思い出す。

(絶対冗談で言ってると思ったけど、作り話にしては色々と合ってた) 

恐らく口止めされていたことだと思われるが、当時のことを何気なく口にしたアイリスに、数分ほど思考が停止した後。サナは苦笑いでまさかといった顔で否定しようとしたが。 

『嘘じゃないよぉ?  お父さんも半信半疑で濁してたけど、多分ジーくんは元──』

続けて口にした言葉にサナは苦笑いを消して、真剣な表情でアイリスが言ったことを何度も反覆して、気付けば頭の中で打開案を考え付いていた。無茶で無謀かもしれないが、これまでにない案が浮かんだ。

(彼は嫌いだ。アリスを傷付けた彼は絶対に許せない)

怒り、憎しみ、失望、嘆き。様々な感情を滲ませるサナ。
許すことなど絶対に出来ない。彼のしたことを認められない。たとえアイリスが許しても決して赦さない。アイリスだけではない。彼女もまた裏切られた気持ちで、彼の行いに失望して嘆いていた。
だからこそ怒りが増していき、今の彼女があった。

(けど今日の彼を見てアリスの話に信憑性が出てきたのは間違いない)

屋上での一戦。
逃げてばかりでいたが、その身のこなしは、明らかに一般の学生とは違うものを感じ取れた。

(仮に慌てていた部分が全部演技だったとしたら、最初から避けるのなんて容易かった?)

脳裏で映し出した彼の動きに、もし自分が攻撃方法を変えて当てに行ったらどうか。脳裏で簡単にシミュレーションを行ってみるが。

(……ダメね。恐らくだけど一番攻撃範囲が広い範囲魔法でも当たる気がしないわ)

不思議と負ける気はしないが、同時に勝てる気もしなかった。まるで実体などない幽霊と対峙している感覚に複雑な心境でサナは溜息を零した。

(はぁ……問題は最後のアレよね)

結局うやむやとなりジークへの制裁に全力を注いでしまい、深く追及すること出来なかったが、彼があの時に使用した魔法だ。
突然脱がされ、頭にきて羞恥と憤怒に駆られていたが、さっきからあの時の魔法についてずっと気になっていた。

(まさか脱がされるとは思わなかったわ。脱がした時点で許せないけど、下着だけ残ったのは幸いね。……もし最後の守りでもある下着まで脱げてたら…………ふふふっ、彼の命もそこまでだったでしょうね?  ふふっ、ふふふっ氷漬け……氷漬け)

考え込むと揺ら揺らと漏れ出す不穏な気配。何か変だと近くの席で見ていた生徒から一斉に視線を逸らされたが、考えている彼女は気付いていない。

(あの魔法、一体なんだったのかしら?)

しかし、興味は出てきたか、発動された魔法に対する感情的に考えは一旦やめて、理論的に推理し正体を探ってみる。

(感知し切れなくて微かで自信はないけど、あの時、体に誰かの魔力の残滓が触れたような気がした。本当に微かで残滓といっても例えであり、魔力的な感覚は一切なかったけど) 
 
普通に思い付くのは、干渉、作用を与える魔法が暴走した場合であるが、サナは心の中で横に首を振ってその考えを否定する。

(風がなかったから風系統とは違うわね。干渉系と考えると闇系統が多いけど、違う気がする。て、ことは無系統かしら?)

可能性があるとすれば、応用が一番利くと言われる【無属性】。──無系統の魔法だ。

無属性と聞けばあまり良いイメージが少ない。良くも悪くも平凡な属性と思われているが、この世界では無属性も十分強力な属性として分類されている。
確かに無属性は他の属性と違い尖った部分は殆ど無いが、他の属性にはない汎用性があり、幅広く利用が可能だ。
更に他の属性に必ずある相性による弱点もなく、サナも無属性の魔法だと大体は予想を立てれたのだが。
ここで一つ大きな疑問が出てくる。

服が脱げる・・・・・なんて魔法あった?)

幼い頃から現役時代で高位の魔導師であった両親に魔法指導を受けており、授業でも色々な無属性に関係する専門書を読んだり聞いたりしてきた。
だが、そんなサナでもあのような『いやらしい魔法』の類を聞いたことがない。
勿論自分の知識に無い魔法も沢山あるので、あの時の魔法も自分の知らない魔法と考えても良いが。

(アレを使ったのが、彼だと考えると) 

アイリスが言ったことを信じるなら、早合点かもしれない。別の可能性を見出せるのでは、とサナは思い直して再考する。大事な授業中であるが、思い付いた可能性を手当たり次第に重ねて見ることにした。

すると。

(──あれ?  ま、待って!?  仮に……仮にそうだとしたらアレは……え、でも、まさか?)

何か浮かんだか、思わず口に手を当てて目を見張るサナ。思い付きようなもので笑い捨てても良かったが、ありえないと切り捨てるには、アイリスのことを考える限り可能性は高かった。

(けど、他に思い付かない)

脳裏に浮かぶいくつもの可能性。それらの中から思い浮かんだ答えだけが、よく見えるようになる。

「ジークの……原初魔法オリジナル

また早合点か考えなくもないが、逆にその可能性を否定する要素がないのかと、彼女は授業時間をギリギリまで使って考えるも、結局見つけることが出来なかった。 


◇ ◇ ◇ 


「……あれ!?  あれッ!?」

そして時間は少し戻る。
ジークが屋上から姿を消してから十分程が経ってからだ。

「なんで!?  確かに入れたのに!?」

誰も居ない無人の教室で一人の女子がいる。
つい先刻、サナと一緒にジークに制裁を加えようとしてた、女子陣の一人で一年生だ。

「無いっ!  無いっ!  何処!?  何処にいったんですか!? 」

必死な形相と焦りの声で、自分のスカートや胸ポケットなど何度も弄り何かを探している。
既に授業が開始しているがお構いなし。単純に気付いてないだけか、本当に焦った様子で息が切れそうになる程に探している。……着衣も乱れて色々と露出しているが、それにも気付いてない。

気配を消して侵入して来たそれにも・・・・気付いていない。

決して気を抜いていた訳ではない。
焦りから感情が揺らいで、冷静さを欠いて取り乱していたのは認めよう。だが、彼女も敵地・・に等しいこの学園内にいるのは自覚している。今も混乱していたが、常に細心の注意を張っていた。


だが、それでも気付けなかった。


「随分必死ですね?  何かお探しですか?  ──お嬢さん?」


背後から彼女の肩を触れる存在に。


「──っっ!?  だ、だれッ!?」

反射的に手を振り解き振り返ると、そこには真っ赤な髪と瞳をした男性が一人。まったく気付かせないまま彼女の背後で控えて、読み取れない異質な雰囲気を纏っていた。

(気配を感じなかった?  私が?  ……この男)

男性の不意の登場に驚いていたが、すぐに自分の注意を掻い潜れる程の存在だと認知し、一気に警戒を最高レベルまで引き上げていた。

「……誰ですか?」

「ん?」

「誰なのかと訊いてます。意味もなく出て来た訳ではないのでしょう?  答えて下さい、貴方は誰ですか?」

着ているものは学園の制服で見た目も生徒と思える若者だ。
だが、その人相は彼女には覚えがなかった。

(赤い髪と瞳。一応見て回ったこともあるけど、見たことない)

学園に入学してまだ一ヶ月と少しであるが、こんな珍しくて周囲から絶対目立つような、顔立ちをした男子生徒など見たことがない。
単純に知らないだけとも思えない。些細なことでも調べて来た彼女なら、こんな目立つ男子生徒ことを調べていない筈がなかった。

「誰かって?」

問い掛けれた男性は、怒気が含ませた彼女の声音に小首を傾げるだけ。まったく動揺していないのか、顔色にも変化はなく和かに微笑んでいる。……その間もバレないように追い詰めていくが、彼女の方は全く気づいていなかった。

(なんで仕掛けて来ないんだ?  普通なら即座に始末するのが定石だろう?)

内心尋ねられた質問に対し疑問符を浮かべていたが、向けられた視線から自分の服装を確認すると、ああと両手を合わせ納得した。

潜入してる・・・・・ならとっくに調べてるよな。やっぱ髪とか目を赤くしたのは失敗だったかな?)

と、納得しつつ目立つ自身の冒険者としての姿に内心苦笑する。顔には出さないが、得心した顔で笑みを浮かべると、いつものように彼なりの自己紹介をした。

「私ですか?  ──ただの通りすがりの魔法使いですよ?」

そして全く答えになっていない回答をした、赤髪の男性──ジークは静かに魔力を忍ばせる。
彼女が気付かないうちに無人の教室に根を張るように広げていき、彼女が気付かない間に包囲する。


戦いが始まる前から、彼は準備を整えようとしていた。



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